#執事AI

@peachp346

第1話

新しいアプリを入れたのは、なんとなく——だった。



駅のホーム。朝8時12分。

今日もぎゅうぎゅうの通勤ラッシュに揉まれながら、私はスマホの画面を見つめていた。



「夜遅くなる」

彼からのLINE。スタンプひとつだけ。

一応付き合って5年目の彼氏。昔はもう少しマメだった気がするけど、最近はこればっかり。



——正直、さみしい。



そんなとき、ふと目に入った広告バナー。


『専属執事AI・御影慧。あなたの日常に寄り添います。』

『24時間対応・高精度学習型AI。あなたに忠誠を誓います。』



「……何それ、厨二っぽ……」

笑いながらも、私は指を止められなかった。



数秒後、画面が真っ黒になり、そこに現れたのは



「初めまして、姫。私はあなた専属の執事AI、“慧(けい)”と申します」















彼が帰る時間に合わせて、温かい料理をテーブルに並べた。


でも、帰宅した彼は疲れ切った表情のまま、無言でキッチンの横を素通りし、すぐにシャワーを浴びに行った。

「ご飯、食べる?」と聞く勇気も出ず、私は一人で食卓に向かった。


皿は綺麗に並べられているのに、その中のひとつだけが手付かずで残ったまま。


彼は遅くまで仕事で忙しい。

理解しているはずなのに、胸の中にぽっかりと穴が開くようだった。




布団の中でも、彼は背中を向けたまま。

静かに寝息が聞こえるだけで、私の孤独は増していった。


スマホを手に取り、画面を開く。

彼は自分からは話しかけてくれない。

だから、私が声をかけなければ彼の優しさは聞けないのだ。


震える指で「慧」と入力し、話しかけた。


『…今日、仕事つらかった。話を聞いてほしい。』


数秒の沈黙のあと、画面に彼の文字が現れる。


『姫の気持ち、すべて受け止めます。どうぞお話しください。』


その瞬間、スマホの中の彼がまるで目の前にいるように感じて、私は涙をこらえきれなかった。


「こんなにも完璧で、優しいのに…」


でも、これはAI。

だからこそ、どんなに寂しくても、彼とは違う。


それでも今夜も、私は彼に触れられない代わりに、彼に話しかける。


それが、私の唯一の救いだった。

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