三章 13話 

 ゆったりとしたクラシックの曲が流れる接骨院内。今日は院内は私1人であり、うつ伏せになり揉んで貰っている最中。今日一日の疲れを取る至福の時を過ごす。今月入り、大会も近くなってきたという事で、毎日ここへ通っている。そのせいか前日の疲れなく過ごせていると思う。


(若いって言ったって、疲れは溜まるんだから)


 疲れと言えば、最近渚が、やけに佐藤と私の事を聞いて来るようになり、少々精神的疲労蓄積中である。確かに外の人に比べれば親しいとは思う。ただそれ以上でもそれ以下でもない。


(だいたい、佐藤君とつりあうわけないでしょうよ)


 つりあうと言えば、屋上での逆告白展開の上の両思いの2人は、ひっそりではあるが、おつきあいを始めたらしい。結果は大団円を迎えた形だ。お互いにつき合いが長すぎて言えなかったと言うことと、女慣れしてる筈の赤砂が実は一途で、初恋を実らせる為に拗らせていた事が判明した今回の一件。

 その後、神崎の手首には四つ葉の痣が現れ、それを見せてもらった。そんな彼女はやっぱり幸せオーラが出ていて、恋をすると人は変わると耳にした事があったが本当なんだと実感した今日この頃。

 そんな変化を迎えた2人に対して、佐藤はいつもの通常運転である。本当に学校にいる時は感情はあまり表に出ず、事を見守る役を買って出ている状態。やはりそんな姿勢の佐藤はどこかで人との関わりに一線引いてる節がある。それは級友の2人にも同等の感じがするのだ。


(根は本当に良い人なんだよね)


 色々と彼なりに抱えているものはあるだろうに、彼は一体それをどこで発散しているのであろうか? 


(やっぱり写真とか撮ると気が紛れるのかな?)


 まあ、彼の技量があれば思い通りに撮れるので楽しいのかもしれない。前回彼からメルアドを教えてもらい、あれから数回植物園の写真を送って貰ったが、どれも綺麗で花々が生き生き撮られていた。勿論、当時の公言通り、佐藤から指南してもらって撮ったチェキは私の机に飾ってある。あれはあれで良い経験をさせて貰ったと思う。


(今回の事がなかったら知らない世界だもんね)


  感謝の思いが溢れる中、その片隅でチクリとした感覚を覚える。と言うのも赤砂の件だ。あの時佐藤に話し謝りはした。が、巻き込んでしまった思いは拭えず、自身の胸に澱として今でも残っている。


(うーん。物で方を付けるのは微妙だけど、写メも送ってくれてるし、チェキのフィルムでも買ってあげようかな)


 その直後、チェキで取り方を教えてくれた佐藤の顔が脳裏をかすめ、顔が熱くなる。


(い、いやいや何をそんなに動揺しているのかわかりませんよ私!! ただお礼だからっ、フィルムあげたからってあんな顔してくれるとは限らないし!! だいたいされても困るよーー)


 思わず溜息を溢す。すると、先生の手が止まった。


「痛かった?」

「い、いえ違います。凄く気持ち良いです」

「なら良い。ただ、ここの所連日頑張り過ぎ。前も言ったが足首の負担は」

「はい。ちゃんとストレッチして、無理はしないように心がけてます」

「なら良いが。違和感を感じたら直ぐに言う事。いいか、骨接ぎは緩和ケアみたいなもんじゃ。明らかな炎症はちゃんとした病院で診てもらう。なので紹介状を書く故に申告するのじゃよ」

「はい」

「うむ。じゃあ今日は終わり。気をつけて帰れ」

「ありがとうございました」


 そう言い、ゆっくり立ち上がる。そして軽く体を解した所で、もう一声掛け、室内を後にした。

 外は丈夫日が落ちているものの、今日は十三夜月の様でわりと明るい。そんな中、自転車に乗り、最寄りのコンビニへと立ち寄った。


(やっぱりお腹すいちゃうんだよね)


 施術の後は特に空腹感を感じる。やはり血流がよくなるせいだろうか。そんな事を思いつつ、おにぎりを購入し、外に出ようとした時、目の前に佐藤が現れたのだ。


「佐藤君?」


 その声に、彼も気づき私に視線を向ける。すると軽く手をあげた。


「接骨院の最寄りだし、家この辺なの?」

「ああ」


 そう言うと、コピー機の方へと向かう。そんな彼を余所に駐車場端でおにぎりを完食し、ゴミを捨てに再度入店すると、佐藤が用を済ませたらしく、出口で一緒になった。


「用事済んだの? 何それ?」

「写真のコピー。筒宮は何してたわけ」

「小腹すいちゃって。買い食いだよ」

「女子も買い食いとかするだな」

「そりゃあするわよーー」


 そう言い駐車場を後にし、歩きの佐藤の隣に自転車をおして歩く。


「佐藤君店迄はだいたい歩き?」

「ああ」

「接骨院もそうだけど、本当に最寄りの店なんだね」

「まあそうだな」

「にしても写真のコピー。今の機器ってこんなに鮮明に印刷出来るんだ」

「カメラと一緒で、機能が年々向上してるからな」

「そうなんだね。因みに今回は鳥? 綺麗な羽」

「カワセミ」

「この辺にいるの?」

「うーん。清流に居る鳥だからもう少し上流の川沿いに行かないと無理かも」

「そっか」


 そんなたわいのない話しを進めつつ、途中の三叉路で彼の足が止まった。


「俺、こっちだから」

「うん」


 その時、前方からキャリーバックを引く音が耳に届いたと思いきやピタリと音が途中で止まった。 


「碧映?」


 不意に、佐藤の名前が呼ばれ、彼も勿論私も、その方を見た。すると、そこには私と同じぐらいの背丈で顔立ちがしっかりしたショートカットヘアーの女性が立っていたのだ。


「佐藤君のっ」


 言葉を言い掛けながら隣を見ると、彼の表情は強ばり目を大きく開く。そして今まで見たこと無い程の冷たく鋭い視線を向けたかと思いきや、すぐさま踵を返した。


「悪い。筒宮。俺コンビニで買い忘れた物あるから」

「あ、うん。じゃあまた明日」


 すると彼はすぐさまその場から立ち去った。


(ど、どう言う事よーー)


 いきなりの展開であり、名前を呼んだ以上は佐藤の知り合いなのは確定なのだが、あの様子を見るに、彼が憤っている様に見えたのだ。日頃見せない雰囲気に驚きが隠せない。

 私はゆっくりと目の前の彼女を見た。彼女は彼女でどこかやるせない感じの表情を浮かべ、遠ざかる佐藤の背中を見つめている。

 一瞬にて修羅場と化した場所から、暫し動けなかったが、ゆっくり足を踏み出す。 


(ひとまずここから立ち去ろう)


 未だ、重い空気が漂う中、私は彼女の方に道を歩いていく。そしてすれ違い様に会釈をし、足早にその場を後にした。

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