第25話 『アリシア』【主律星フェニス】

「アリシア、アリシアの声だ……! そこにいるの、アリシア? わたしの声、聞こえる!?」

「……ずっと、聞こえてたよ。さっきまではぼんやりしてたけど……」

「あぁ、ああっ! よかった! よかったよぅ、アリシアぁ……」

 

 リメアは顔をほころばせ、歩み寄ろうと足を前に出す。

 しかしその足取りはふらついていて、おぼつかない。

 長いスカートを踏みつけ転びそうになりながらも、粒子の前までたどり着く。


「おっとと、へへへ、どしたんだろ。アリシアの声聞いたら急に力が抜けちゃって」

 

 リメアは膝に手をつきながら顔を上げる。

 憔悴しきった頭はグラグラしていたが、嬉しさがそれをはるかに上回った。


 指先ほどの光の粒は、少女の輪郭をまといながら蛍のようにふわふわと風に揺られている。

 

 リメアは彼女に触れようと手を伸ばす。

 だがすぐにそれを引き戻し、出かかった言葉をも飲み込んだ。

 

 様子を見ていたアーヴィは独り言をこぼす。

 

「……誰と話してんだ? やけにボリューム小せぇけどよ」

「しーっ、リメアがお話してる。彼女の大切な友達と」

「あ? 口閉じとけ精霊。クソ、同期した影響か……。テメェ越しに声が聞こえるとか勘弁してくれ。何にせよ、指図は受けねぇぞ」


 アーヴィはギロリ、と隣の精霊を睨みつけ牽制した後、小さく呟いた。


「アリシア、か……」


 静まり返った人口太陽の上では、彼の声がやけに響く。

 リメアはアーヴィに顔を向けながら弱々しく微笑んだ。


「そう、アリシアだよ。アリシアの魂はやっぱり無事だったの。本当に、よかった……」


 涙ぐむリメアに、アーヴィは小さく吐息を漏らした。


「ま、目的が達成できたなら、いいことじゃねぇか。俺には影も形も見えねぇが、そこにその友達がいるんだな?」

「あ……そっか、アーヴィにはエーテル粒子が見えないんだったね……」

「ああ。よほど濃くない限りエーテル粒子は見えねぇ。人間にはな」


 その言葉にややトゲを感じたが、リメアに反応するほどの気力はない。

 体を支えるのも億劫で、足元で広がったドレスに沈むように両膝を地面につく。


「おい、無理すんなよ。さっきまで腕引っ込めたり出したりとびっくり人間サーカスやってたんだからな。精霊がまた暴れた時用に余力残しとけ」

「あはは……そんなことしてたんだ、わたし」


 霞がかった目で傷1つない両手を見つめる。

 アーヴィの隣で精霊はふるふると首を横に振る。

 

 「もう、私は暴れない。暴れる理由が、もうないもの」

 

 フェニスは地面に散らばる千切れた赤い糸を一目見たあと、顔を上げ空に浮かぶ主律星を静かに眺めた。

 彼女の制御が途切れたせいか、人工太陽は軌道レール上で少しづつ減速していく。

 照度も少しずつ落ちていき、まるで星ごと闇に沈んでいくようだった。


 それをただただ見つめるフェニスの横顔はぼんやりとしたものだったが、リメアはその瞳に行き場のない悲しみや苦悩、そして深い諦念を垣間見る。

 

「どうしたの、リメア。そんなに思い詰めた顔しちゃって」


 アリシアの声に、リメアは顔を上げた。

 少女の微かな輪郭がこちらを覗き込んでいる。

 その姿をじっと見つめ返した後、リメアはキッと眉間に力を入れ再び立ち上がった。


「今からアリシアを治してあげるから、ちょっとだけまってて……!」


 ふらつく体に鞭を打ち、呼吸を整え頭の中で強く念じる。


(知識回路、技術回路起動……)


