【未来空想小説】我々はテレポーテーションを手に入れた
七緒希〈ナナオキ〉
第1話 配送センターにて
2XXX年、人類はテレポーテーションを手に入れた。
ご存じ、瞬時に違う場所へと移動できる技。しかし魔法や特殊能力などではない。それは科学の力によって成し遂げられていた。そのため、誰であっても瞬間移動することができるようになっていた。お金さえ払えば、であるが。
「ううー。 腰が痛い…!」
「タッキー、大丈夫? 湿布を持ってこようか?」
「
朱里はそう、にっこり笑う。2人がいるのは、とある運送会社の倉庫だ。といってもそこは、何十もの扉に守られた厳重な建物の中にある部屋。朱里は体をぐい、ぐいとひねって、ストレッチらしき動作をしていた。日本人女性の平均身長は165cmくらいだが、朱里はそれよりも10cmも小さい、小柄な方だ。とはいえ、かつては自分くらいの身長が平均だったらしいが…。
「重い荷物が続いたから、ちょっと疲れただけなんで」
「確かにね。うちで扱える大きさ、ギリギリのばっかりだったもんなあ」
そう言って、屋島と呼ばれた男は、室内に運ばれてくる荷物を見遣る。
「世界中どこにでも一瞬でビュンと飛んで行ける時代なのに、荷物を機械に設置する作業だけは人間の手で行わないといけないんだから、便利だか不便だかわかんないな」
「まあ、でも、そのおかげで私はアルバイトにありつけているんで。今日び、学生がガッツリ働ける現場って、あまりないですからね」
朱里はそういって、大きな瞳をキラッと輝かせる。朱里は20歳の大学2年生。文学部に通っている。学生のアルバイトといえば、遠い昔は飲食店のホールであったり塾講師であったりが定番だった時代もあるそうだが、今はそれらはロボットの仕事だ。人間が働いて稼げる場は限られているのだ。
「でも、シュン大生がわざわざアルバイトなんてしなくてもいいんじゃないの? しかも特待の奨学生なんでしょ?」
「そうもいきませんよ。できる限りお金を貯めておきたいんです。就職前に、世界を飛び回るために」
そう言ってふん、と気合いを入れる朱里。そして、次の荷物をチェックする。
「…これは、イギリスエリアのロンドン行き。いいなあ、ロンドン、古都ですね。私も行きたい」
「こらこら、荷物だけだよ、テレポートするのは」
「わかってマース」
朱里はそう、いたずらっぽく笑って、耳下で切りそろえたおかっぱの黒髪を揺らしながら、荷物を転送ブースの中に入れた。小柄な体型だが、力強く荷物を運ぶ朱里。円柱状のブースは透明の膜で囲まれている。扉を閉め、スキャンしたアドレスをチェックする。
「よし、OK。ゴーゴー!」
そう呟きながら、転送ボタンを押す。ブース内で緑の光が荷物に当たり、その瞬間に荷物はぱっと消えてしまった。もう、この瞬間にはロンドンのブースに到着しているはずだ。すぐに、手元のモニターに「到着済み」のランプが付く。これで完了だ。
「約1万キロの彼方へ飛んでいきましたっと」
朱里はそう呟きながら、空になったブースをじっと見る。
◆◇◆◇◆
日本のとある企業が開発した、瞬間移動装置。これが、世界の物流と移動の常識を変えた。この瞬間移動、漫画や小説で描かれたような、念じたところに自由に飛べるというような代物ではない。設置したブースとブースの間を一瞬で移動できる装置だ。
このブース同士は地下で幾万ものラインでつながっている。片方のブースに入り、緑色の光を浴びると、その瞬間にこのラインを通ってもう一つのブースへと移動する。しかもこれ、人だけでなく動物も物も、何でも移動ができるのだ。
この技術がはじめて公開されたのは、約100年も前のことだ。最初は僅か30メートルの距離のブース間を瞬間移動するという、アトラクションや見世物的な扱いだった。
もちろん仕組みがよくわからないから、一般人は怖くて率先してブースに入りたがらない。しかし、その開発企業は日本のあちこちにブースを設置しラインを引き始め、そして社員自ら積極的に瞬間移動をしては「安心・安全」をアピールし始めた。同時にブースの数を増やし、距離を伸ばし、そして都市間を移動できるようにしていった。
