最終話:幻日のステージ

(スタジオ)

【CM明け。スタジオは前代未聞の事態に騒然としている。司会の宮沢が興奮を隠しきれない様子で進行する】


司会・宮沢: 「えー、皆さん! 信じられない展開です! なんと、ルーカのリーダー・ミオさんから、この生放送中に新曲を披露したいとの申し出がありました! 番組プロデューサーも、彼女たちの想いを受け止め、これを受理! 番組の残り時間全てを使い、彼女たちのパフォーマンスをお届けします!」



(司令室)

【プロデューサーの黒田が、跳ね上がっていく視聴率のグラフを見て、勝利を確信した笑みを浮かべていた。】


「やれ! やらせろ! 日本のテレビ史に残るぞ……!」





 黒田の思惑など、もはや彼女たちの耳には入っていなかった。月影邸の少女の部屋。残された時間は、わずか。メンバーたちは、壊れたオルゴールと地縛霊の日記を囲み、奇跡を起こすためのセッションを始めていた。


「歌詞は、この日記に書かれた詩を使いましょう。あの子の本当の気持ちだから」


 シオリが、震える手で書き出した歌詞の構成案をメンバーに見せる。それは、孤独な少女が夢見た、キラキラしたステージへの憧れと、誰かに見つけてほしいという切ない願いが込められた詩だった。


「メロディーは、このオルゴールと、ソラが口ずさんでいた歌が基本線ね」


 ミオが途切れ途切れのメロディーを口ずさむと、他のメンバーが次々とハーモニーを重ねていく。


「ここのコード、もっと明るい方が、あの子も喜ぶんじゃないか?」


 アヤネが悪態をつくように言いながらも、的確なアイデアを出す。


「最後は、祈りのようなフレーズを入れるのはどうでしょう……」


 レイラが提案した優しい言葉が、歌詞に慈愛の光を灯した。


 恐怖も、怒りも、今はなかった。彼女たちはただ、一人の少女の夢を叶えるため、そして、たった一人の仲間を取り戻すために、心を一つにしていた。


 やがて、一つの歌が完成する。日記の一節から取られたその曲のタイトルは、『幻日のステージ』。幻の太陽が、それでも確かに空を照らすように。叶わなかった夢も、決して無駄ではなかったと信じる、祈りの歌だった。





(月影邸・ホール)

【メンバーたちは、埃をかぶったグランドピアノが置かれた、館で最も広いホールに移動していた。そこは、かつて小さな発表会が開かれていた場所だという。中継モニターに映るソラは、ベッドの上で静かに上半身を起こし、まるで開幕を待つ観客のように、じっとこちらを見ている】


【ミオが、カメラに向かって静かに語りかける】


ミオ: 「これから、私たちの、いいえ、私たちの新しい仲間のための歌を歌います。日記から、彼女の名前は『あかり』さんだとわかりました。聴いてください。私たちと、ソラと、あかりさんの、8人の曲です。『幻日のステージ』」


【ミオの合図で、6人は息を吸い込む。ピアノの前に座ったシオリが、そっと鍵盤に指を置いた。】





 シオリが奏でる、優しくも力強いピアノの旋律。それに乗せて、ミオが歌い始めた。


「♪ガラスの靴を忘れたまま 踊り疲れた舞台袖……」


 最初はか細かった歌声に、アヤネ、レイラ、コハル、ルナの声が重なり、力強いハーモニーとなって響き渡る。すると、不思議なことが起きた。館を包んでいた冷気がすっと消え、代わりに、無数の温かい光の玉オーブが生まれ、彼女たちの周りを優しく舞い始めたのだ。


 テレビの前の数千万人が、息を呑んでその光景を見守っていた。


 1番のサビが終わり、間奏に入る。その時だった。中継モニターの中から、澄んだ歌声が聞こえてきた。


「♪誰かの声に怯えるより 誰かのために歌いたかった……」


 ソラだった。憑依が解けた、彼女本来の清らかな声。6人の声とソラの声が、電波と時空を超えて、完璧に重なり合った。


 そして、クライマックスの最後のサビ。


「♪さよならは言わないで 幻日のステージでまた会えるから……!」


 6人とソラの7人の歌声に、もう一人分の、透き通るような美しいソプラノが、ふわりと重なった。地縛霊、あかりの声だった。7人のアイドルの“今”の声と、一人の少女の“夢”だった声が交じり合い、奇跡の8人のハーモニーが生まれる。


 その瞬間、月影邸全体が、朝日のような優しい光に包まれた。


 歌が終わると、光はゆっくりとホールの中央に収束し、すっと消えていった。呪いは解かれ、月影邸は、ただの静かな古い洋館に戻っていた。モニターの中のソラは、歌い終えたことに満足したかのように、安らかな寝顔で、再び眠りに落ちていた。



 あの夜の生放送は、テレビ史に残る伝説となった。高視聴率に歓喜した黒田だったが、後日、その非人道的な制作手法が業界内で問題視され、彼はシーンの表舞台から姿を消した。



 数ヶ月後。


 東京ドームのステージに、7人の『Luka』の姿があった。完全復活を遂げた彼女たちの絆は、以前よりも遥かに強く、眩しく輝いている。


 ライブの最終盤、ミオが観客に語りかける。


「最後に、私たちの、そして、私たちの大切な友達の曲を聴いてください。『幻日のステージ』」


 7人が歌い始めると、会場の5万人のサイリウムが、優しく揺れる。7人の完璧なハーモニーが、ドーム全体を温かく包み込む。


 曲の終わり、カメラが客席を一瞬だけ映し出した。その最後列、熱狂するファンの中に、他の誰にも見えない、半透明のセーラー服の少女がいた。彼女は、両手で力いっぱいサイリウムを振り、ステージ上の7人に向かって、最高の笑顔を送っている。


 そして、歌が終わると同時に、満足そうに頷き、光の粒となって、会場の歓声の中に溶け込むように消えていった。

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『プロジェクト・レヴリ -The 5th Member-』 火之元 ノヒト @tata369

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