 突如、制御の甘いエーテルの大奔流が、過負荷で傷んだ脳内回路を駆け巡った。


「わぐっ!?」


 かつて感じたことのないほどの頭痛。

 しかしそれをすぐに取り繕い、笑顔を絶やさぬよう気を張り詰める。


「いっぱい溜めこんだエーテルを保持するのもそろそろ限界……かな。だったら、ありったけを使って……!」


 リメアが奥歯を噛み締めると、引きずられていたドレスの裾に白く輝く火がついた。

 炎は一気に燃え広がり、布の端からエーテルの粒子へ変えていく。

 光の粒子は両手の内に収束し、激しく空間を歪ませはじめた。


「待てリメア、何をするつもりだ?」


 前に出ようと踏み出してきたアーヴィの足元から、光の粒が舞い上がる。


「剣が……!」


 彼が見下ろした巨大な剣は、剣先から崩壊し粒子へと変わっていく。

 それらは静かに渦を巻き、少女の掌へと集められる。


「どういうつもりだ……!」


 奥の歯から絞り出された声に、リメアはゆっくりと顔を向けた。頭のティアラも時を同じくして、弾けて消えてしまう。


「止めないでアーヴィ、お願い」


 リメアの脳内に、知識回路と技術回路の開放アナウンスが流れる。


「アリシアの体を、わたしと同じエーテル構造体で生成するの……!」


 ぽん、と少女の背中から飛び出した銀色の球体がリメアに耳打ちした。


「……リメア様、本当によろしいのデスか?」

「リッキー。わたし、約束したから。アリシアと……バカンスに行くって……!」

「…………承知しまシタ」


 リッキーは片方のレンズから照射した光で、地上に半透明な立体映像を作り出す。

 リメアより少し小さな、ショートボブの少女が横たわったまま目をつぶっていた。


「リメア様、以前スキャンしたデータをもとに、身体情報を再現しまシタ」

「ありがとう、じゃあいくよ……っ!」


 掌の間で、虹色の光が揺さぶられるように瞬いた。


(こんな量のエーテルは初めて……! 精度が、保てない……!)


 バチバチと空気が音を立てて弾け、額には薄っすらと汗が滲んだ。


(生体組織みたいな細かいのは、このエーテル量に慣れた後……。先に比較的作りやすいものを……!)


 リメアは手の角度を変え、エーテルを物質に変換していく。

 光の中から黒い糸が四方八方に飛び出し、複雑な軌跡を残しながらそれぞれ絡まり合う。


 ほどなくして、見覚えのあるジャケットとショートパンツが出来上がった。

 細部の作りは甘かったが、それはかつてアリシアが好んで着ていた服。

 アリシアは小さな声でエーテルを震わせた。

 

「リメア……」


 大粒の汗を滴らせながら、リメアはおどける。


「へへ、男の子もいるからね。はだかんぼだったら、アリシア恥ずかしいでしょ?」


 再び下ろしていた両手を合わせ、再び歯を食いしばる。


(コツは掴んだ。最後まで、絶対やり切るんだ……!)

 

 両手がブルブルと震えていた。視界の霞みもひどく、笑顔を作る余裕は残されていない。

 それでも少女は深呼吸を繰り返し、集中力を高めていく。

 これから執り行うのは、細胞ひとつひとつを積み重ねて、人の体を作るという大仕事だ。

 失敗は、許されない。


「にしても、剣を溶かして人を作るたぁ、ぶっ飛んでやがる。ハッ、神にでもなったつもりかよ」

「…………」

 

 フェニスはカンラン石と鎖の体を後ろに引きずりながら、リメアの方へと歩き出した。

 空間が乱反射する手の周囲に、押し黙ったまま眉間に皺を寄せた彼女の顔が浮かんでは消える。


「おい精霊! 変な真似するなら……!」

「いいえ、彼女に伝えなければならないことを、伝えるだけよ」


 エーテルが小さな花火を咲かせる中、意識が途切れそうになる度に視界がぐらりと揺らぐ。

 が、すぐさま持ち直し、無理やり目を見開いて反応光を凝視する。

 回路を使いすぎた副作用に違いなかった。

 限界なんて、とうの昔に超えている。


 リメアはアーヴィの静止を振り切り近づいてくるフェニスの気配を感じ、取り繕った明るい声で牽制する。


「えへへ、心配しなくても大丈夫だよ、アリシア。もうすぐ、もうすぐ完成するから……!」

「リメア。もうこれ以上は……」

「へへ、何が言いたいのかな……?」

 

