第24話 悪事③
「良くは分かりませんが……竜素材の不足分を、美術品を潰してそこから賄おうという算段でいいのかしら?」
「ええ、そんなところです」
「では、どうして頭でっかちの監督官殿には秘密なんですの? 小役人殿とは、腹を割って話す間柄なんでしょう? これくらいなら隠す事でもなさそうですけれど」
「チタルナル監督官にバレるところで不正を行うなど、“竜の背中で焚火をするようなもの”です。不正は許さない、適法な行為のみを積み重ねて正義を執行する……彼は、そういう男です」
「これだから、頭でっかちは嫌。目的に向けて最短距離を走る。邪魔するものがあれば、貴族だろうと法だろうと、蹴散らす。それで、よろしいんじゃなくて?」
なるほど。これこそジョセフィーヌ・クインという人物だ。だが、そのやり方は誰もが出来るものではない。
「それが最も効果的で効率的であるなら、そうするでしょう。けれど、そうではありません。個人ではなく軍として行動する以上、多くの人との協調が必要ですからね。それと、他にも理由がありまして……」
「他?」
「ええ、意外と繊細な話なのです。こういった美術品の大抵は、貴族の子弟のうち、勉学や軍事に芽が出なかった者たちが作っているものです。金に飽かせて素材を手に入れ、一山当てて名を成そうとしているんでしょう。そんな作品を壊すために購入したと貴族たちに知られれば、間違いなく軋轢が生まれるでしょう。チタルナル監督官が容認していたとなれば、後々政治的に不利に働くのは、間違いないでしょう」
「そんなものなの?」
「ええ。ですので、私が勝手にやったこととして、チタルナル監督官の耳には入れないのです。もし追及されることがあったとしても“シム・ロークが勝手にやったことなので、私は知らない”と答えられるように余地を残しておくのです」
「まあ! すっごく政治的で気持ち悪い考え方ね」
「チタルナル監督官が全てを知ったうえで知らぬように振る舞うのであれば、反吐が出ますけれど、この件は本当に私が勝手にやっていることですから」
「ふーん。確かにそうね。でも、そうするとあなたの立場が悪くなるんじゃないかしら。下手すると、監督官からの信任も失うのではなくて?」
「そうですね。彼は法と正義を信奉する男です。こういう手法を好まないのは間違いありません。もしかすると、愛想を尽かされるかもしれませんね」
「いいんですの?」
「構いませんよ。良き友人を失うのは悲しいことですが……竜を退治しトナリ市に平和をもたらすためならば、シム・ロークという人間がどうなろうと、どうでもいいと思っています」
特に考えもせずに呟いた言葉に、ジョセフィーヌが目を見開く。
「
誤解を招いた気がするが、否定することも出来ない。
実在しないシム・ロークという人物の評価がどうなろうと、ジムクロウには関係のない話であるというだけの話なのだ。けれど彼女の目には、私が献身的な男に見えているかもしれない。
「私は自分の身が危なくなったら逃げだします。臆病者ですので、自分の命が大事なのですよ」
「ふふ。そういう事にしておいて差し上げますわ」
「いずれにしても、竜退治が終わったら私はトナリ市を離れます。騒動が収まった後には、私は目の敵にされるでしょうからね」
「あら、それはなぜかしら?」
「これもいくつか理由があります。竜殺しの名誉をやっかむ者が現れるかもしれない。兵や町に損害が出れば、討伐に成功したとしても責任を負わされるかもしれない。けれど、最も注意を払うべきは竜利権ですね」
「竜利権?」
「幻獣は、討伐に係る名誉のほかに現実的な価値もあります。その素材が高値で取引されるので、莫大な利益を生むのです。中でも竜が生み出す富は、他の幻獣の比ではないでしょう。かつて討伐後の竜を解体し素材などを商売するためだけに、二万人規模の都市が作られたこともあるとか。利益を独占しようとする者が現れれば、私のような小物は真っ先に排除の対象になるでしょう」
ベルチ執政官やオーギュストらの顔が浮かぶ。
