CV弟のヤンデレお兄様の溺愛ルートに入りたくない

霜月 風雅

第1話 CV弟のヤンデレお兄様の溺愛ルートに入りたくない

「久しぶりだね。私の可愛いリリー」

そう言って柔らかい微笑みを浮かべたお兄様の声は、間違えようもない弟の物だった。



目を開ける。

そこにある天井を見つめ、これが夢ではないことをまたしても思い知る。

「これって、あれか。転生したらってやつか。」

そう。私は、よくある流れで前世の記憶を思い出し。そしてここが、乙女ゲームの世界だと理解した。

ゲームのストーリーは、よくある中世風の世界観に魔法や王子様が出てくるものでそして私のポジションは残念ながら、ヒロインのようだ。


悪役令嬢ってのでも面白かっただろうになあ。


だいたい、コミュ症の私がヒロインって無理でしょ。


早々に考えることを放棄して日常になりつつある、非日常の波に乗る。

朝ごはんを食べて魔法動物たちと触れ合い、そうして癒しの魔法を覚える。


確か、ヒロインは癒しの魔法を使える聖女で怪我をした王子一行を助けることから、共通ルートがスタートするはず。

ただ、私はいかんせん乙女ゲームが下手くそで結局、誰のルートにも入れずに世界を気ままに旅しながら聖女は幸せに暮らすという謎のノーマルエンドしか出せずに終わったのである。


でも、実際にこうして当事者になるとそのノーマルエンドが一番良いかも。

ツンデレ、ヤンデレだの溺愛とか面倒だしな。

よし。ノーマルエンドなら任せておけ。


そんな呑気なことを考えていた私は、自分の考えがいかに甘かったかを知ることになる。



「そういえば、明日、ハロルドが家に帰ってくるそうだ。」

口ひげがカッコいいパパが夕食時に放ったひと言に、私は食べかけの芋を間違って口ではなく顎に食べさせる。

「あら。ずいぶんと急ね。あの子に会うのは、何年ぶりかしら。」

上品に笑うママの声も右から左に抜けていく。

「はろるど・・・って。え?はろるど?」

「何をそんなに驚いているんだい。リリーは毎週のように手紙を出しているだろう。先週の手紙でハロルドが帰ると喜んでいたのは、お前だろう。」

ん?んんん?ちょっと、まずいかもしれない。

実は、このゲームにはかなり前に発売された旧ディスクと最近になってリメイクされた新ディスクがある。そしてこのハロルドこと、ヒロインリリーのお兄様が出てくるのは、新ディスクの方で大幅にストーリーが追加されたルートなのである。


 元々、ハロルドは他のルートにおいては手紙でのやりとりのみであくまでオマケ程度に全てのキャラを攻略が解放条件の隠しルートだった。そのため、スチルも一枚しかなくボイスもついてはいなかった。

しかし、そういったキャラには熱心なファンがつくもので。そういったファンの要望を受け、リメイク版の新ディスクに新たなストーリーとしてハロルドルートが2つ追加され、しかもボイスもスチルも付くことになった。そして、その追加されたルートの一つが破滅エンドだ。私は、そのルートを解放出来ず、感想などで読んだ程度の知識しかないが、(語彙力ないなった)(待って。泣ける。)(こんなのってありかよ。)という、抽象的かつ意味深なものばかりで一体どんな破滅が待っているのかはわからなかった。


 そして、今、ハロルドが戻ってくるということは、これはまさかのハロルドルートなのではないだろうか。


いや、まだ、わらかない。ひょっとして旧ディスクの方かもしれないし。それなら、破滅エンドはないし。でも、旧ディスクのハロルドのストーリーも良く知らないけど。


明日、全ては明日、帰ってきたハロルドが喋ればわかる。そう。喋れば。


ボイスがなければ、旧ディスク。

だが、もし新ディスクなら・・・・。


私の運命は、ハロルドの第一声にかかっているのだ。

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