 フェニスの顔をちらと見れば、眉尻を下げ、悲しげな表情でこちらを見つめてくる。


 リメアは視線を切るように、アリシアの立体映像へと意識を集中させた。

 映像の下に並べられたジャケットが、内側から盛り上がり始める。

 胸のあたりで、小さな膨らみが脈動を始めていた。


「……今大変なの。あと少しだから待ってて、フェニス」


 額から滝のように流れる汗が、片目に入って瞼を瞑る。

 頭の中で警告音がガンガンと鳴っていた。

 それでも、今この手を止めるわけにはいかない。

 従響星のときと同じ失敗は、踏みたくなかった。

 なのに。


 フェニスの声が、集中の邪魔をする。



「リメア」

「待っててって言ってるの! もうわたしの邪魔をしないでっ!! わたしは、このためにここまで来たんだから!」


 らしくもなく、言葉が荒くなった。

 他者を慮るような余力は毛ほども残っていない。

 押し黙ったフェニスを傍に、服の下では骨格が形成されていく。

 浮かんだ肋の下では悪くなった内臓も、全部キレイに作り直されていた。

 リメアは皮膚や神経、血管の生成へと移行する。


「あと、もう半分! ……っ!?」


 顔を綻ばせたのも束の間。

 急に腕を、掴まれた。

 白くて、細い子供の手。

 リメアは我慢ならず、奥歯の隙間から言葉を振り絞った。


「……どうして、どうしてなの! なんであなたは、わたしを放っておいてくれないの――!?」


 フェニスは動じず、掴んだ手も離さない。


「本当はわかってるんでしょ、リメア」

「な、なんのこと!? 触らないでっ!!」

「……私の言葉では届かない。あなたからも、なにか言って」

 

 フェニスは軽く顎を持ち上げ、宙に浮かぶリッキーをじっと見つめた。

 

「……リッキー? リッキーが、どうしたっていうの?」

「…………」


 リッキーは押し黙り、ホログラムを投影したまま動かない。


「なに!? リッキーまでなんなの? どうして黙ってるの!?」

「リメア様……ワタクシは……」


 リッキーは口をつぐんで俯いた。

 沈黙が空間を支配し、断続的なエーテルの弾ける音だけが虚しく響き続ける。


「……あなたからは伝えられない、ってことね。仕方ありません。では私から率直に」


 フェニスは改めてリメアへと顔を向ける。

 腕を握る手に、わずかに力が込められた。

 彼女の台詞が釘を刺すような冷たい口調へと変わる。


「あなた自身、気づいているでしょ。……たとえどれだけ精巧にエーテルで体を作り直しても、アリシアの魂を定着させることは…………不可能」

「……っ!!」


 疲れた頭を怒りの感情が支配した。

 作業に両手が塞がっていなければ、手が出ていたかもしれない。


 リメアは何もできない代わりに、強くフェニスを睨みつける。

 だがフェニスはそれを意に止めず、淡々とした口調で話し続けた。


「魂と体は、霊軀れいくの割符で互いを認証している。鉄や機械の身体、他人の身体に魂が定着しないのと同じように、エーテルで作られた身体に人間の魂は定着させられない。……彼女の体から魂を分けたときにあなたは気づいていたはず」

「そんな……そんなこと、やってみないとわからないじゃないっ!!」


 リメアはぼやけた視界で白髪の少女を捉えたまま、思いの丈を吐き出す。


「わたしの体だってエーテルで作った擬似的な元素でできてるよ! アリシアの体は、細胞ひとつひとつの配列から髪の毛の先まで、元の体と同じように作ってる! どこがダメなの!?」

「……あなたの体は、生まれつき。アリシアは人間の肉体に生を受け、魂はともに成長した。霊軀の割符は年月とともに身体と魂の間で強固な認証を作り上げる」


 フェニスは受肉し始めたアリシアの身体を指さし、冷たく言い放った。

 

「リメアが今作っているその体には、霊軀の割符が存在しない。一時的に定着できたとしても、拒絶反応ですぐに魂は消滅してしまう」

「そんな……嘘……っ! 信じない! わたしはそんなこと信じない! リッキー! リッキーもなんとか言って! 大丈夫だって、言ってよ!!」


 銀色の球体はホログラムの投影を中断し、静かにリメアへと向き直った。


「リメア様……、もう…………よいのではないデスか……?」


 リメアは目の前が真っ白になった。


 バチン、と掌でひときわ大きく制御を失ったエーテルが弾けたのを最後に、魔法の光が失われる。

 後には赤くなった両手と、ぼろぼろになったドレスだけが残されていた。

 かさついた声が喉を震わせる。


「……リッキーは、なにを……なにを言ってるの……?」


 銀色の球体はリメアが知っているリッキーとはまるで別の個体のようだった。

 愕然とするリメアを前に、リッキーはぽつりぽつりと話し始める。


「従響星から飛び立つ時、ワタクシではリメア様を止められませんでシタ。伝えるべきかは非常に難しい判断でシタ。アリシア様ともう2度と触れ合うことができないという事実を指摘すれバ――アリシア様を失ったばかりのリメア様の精神状態デハ、心が壊れてしまう恐れがありましたカラ……」


