第二話:悪意のショータイム

 生放送当日。テレビ局の楽屋は、これから始まる狂宴の前の、嵐の前の静けさに満ちていた。いや、静寂ではなかった。リーダーのミオが握りしめた拳が、カタカタと微かに震える音。アヤネが貧乏ゆすりをするリズム。誰かの荒い呼吸。それら全てが、6人の少女たちの怒りと恐怖、そして無力感を物語っていた。


「ミオさん、オレ、行ってくる。あのクソプロデューサー、一発ぶん殴ってでも……」


 立ち上がったアヤネの肩を、ミオは静かに押さえた。


「ダメだよ、アヤネ。そんなことしたら、向こうの思う壺だ」


「でもよ!」


「この状況を逆手にとりましょう」


 冷静な声は、シオリのものだった。彼女はタブレット端末を操作しながら、他のメンバーに視線を送る。


「黒田プロデューサーの目的は、私たちが恐怖に怯える姿をコンテンツにすること。なら、私たちは最後まで抵抗する。彼の思惑通りには、絶対にならない」


 シオリの言葉に、メンバーたちは僅かな希望を見出そうとする。だが、ルナが青ざめた顔で呟いた言葉が、その希望を打ち砕いた。


「すごく……嫌な感じがする……。館が……テレビの向こうのソラちゃんが、私たちを呼んでる……」


 そこに、扉がわざとらしく大きな音を立てて開いた。プロデューサーの黒田だった。


「おー、主演女優の皆さん、準備はいいかな?」


 彼は下品な笑顔でメンバーを見回す。


「視聴率のためだ、最高のリアクションを期待してるぞ。怖がる時はちゃんと怖がる! 泣く時はちゃんと泣く! それが君たちの仕事だ!」


 吐き捨てるように言うと、黒田は満足げに楽屋を後にした。残されたのは、屈辱に唇を噛む6人の少女たちだけだった。




(オープニング映像)

【緊迫感のあるBGM。数年前にユナが失踪した『レヴリ』のライブ映像、ネットで拡散されたルーカの心霊動画などが、禍々しいテロップと共に目まぐるしく切り替わる】


ナレーション(煽り気味):

「今夜、日本中が目撃する! トップアイドルの座を駆け上がる7人組『Luka』を襲った、戦慄の呪い! その元凶とされるのは、数年前に一人のアイドルを飲み込んだ、あの“曰く付き洋館・月影邸”だった!? これはヤラセなしのガチンコ・リアルタイム・ドキュメンタリーである! 果たして彼女たちは、呪いを解き、病に倒れた仲間を救うことができるのか!?」



(スタジオ)

【煌びやかだが、どこか悪趣味なセット。司会者のベテランアナウンサー・宮沢が神妙な顔で座っている】


司会・宮沢: 「こんばんは、『緊急生放送! アイドル"ルーカ"を救え!』司会の宮沢です。スタジオには、心強い専門家の方々にお越しいただいております。オカルト研究家の山村先生。そして、数々の悪霊を浄化されてきた、法力導師の天明様です!」


霊能者・天明: (数珠を擦りながら)「フム……、テレビの電波を通じても、凄まじい邪気が伝わってきますな。これは、生半可な霊ではありませぬぞ」


司会・宮沢: 「さあ、それでは早速、現場を呼んでみましょう!月影邸の前にいる、ルーカの皆さん!」



(月影邸前・中継)

【画面が切り替わり、ライトアップされた不気味な洋館の前に立つ、硬い表情のルーカのメンバー6人が映し出される】


レポーター: 「はい! こちら月影邸前です! 見てくださいこの異様な雰囲気! メンバーの皆さんも、かなり緊張した面持ちです! ミオさん、今の心境は……!?」


ミオ: 「……仲間を、ソラを救うために来ました。私たちは、絶対に負けません」



(月影邸・内部)

【メンバーたちが、重い扉を押し開けて館の中に入る。その直後、バタン! と凄まじい音を立てて扉が閉まる】


コハル: 「きゃあっ!」


アヤネ: 「チッ……! いきなりかましてきやがったな!」


霊能者・天明(スタジオの声): 「結界ですな! 地縛霊が彼女らを閉じ込めたのです! しかし、ご安心を! ワシの法力の前では、赤子の手をひねるようなもの!」



(スタジオ)

【スタジオの天明が大げさな印を結ぶが、現場では何も起こらない。司会者が咳払いをして、無理やり進行する】


司会・宮沢: 「さあ、そしてこの番組の鍵を握る、もう一人のメンバーと中継が繋がっています! 入院中のソラちゃーん!」



(病室・中継)

【画面が分割され、病院のベッドに横たわるソラが映し出される。その表情は虚ろで、生気がない】


司会・宮沢: 「ソラちゃーん! メンバーのみんなが、あなたのために頑張ってますよー!」


【ソラは、ゆっくりと顔を上げる。モニターに映る月影邸の内部をじっと見つめ、か細い声で、一言だけ呟いた】


ソラ: 「……かえりたい……」


【その言葉が、「家に帰りたい」のか、「館に還りたい」のか。二重の意味に聞こえ、スタジオが凍り付く】



(月影邸・内部)

【番組は進行し、メンバーは二手に分かれて1階を探索することになる】


【書斎を調べていたシオリ、ルナ、レイラのチームが、一冊の古い日記を発見する】


シオリ: (カメラに向かって日記を見せながら)「これは……この館で亡くなったとされる少女の日記かもしれません」


【シオリが日記を読み始める。そこには、アイドルになる夢、オーディションに落ち続けた苦悩、そして孤独が綴られていた】


シオリ: 「……最後の一文です。『もう、ひとりはいやだ』。血のような染みが……」


【その言葉を読み上げた瞬間だった】


ルナ: 「……来たっ!!」


【ルナが叫ぶと同時に、部屋の電気が激しく明滅! ガタガタガタ! と本棚が揺れ、中の本が雪崩のように床に落下する!】


レイラ: 「いやあああああっ!」


【別の部屋を探索していたミオたちのチームでも、食器が宙を舞うなど、ポルターガイスト現象が激化。テレビクルーもパニックになり、現場は阿鼻叫喚に包まれる】



(スタジオ)

司会・宮沢: 「な、なんだーっ! 現場、大丈夫か!?」


霊能者・天明: (腰を抜かして椅子からずり落ちそうになりながら)「こ、これは……想像以上じゃ……!」



(病室・中継)

【その時、中継モニターに映るソラの表情が、すっと能面のように無表情に変わった。そして、その口から、彼女自身の声とは思えない、低く、冷たく、そして物悲しいメロディーが流れ始める】


ソラ: 「♪〜〜〜〜〜………」


【あの、呪いの鼻歌。その歌声は、スピーカーを通して月影邸全体に響き渡り、ポルターガイスト現象はさらに激しくなる】



(月影邸・内部)

【響き渡る呪いの歌声に、メンバーたちは恐怖で立ち尽くす】



(スタジオ)

ナレーション:

「呪いの歌が始まった! 館の怒りは最高潮に! 果たしてルーカの運命は!? そしてソラを救う術はあるのか!? この後、衝撃の第2部へ続く!」


【CMに入る直前の提供クレジット画面。その背景に映る月影邸の2階の暗い窓。その窓に、一瞬だけ、こちら側を覗き込む、髪の長い少女の顔がはっきりと映り込んでいた】

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