1章 旅のはじまり、禍福の残響

第1話 すべての始まり【フェニス第3従響星】 

 3か月ほど前のことだった。


 アリシアは1人の少女を見つけた。

 孤児院敷地内の庭園の草原、土を大きく抉ったクレーターの中心で。

 それも腰から下が地面に埋もれた状態の、普通とはかけ離れた黒髪の少女を。

 

 この場所を自由時間の秘密基地にしていたアリシアは、丘を超えた瞬間まず隠れ家の変わりっぷりに絶句した。

 次に彼女の瞳は少女の異様な存在感に釘付けとなる。


(げ、原始的な拷問にあってる女の子がいる……!)


 クレーターの着弾地点に佇む少女は、陽光の中膝下まで伸びた黒髪を風に揺らして呑気に背伸びをかましている。


「ふぁぁ。ふへ~、土の中ってあったかぁ~い、むにゃ」

(こんなところで、土風呂……!?)


 理解が追いつかない。

 アリシアはめまいすら感じた。


「あれ。なんか引っかかってる……。うん、しょ」

 

 お気楽な掛け声と同時に少女が片足を上げると、メリメリと大地がめくれ上がる。

 アリシアの目が点になった。

 信じがたいことに、少女の身の丈を優に超える岩石が掘り起こされる。

 どれほどの怪力があればそんな芸当が可能になるのだろうか。

 

 うにゃ、と眠気眼のまま少女が足を振れば、巨石はボールの如く宙を舞った。

 岩は勢い削がれぬまま垂直落下し、アリシアが普段腰掛けていた石を無慈悲に打ち砕くとそのままそそり立つ墓標となる。


 開いた口が塞がらぬまま、信じられないという目でアリシアは周囲を見渡してみる。

 呆れたことに、似たような石塔がこれでもかと乱立していた。


「ね、寝ぼけながらストーンヘンジ作ってるぅ!!」

 心の声は、いつしか叫びになっていた。


「えっ」

「あっ」



 刹那、2人の目線が初めて交差した。

 風が吹き、土埃が舞う。


 好奇心と期待からか、キラキラと輝く黒髪少女の翡翠の瞳。

 迎え撃つは不安と恐怖を押し殺す、アリシアの紫苑の瞳。

 

 ピリピリと大気に緊張が走る中、お互い次の一手を読みあった。

 先に短く空気を吸い込むは黒髪の少女。

 アリシアは訝しがりながら様子を見守る。

 桃色の小さな唇が、勢いよく開かれた。



「は、はじめまして! わたしはりゅっっ!」

「――っ!」



 

 沈黙。


 

 再び風が吹き、まばらに残った草の葉がそよそよと音を立てる。

 アリシアの頬に一筋の冷や汗が流れた。

 彼女は何がしたいのだろうか、と眉間にシワを寄せる。

 爪を噛みしめながら様々な可能性を逡巡した後、たどり着いた結論。

 この少女はもしかしてこの不自然な状況で、まさか挨拶と自己紹介をしようとしているのでは、と。

 だとすれば、彼女の驚いた顔にも合点がいく。

 初っぱなのセリフを噛み抜いてしまったのだ。

 ただの挨拶がこれほど緊張感を持つものだったとはと、アリシアは痛感した。


(いえ――まだよ! まだ終わっていない!)

 

 見れば、まだ少女の眼は死んでいなかった。

 浅い息を繰り返しながら、打ち砕かれた心を拾い集め、再起のチャンスを伺っていたのだ。

 

 いいわ、まだあなたの番よと、アリシアは目線でエールを送った。

 少女はそれを受け取ったのか、小さく顎を引き覚悟を決める。


 2度目の挑戦。

 

 

「はぁっ、はじめまして! わ、わたしはリメア、あなたのおなみゅっ――!!」

「……っ!!」



 

 焦燥と極度の緊張により、開口と呼吸のタイミングがコンマ数秒ズレてしまったようだ。

 怒涛の噛みが連続し、少女の顔が絶望に染まる。

 

 自己紹介の下手さでいえば、孤児院で表彰台に上がれるだろう。

 少女はゆでダコのように赤面し、両目いっぱいに涙を浮かべている。

 なぜかアリシアの目頭までもが熱くなった。

 