 頭上から降ってくる冷たい水のように感じられる言葉は、聞きたくもないのに耳を通って体の芯まで流れ込んでくる。


「……リッキーは知ってて黙ってたのね。こうなることがわかってて、言わなかったの? そうなのね?」


 いつしか問い詰める口調となり、リメアは静かにリッキーを見上げる。

 彼女の相棒はバツが悪そうに俯いたまま、続けた。

 

「返す言葉がありまセン……。デスがリメア様。ワタクシの知識はリメア様の頭脳と直結していマス。申し上げにくいですガ、ワタクシが認識しているということはツマリ、リメア様ご自身もすでニ、どこか心の隅で、気づいていらっしゃったのではないデスか?」


 心臓がぎゅっと鷲掴みにされた気分だった。

 口を開き、反論しようとした。

 しかし言葉が出てくる代わりに、こぼれたのは頬を伝う涙だった。


 リメアはその場にへたり込み、両手で顔を覆う。

 指の間からこぼれた熱が、アリシアのジャケットに滴った。

 まるで彼女を埋葬していたときと、同じように。


「アリシア……わたしは、わたしは……っ!」


 嗚咽に似た声が、喉の奥からこぼれ落ちる。

 ちょうど目の前に、作りかけのアリシアの手があった。

 ジャケットの腕から伸びるその手はまるで冷たい粘土のようで、生気は感じられない。

 またかつての日々のように、この手と触れ合えると信じていた。信じること以外から、目を、逸らしていた。

 声にならない感情が、喉の奥からとめどなく溢れてくる。

 

「……やっぱり、リメアは変わらないわね」


 優しく、温かい声が耳元で囁いた。

 

「アリシア……わたし……ごめん……。ごめん、なさい……」

 

 虫の鳴くような、小さな声しか出なかった。

 それでも、アリシアの口調は変わらない。


「どうしてリメアが謝るの? 私が倒れちゃったのは、私のせいよ。不摂生と無理をしすぎちゃったのね。今ならわかるわ」


 リメアはぎゅっと目を閉じ、瞼の裏にアリシアの顔を浮かべてみる。

 眉を下げ、ちょっと困ったように笑う彼女の笑顔。

 その輪郭が、ぼやけていた。

 疲れているからか、記憶が薄れてしまっていたからか。リメアにはわからない。

 ただあれだけ目に焼き付けたはずの彼女の表情なのに、細部まで思い出せないことがひどく悔しくて、悲しかった。


「わたし、なにも、できなくて……」

「そんなことないわ。私はリメアからいろんなものをもらったもの……本当に、いろんなものを」

「こんなはずじゃ……」


 リメアが大きくかぶりを振ったその時。

 決意に満ちた声が、周囲のエーテルを引き締めた。


「だから今度は、私の番」

「アリ、シア……?」


 アリシアの魂を乗せたエーテルの粒はふわりとリメアから離れ、フェニスの目の前で止まった。


「はじめまして、精霊さん。私はアリシア。リメアの友達の、アリシアよ」


 フェニスは突然迫ってきたアリシアに驚き、目線を泳がせる。


「は、はじめまして……。私はフェニス。あなたの住んでいた星を管理していた精霊よ。……私の管理が行き届いてなくて、苦しい思いをたくさんさせて、ごめんなさい……」


 頭を下げるフェニスに、アリシアはその上から言葉を叩きつける。


「ええそうね。散々だったわ。痛かったし苦しかったし、本当にろくでもない生活だったわね。リメアがいなかったら死んでも恨んでたところよ! でも、今は違うの。私がすべきことが、やっとわかったから」

「……え?」


 フェニスが目を瞬かせながら顔を上げる。

 ふわふわと輝くエーテルの粒子に、全員の視線が集まっていた。

 アリシアは力強く宣言する。


「精霊フェニス。よく聞きなさい。私があなたの、お友達になってあげるわ!」

 

 誰もが口を半開きにし、その場の時が止まった。

 たっぷり時間をおいて最初に反応したのは、名指しされた精霊、フェニス。


 「え……、え?」


 動揺を隠せず、目を丸くしたままフェニスは固まる。


 後ろで聞いていたリメアは頭を撃ち抜かれたような衝撃を覚えた。

 かつて自分と交わしたことのある言葉を、なぜ彼女なんかに投げかけるのか、と。

 