人々は、はじめは恐る恐る、しかしすぐにその便利さの虜になって、瞬間移動は日本中に猛スピードで広まった。ありとあらゆる場所にラインが敷設され、またたくまに日本のインフラ設備の1つとなった。
日本人が何の問題もなく瞬間移動をしていると見るや、「メイドインジャパンなら大丈夫なのかもしれない」と日本エリア以外からも瞬間移動ブース設置の要望が来た。今も昔も「メイドインジャパン」への信頼度の高さが、根底にあるのだ。
頑丈な海中パイプを通すことで、大陸間も問題なくラインを通すことができた。これら危険な場所は全て工事ロボの仕事だ。このラインとブースの設置は恐るべきスピードで世界中へと広がった。
そして、晴れて世界中の人間が自由自在に瞬間移動を…、と思いきや、実はそうではない。この瞬間移動装置は、電力などのエネルギーを恐ろしく消費する。そのため、1回ごとの移動に高価な移動費が設けられた。それでも乗る前後の煩わしさがある飛行機や宇宙船での移動に比べれば、一瞬で移動できるというのは遙かに価値がある。まさに、時は金なりだ。
そういうわけで、富裕層は瞬間移動、それより少しお金を掛けずに早く移動するなら宇宙船。それよりも節約するなら飛行機や船、ドローン、車…、と、移動や物流の選択肢が多彩になっている、そんな時代である。
◆◇◆◇◆
「タッキーは船と自転車で世界一周を目指してるんだったね。今時、珍しいね」
屋島が、せっせと働く朱里に声を掛ける。
「体もそのために鍛えてるんだってね。そんなきつい思いをしなくったって、人間、生きていけるのに」
「でも、サポートロボに支えられるだけの人生なんて、生の実感、感じられなくないですか?」
感心する屋島に、朱里はハキハキと答える。今の時代、そこそこの年齢になると、手足にサポートロボを装着している人も多い。歩行や荷物を持つなどの軽作業などをサポートしてくれるウエア式のロボットだ。屋島もそれを着用してこの荷物を運ぶ作業に携わっているが、朱里は体を鍛えるため、あえて着けていない。
「でも、自動運転じゃない乗り物に乗るなんて、こわいな。人が急に目の前にいたりしたら、どうするのさ?」
「え? その時は、ブレーキをかけて止まれば良いだけですよ」
「急に逆方向に曲がりたいなと思ったら?」
「いや、だから、曲がりたい方向に自分でハンドルを切ればいいんですよ。考える前に体が動くものですよ。屋島さん、自転車に乗ったことはないんですか?」
「自動走行のボードになら乗ったことあるけど…」
「ふうん…?」
朱里は不思議そうに屋島を見ているが、実は朱里の価値観の方が少数派である。人が自らの判断で動かなくても、世の中はふんわりと回るような仕組みになっている。
それでも世の中にはアスリートがいるし、子ども時代には部活動で汗を流す子だっている。オリンピックは世界中の人々にとって大きなイベントの1つだが、かつてよりも国と国の境目が曖昧になっている今、国別で競争する意味合いは薄い。
と、朱里が操作しているブースの隣にある『第二ブース』から着信音が鳴り響いた。これから、どこからか荷物が瞬間移動してくる合図だ。しかし…。
「あれ? 今日はこのブースに届く予定は入っていないですよね?」
「うん。おかしいな? 至急のスケジュールが入ってきているわけでもないし…」
2人がいる運送会社のこの部屋は、『荷物専用』の転送装置が置かれているスポットだ。人も送れないわけではないが、物流を効率的に行うためにこのような物専用のブースが設置されている。そのため、無計画に物がポンポンと運ばれることはなく、世界各地から事前にスケジュールが届くのが一般的だ。
「アドレス間違いかな? 返送するにも費用が結構かかるから、どちらのミスかをはっきりさせておかないと…」
屋島が、空中に現れた文字データを見てそうブツブツと呟きながら、ひとまず受け入れボタンを押す。送り元は国内のようだ。よほどの急ぎ便なのだろうか?