「頑張って!」


 たまらず声援が口から飛び出した。

 黒髪の少女はゴシゴシと涙を拭い、コクリと頷く。



 周囲の虫や鳥、風までもが息を呑む3回目。

 失敗はもう、許されない。


 今度こそはと落ち着いて、少女は呼吸をゆっくりと整える。

 そして力強く、目をぎゅっとつぶり、息を大きく吸い込んだ。

 アリシアは胸元で両手を握りしめつつ、固唾をのんで次の瞬間を見守った。



 「はじめまして! わたしはリメア! あなたの、お名前は――っ!?」



 タッ、と地を蹴る音が、大気を揺らした。

 栗色のショートボブが風を置き去りにする。



 アリシアは気づけば少女を、強く強く抱きしめていた。



「私はアリシア。第8地区孤児院の、アリシアよ! はじめまして、リメア!!」

「うぅ、ぐすっ、うわぁぁぁん!」

「よしよし、頑張ったね、頑張ったねぇ!」


 かくして2人の間に存在した見えない壁は、脆くもあっさり崩れ去ったのだった。



「……ありがとうございマス、アリシア様」

 

 聞き慣れない機械音声に顔を上げると、奇妙な銀色の球体がアリシアの眼の前に浮遊していた。


「わっ、な、なによこれ」


 手で振り払おうとしたところ、指先は球体にふれることなくすり抜ける。


「申し遅れましたが、ワタクシ、リメアお嬢様の複合機能AIホログラム、名前をリッキーと申しマス。以後お見知りおきヲ」

「あ……、どうも、ご丁寧に。さっきは失礼しました……」


 うやうやしい挨拶に、アリシアは目を丸くしながら会釈した。


「リッキー、なんか固苦しいー」

「……ちなみにそこの噛み噛み少女の自己紹介は、27万8516回の練習を経た集大成デス」

「あー! なんでそれを話すの! バカリッキー!!」


 リメアたちのやり取りを見て、思わず口元から笑みがこぼれる。


「ふふ、仲がいいのねぇ」


 アリシアがクスクス笑いながら抱きしめていた腕を解くと、リメアがすかさずあかんベーの仕返しを繰り出した。


「アリシア様、ご無礼をお許しくだサイ。400年に迫る長き教育の成果が……トホホ。いやはやお恥ずかしい」

「そんな、滅相も……って、400年?」

「はい、正確にはワタクシがリメア様のご教育を正式に始めたのは382年前のことですが」

「いえちょっと、待って。私の聞き間違いじゃないのよね? 本気で言ってるの? あなた達」


 球体とリメアは、嘘を付く様子もなく頷く。

 アリシアは額に手を当て、そんなまさかと呟いた。


「えっと、あなたたち、そもそもどこから来たの? ここは孤児院の裏庭よ?」


 リメアは長いまつ毛を瞬かせながら、キョロキョロと空を見上げて一点を指差す。


「うーん、あのあたりかな。ずっとずーっと遠い星から」


 やれやれとリッキーがリメアの説明を補足した。


「リメア様は住んでいた星よりお1人で旅立たれ、400年という長い時間を宇宙船の中で過ごされてきたのデス」

「スケールが、大きすぎるわ……」


 アリシアは頭を抱える。

 

「実はこちらの星の衛星に宇宙船が衝突し航行不能になったため、リメア様単身でこちらの星に降り立たれまシタ。それがつい昨日のことデス、ハイ」


 えっ、と耳を疑った。

 勉強で覚えた知識が正しければ、アリシアが住むフェニス系星団は、人類踏破領域の中でも末端に位置するはず。

 数百年前に勃発した精霊解放大戦以降、星系外からの訪問は記録されていない。彼女たちの話が本当ならば、天地がひっくり返るほどの特大ニュースだ。


「その、リメア。あなたって、……何者なの?」

「えっとね、わたしはね! 人間のお母さんと、精――」

「……リメア様」

「あっ、えっとその。そう! 超超すごい、特別製なの! 世界に、ただ1つ!!」


 途中まででかかっていた言葉は、銀色の球体によって阻止された。

 誤魔化そうとしているのか、リメアはバタバタと両腕を振り回す。

 どうやら話せないこともあるらしい。


 それでもリメアが普通の人間ではないことだけは、間違いなかった。

 

