第2話 朱里宅にて(1)

 「えっ? 自転車って、自分で漕ぐのか?」


 太郎は唖然とした表情で、マイ自転車を車庫から出して来た朱里に尋ねる。


「自転車って、こういう乗り物なんですよ? 歴史の授業で習いませんでしたか?」


「そうだけど、電動サポートもついていないし、接地しながら進むの? これ。浮かないなんて、大丈夫? ちゃんと進むのかな」


「だから、自転車って、そもそもこういう乗り物ですよ」


 朱里は自転車に備え付けてあるバッグをごそごそと探り、手のひらサイズの塊をポン、と開いた。空気で膨らみ、ヘルメットになる。万が一の際には首や背中を守るエアバッグも飛び出してくる仕様である。


「はい、サイズ大丈夫だと思うんで。これ被って、後ろに乗ってください」


「ありがとう。……でも、2人乗りは交通違反にはならないかな……?」


 そう不安げにする太郎。真面目というか、遵法意識がとても高い質のようだ。朱里はふふんと笑う。


「現代の交通関連の法律には、電動でも自動でもドローンバイクでもない自転車に関する法律は定められていないんです。つまり、どんな乗り方をしても違反にはなりません」


「……」


 この古式自転車を乗り回すような人は現代では存在しないため、関連法律もない、との理屈らしい。


「私も『重し』をのせて漕げば鍛錬になるので助かります。さ、行きますよ」


「『重し』……」


 複雑な表情を浮かべる太郎をよそ目に、朱里はぐっとペダルを踏み込んだ。そして真っ白なチューブ状の道を通る。


 季節は夏である。外気温は45℃あり、自転車を漕いで走るなどとんでもない。そこで、快適な気温に調整されている歩行者・軽車両通路を進行しているのだ。この季節、屋外を走るのは公共交通機関か自動運転の車くらいである。


 朱里はビュンビュン飛ばしながら、自動走行している自転車やボードを追い抜いていく。


「ちょっと飛ばしすぎではないかな? というか、人力だけでこんなにスピードが出るのか……?」


「自動運転の乗り物が安全速度でコントロールされているだけですよ。自転車はこんなものです」


 朱里は同じ説明を繰り返しながら、慣れた様子で通路を走る。自動制御されていないイレギュラーなものが走っているため、周辺を走行している自動運転ボードに安全機能が働いて不規則な挙動をしているようだ。朱里はその乗り主に「ごめんなさーい!」と軽く謝りながら進む。


「ほ、本当に、大丈夫?」


「大丈夫ですよ。ちゃんと私は自分で避けられますし、あっちは安全機能があるし」


「……」


 太郎はそれでも少し心配げに周りを見回す。チューブの中なので風は吹かないが、朱里の漕ぐ勢いに乗って空気が顔を撫でていく。自動運転の乗り物とは何かが違うような不思議な心地よさを感じていた。


◆◇◆


 30分ほど漕いだ後、自転車はチューブの出口を出た。すぐにドーム状の住宅街の入口へと降りていく。下り坂なので一気にスピードが出る。


「わ。わあああ……」


「タローさん! 暴れると危ないですよ!」


「こ、これは制御できているのか? うわあ」


 きゅきゅ、と段階的にブレーキをかけ、そして一軒の家の前で止まった。ふう、と安堵の息をつく太郎。


「着きました! ここが私の家です。散らかってますけど、どうぞ」


「あ、ありがとう」


 自転車を脇に止め、玄関へと案内する朱里。太郎は家を見上げた。


 大学生の一人暮らしと言うから、てっきり共同住宅なのかと思っていたが、なかなか大きな戸建てだ。このドーム内住宅街は区画整理がキレイに行われているエリアなので、一帯全く同じ見た目の家が建ち並ぶ。建材・間取りはもとより色も形も同じだ。住宅街全体がドームで覆われ風雨にさらされることがないので、外壁などはやや簡素な素材で作られている。規格を統一させた方が環境への負荷もかからず維持管理もしやすいとの観点から、国内の多くの住宅街はこのようなスタイルである。