やがて、受け取りブースが発光し始めた。そして、下から上へと転送されてきた物が象られていく。物だとまだ良いが、これが人物転送だと少しエグい絵面になる。さすがに内蔵など「中身」は見えないが…。
…が、そこには人の足が現れた。
「…あれっ? 人?」
じーっと光のせり上がりと共に、人物が象られていく。男性のようだ。
「えっ? これで人を送るの、まずくないですか…?」
「ああ、まずいよ。怒られちゃうよ…。ただ、うちは知らずに受け入れただけだから…」
屋島は慌てつつも冷静に状況を判断する。この施設には、人を送る資格が付与されていないため、国から罰則を受けたり罰金を求められる恐れがあるのだ。
「届いているのは北海道からだな…。知床…?」
「転送、完了しました」
朱里がいつもの荷物と同じように報告する。ブースの中には、1人の背の高い男性が立っていた。屋島よりも少し年上の様に見える。細身で髪を長く伸ばし、後ろで1つにくくっている。すらっと痩せた『現代的』な体型の男性だ。
(…あ、ちょっと好みかも…)
朱里はその顔を見て、一瞬、ときめいた。しかし、すぐに駆け寄る。その男性がふらりと倒れそうになったのだ。
「ちょっと……、大丈夫ですか? ていうか、ここは荷物専用の転送ブースですよ」
「ああ…、ごめん…。やっと出てきたんだ…」
朱里に体を支えられながらブースを出る男性。そして、胸元から一枚のカードを取り出して見せた。
「…あ、身分証? 『シュンカン』本社の、社員さん…」
「えっ」
屋島が驚く。『シュンカン』とは、瞬間移動装置を開発した企業の名であり、この運送会社の親会社でもある。ちなみに、瞬間移動装置の会社だから『シュンカン』だなんて、なんて安直な名前なのかと朱里は未だに思っている。しかし、いまや世界中に名を轟かせる大企業である。
「…ど、どういうわけですか? やっと出られたって…」
「すまない、出られればどこでもよかったから、転送先をランダムに設定してしまって。荷物専用のブースに来てしまうとは…」
日本中には幾千もの転送ブースが設置されているが、荷物専用のブースはあまり多くはない。確かに、なかなかの確率だ。
ブースから外に出た男性は、ヨロリと床に座り込み、ふうと息をついた。
「……えーと、
朱里は、社員証に記してあった名でその男性を呼ぶ。随分と古風な名前だが、最近はノスタルジー・ネームが流行しているので、珍しすぎるというほどでもない。
「……あの……、やっと出てこられたって……。まるで閉じ込められていたかのような言い分……」
「まあ、それに近い感じだよ」
そう呟く太郎は少し目を閉じた。物憂げに揺れる長いまつげに、朱里は引き寄せられるように近づく。
「まさか、何か犯罪に遭っていたんですか? 通報しましょうか?」
そう言いながら腕につけてある端末をサッと操作し始めている朱里。その行動の異常な速さに太郎は慌てる。
「あ……! だ、ダメだよ! 通報だなんて! 俺は身を潜めないといけない立場なんだ」
「……! あなたが、犯罪者……!?」
「いや、そうではないんだけどっ……!」
ここで屋島が、困ったように頭を掻きながら言葉を挟んでくる。
「あの……、小鳥遊……、チーフディレクター? その、身を隠す必要があるのでしたら……、そもそも我らに、身分証を見せない方が、良かったのでは……?」
「あっ」
ハッとする太郎。シュンカン本社の役職付きということは、結構なエリートのはずであるが……。
(え? なんか、そのギャップがカワイイかも……)
太郎のうっかり具合に、さらにときめく朱里。床に座り込んだまま頭を抱える太郎の方に手を添え、朱里はハキハキと語りかける。
「タローさん、今日、身を隠す場所はあるんですか?」
「いや……。そもそも、ここがどこかも俺はよく分かっていないし……」
「ここは九州の副都エリアです。あなたがいた知床からは、随分と遠い場所ではありますけど……」
天災時などのリスク回避のために、東京から遠く離れた九州のちょうど真ん中あたりに日本の副都が作られて久しい。ちなみに九州内にあったいくつかの県名は今はなく、島丸ごとただの「九州」だ。隣の島は「四国」だし、首都東京がある島は「本州」でいくつかにナンバーとアルファベットでエリア分けされている。
「九州……」
そう聞き、しかしそこまで驚いた様子はない太郎。まあ、シュンカン社の人間にしてみれば北海道から九州なんて、隣のお家にひょいとお邪魔するような距離感だろう。朱里は質問を続ける。
「九州にお知り合いはいますか? 連れて行きましょうか?」
「ちょ、ちょっと、タッキー。妙に前のめりだけど……」
屋島がハラハラと朱里を止めようとしているが、スルーする朱里。太郎は嘆くように首を振る。