竜退治の成果を政治利用するだけでなく、利益も漏らさず手中に収めようとするだろう。彼らがそれくらいの強欲さを持っていると、私は確信している。
予算も無いままに各団体へ利益供与を約束しているところから察するに、既に討伐後の利益分配の勘定を始めているに違いない。まだ倒してもいない竜の鱗の数を数え始めているところに、貴族議会の老獪さと傲慢さを見出し、ため息が漏れる。
取らぬ竜鱗を数えるとは、馬鹿な行いの別称だ。
「やはり竜の前に貴族どもを全員討伐しておいた方が良い気がしてきましたわ」
「……あなたの貴族嫌いは筋金入りですね」
「貴族が嫌いと言うわけではありませんわ。名誉と権勢を手放せない老人や見栄と金儲けが好きな商人どもが嫌いなんですの。真底嫌い」
そこでふと気が付いて、ジョセフィーヌに尋ねた。
「そういえばクインさんが討伐したという
「さあ? 貴族議会の奴らが“片づけておいてやった”とだけ伝えてきましたわね」
「それは……」
随分と恥知らずだなというのが、トナリ市の貴族議会に対する私の率直な感想だ。
「それを気にもしないクインさんの方が、私などより奉仕的な人間ですよ。素晴らしいと思います」
「そうかしら? 私は名誉を得ましたけど、小役人殿はそれすらも放棄しようとしている。控えめに言っても最高だと思いますわ」
誤解を解こうにも、全てを詳らかにするわけにもいかない。放っておくことにした。
「……それは、どうも。さて、これでひとまず午前の予定は終わりました。宜しければ、我が家で昼食でもいかがですか? 腕の良い料理人がいるんです。味に不満は出ないと約束しますよ」
「肉は出る?」
「……たくさん出すように言いましょう」
「最高ですわね」
かつて料理人であった奴隷のカルナに肉料理を作るように頼み、イーオに給仕を任せて昼の食事を始めた。香辛料や野菜を詰めて丸焼きにした豚、
ジョセフィーヌは、大皿を二十ほど空にすると満足したようにため息を吐いた。
「それで、次はどこへ?」
「次の場所へは、クインさんは行けません」
「あら、どうして?」
「公衆浴場だからです。チタルナル監督官たちと落ち合って、打ち合わせもかねて入浴します」
ジョセフィーヌが、今度は呆れたようにため息を吐いた。
「あなたって、どうして一日に一度、お風呂に入るんですの?」
何を決まりきったことを聞いているのだろう。彼女はおかしくなってしまったのだろうか。
「一日に二度は入れないからですよ。今の我々には、そんなに時間は余ってはいませんからね」
「……私がおかしくなったんじゃないかって勘違いしそう。さっさとお風呂に行って、男同士で情を深めていらっしゃいな。今日は、それでお終いなんでしょう?」
「そうですね。今日はここで解散しましょう。残る仕事は、幾つかの見積もりと発注、書類の作成といったところですので」
「それじゃ、私はお暇しますわ。なんだか敵意に満ちた視線も感じますし」
視線と言えば、私の奴隷たちだろう。
窓の外には馬飼いのナルナナがいる。もとは自由市民であったので、馬の世話ができるだけでなく体格が良く短剣の扱いにも長けている娘だ。先ほどまで馬の世話をしていたのだろう。蹄鉄用の金づちを持って、こちらの様子を伺っている。
隣室の扉が少し開き、隙間からは料理役のカルナが覗いている。手には包丁を握りしめている。気が強い方ではないが、よく気が付く頭の良い娘だ。
「確かに私の家の者が目を光らせていますが、敵意ではないでしょう。知らぬ客人に対して、気を張っているだけですよ」
「あなたって、びっくりするほど鈍いんですのね。見た目相応に、恋愛の経験は無いのかしら?」
路上の落ちている馬糞でも見るかのような目を向けながらジョセフィーヌが言う。
話の展開が急すぎて、何と返事をしたらよいのか分からなかったので、とりあえず質問で返してみる。
「クインさんは、そう言った経験が豊富なのですか?」
ジョセフィーヌは傷ついたように黙り込み、そのまま帰っていった。
私は何か間違ったのだろうか。
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