第2話 無数の光
なぜかぐっすり眠れた気がする。戦の足音が聞こえているにも関わらず、森は静寂に包まれており、空には春の大三角形が見える。ここまで牧歌的な睡眠はいく年ぶりだろうか。早朝4時。周囲の暗闇が誘うなか、僕たちは第5コンビナートへ向かう。総勢2000人。
「蒼司隊長。敵の来週まで1時間を切りました。少し急ぎましょう。」
通告された時刻は5時。1時間後にはここは血と悲しみで覆われているだろう。戦いを望む人なんて誰1人いないだろう。いや、居てはならないのだ。
「なあ、劉。勝てると思うか。」
戦力差は歴然。司令部も勝利を望んでいない。ただ、少し戦って撤退する。さすれば、政府が解放戦線に攻撃を始めたとして、多くの民衆が立ち上がる。我々の犠牲の上に。
「死傷者を最低限に抑える。これが我々、指揮官の役目ではないですか。勝てる勝てないは二の次。中部独立遊軍としての初戦です。まずはそこを徹底しましょう。」
「お前の言う通りだな。誰も死なせないさ。任せとおけ。」
自信があるような発言は不安の裏返しだ。作戦成功への不安。責任の不安。命への不安。これらの不安を口にしたら、部隊の士気が下がり、不安が現実となる。マイナスの感情は伝播しやすいのだ。特に指揮官の僕が弱音を吐くと尚更。
「緊張していますね。大丈夫です。私がついてます。」
劉には即刻見破られた。見破られたことに対する恥ずかしさより、自分を理解してくれたことへの安心感が勝った。忠実な副官劉は身も心も支えてくれる。
少し経つと第5コンビナートが見えてきた。開戦まで残り30分時点で全員が配置完了。いつでも戦える準備ができてる。心以外は。多くが実戦経験のない新兵で戦うことを恐れている。仕方がないことだ。誰でも命を落とすのは怖い。同じ人間、日本人同士で、思想の違い、組織の違いから殺し合う。僕の目的は誰も死なせないこと。そのためには、、、
「総員、聞いてくれ。これから政府軍が来襲する。敵は70000、こちらは8000。部隊単位で言えば我々は2000人だ。笑えるほどの戦力差だろ。でもな。我々には意志がある。敵のように言われるがまま戦うのではない。自由のため、解放のため、僕らは自由意志のもと戦うのだ。そんな僕らがどうして負けようか。横を見ろ、後ろを見ろ!ともに励まし合った友がいるぞ。仲間を信じ、練習を信じ、信念を信じ、そして僕を信じて存分に戦え。」
「「「「うおーーー」」」」
まさに心が一つになる瞬間だった。雑な演説でも声を上げることで謎の高揚感に包まれる。この高揚感は一歩間違えれば部隊を壊滅へと追いやり、成功すれば勝利へと導く。今のは成功例だろう。
〜4月4日5時00分 政府軍のドローンを感知〜
海上に無数の光が見える。政府軍お決まりの戦法だ。お決まりということはこちらも対策済みだということ。うちには東洋のアインシュタイン?(自称)村尾凛がいる。
「EMP発生させます。総員伏せて。」
凛の伝達の10秒後、海上が白く光った。海に火の玉となったドローンが落ちていく。しかし、南方のドローン数機が当たらずに直進。第4コンビナートで自爆した。自爆と同時に政府軍の艦砲射撃が始まった。
「全軍塹壕へ。衝撃に備えろ。」
途端に海岸線が砲撃を受けた。所々で悲鳴が上がり、土埃が舞った。艦砲射撃は数分ほど続き、機関銃や砲台のおよそ半数が破壊されていた。
〜4月4日5時30分 政府軍上陸開始〜
藤崎さんの作戦では、無人の第3コンビナートに敵を誘い込み、集中砲火によって殲滅する予定であった。しかし、政府軍は勘付いたのか、端の第4、第5コンビナートに上陸した。