「知り合いはいるけど、逆に俺がここにいることはバレてはいけない。チャンスがあったから、考えなしに飛び出してしまったんだ、俺は……」
「わあ、それは大変ですね!」
朱里が妙に元気よく慰める。屋島は隣で渋い顔だ。次に朱里が何を言い出すか予想できているからだ。
「タッキー、日本には『火中の栗は拾うな』というありがたい言葉があってね……」
「タローさん、だったら、私が匿いますよ! 私、一人暮らしなんです! 空き部屋もあるから、大丈夫ですよ」
「タッキー!」
回りくどい屋島の諫言をスルーして、朱里はついにその言葉を発した。頭を抱える屋島。
「タッキー。いくら相手がシュンカン本社のエリートさんでも、それだけでまともな人とは限らないんだよ。今会ったばかりの男性を自宅に引き入れるだなんて、すごく女性らしい行いだとは思うけど、僕は感心しないな……」
「大丈夫ですよ。タローさんはとても理性的な人間に見えますし、それに、ほら」
と、朱里は腕につけている端末をまたささささと操作している。ピッと空中に文字情報が現れた。
「犯罪歴もないし、ライフログに
「まあ、それはそうだけど……」
女性は肉食系、男性は草食系、というのが今の時代の「らしさ」である。誰もがサポートロボを装着するため、腕力の差もかつてほど大きくはないのだ。遠い昔、そのイメージが逆であったことは、ここにいる3人は知る由もない。
そしてこの国で生活する人間全てには、誰もが読み取りできるライフログが紐付かれている。細かな個人情報は公開されないが、犯罪歴や要注意事項など、関わる上で注意すべき事項は「赤レッドマーク」として、誰でもチェックできる仕組みになっている。
「ね、タローさん、そうしましょう?」
「……しかし、甘えていいのかな……」
そう、長いまつげを揺らして上目遣いで朱里を見上げる太郎。朱里はキュンに胸を打ち抜かれた心地になる。
「全然大丈夫です。さ、行きましょ? 変装した方がいいかな。ひとまず、この白衣は脱いだ方がいいかな。髪切ります? イメージ変わりますよ」
サクサクと話を進める朱里に、太郎も面食らっている様子だ。このスピード感こそ朱里なのだが、太郎はまだそれを知らない。屋島は再度、忠告する。
「タッキー。そもそも、この部屋には監視カメラがあるんだから、匿おうとしているのがバレてしまうよ」
「屋島さん。監視カメラなんて、始終、監視しているわけではないでしょう? 何か問題が起こったときにチェックされるものです。つまり『誰かが』騒ぎ立てなければ、大丈夫です」
「……誰かが……」
「そうです、『誰かが』」
そう、ニヤリと笑う朱里。屋島は小姑のように口うるさいが、何かと朱里の我が儘を聞いてくれるということを、朱里は把握しているのだ。屋島自身がおしゃまな一人娘(現在小学4年生)を育てているからであろうと朱里は推測している。
「タッキー、本当に、気を付けてよ」
「大丈夫ですよ。さ、タローさん。私、もうバイト終わる時間なので、行きましょ?」
「え、あ、うん、ありがと」
舌足らずな太郎の「ありがと」に、また胸中でもだえる朱里。太郎を立ち上がらせ、そして手を引いた。太郎は一瞬、足を止めて、そして2人に尋ねる。
「……ちなみに、君たちは瞬間移動をしたことは、ある?」
その質問に顔を見合わせる朱里と屋島。シュンカン社の市場調査だろうか? 屋島が情け無さそうに笑う。
「自分はシュンカン社の子会社に勤める人間ですが、お恥ずかしながら瞬間移動の経験はないです。まあ、お金の問題で……。我々のようなランクの人間からすると、かなり高価な移動手段ですので……」
「私も同じくでーす! それに、できる限り移動を感じながら動きたいってのがあって」
「移動を感じながら?」
妙な表現に、太郎が首を傾げる。
「そうです! 自転車や徒歩なら、自分の身体で動いてる感じがあるし、車や電車でも、途中の景色とか、飛行機でも身体にかかる重力とか。そういうのが感じられないと、なんか、もったいなくないですか?」
「ああ……。分かるような、分からないような……」
そう戸惑ったように呟いて、そして繰り返す太郎。
「君たちは、瞬間移動をしたことは、ない……」
「シュンカン社の売上に貢献してなくてすみませんね! さ、行きましょ」
朱里が焦れったそうにそう話を切り上げ、そして太郎の手を引いた。長身の太郎が引っ張られる様に、屋島はやれやれ、と肩をすくめる。
他の社員に見つからないよう裏口からコソコソと配送センターを出る朱里と太郎。朱里の胸は高まっている。
(すごい……! 何か、物語が始まっている気がする。古典の授業で読んだ漫画みたいな……!)
恋のときめきに胸を焦がす少女は、怖いもの知らず……。今も昔も、これだけは世の常のようである。
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