逢麻我町五丁目十番地の家
のま
第1話 生
「うわ、雰囲気たっぷりだね。か、
「思ったよりちゃんとした家だな。けど、なんか入るの面倒そうだぜ。てか、暑いよ、
クソ暑いのに腕にしがみついてきた大也を振り払い、錆びついた鉄の門扉を見上げる。高さ三メートルはあろうか。しかも先が矢じりみたいに尖っている。あれじゃあ、乗り越えるのは無理そうだ。
「なんだか蚊に刺されそう。見てよ、中。草ボーボーじゃん」
俺の左側で、
この屋敷の住人が不審な死を遂げて以来、もう三十年以上、誰も住んでいないらしい。煉瓦の外塀には蔦がからみ、陽の当たらない部分は苔むしている。
外観は古いモノクロのホラー映画に出てきそうな二階建ての洋館だ。おおよそだが、敷地の広さは百平米はありそう。茶系の煉瓦壁、上下に開け閉めするタイプの窓。玄関ドアの前には洋館らしく、ポーチらしきものまである。それらはいずれも窓枠と同じで白く塗装されていた。屋根は赤茶色のテラコッタ(洋風瓦)だ。
家じたいは劣化を感じさせないし、荒れ放題の前庭や苔だらけの外塀を何とかすれば高く売れそうである。
それでも売りに出されていないのは、この屋敷にまつわる噂のせいだろうか。
「えっと、大也。誰だっけ? ここで死んだの」
「たしか、小説家の
「でもWakiに載ってなかったよ。聞いたこともないし、そんな作家」
蚊に刺されたのか制服からのぞく白く細い腕を掻きながら、莉々が話に割って入ってきた。乗り気でない口調とは裏腹に莉々の身体は前のめりで、門の隙間から屋敷を覗き込んでいる。
俺、
四月に一年生を勧誘する機会はあった。が、俺たちはそこまで熱心でもないし、他の部のように団結力もない。日々の活動も気が向いた時に図書室の隅に集まり、お互い好きな本を読んでいるだけだ。それらしい活動と言えば、文化祭の時に世界の七不思議(ネットのコピペだが)をそれらしく発表したことぐらいか。
俺たちの共通点をあえて言うとすればマイペースなところだろう。たしかに俺の通信簿は「協調性」に△がついていることが多かった。「三人とも一人っ子だからじゃないか」と言った大也に「そういう根拠のない分析は信じない」と俺が言うと、すぐに自分の意見を翻した大也自身が性格分析の薄っぺらさを証明している。大也は俺と莉々の意見に左右されやすい。莉々については声の大きさと押しの強さに、たいていは俺が面倒で先に折れるパターンだ。
本の趣味も三人バラバラ。
俺は「してやられる」要素があれば、べつに小説じゃなくてもいい。映画もマンガも好きだ。
一方の莉々は最近映画化もされたラノベ『超能力探偵シリーズ』一筋だ。その主人公の探偵
もともと「ミステリ同好会」も「勅使河原ファンクラブ」になるところだったのを俺が止めた。莉々は自信満々で入部希望者が殺到すると考えていたようだが、当然、誰も来なかった。そこでたまたま教室で本を読んでいた俺が無理矢理引き込まれた。読書は嫌いではなかったので、「勅使河原ファンクラブ」の名を捨てることを条件に入部した。
その時、俺の隣の席だった大也は「僕も入る」と自ら入部を申し込んだ。ちなみにその時点で俺たちは友人でも何でもなく、ただのクラスメートだった。
今思えば大也は莉々が目的だったのかもしれない。特に確認はしてないけれど、普段の反応でわかってきた。
そんな大也は大きな身体に似合わず、気が小さい。普段UFOやUMAなど胡散臭い話題満載の雑誌や実話怪談系の本を愛読しているくせに、放課後の学校に一人で忘れ物を取りにいけないのだ。たいていは俺がつき合わされる。俺もタダではつきあわないが。夏はアイス、冬はコロッケをおごってもらった。
期末テストも終わり、夏休みまであと四日という今日、俺たちは解放的になっていた。もっと言うと多少、退屈してもいた。だから大也がなんとなく口にした噂のお化け屋敷を見てみようと、放課後ここへやってきたわけだ。
「巨藤魔日郎は昭和六十二年に原作が映画化されて、それだけは当時売れたみたい」
「タイトルは?」
「『魔界殺人事件』」
「なんだよ、トンデモ本かよ」
「でもその印税でこの屋敷を買ったんだってさ」
俺のツッコミに不服そうな顔をした大也が付け加えた。
つまりは一発屋の作家が、最後に住んだ家がここというわけだ。たぶん三十年前はここの佇まいも豪華で立派だったのだろう。しかし彼は移り住んで半年後、こんなに大きな家の一番狭そうな屋根裏部屋になぜか書斎をかまえ、そこの窓からある日、身を投げたそうだ。
「でもさ……変じゃね? そんな
「僕に聞かれても……とりあえず僕の親は知らなかったよ」
たしかに当時は騒がれたかもしれないが、三十年前の事件だ。俺の両親も結婚後この町に移り住んできたから、当然知らないと思う。
