獣人異人種なんでもござれ!異世界プレイメイトだ!




 鰯は店内のあまりの変貌ぶりに小扉付近に立ち尽くしていた。

「あらァ、馬子にも衣装ってね。一応それらしく見えるじゃないの。お姉ちゃん達もう来るから、ちゃんとあいさつするのよ」

 カウンターの向こうから、鰯の制服姿に満足そうな娑婆婆が大声で言う。するとよっちゃんがカサカサと虫のようなすばしこさで小扉をくぐってきた。

「娑婆婆、電源空調いいよ。フレグランスはどうする? 」

「今日はちょっと蒸し暑いから、『ホワイトソーダ』Sr5番『梅雨明けの朝』、にしとくれ」

「わかった」

 よっちゃんは向かって右手のDJブースの横にあるコンソールパネルを軽快に叩くと、爽やかな乳製品の炭酸飲料のような香りが漂ってきた。

「おはよございま〜す」

 小扉から明朗な女の声がした。

「うわ!! 」

 鰯は叫び息を呑んだ。

 筋肉質でしなやかな長身を黒檀の肌が引き立てる。白絹の口布にチューブトップとアラビアンパンツ。腕、指、胸元のゴールドアクセサリーがエキゾチックなダークエルフの女性がそこに立っていた。

 よっちゃんやツーさんのような親しみやすい亜人種(デミ・ヒューマン)でなく、美貌の異人種が突如やってきたので、鰯は度肝を抜かれてしまった。

 呆然とする鰯の顔をダークエルフは片眉を上げて不審そうにのぞき込む。めざとくよっちゃんが走り寄ってきた。

「ねぇ、どしたのこのコ? 」

「今日から入った新人なんだ。心配ないよ」

「ふ。変なの」

 ダークエルフはそう言うと、店の奥の壁際の椅子に嫣然と腰をおろし、足を交叉させた。娑婆婆はその顛末を忌々しそうに見ながら溜め息まじりに舌打ちした。

「カッ! なんて鈍臭いコなんだろねぇ」

 カツカツとカウンターを指で叩く。

「おはよございま〜す」

 小扉から再び声がした。のどの奥から鼻へ突き抜ける、アニメ声優が出すタイプの声だ。

「うわ!! 」

 振り向いた鰯はみっともなく尻もちをついた。

 目の前に居たのは真っ白いフワフワの毛並みをした獣人だった。この見た目はニャビリアンという猫と人間の中間種族だった気がする。声音からして若い女性で、フェミニンで可愛らしい印象だった。カンカン帽に、黄色いワンピースとスニーカーというラフな格好だ。スカーフを風呂敷がわりにした包みを胸に抱えている。

 大きなBGMに、ニャビリアンはのんびりした気性のせいか、横で転がってる鰯には気づいていなかった。

「よっちゃん。今って更衣室空いてますー? 」

「空いてるよ。今はダマスカスちゃんしか来てないし」

「よかった〜、誰か居るかと思った〜」

 そう言うとニャビリアンは白毛をフワフワさせ、良い匂いを振りまきながらスタスタと店の奥の扉を開けて行った。そこは更衣室になっているらしい。

 ダマスカスとは先ほどのダークエルフの名前なのだろうか。腰をついたままの鰯は考えを巡らしていたが、怒涛の展開が続く。

「おはよッ。世話になるよ」

「うわ!! 」

 鰯はみたび情けない声をだした。

 そこに居たのはツーさんよりも大柄な女丈夫で、丸太のような四肢を持ち、熊のような大型の獣の皮を全身に纏っていた。ロングベストの前はみぞおちの辺りを雑に紐でくくってるだけのワイルドな着こなしで、豪快なバストの谷間と腹筋までが山脈のように並んで見えた。