「隊長!敵軍が南東の海岸より上陸してきました。」
敵の揚陸艇数隻が海岸に到達。塹壕に向かってきた。
「いいか。できるだけ敵を引きつけろ。ギリギリのタイミングで掃射だ。劉!敵との距離をカウントしろ。」
今攻撃をしても当たりずらい。なら、至近距離で潰す。
「敵との距離35m。30m。25m。20m。15m。」
「今だ!掃射!!!」
塹壕から顔を出し、一斉に射撃を開始した。残っていた機関銃も乱射した。敵はすぐに伏せたが、この至近距離では効果は薄かった。政府軍の第一陣は壊滅し、残った兵も揚陸艇へ引き返した。さらに、艦砲射撃を免れた砲台によって政府軍の第二陣を妨害した。
「よくやったみんな。今のうちに弾の補充をしておけ。怪我人は須坂の野戦病院へ運べ。」
怪我人の搬送も今のうちだ。砲撃を掻い潜った揚陸艇がまた砂浜に集結する。次は第一陣の約二倍だ。このまま戦えば、ジリ貧で負ける。当初の作戦が失敗した以上、空いた第1コンビナートの砲撃部隊はすぐに援護に入ってほしいとこだ。しかし、敵は第1コンビナートにもちょっかいを出していて、容易には動けない。
〜4月4日6時00分 政府軍第二陣攻撃開始〜
さっきと違って、敵も重火器を持ってきている。容易に塹壕から顔を出せない。そうしている間にも、敵は近づいてきている。犠牲を覚悟して、命令を下す。
「全軍掃射!恐るな!」
敵も負けじと反撃し、熾烈な銃撃戦となった。しかし、兵力や武器の性能で劣る僕らが段々と押されていった。塹壕まで到達したら、海岸線は放棄せざるおえない。それどころか部隊が壊滅する可能性だってある。今すぐに撤退命令を出すべきだが、、、
「まだ諦めるな。後方支援は任せろ。」
その時、大吾から無線が入った。大吾率いる「火熊」が到着したのだ。火熊は背中につまれた発射台から砲撃を開始し、政府軍もタジタジとなった。再びこう着状態となり、僕らとしては九死に一生を得た。
「間に合ったな。無事でよかったぜ蒼司。」
「僕は無事だが、部隊はすでに200人がやられている。看護人や怪我人も合わせると戦えるのは1500人といったとこだ。お前の火熊と合わせてぎり互角だ。」
政府軍の第3陣が来ればひとたまりもない。今から撤退を視野に入れないと。元々この戦いは勝つ必要がない。しかし、謎のプライドが判断を鈍らせる。戦ったら勝たないと。
「蒼司お前の言うとおりだ。お前の部隊は撤退を始めろ。俺らは機動部隊だ。いつでも撤退できる。前線を星州川まで引き下げろ。あそこなら持ち堪えられる。」
「ここで引いたら負けだ、、、」
「ああそうだ。負けだ。でもな。俺たち指揮官の役目はいかに犠牲を減らすかだ。お前もそう思うだろう?この際勝ち負けは関係ない。生きるか死ぬかだ。」
「でも。」
「でもじゃない!指揮官としての自覚を持て。お前の判断一つで1500の命を捨てることだって、未来に生かすことだってできる。」
僕の謎のプライドは、大吾によって打ち砕かれた。隊長としての責務を果たす。
「わかった。劉。撤退だ。」
〜4月4日6時30分 対上陸作戦部隊、海岸線放棄〜
「大吾。星州川で待ってるぞ。」
「おお、任せとけ。」
大吾の背中はいつもより大きく、頼もしく感じる。僕も隊員に見せなければならない。隊長としての覚悟を。それにまだ負けたわけでない。本当の敗北は。この部隊が壊滅した時だ。だから、必ずこの部隊を無事に撤退させる。
日本内戦 @Hatimaru8
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