『プロジェクト・ルーカ -The Light of Seven-』

第一話:ひび割れた光

 7つの光でファンを照らす、というコンセプトを掲げたアイドルグループ『Luka(ルーカ)』は、その名の通り、七色の個性でファンを魅了し、デビュー2年目にしてブレイクへの階段を駆け上がっていた。しかし今、彼女たちの光には、ひびが入っていた。


 メンバーの一人、空色の担当カラーを持つソラが、原因不明の体調不良を訴え、活動を休止してから一ヶ月。残された6人のメンバーは、ライブのフォーメーションにぽっかりと空いた穴を埋めるように、互いを支え合いながら活動を続けていた。だが、日に日に濃くなる疲労と不安の色は、どんなステージメイクでも隠しきれるものではなかった。


「ソラ、大丈夫かな……」


 レッスンスタジオの床に座り込み、リーダーのミオはスマートフォンの待ち受け画面に映る7人の笑顔を見つめていた。最後にメッセージを送ったのは三日前。〈大丈夫だよ〉という短い返信以来、ソラからの連絡は途絶えている。


「リーダーがそんな顔してどうすんだよ」


 背後から声をかけたのは、青色担当のアヤネだった。口調はぶっきらぼうだが、その声には仲間を気遣う優しさが滲んでいる。


「あいつは大丈夫だって。それより、次のライブ、6人で最高のパフォーマンス見せなきゃ、ソラに笑われちまうだろ」


「……うん、そうだね」


 ミオは無理に笑顔を作って立ち上がった。そうだ、私がしっかりしなくちゃ。7人で戻る場所を、私たちが守らなくちゃ。


 その日のレッスンは、年末の大型ライブに向けた新曲の振り入れだった。複雑なフォーメーションチェンジが多く、メンバーは何度も立ち位置を確認する。6人が中央に集まり、そこから放射状に広がる振り付け。その時だった。


「……あれ?」


 紫色の担当、スピリチュアルな感受性を持つルナが、ふと動きを止めて呟いた。


「どうしたの、ルナ?」


 末っ子のコハルが尋ねる。


「ううん、なんでもない……。ただ、今、ソラちゃんの気配がしたような……」


「……は?」


 アヤネがギロリとルナを睨む。


「縁起でもねえこと言ってんじゃねえぞ」


「ご、ごめんなさい……」


「光学的な錯覚か、プラセボ効果の一種ね」


 白色担当のシオリが、冷静に分析する。


「ソラの不在を意識しすぎるあまり、脳が幻覚を見せている可能性は否定できないわ」


 その場は何とか収まったが、メンバーの間に流れた不穏な空気は、スタジオの冷気となって肌にまとわりついた。


 その日の夜。ミオはマネージャーから送られてきた定点カメラの映像で、自分たちのフォーメーションをチェックしていた。早送りで映像を確認していく。6人が中央に集まり、放射状に広がる、あの瞬間。


 ミオは、思わず映像を止めた。


 一瞬だった。ほんの一瞬。スタジオの大きな鏡に映るシルエットが、6人ではなく、7人に見えたのだ。ソラがいるべきだった場所に、ぼんやりとした黒い影が、確かに存在していた。


(見間違い……だよね……)


 何度もそのシーンを再生する。しかし、何度見ても、そこにはいるはずのない「7人目」の影が揺らめいていた。


 その映像は、誰かの手によってネットに流出した。

 SNSでは、瞬く間に憶測が飛び交い始める。


「待って、ルーカのレッスン動画、鏡に7人いない?」


「うわ、本当だ……ソラちゃんの立ち位置に黒い影が……」


「最近のライブ写真でも、6人しかいないのに足が7人分あるって話題になってたやつだ」


「これ、数年前にユナちゃんが消えた『レヴリ』と全く同じじゃん……」


 #呪われたアイドル #レヴリの再来 がトレンドを駆け上がり、騒動は制御不能な炎上へと発展していく。


 メンバーたちが心を痛める一方、その炎をオフィスで静かに眺めている男がいた。


 プロデューサーの黒田だった。


 彼はモニターに映るSNSのタイムラインを眺め、口元に歪んだ笑みを浮かべた。


「これだ……。これだよ、このヒリヒリする感じ……!」


 数年前、『レヴリ』の事件を遠巻きに見ていた彼は、その凄まじい話題性に嫉妬すら覚えていた。恐怖、謎、悲劇。それらは、どんな宣伝文句よりも雄弁に人の心を惹きつける最高のコンテンツだ。


「チャンスじゃないか……」


 黒田はスマートフォンを手に取り、旧知のテレビ局プロデューサーに電話をかけた。


「もしもし、五十嵐さん? 面白い企画があるんですけどね……。今、ネットを騒がせているうちの『ルーカ』、彼女たちを使って、とびっきりのショーをやりません?」


 数日後、ルーカのメンバー6人は、事務所の重苦しい会議室に集められた。


 目の前には、満面の笑みを浮かべた黒田がいる。


「君たちに、素晴らしい知らせがある」


 黒田はそう切り出すと、いかに今回の騒動がグループの知名度を上げるチャンスであるかを力説した。そして、有無を言わさぬ口調で告げた。


「そこで、テレビ局と組んで、特別番組を放送することにした。君たちと、そして休養中のソラを、この呪いから救い出すための、感動のドキュメンタリーだ」


「……は?」


 アヤネが低い声を出す。


「ふざけないでください!」


 今まで黙っていたミオが、激しい怒りを込めて叫んだ。


「ソラは、私たちは、あなたの商品じゃない! 見世物にするなんて、絶対に許さない!」


 メンバー全員が、賛同するように黒田を睨みつける。しかし、黒田は全く動じない。


「これは仕事だ。それに、本当に呪いがあるなら、それを解く唯一の方法かもしれないだろう?」


 彼はリモコンを操作し、背後の大型モニターに一枚のスライドを映し出した。


 それは、禍々しいフォントと、おどろおどろしい月影邸の写真でデザインされた、番組の企画書だった。



【番組企画書(極秘)】

番組タイトル:『緊急生放送!アイドル"ルーカ"を救え!呪いの洋館・月影邸 除霊スペシャル』


企画意図:

 現在ネットを席巻しているアイドルグループ『Luka』の心霊騒動。その真相を解明し、原因不明の病に倒れたメンバー・ソラを救うため、残された6人のメンバーが全ての元凶とされる曰く付きの洋館『月影邸』に突入! 数年前にアイドルを飲み込んだ悪夢の場所に、7つの光の絆は打ち勝つことができるのか? 感動と戦慄のリアルタイム・ドキュメンタリー!


放送日時:

 年末特別編成 ゴールデンタイム2時間スペシャル(生放送)


出演者:

 ・Luka(ミオ、アヤネ、シオリ、ルナ、レイラ、コハル)

 ・司会:人気アナウンサー

 ・ゲスト:霊能力者、オカルト研究家

 ・特別中継:ソラ(入院中の病室より)


番組概要:

 数々のアイドルを葬ってきた呪いの館『月影邸』を完全封鎖。6人のメンバーが内部を探索し、ミッションに挑戦。視聴者もSNSで応援参加可能! 果たして、呪いを解き、ソラを救い出すことはできるのか…!?



 企画書の最後の行「特別中継:ソラ」という文字を見た瞬間、ミオは言葉を失った。これは救済などではない。ソラを含めた7人全員を、生贄にするための、悪意に満ちたショーなのだ。


 黒田の甲高い笑い声だけが、絶望に沈む会議室に響き渡っていた。

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