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歯車壱式

第1話 毒蛇は微笑む

 ――浦川市・中央区、薄闇の中にネオンの残滓が滲む夜。

 シャッターの下りた店の前で、黒服の男が一人、煙草に火をつけた。


 路地裏の細道を抜けたその先、人気のない倉庫に人影が二つ。

 一人はスーツ姿の男、もう一人は長髪を無造作に束ねた闇商人──湘露思シャン・ロゥスー


 「そちらの“商品”……品質は保証してくれるんだろうな?」


 問いに返されたのは、ごく薄い笑みだった。


 「貴方が払う金が、保証の額に届いていれば──問題ナイです、ネ?」


 重い皮鞄が地面に置かれ、代わりに小さな鍵付きのケースが渡される。

 確認も早々に、男は去って行った。後ろ姿を眺めながら、シャンは携帯端末を取り出す。


 「──私ダ。探してた人、今来たヨ。たぶん、中央区から東浜へ向かうと思うネ。

 報酬は、指示した通りの口座へ……もし、踏み倒したら?」


 声のトーンは一段低くなる。


 「次は、お客サン……貴方ヨ?」


 通信が切れた後、シャンは無表情のまま小さくつぶやいた。


 「お客サンには悪いガ、金払い良い方に着く。当然よナ。」


 端末をポケットに収め、彼は歩き出す。次の依頼先を確認しながら、面倒なこの街から一刻も早く離れたいと、心中で嘆息を漏らす。

 けれど──その願いは、すぐさま遮られる。


 「よぉ、兄ちゃん。悪いけど、ちょっと付き合ってもらおうか。」


 路地裏に現れたのは、場末のチンピラ数人。揃いの刺青タトゥーを腕に入れ、それぞれの得物を持った小悪党の類。


 「……名乗リは?」


 溜息混じりに応じたシャンの声に返事はなく、男たちはいきなり腕を掴みにかかってきた。


 瞬間──一人が呻き声をあげて地面に崩れた。


 「ッ……な、ナイフ……ッ!?」


 シャンの指先から、細身の暗器が放たれていた。

 それは、気付けば既に標的の首筋に突き刺さっていたのだ。


 「麻痺毒入り。……数分で動ケなくなるネ」


 他のチンピラが叫び声と共に突進してくる。

 だが、二人目の拳を華麗に避けたシャンは、相手の腰に手をかけ、奪った刃物を逆手に持ちその柄を一気に後頭部へ振り下ろす。


 ガツン、と鈍い音。意識を失った体が倒れる。


 残った一人は震えながら後退しようとしたが、その足元に毒針が突き刺さりそのまま崩れ落ちる。


 「逃ゲル時間、与えタのに……惜しいネ」


 数分後──その場には倒れ伏した三人のチンピラ。呻き声すら出せないほどの麻痺。

 動けるのは、ただ一人。


 「……しまったネ。コレじゃ、何処の所属カも聞き出せない」


 面倒そうに肩をすくめたシャンは、再び端末を取り出す。

 発信先は、鮫淵組──街の裏側を仕切る暴力団への直通回線。


 『……もしもし、鮫淵組? 私ヨ。親分サン、いらっしゃるカナ?』


 暫くのやり取りの後、交代した相手に穏やかな声色で続ける。


 「アァ毎度どうも親分サン。実はネ、今ちょっとトラブルに巻き込まれて……チンピラに絡まれタんだけど。

 もし、そちらの方だったら──大変なことになるヨ?抗争の火種。ウン、確認してくれるカ?」


 脅しとも皮肉ともつかぬ口調で電話を終えるとポケットへ仕舞い、歩き出しながら空を見上げ彼はぽつりと零す。


 「……ボスのとこ、帰りたいネ」


 冷えた風が夜を撫でた。

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