「? どうしました? タローさん」


「あ、いや。お邪魔します」


 中に入ってこようとしない太郎に朱里が尋ねる。促され、屋内へと進む太郎。


と……。


「おかえりなさい、朱里」


 と女性の声が聞こえた。おや、とその声がした方を見る太郎。


「ただいま」


「あら、その方はどなた?」


 太郎を見とがめ、尋ねてくるのは……。


「……AIロボットか。なるほど、だから一人暮らしでも、気にせず人を迎え入れたんだね」


 太郎の視線の先には、シンプルな造形の人型ロボットが立っている。


「そうなんです。私のパパとママが『入って』います」


「なるほど……。はじめまして、お邪魔します。小鳥遊太郎です」


 ロボットにペコリとお辞儀をする太郎。と、シュン、と何かが切り替わる音がして、野太い声が出てきた。


「君は朱里の彼氏かな? 私はまだ聞いていないが」


「え? いえ、そういうわけでは……」


 『父』のAIに切り替わったようだ。古代の父親像よろしく、じろりと機械の目を光らせてくる。


「ちょっと事情があって、うちに匿うことになったの、気にしないで」


「朱里、しかし、気にしないでと言われても」


命令プロンプト:彼は安全だし私の命の危険はないから、彼に注目しないでも大丈夫。OK?」


 朱里がロボの目を見ながらそう命令する。キラリと一瞬瞳の部品が光り、『父』の声で「学習した」との音声が流れた。太郎の『設定』を覚えさせたようだ。


「はい、これで口うるさく言われることはないですから」


 そう言って、太郎をリビングのソファへといざなう朱里。座りながら太郎は尋ねた。


「お父さんとお母さんの性質を学習させているんだね。ということは、ご両親は遠方で暮らしているのかな? 朱里さんは、大学進学のためにここで一人暮らしを?」


 このAIロボは、人間の『脳内』を学習させることができる代物だ。知識や経験、正確、思考回路、勉強の指導や料理のレシピ、自身が知る技術の継承まで、蓄えられる情報の程度は調整できる。人型で人間と同じような動きもできるし、非常時にはボディガードやちょっとした診察、治療もできるので、遠方に住む子どもや一人暮らしの高齢の親の元に設置する場合も多いのだ。


 しかし、朱里は首を横に振った。


「いえ、違います。うちは両親とも亡くなってるんです。このロボは、2人が死ぬ前に偶然、設定してくれていたものです」


「あ……、そうなんだ……。それは、すまない……」


「大丈夫です。もう10年前のことなんで」


 朱里は少しだけ哀しそうな顔をしたが、しかしケロリとした口調で話を続ける。


「『万が一』に備えて、私が生まれたときから少しずつ、2人の性質を学習させてくれていたみたいです。まさかこういう形で役立つとは思っていなかったと思いますけどね」


「その、ご両親は、急なこと、だったのかな……?」


 深入りして良いか少し戸惑いながらも、そう尋ねる太郎。余命宣告を受けるような病に罹った際、子どもや家族を護るために自身をAIロボに読み込ませるようなケースも少なくない。しかし今の朱里の言いようだと、そのような流れではなかったようだ。


 朱里は「はい」と頷く。


「事故だったんです。車の交通事故。私も一緒に乗っていたんですが、私だけ助かりました。大怪我でしたけど」


「えっ? 交通事故?」


 驚く太郎。交通インフラが自動化、一括管理化、過剰すぎるほどの安全装置によって完璧に制御されている今の時代。交通事故での死者は、年に1人いても多いくらいである。10年前といっても、今と状況はさほど変わらないはずだ。


「そうなんです。自動運転の車に乗っていたんですが、何かの気まぐれのような小さなエラーが悪い風に動いたみたいで。猛スピードで壁にドカン、だったみたいです。私は事故のことはあまり覚えていないんですけど……」


「……」


 そう、淡々と語る朱里に、太郎は何といっていいのか分からない。そのまま朱里は続ける。


「自分の力や理解が及ばないところで、安全に護ってくれるはずのシステムに訳が分からないまま命を奪われるって、なんだか理不尽ですよね。だから私は、なるべく『自分で生きたい』って思っているんですよ。ちゃんと生の実感、感じながら、自分で自分のことに責任を持てる範疇で、自分の力で生きる……」


 そう語っていた朱里だが、自分を見つめる太郎の、哀しみを湛えた眼差しにはっと気付いた。


「あ、ごめんなさい。なんか語っちゃった。そういうわけで、私は自分で自転車を漕ぎたいし、自分の力だけで世界を回ってみたいんです。懐古主義者って訳じゃないんですよ。まあ、古いものも好きですけどね」


「そう、か……」


「お腹空きましたね、ごはんにしましょ」


 朱里は沈んだ空気を盛り上げるように元気に立ち上がり、キッチンへと向かう。といっても、水道の蛇口や流し台はあるものの、コンロなどの調理場があるわけではない。設置されているタッチパネルを起動する。


「タローさん、何が食べたいとか、ありますか? 和食? 洋食? 中華?」


「いや……、なんでも大丈夫だよ。好き嫌いも特にないから、朱里さんが食べたいもので」


 『朱里さん』の呼称に、また胸をキュンと高まらせる朱里。だったら……、とスイスイとタッチパネルを操作する。


「私の好物にしますね。私、ハンバーグが大好きなんです。目玉焼きが乗ってるやつ」


 そう楽しそうに教えてくれる朱里に、「確かに、目玉焼きハンバーグがよく似合う子だな」と思ってしまう太郎。


 朱里はパネルで2人前のハンバーグ夕食セットを設定し、GOを押した。これで朱里が行う『調理』の作業は完了だ。今、スーパーや食材店へと材料のオーダーが発注され、必要なものが物流ラインやドローンで運ばれてくる。キッチン裏の材料BOXに全て届いたら、今度は『キッチン』が自動で調理を行うのだ。


 もちろん、自分の手で調理を行う人間も少なくない、というか今でもその方が多数はだが、これは得手不得手の問題だ。朱里は料理に関しては、『自分の力』を信用していなかった。ここに関しては、技術の叡智を大いに活用している。


「30分くらいでできるかな。ちょっと待っててくださいね」


 そう声をかけながら太郎の脇のソファに座った朱里は、ニコニコとしながらその男性の長いまつげや物憂げな瞳を見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【未来空想小説】我々はテレポーテーションを手に入れた 七緒希〈ナナオキ〉 @nanaoki7709

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