囚われ人

焚齧

囚われ人

〝勉強〟それは多くの人を苦しめるとされている。

最低でも義務教育と言われる9年間は知識を湯水のように垂れ流され、機械のように記憶媒体を強化され弄られ、覚えさせられる。


だが、ごく一部の人間は自身の脳を改造する事を望み、それを快楽として、唯一の娯楽として、生き、存在していた。


そして、その1例が僕という人間だ。



物心ついた頃から祖父と一緒にクロスワードに挑戦し、苦戦して祖父に泣きついて。されど重度負けず嫌いの僕には〝投げ出す〟という選択肢は初めからプログラムされていなかった。

〝投げ出す=負け〟と思っていたからだ。


知識を蓄えることに快楽を覚えた僕は様々な問題を解き、様々な問題集を祖父と共に買い漁り、挑戦していた。



そして、ある日の僕は〝脳を活性化させる娯楽〟を見つけた。

それは〝ルービックキューブ〟と呼ばれる物で、1つの面事に色を揃えるゲームだ。

僕が最初に手を出したのは〝赤・青・黄・白・橙・緑〟の計6色、1面3×3というごくごく一般的な物。


だが、僕はこれに苦戦した。

1面揃えるだけで2時間をかけた。

お昼から始めた筈なのに、全面揃う頃には太陽が沈んでいた。


祖父と一緒に〝遅いな〟なんて呑気に笑っていた気がする。


そして、またある日は工作にハマっていた。

木材を購入して、ちゃんと仕分けのできるお寺の形をした貯金箱を祖父と作ったり、大量の粘土を買ってきて、ありとあらゆる図鑑をみながら蜘蛛や蛇、ムカデやカブト、トンボ――兎に角いっぱい作って、小学生時代の夏休みの宿題に良くある物作り(?)は無双していた気がする。


「……なに、今更思い出してんだよ……」


高校2年となってしまった今となっては、黒歴史の一端に過ぎない話。

自分の想いにすら気付けなかった馬鹿の、無様な笑い話。

何が〝知識を蓄えることに快楽を覚えた〟だ。巫山戯るな。快楽なんて覚えていたなら、今でも続けている筈だろうが。


知識を蓄える事を目的とするならば、物作りをしていたいならば、何故〝高専〟に行かなかった?

……なぁ?行きたかったんだよな?行きたいから今尚、〝高専生〟という生き物が嫌いなんだろう?

自分は受験すらせず、諦めて、普通科に行ったもんな。努力を忘れてさ。全部投げ出して……逃げたもんな。


「お爺様に……褒めて欲しくて、知識を脳に詰め込んでたもんな……」


クロスワードは祖父のお下がりで、ルービックキューブは祖父が間違えて2つ買ったから一緒にしただけで、工作は祖父の趣味で……。

全部、祖父が……おじいちゃんが居たから、脳に無理やり楽しいと思い込ませて……馬鹿みたいだ。


勉強も、スポーツも、ご近所付き合いも、親戚付き合いも、小さい子の面倒を見るのも、全部、全部、おじいちゃんに褒められたかったからだ。



高2の一学期が終わって間もない夏休み。

誕生日プレゼントを祖父から貰う為に祖父の家に行ったのだが、久しぶりに会った祖父は不器用に笑っていた。


目には〝裏切り者〟という強い恨みが滲んでいたけど、僕は一時くらい笑顔を信じたいと思った。だから、僕は何も言わず、テレビの前に置いてある2×2と6色の3×3、白一色の3×3、形を自由に変えられるルービックキューブを数秒眺めた。


そして僕は結局、3×3のルービックキューブを手に取った。

2×2でも良かったのだが、変に小さいと回しにくいから、3×3を手に取った。


おじいちゃんはまだ祖父の顔をしている。

その現実から逃げ出す様に僕はルービックキューブの全面を確認して、廻し出す。


ペチッ


紙が何かに当たったかのような音がした。

顔を上げると、祖父――いや、おじいちゃんが〝これ使えよ〟と言わんばかにり指さしていた。


僕は苦戦していた。たかが3×3のルービックキューブに苦戦していた。


だからか、おじいちゃんは微笑みながらルービックキューブの説明書を出てきた。だが、おじいちゃんは2×2の説明書をだしてきた。

そして、僕がしているのは3×3のルービックキューブ。つまり、そんなものを見ても分からないというわけだ。


僕は自分がしているルービックキューブをコツコツと爪で軽く叩き、次に説明書を爪で叩いた。すると、おじいちゃんは恥ずかしそうに説明書を引っこめ、3×3の説明書を出してきた。


この時も僕の心は最悪だったさ。

おじいちゃんを、というか親戚全てを裏切ったクズが、何楽しんでるんだって思ったし、でも実際楽しいし。

でも、おじいちゃんが僕を見ないのが1番の原因だし。従姉妹さえ生まれて来なければ、叔母さえ近くに住んでいなければ、全部上手くいったのに……。なんて思っては自分を責めて、精神崩壊メンブレ寸前だったりしたね。


「……はぁ……勉強楽し……」


目標も何も無い僕だけど、高校は卒業したいと思えるようになった。

折角、先生に成績で5を狙える教科が出てきたって言われたんだし、全部の成績を4か5で埋めつくしてやろうなんて思えてきたし。


ま、高校卒業したら世界から逃げ出すとんずらするんですけどね?

期待されても無いのに、生きても意味ないし。


そもそも、テストを受けて点数が返ってきても見てくれる人なんていない。怒ってくれる人なんて居ない。褒めてくれる人なんて居ない。


なら、する意味ないじゃん?

……こうなりゃ自己満だよ。自画自賛だよ。


メンブレだァ?お前の言うメンブレは甘えなんだよ!覚えとけばーか!


「……なんか、虚しくなってきた」

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囚われ人 焚齧 @after_the_snow

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