竜恋歌 -ドラブロマンス- は玲瓏なる咆哮と共に~ずぼら声伝師、身バレした結果ドラゴンが通い妻しにくる件~
龍威ユウ
第0話:ドラゴン、家出する
龍――それは古来より、人々と共にある存在。
国によっては霊獣として崇められ、また違う場所では天災として恐れられる。
こうも異なる印象がある龍だが、いずれも彼らは人知を遥かに超えた存在だった。
強大な力を有し、すべての生命の頂点に君臨するモノたち。
彼らからすれば、人などという存在は脆弱でしかあるまい。
そんな龍が――
「はぁぁぁぁぁ……やっぱりいいですねぇこの声劇。特にこの役を演じておられる方……」
と、丸くきれいな石を手にうっとりとした顔をしていた。
ころころと龍の手中で転がれば、そこから声がした。とても若々しい、それでいて生命力にあふれた力強い声。そしてなによりも優しい色をしている。
《眠れないのか? なら、俺が眠れるまでずっとあなたの傍にいることを約束する。だからあなたは安心して、そっと目を閉じて……ね》
甘い言葉に龍の顔はどんどん緩んでいく。
はっきりといってだらしない、この一言に限ろう。
仮にも大和において龍とは、民草から崇め奉られる存在だ。
神と同一視さえされるほどの気高さと神々しさがあってこそ、龍は人々にとって偉大なのである。
偉大さの欠片もないすっかり呆け切った顔は、しかし咎める者は誰一人としていない。
薄暗い洞窟の中。幾重にもずらりと連なる大きな鳥居の道を抜けた先が、この龍の住処だった。
神聖なる存在ということで、滅多に人は訪れない。
「それにしても……もっと他にも種類はないのでしょうか」
龍の手元にあるのは一つだけ。虹色にきらきらと輝いてとても珍しい。
「それに、この声劇をされている演者の方は何者なのでしょうか……。人なのは確かですが」
龍ははて、と小首をひねった。
声劇は、お題に対して声だけで物語を演じるという一種の娯楽である。
最近ではそれを売りにして、正式に職業として成り立った。
声を売りにするのだからむろん、声がよくなければ意味がない。
不快な声を売りにしてしまっては、返って顧客から苦情が殺到するのは火を見るよりも明らかだ。
――どうにかして、この方を知ることはできないのでしょうか……。
――村の誰かに尋ねる? いえ、おそらく誰も知らないでしょう。
――ここは、余が言うのもなんですか田舎も田舎のほうですからね……。
情報を得るためには大きな町へと赴くしかない。
そこまで考えて、しかし龍はかぶりを小さく振った。
仮にも村を守護する龍である。自分勝手な理由で役目を放棄するなど前代未聞だ。
果たしてそれは、本当に悪いことなのだろうか――龍の中で何かがそう囁いた。
「……そうですよ。余は、龍です。ずっとこの村のために尽くしてきたつもりです。だけど村の人たちは感謝するばかりか、それを当たり前のように思い最近じゃあ満足に掃除にさえもこない始末」
龍はすっと首を挙げた。
視線の先、遥か頭上にはぽっかりと穴が開いている。
そこから入る眩い陽光が、洞窟を照らす唯一の灯りだった。
すぐ先に清々しいぐらい青々とした空が見える。
「……よし、こんな田舎村からおさらばしましょう」
龍の決断は雷よりも迅速だった。
けたたましい咆哮が洞窟中にぐわんと反響する。
蛇のように長く、丸太よりも更に太い。黒い光沢を放つ胴体をくねらせてぐんぐんと上へと昇る。その姿は生命の頂点に君臨するモノとして相応しい雄々しさで満ちていた。
龍の視界に、果てしなく続く青空がいっぱいに映った。
そよそよと吹く風はほんのりと冷たく、されど返ってそれが心地良い。
この時、地上のほうでは大混乱に満ちていた。村人たちが総出で空を見やっている。
「もうこんな退屈でつまらない生活はうんざりです。余はこれから、そう……素敵な恋をしに旅に出ますので。それじゃあ後は自分たちで頑張っていってください」
無情とも思える言葉だが、村人たちの耳には届いていない。
彼らにとってそれが幸だったか。龍にそのことを
「――、さてと……村を出たはいいですけど、これからどうしましょうか」
外に出た、そこまではよかった。龍には肝心の目的地がまったくない。
雲の上でしばしうんうんと唸り、やがて龍はハッとした顔をした。
「……確証はないですけど、あそこならきっとなにか手がかりがつかめるかもしれません――行ってみましょう、
そうもそりと呟いた龍の口元は、だらしなく緩んでいた。
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