 これはオークの女性だ。鰯が理解した即座に、女丈夫は足元の人間に食ってかかった。

「なんだい、このションベン臭い小僧は。今にもホントにションベン漏らしそうな顔してからに」

 自分の言ったことがおかしかったようで、オークは背をのけぞらして半鐘みたいにガラガラ笑った。

「ペニチギリ・ドタマ・カチワリさん。今日は2−3号室です」

 気付かぬ間にするりと忍び寄ったよっちゃんが、銅製の古びたカギをオークに差し出した。男の全てを破壊しそうな名前のオークは、不服そうにキーを受け取る。

「またあの部屋かい。あそこはアタシにはちと狭いんだよ」

「そう言わないで下さい。個室持ちは特権が色々あるんですよ」

「今更そんな説明せんでも分かってるよ。こちとら長く世話になってるしね」

 そう言うと鰯のほうへアゴをしゃくってみせた。誰のための説明だということを、いち早く分かってみせたようだ。

 当の鰯は説明の意味をまったく分かってなかった。この酒場の仕組みを言っていたようだが、異種族の迫力に押され茫然自失であり、それどころではなかった。

 よっちゃんとペニチギリの気配りは無駄に終わった。オークの女傑は視線を落とすことなく、胸を張りノシノシと2階の階段へ向かう。

「おはよございま〜す」

「うわ!! 」

 続々と来店する多種多様な種族の女性達。はじめから着飾って現れてはそこらに座る。またはラフな格好で現れ、奥の着替え室に入りやがて色っぽい格好で出てくる。中には2階の『個室』へ向かう者も居た。

 ホールには今や十数人の女性達がおちこちに腰を据え、BGMや照明の効果もあって堕落した楽園のような趣を覚えた。

 今この店で一体何が起こってるのか。開店まではちょっと時間があるようだ。この女性達はこの店の従業員……というには、いくらなんでも多すぎる。よっちゃんはカサカサ動き回り、如才なく女性達と冗談を交わしたり、娑婆婆の作ったドリンクを渡している。

 鰯は相変わらず腰くだけで地べたに後ろ手をついていた。少し前までかましていた余裕と、わかりみの深さはあっさりと雲散霧消した。鰯自身、段々心細くなってきた。チュートリアルは一体いつ始まるのかと思ったが、誰も何も教えてくれやしない。

 結局ここが異世界だろうが、これが仕事である限り自分から教えてもらおうとする気概がなければ、誰も手を差し伸べてくれることはしないのだ。

 『なるようになる』とはよく出来た良い言葉だが、この状況においては使うべきではないし、意味を履き違えている。そして鰯のRPGの主人公的な楽観論は今や崩壊寸前であり、その主人公と云えば今やホールに転がる通行の邪魔だった。

 時間が進むにつれ、鰯の心と腰は重くなり、ぐったりとその場にへたり込むしかなかった。

 娑婆婆は、そんな鰯をいつしか気にする素振りすら見せず、女性達が飲むドリンク作りに専念していた。よっちゃんは説明する時間がないほど忙しくしていた。

 鰯はへたり込みながら、考えていた。

 たとえこれが異世界であろうが現実であろうが、生きていく上で仕事というものの認識を改めねばならない。同時に、おそらく物事はご都合主義にトントン拍子に進んでなどくれない。

 鰯は皮肉にも現実より異世界で避けようもないリアリティに直面し、意識を改めざるを得なくなった。

 いよいよ自分の不甲斐なさに罪を覚え、何か出来やしないかと、鰯が腰を起こしかけた時だった。

「うわ!! 」

 鰯、今日一番の悲鳴が飛び出た。ホールの女性達の視線も、一斉に入り口に引き寄せられた。

 その女性が登場した瞬間、バカでかい銅鑼がぐがんと鳴り、百花繚乱が現れた錯覚を引き起こした。

 重ね着した彩豊かな着物を着崩して、ボリューミーなその胸元と生足を大胆に露出した女性は、流麗な顔立ちの鋭い目に紅いアイラインを引き、ふくよかなくちびるには黒いグロス。文金高島田の頭に大量の簪を挿して華やかに、手には長い煙管で淫らに。足元は白足袋に高下駄で高貴に。なにより女性の綺羅びやかさと華やかさを際立たせていたのは、背中に見える大きなふさふさの九つもの尾っぽだった。

 まばゆい光景に鰯が忘我していると、カウンターに引っ込んでいた娑婆婆が、まるで子供をあやすような声音に変えて出迎えにきた。

「あらあらあらキューちゃん!!

今日は早いじゃないのぉ〜。どうしたのよぉ」

 野菜の漬け物みたいに呼ばれた女性は、妖艶そのものの表情で床に視線を落とすと、物憂げに煙管から白い煙を吐いた。

「どうってことない、よ」

 女性にしては低くて太い声だった。

「後ろのハゲどもがこらえきれないって言うから、さ。仕方なく、ね」

 後ろのハゲと聞かされて、初めて鰯丸はキューちゃんのフワフワした尻尾の後ろに鼻の下を伸ばしたドワーフが5、6人子分のように並んでいるのに気づいた。ぬふふとか言いながら何故か小刻みに揺れている。