 大戦の遺産、改造人間、精霊の使い。

 孤児院のデータアーカイブで読んだ単語がぐるぐると回る。

 宇宙は途方もなく広い。

 アリシアの想像もつかないような人々がいたとしても、決して不思議ではない。


「どうしよう、すごい話だわ……。このことは誰か、大人の人に……」


 言いかけたところで、丘の向こうから孤児院の鐘が響いた。

 無意識に肘を抱いた手に、ぐっと力が入る。

 押し黙ったままアリシアは手を口元に運び、爪を噛んだ。


 やがて小さく首を横に振るとリメアに向き直り、にっこりと笑顔を向ける。


「リメア、これから私は戻らなきゃいけないんだけど、今晩、泊まるところは決まってるの?」

「えぇっと。あ、土の」

「土の中はいくらあったかくてもダメよ」

「えぁ!? なんであったかいの知ってるの!?」

「いいから、決まってないならこっちに来て。あまり時間がないから」


 アリシアはリメアの背中を押し、丘の下の木陰に転がっていた金属の箱の前へとやってきた。

 

「これはね、昔戦争があったとき、人が隠れるために作られたシェルターの残骸なんだって。ここだったら誰にも見つからないし、中はまだ綺麗だから安心して寝泊まりできるわよ」

「お心遣い感謝しマス」

 

 後ろからついてきていたリッキーが丁寧にお辞儀する。


「どういたしまして、リッキーさん。でも、私に話すときもリメアちゃんに話すように、普通に喋ってくれたら嬉しいわ」

「え、ほんとデスカ? よかった、ちょっと堅苦しくて息が詰まりそうだったんデスヨネ。ワタクシ、ホログラムですケド。プププ」

「……そうね」


 アリシアはここにきて初めて、高性能だと信じ切っていたAIの低性能かつ古めかしいユーモア教育が、リメアへ実施されていないことを心から祈った。


「ありがとう、アリシア! ここ平らで固くて、宇宙船に似てるからとっても寝やすそう!」

 

 リメアはシェルターの床に横になりデスロールを繰り返している。

 

「そう固い……けど、よかった……のよね? じゃあ、今日はこれで。また明日ね」

「ま、また明日! また明日!」

 

 繰り返すリメアの、キラキラと輝く瞳がやけに印象的だった。


 帰り道、振り返ってみると、シェルターの扉から顔を出したリメアが片手をブンブンと振っている。

 ひらひらと振った手を胸に当て、アリシアは彼女たちへ背を向けた。

 体が、熱い。

 心臓がこんなにも高鳴っているのは、いつぶりだろうかと夕焼け空に問いかけた。


 「すごいことに、なっちゃった……!」


 アリシアは両手で口元を押さえ、目を細める。

 後ろに長く伸びた影のショートボブが、楽しげに弾んでいた。



 その夜のこと。

 アリシアは孤児院の3段ベッドの一番下で、枕をひっくり返し小さな箱を取り出した。

 4桁の暗証番号を入力すれば、箱は静かに口を開ける。

 中に入っていた紙切れを取り出し、ペンを顎に当てて物思いにふける。


 月明かりに照らされた横顔は、昼間見せていた少女の顔とは別のものだった。


 他の子供達を起こさぬよう静かに筆を走らせ、書き終えると紙を箱の中にしまい込む。

 誰にも邪魔されることない、彼女が唯一彼女でいられる時間。

 あまりにも短いその時間は、箱を閉じる音とともに終わりを告げたのだった。







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 「星渡りの不完全者」を手にとっていただきありがとうございます!


 文学寄りの作品ですので、少し読みづらいところがあるかもしれません。

 

 プロローグで凄惨な目にあったアリシアが、この世界でなぜ壊れてしまったのかを一緒に考えながら読んでいただけますとより楽しんでいただけるかと思います!

 

 一見平和な世界ですが……。

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