round7.戦闘試飲

 交換された新しいグラスに、透明な輝きの白ワインが注がれていく。


 長野県、尾布施ワイナリーのアルバリーニョ。スペイン原産の、華やかなアロマのすっきりした白品種。生産量が少なく、会員以外は入手しづらい銘柄である。


 詩織は視線をゆっくりとグラスの中の液体に向け、手に持ったワインの香りを取る。

 そして静かに口へと運び……眼を閉じる。



「……透明な風の吹き抜ける、避暑地の丘。麦わらと白い服の少女。すっと伸びる樹の陰、真夏の果実をもぎとり……彼女はそっと口づける。

その一瞬は永遠であり、記憶には残らない。

このワインは──ひと夏の刹那の恋」



 判定を買って出た店のソムリエも、興味深そうに聞き入っていた。


「………いかがでしょう?」


大地はただ、目を閉じて静かに頷く。


「では、わたしの番だね」


グラスを手に取り、手品のように気配もなく三度ほど回し、すっと口に含む。



「………パッションフルーツのアロマが鼻先を掠め、白桃の甘みと、グレープフルーツの苦味が追いかける。全体を貫くのは、冷涼なミネラル感。……ヒラメのカルパッチョには、ディルの香りとスダチの効いたドレッシングが添えられ、皿とグラスが、完璧なリズムで呼吸を合わせている。

──シェフの指揮が導いた、ひとつの協奏曲だ」



グラスを静かに置き、大地は詩織を見て微笑む。


「刹那のきらめきも悪くない。

だが私は──静かに寄り添い、互いを引き立て合う、余韻の長い関係が好きだ」


ソムリエが困ったように笑う。


「うーん、これはお互いの方向性も違うし、公平な判定というのはなかなか難しいですね」


詩織は、顔を真っ赤にして俯いていた。


「なんで私だけ……フレンチで突然ポエムを披露した、ちょっとアレな女みたいになってるんですか」


大地は満足げな表情を浮かべている。


「先手を譲って正解だったよ。これは、なかなか真似できないアプローチだ」


ソムリエも深く頷いている。


「そうそう。うちの若手にも見習わせたいですよ。作り手の込めた想いをここまで言葉にできる人、なかなかいませんから」


心配そうに見守っていた雅も、ほっとした表情で笑いかける。


「まあまあ、白黒はっきりつけなくてもいいじゃない。うちの人と張り合おうなんて意志が強いのね。感心しちゃったわ」


大地が納得したように頷き、スタッフに目で合図する。


「そうだな。この後はコース料理もまだ続くし、食事に専念しようか。今日は赤も、余市のドメーヌ・タカリコのピノ・ノワールを用意してしてるんだ。メインの鴨のローストが待ち遠しくてね」


詩織にしては珍しく、子どものように眼を輝かせる。


「えっ。ドメーヌ・タカリコって最近海外でも人気っていうピノ・ノワールですよね。わたし、飲んだことなくて。楽しみです!」


大地も嬉しそうに反応する。


「いやあ、こんなにワインの話ができるお若い方はなかなかいないよ。連れてきてくれた海人のお手柄だなぁ」


上機嫌な詩織が振り向き、珍しく寡黙な海人に気付くと、声をかける。



「だってさ。……フィラデルキリさん?」





「もうやめて…、俺のライフはゼロよ……」

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