14話 

 今日は大会前の最後の一日休みである。こんな日はゆっくり家で休むというのが一番なのだろうが、日頃部活に勤しんでいるせいか、家にじっとしているのもどこか落ち着かない。

 そこで、前々から思っていた佐藤にチェキのフィルムをあげるという名目で、フィルムを買いに出かけた。電車で30分程移動し、大型電気店に併設しているカメラ屋に入る。まあ本当ならもっと近くで購入出来る代物なのだが、私自身カメラ屋に入ったことがなく、佐藤が熱を入れてるせいか私も少し興味を持ったからだ。そんな店内は中高年の男性の割合が多く感じたものの、若年層や女性の姿もあった。


(思ったより裾の広いのかも)


 そんな事を思いながら、フィルムを早々に手にした後、店内を見て回る。すると、彼が持っていた様なカメラがずらりと並ぶと共に、どれもこれも高価で驚く。


(怖くて手には取れないけど見るだけならタダだもんね)


 自分の知らない世界が広がる空間に気持ち心踊らせつつ、ゆっくりと陳列を見ていると、すれ違い様に肩が当たってしまった。慌てて、その方を見る。


「すいません」

「いえ、こちらこそっ」


 すると思わず息が止まる。と、言うのも先日佐藤の名前を呼んだ女性が目の前にいるのだ。それと同時にこの前の気まずい空気を思い出す。


(とりあえず退散しますか)


 私は会釈をし、足を数歩進めた。その時。


「あ、あの」


 周りを見渡す。偶然にもこの通りに居るのは私と彼女だけ。しかも明らかに声を掛けられているのに、無視は出来ない。すると、再度彼女から声が上がる。


「あの、碧映のお友達ですか?」

「は、はい。多分」

「そうですか」


 すると女性は満面の笑みを称え頭を下げた。


「いつも息子がお世話になっております。碧映の母です」

「さ、佐藤君のお母さんですか!!」


 いきなりのカミングアウトにすぐさまお辞儀をする。


「私、同じ高校に通っている筒宮かのかって言います。佐藤君とはクラス違うんですけど、ひょんな事あって、話すようになったり、写真の取り方とかちょっと教わったりしてます」

「そうなんですか? あの子がそんな……」


 少し驚いた表情と浮かべた彼女は瞬時に笑みを浮かべた。


「筒宮さんでしたよね。この後時間とかありますか?」


 私はその質問に少し頭を傾げると共に、彼女は再度私に問う。


「少し、碧映の高校での話聞かせてくれませんか?」





「御免ね。つき合ってもらっちゃって」

「いえ、特にこの後予定ないので」


 結局断り切れず、彼女の誘いに乗り、今は近くのカフェでお茶を奢ってもらっている状況である。そんな中、コーヒーを一口飲んだ彼女は笑みを浮かべて見せた。


「そんな緊張しなくても良いのよ」

「ははは」

「で、碧映。高校ではどうなの?」

「そ、そうですね」


(話していいもの?)


 この前の感じからして明らかに2人の間には何か不協和音があるのは感じる。なので第三者の私をお茶まで誘い、聞こうとしているのだろ。そんな状況で、私が彼の学校生活について話してしまう事に疑問符が湧く。そんな思いが渦巻く中、目の前の彼女が窓の外を見ながら再度話し出す。


「私、一年のほとんどを海外にいるから、今の碧映の生活どうなのか知らなくて」

「そうなんですか?」

「ええ。私、戦場カメラマンしてるの」

「戦場カメラマン? 女性の方って珍しいですよね」

「そうね。同業者はだいたい男性かしら」

「でも戦火の渦の中に行ったり危険な仕事じゃないんですか?」

「安全ではないのは確かよ。でも、目を逸らしちゃいけない事があるって自身に言い聞かすには良いかなって……」

「……」

「私にとっての罪滅ぼし? うんん。そんな事で償える事じゃないかもしれないけど」


 そう言う彼女が悲痛な表情を浮かべる。こちらまで悲しくなるぐらいの顔つきであり、彼女の思いの深さを感じると共に、言葉が出ない。


(ど、どうしよう)


 すると彼女の表情が一転笑みを浮かべた。


「御免なさい。こんな陰気臭い話しちゃって。で、話戻すけど、碧映。高校生活どうなの?」


 彼女が身を乗り出し私に詰め寄る。


(やっぱり回避できないみたい)


「ははは」


 私は苦笑いを浮かべると共に、胸の中で佐藤に謝りを入れた。




 薄日が窓から差し込み、クラスメイト達は各々の時間を過ごす。今はお昼休みであり、暫し時間も経過せいか、昼を食べ終わった生徒がほとんど。私も昼を済ませ、今は購買で備品を購入しに廊下を歩いている。行き交う生徒達は楽しげに話し、校内全体が賑やかだ。

 そんな中、私の視界に神崎を捕らえ、軽く手を振った。すると彼女も気づき私の方へとやって来る。


「神崎さん。何だか久しぶりだね」

「そうね」

「で、どうなのあれから」


 すると彼女の顔が真っ赤になると、私の手を引き、近くの非常口近くに連れて行く。そして赤面した顔で私の顔を見た。


「ち、ちょっと!! あんな人の居る所で、その話!!」

「御免、御免。ちょっと気になってさ。でも噂にもなってないし、神崎さんの恋印。誰も気づいていないみたい」

「まあ、結構頑張って隠してるっていうか……」

「でも、赤砂君。かなり我慢してるんじゃい? ずっと好きだった相手だし、学校でも話たいと思うけど、してないんでしょ?」

「それは完全に拒否してる。絶対怪しまれるから」

「だよねーー でも長年思ってた事をちゃんと伝えられて、前に進めてるって凄いと思うよ。なんか事によっては、時間経つと言いづらくなってっちゃう事ってあるからさ」

「そうね。でも今回はたまたまよ。うまくいかない事の方が大半」

「…… なんかわかるかもそれ」


 その言葉に不意に先日の佐藤母の残像が過ぎる。ここ最近の出来事だったせいか、彼女の表情が今の言葉を代弁している様に思えた。そんな中、神崎が私の名前を呼び、我に返る。


「うん、何?」

「そうえいば、ちょっと聞きたかった事あった」

「私に答えられる様なら」

「赤砂も気にしてたんだけど、佐藤最近何かあった? 様子がおかしいの。以前から口数少ないけど、今はそれに輪をかけてだし、表情も本当に無」

「あーー そうなんだ。私会う機会ってほぼ、接骨院だし…… でもそうだな…… ちょっと気になるというか、佐藤君と一緒に帰っていた時に、彼のお母さんとバッタリ会ったよ」

「佐藤母?」


 少し食いつく様な言い方の彼女に思わず面食らう。


「そう。ありがとう。なんとなく原因わかった」

「なら、良かったよ。じゃあ私購買に用があるから」

「ううん。こちらこそ。足止めさせて御免。また」


 そして、軽く互いに手を振り、その場から離れ歩む最中、やはりあの2人には何かしらの確執があるのだろうと確信した。幼馴染みの神崎にはそれが理解している故の反応なのだろう。


(結構根深いのかも)


 そんな事を思いながら、購買へと向かった。





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