「アリシア、どういうこと……?」


 リメアが尋ねると、アリシアはフェニスの前に浮かんだままエーテルを震わせる。


「だって、みんなおかしいわ。リメアも、フェニスも、そこの男の子も。何が正しいとか、うまくいかないとか、そんな難しいことばっかり。昔の愚かな私にそっくりよ」


 誰もが、ひとことも言い返せなかった。

 押し黙った面々が互いの顔を見合わせた後、アリシアは再び話を続ける。


「私は、そんなことよりもっと大切なことをリメアから教えてもらったわ。嬉しいことも、楽しいことも、辛いことだって、――分け合えばとても幸せだってことを。リメアも覚えてるでしょ、あの音を」

「あ……」


 リメアの頭の中で、真っ暗なクレーターの中で響いた優しい音色が蘇る。

 涼しくて温かくてちょっぴり切ない、携帯食を割った時の、あの硬くて澄んだ音が。

 同時に押し殺していた優しい気持ちが、胸の奥からせり上がってくる。

 静かに吐き出した息は、確かな熱とともに揺れていた。

 アリシアは少し笑ったみたいに揺れた後、再び声色に威厳を持たせる。


「だから、フェニス。このアリシアが、あなたのお友達になってあげる。辛いことも嫌だったことも、全部、ぜーんぶ話してもらうわ。あなたの気持ちを、半分こできるまで!」


 フェニスは激しく首を横に振り後ずさる。


「わ、私なんかが、そんな扱いを受けていいはずありません! 私は、私は……! たくさん、たくさん罪を重ねてきたの。とても、許されないようなことを、繰り返してきたの!」


 それに対しアリシアはピシャリと言葉を被せた。

 

「あら、許すなんて一言も言ってないわ。ちゃんと責任は取ってもらうわよ。でもそれは死んで楽になろうなんて生易しいものじゃダメ。私と一緒に、この星をもっといい形に生まれ変わらせてもらう為に働いてもらうんだもの!」

「えっ……!?」


 口元を両手で覆うフェニスに、アリシアは少し口調を和らげる。


「でもさすがに年中無休は良くないわ。休養は誰だって必要だもの。私が身を持って知った教訓よ。ま、1年のうち何回か太陽が登らない日があっても、きっと大丈夫よ」

「…………いいの? 私、時間を守れないかもしれないのよ? 規則を、破ってしまうかもしれないのよ……?」

「気にしすぎ。星の精霊なんだったらもっとドーンと構えていなさいよ。そうね、私は夏が好きだから、夏だけ気持ち長くしてもらおうかしら。……それぐらい適当でいいのよ。きっちりしすぎると、誰だって壊れちゃうわ」

「わ、私は……、私……。が、がんばります! しっかり……いえ、ほどほどにがんばって、この星をもっと、もっと人間が住みやすい星にします! だから、お願いします、アリシア。手伝ってください。私一人じゃ、ちゃんと調整できる自信がないの」

「ふふん、この私に任せなさい!」

 

 リメアはその得意げな声を聞いて、アリシアの背中を思い出す。

 お節介焼きで、背伸びしてて、お姉さんぶってて。

 子供の見た目なのに誰よりも大人だった、リメアの少しだけ前を歩く、アリシアの背中を。

 思わず、胸が一杯になる。

 

「それと……そうだわ。その前にちゃんとはっきりさせておかなきゃいけなかったわね。その……今の私の状態って、どれぐらい持つの?」


 フェニスはちらとリメアを見た後、軽く目を伏せて説明する。

 

「……あなたの魂は、一部を従響星の体に残したまま欠損している。だから、空間のエーテルに完全定着はこの先もしないでしょう。その特性上、エーテル濃度の高い領域、つまり私のそばから離れられません。つまり、この星では私以外の他者と触れ合えず、眠れず、言葉も通じず……未来永劫、死ぬことすらできない」

「そんな……!」


 淡々と告げるフェニスの言葉を聞き、リメアは目を見開いた。

 リメアの反応を事前に察知していたのか、フェニスはリメアへ向き直ると、躊躇いながらも残酷な現実を突きつける。


「リメア……あなたが、彼女を殺さない限り」

「……っ!?」


 言葉を、失った。

 あまりにも、酷な代償だった。


「おい、精霊」


 アーヴィがつかつかと歩いてきて、横槍を入れる。


「黙って聞いてりゃ、都合いいこと並べ立てやがって。なんでリメアが手を汚さないといけねぇんだ。その子が望んだときに、てめぇでカタをつければいい話じゃねぇか。今まで散々繰り返してきたようにな!」