 ドワーフ達は誰もが指にエメラルドやルビーの指輪をはめていて、いかにも成り金のようだ。そして全員もれなくハゲだった。

「いいのよぉ〜、こっちはいつだって部屋空けてるんだから。奥の脳汁糜爛性噴出ガス室付き拷問室ね。ほらカギ」

 キューちゃんは視線を床に落としたまま無言でカギを受け取った。娑婆婆が満面の笑みでご機嫌をとる。

「アンタにかかりゃあどんな男だって5分もあれば脳髄までトロけちゃうんだからねぇ。大したもんだよまったく」

 キューちゃんは煙管を呑み、ゆっくりと白煙を吐く。

「……娑婆婆。女の子たちが見てる。アタシいくわ、ね」

「はいはいはい。アタシとしたことが気がきかなくて悪かったねぇ、それじゃ頼むわねぇ」

「適当にやる、わ」

 後ろずさる鰯には目もくれず、キューちゃんは豊かな尻尾をフリフリさせながらしゃなりしゃなりと二階への階段に向かう。後ろからドワーフのスケベ親父達がぬふふとか言いながら新造のようにゾロゾロ続く。

 なんという現実離れした展開だったのだろう。あ、そうだここ異世界だったわ、と鰯は一人阿呆ツッコミをした。

「すごいよねぇ〜、あれだけ客を連れてきてくれるんだから。この店はだいぶキューちゃんのおかげなんだよ」

 いつのまにかよっちゃんが隣にいた。腰をついた鰯丸の視線とよっちゃんの視線はそう変わらなかった。

「アンタうるさいねぇ! 今日入った新人に余計なこと言うんじゃないよ」

 さっきのえびす顔とは一転、金剛力士顔になった娑婆婆が言う。

「イワにもそのうちあの子達の扱い教えとくんだよ。さもないと大やけどだからね! 」

「分かってるよ。ちなみにそれって二重の意味? 」

「アンタはもう、うるさいってのよぉもぉ。うるさいのよぉ」

 娑婆婆は煩そうにドレスを両手でまくり上げては、足を踏み鳴らしカウンターへ戻って行った。

 よっちゃんは鰯の肩を指で突っついてクスクス笑っていた。つくづくこの人は、お喋りでお節介焼きのホビットの性格そのものだと鰯は思った。

「おーい、もう開店だぞい、おまえら。はよこっちゃこーい」

 思いがけず、ツーさんが鰯を呼んでいる。開店と同時にご飯が大量に出るからだ。よっちゃんだけでは手が足りないから、鰯にも給仕させたいのだろう。

 『ポンピー・パンピー・ヒッピー・ハッピー』の怪しい夜がついに始まった。




 鰯が店に住み込みで働くようになってから半年の月日が流れた。

 鰯はよっちゃんの言う事を素直によく聞いて、メキメキと仕事を覚えていった。

 よっちゃんのアドバイスは常に的確で、鈍亀の鰯でもいつしか自分から仕事を見つけてうごけるようになった。

 おおらかで優しいツーさんは、時々簡単な料理の手ほどきをしてくれた。娑婆婆はいつもイヤミを言うけれど、心の底では鰯の成長ぶりを喜んでいるようだった。

 この店の名物。乱暴な客たちに対する鰯の接客は段々と要領を得るようになっていった。予測不能な酔客を扱うことは鰯を一段も二段もたくましくさせた。店の女性達もその点、鰯のことは気にかけていて、その期待に応えるため鰯も頑張った。

 キューちゃんやペニチギリら、2階の個室持ちの女性たちの事はおっかないので、彼女達の相手は専らよっちゃんが受け持っていた。色々と危ない人らであることは間違いないのだが、本当は心の暖かい人なんだと鰯は勝手に決めつけていた。

 初めてアメニティの在庫管理を任された日。鰯は帳簿を持って表で待機していた。

 『ポンピー・パンピー・ヒッピー・ハッピー』の出入り業者であるペヨンジュン運送が、いつも通り六輪無限軌道のワニ型トラックでガリガリと乱暴に店の前に乗り付けてきた所、不注意な鰯はそれにケツをド突かれて死んだ。


 気がつくと鰯はベッドの上にうつ伏せになっていた。顔を上げると、そこは見慣れた『ぴえん荘ω』にある鰯のオンボロ部屋の光景だった。

 目の前にあったタブレットには埃が積もっており枕はやたらカビ臭い。時間の経過を感じさせる。

 鰯の身体からは店働きで染み込んだ種々の料理のスパイスや汗の匂いがしていた。






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これって異世界なのか?! 主人公死んだけどとりあえずどうする? 椎葉 化成 @touno1030

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