「巨藤魔日郎の事件、ネットには載ってなかったよ。その『魔女殺人事件』ならAmezonに中古であったけど。安かったよ、かなり」
「魔女じゃなくて、魔界だろ……って、何してんだ?」
莉々を見て俺たちは驚いた。地面に膝をつき、門の隙間から右腕を敷地内に突っ込んでいる。
「わ、わーっ、木梨さん!」
大也が赤くなって莉々の行動を止めたのは、かがんだ姿勢から制服の短いスカートの中が見えそうになっていたからだろう。俺は莉々が何を履いていようと特に興味ないが、大也は違うらしい。
「木梨さんてば、何してんの?!」
「だって、あれ見て。もしかしてさ、ここの鍵じゃない?」
立ち上がり、砂を払いながら、莉々は手を伸ばしていた方向を目で指し示した。
見ると門のすぐ内側に細長い鍵が落ちていた。赤い錆びが所々浮いてはいるが、なかなか洒落た鉄製の鍵だ。尖った部分、いわゆる鍵穴に差し込む部分が横に二本突き出ている。大文字のFのような形。その簡素な造りは、たしかに目の前の門に合うかもしれない。あくまで「かもしれない」だ。
「僕が取るよ。届きそうだし」
大也が言いながら、門の向うへ腕を伸ばした。
こいつは今年に入ってから、急に背が伸びだした。この半年で五センチも高くなった。中一のはじめはどちらかと言うとぽっちゃり体型だったが、背が伸びるにしたがって飴を引き伸ばすように細くなっていったのだ。一緒に歩いていると兄弟に見られたことも何度かある。
さらに気に食わないのが、手足が長くなったことだ。
先日も図書室で俺が棚の上へ手を伸ばしていると、軽々と本を取り出し、手渡してきた。女子なら胸キュンなシチュエーションかもしれないが、俺はムカッ腹が立つだけだった。親切にしたのに俺に不機嫌な顔をされ、大也は首をかしげていたが。
「やった、取れたよ」
あんのじょう、軽々届きやがった。嬉しそうに鍵を莉々の手のひらに載せている。
「じゃあ、開けるね」
莉々は宣誓するように鍵を持った手を上げ、門の鍵穴へ差し込んだ。
開くわけない。俺は冷めた目でその様子を見ていたが、ガチリと鍵が回る音を聞いて驚いた。
「やった、開いた」
「うわ、スゴイ。でも、いいのかな? 中に入って」
女子みたいに口を押さえた大也と対照的に、莉々は「こんなとこ誰も来ないよ」と言いながら、門扉を押し開けた。自慢の栗色の長い髪が顔にぶつかりそうになり、俺はとっさに避けた。
莉々のツインテールの髪、それは俺にとって凶器だった。この女はいちいち動作が大きく、近くにいると鞭みたいに頬に当たるときがあるのだ。
門を開けた莉々は得意気に中へと入っていく。あわてて後を追う大也。俺も最後に中へ入ると、門扉を閉めた。
正直言うと少し引っかかっていた。
あまりに都合よく目の前に門の鍵が落ちていたから。
まあ……たまたま偶然てこともある。
どうせ玄関はしっかり施錠されているはずだ。雑草だらけの屋敷の周りをウロウロした俺たちは、蚊に刺されまくって探索を終える。ほんの数時間、退屈しのぎにはなるだろう。
だが、屋敷に近づくとさらに妙なものが目に入った。
なぜあんな場所に梯子が?
門の外から見ていた時にはわからなかった。屋敷は上から見れば凸型の造りで、梯子は凸部分の側面にあったからだ。
右側へ回りこむと、梯子は外壁に貼り付けるように固定されていた。木製で、窓枠やドアと同じに白く塗られている。梯子の一番上は屋根の真下にある小窓から手を伸ばせば飛び移れる位置にあり、下は玄関扉の横まで伸びていた。つまり屋根裏部屋から地上まで下りられるようになっている。
「
たしかに非常時用にあってもおかしくはなかった。かなり不自然だけど。
屋根の天辺には煙突みたいなものが見えるし、暖炉でもあるのかもしれない。
「ねえ、ドア……開いてるよ」
莉々の声で玄関前へ戻った俺は、さすがに固まった。言う通り、玄関ドアが開いている。
戸口には莉々と大也が並んで立っていた。
「なんで開いてるんだよ? おかしいだろ」
「だって……開いてたんだもん」
驚いたことに莉々は暗い屋内に首を突っ込むと、そのまま中へ入ってしまった。後を追った大也も同じく。二人とも……まるで吸い込まれるように。
「おい? 莉々、大也。悪ふざけだったら怒るぞ」
開いている入口から暗がりをのぞきこんだ時、不覚にも唾を飲んでしまった。あいつらが中から顔を出し、ビビった俺を笑う姿が目に浮かんだ。
「おい、いい加減にしろよ!」
首を突っ込んだ瞬間、何かに強く引っぱられ、俺は屋敷の中へ倒れこんだ。ほぼ同時に背後でバタンと大きな音がした。
振り返らなくても、ドアが閉まったのだとわかった。
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