 フェニスは静かに目を瞑り、申し訳無さそうに言葉を返す。


「そうしたくても、できないの。私の規則は、この星の人間と精霊に限定されている。アリシアはもう、人間でも精霊でもない存在だから……規則の、適用範囲外よ」

「てめぇ、それ以上ぐだぐだ御託並べてっと、痛い目見るぞ――」

「やめて、アーヴィっ!」

 

 リメアは少年を呼び止めた。


「いいの。わたしが、軽率だったの。アリシアをこんな身体にしちゃったのは、わたしだから。わたしがちゃんと、責任を取らなきゃ」

「でもよ、それはこいつの妨害のせいで……っ!」


 振り返ったアーヴィは言葉に詰まった。

 リメアが向けた真剣な眼差しが、少年の瞳に語りかける。


「わたしに、責任を取らせて」

「……わぁったよ、くそ……」


 舌打ちをしながら、少年はすごすごと引き下がる。


 しかし、目の前で自身の命のやり取りが繰り広げられてるにも関わらず、当の本人はあっけらかんとしていた。


「ちょうどいいじゃない! ちょっと不便だけど、とっても長生きできるってことでしょ? あっ、そう言えば思い出したわ! もう死ぬかもしれないってとき、人生に満足したーってついリメアに言っちゃったけど、よく考えたらそんなことなかったわ! 私だってフェニスみたいに、恋とかしてみたかったもの!」

「アリシア……」


 リメアは潤んだ視界でアリシアを見つめる。


「リメアもいつまでもそんな顔してちゃダメよ。約束覚えてる? あなたはお母さんに会いに行くの。どれだけ時間がかかっても構わない。どれだけ遠くても諦めないで。リメアはこれからいろんな街を見て、いろんな人にあって、笑って、泣いて、その瞳に星空よりも多くの景色を映していくの。他の誰かや私のためじゃなくて、あなたのための、旅を始めるのよ」

「……うん」


「旅で知ったこと、感じたことを、もしこの星に帰ってきてくれるのなら、その時私に教えて。わたしが知らない世界の話を、知ることができなかった感情を、たくさん、たくさん教えて。そして最後の私のわがままだけど――いつか、わたしのこの歪な命を、ちゃんと終わらせて欲しいの」

「…………うん」


「でもまあ、そうね! ぷちって終わるのは嫌だわ! せっかくリメアが私の体を作ってくれようとしてたんだもの。たとえ数時間しか持たなかったとしても、それだけあれば十分よ。今度こそ、一緒にバカンスを楽しむの!」

「うん……っ!」


「だからそれまで、待ってる。ずっとずっと待ってる。待ってる間、人間社会に疎いフェニスのこと、しっかり大人の私が面倒見ててあげるわ。この星を彼女と一緒に今よりずっとよくしてみせるわ。リメアが帰ってきたくなるような、いい星に変えてみせる! だから……ね?」


 もうリメアの目から涙は流れていなかった。

 代わりに彼女本来の、日輪のような笑顔が咲き誇る。


「アリシア、わたし約束する! いっぱい、いっぱい面白い話ができるように、この宇宙を見てくるから! どこにいるかまだよくわからないお母さんも、きっと見つけてお話してくる!」

「よろしい。リメアはやっぱりそうでなくっちゃ」


 リメアの心は、言葉にできない感情でずっと震えていた。

 アリシアは、やっぱりアリシアだった。

 それがなにより、嬉しかった。


「アーヴィ」


 リメアは輪の中でひとりだけ、不服そうな表情を浮かべる少年へと向き直る。


「話し合いはまとまったよ。精霊は殺さない。わたしはこの星に残らない。この星は、この星に住むアリシアが精霊と一緒に管理していく。これで、いいよね?」


 翡翠色の瞳と、紅の瞳が向き合った。

 リメアの破けたドレスや長く伸びた髪にとどめていたエーテルが限界を迎え、舞い上がる花吹雪のように宇宙そらへと消えていく。

 薄緑色に輝く巨大な主律星を背景に、冷え切った人工太陽の上で静かに2人の視線が交差する。

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