第3話
思わず遠い目で薄雲浮かぶ空を自身の席で見つめる。そんな姿の私を渚が椅子に座り見つめていた。
「何。その現実逃避感だしてるのよ」
「いやね。何だか不運続きっていうか」
「そういう事ってあるよね」
「うううう」
「だからってある程度の期間だろうし…… まあでも気になるようなら、その悪い流れを断ち切る様な事とかしてみれば?」
「たとえば?」
「うーん。あっ、ほら今度体育祭あるでしょ? あれの委員、今日決める話だけど、それに立候補とかは? 日頃そういう事しないけど、かのかの場合陸上部だし良いんじゃない? それに体育祭実行委員の顧問って陸上の後藤先生だよね?」
「後藤先生なんだ顧問。いつも顔合わせている先生だし、ちょっとやってみようかな……」
「そうそう、気分転換だよ!!」
そんな彼女の後押しと自身の運気を好転させるべく、早速午後の委員決めの際に声を上げ、選出される運びになった。
その数日後の放課後。委員会が行われると言うことで、後藤先生が受け持つクラスである1年C組へと向かう。私はEなのでひとクラス挟んだ教室になるが、同じフロアにある為、直ぐに目的地に着いた。すると、既に上級生の役員の数人が教室にて指示を出す。
「あのーー 私1年E組で」
「1年生ね。前の席に座って下さい」
その言葉に促され窓際の前の席へと向かう。そして席に座ると窓の外を見た。そこには運動部が各々の練習をしていると共に、陸上部の姿が視界に入った。いつもなら、この時間だとあの輪の中にいる筈ではあるが、今日は外から様子を伺う形なっている。
(何だか不思議)
と思うと同時に新鮮味を感じ、その姿を見つめる事暫し。委員が揃った教室に、ボサボサ髪の後頭部をかき、サンダルをペタペタと音を出しながら後藤が入室する。180cm以上はあるが痩せ型なのでマッチ棒のようだ。まあ長身なのである程度身なりをしっかりすれば見栄えはすと思うが、本人はさらさらそんな気はなく、いつもかったるそうな表情を浮かべている。
「もう揃ってるの?」
「はい。先生達が最後です」
「気合い入ってるな」
欠伸をしつつ、教壇の前を通り過ぎようとした時、先生の背後に別の人物がいる事に気づく。丁度彼の陰に隠れてしまっていたようだが、先生とほぼ変わらない長身の人物がプリントを抱え、険しい表情を浮かべている生徒が視界に入った。その直後思わず天を仰ぐ。そんな状況の中、私の目の前に先生が椅子に腰を下ろした。
「佐藤。それ早速配ってよ」
「…… はい」
渋々と前にプリントを置いて行く彼の視線が、私を捉えたのがわかった。すると佐藤はあからさまに溜息をつき、自身の前に立つと共に、私は目線を下へと落とす。どうにかやり過ごしたい一心だった。その時。
「ストーカーなのあんた」
小声でいきなり呟かれたのだ。いきなりの事でもあったが、私が全面的に悪い様な言いっぷりに、顔を上げる。
「何故そうなるのよ!! 最初は私に否があったとしてもっ、ストーカーって」
思わず声を出してしまい、慌てて口を紡ぐ。すると佐藤の背後にいた先生が感嘆の声を上げた。
「佐藤。お前他のクラスの生徒と話すの初めてみたぜ。筒宮も秘密主義全開の佐藤となーー」
すると、後藤が含み笑いを浮かべた。だいたい彼がこの顔をした時はロクな事がないというのは部活でも把握済みであり、後藤の言葉に息を呑む。
「生徒の成長を見守るのも教師の役目だからな。よし。佐藤。どっちみち俺が体育祭の顧問で、今回みたいな小間使い要因は決定として佐藤は体育全般はからっきしだろ? なので筒宮に色々教わってくれよ。今回の1年は競技の道具搬入やらセッティングがメインの仕事だからさ」
『はあ』
偶然にも彼と声が重なると共に、私と佐藤は先生に詰め寄る。
「意味不明なんだけど」
「ちょ、ちょっと先生」
私達は各々苦情を申し立てるものの、彼はそんな声には全く聞く耳を貸さず、尚も話は続く。
「うん。二人でペアでやれば1年はまとめられるだろよ。我ながらに良い案だな。と言うことで委員長。1年はそんな流れで」
勝手に話を進め、締めてしまった目の前の彼はやりきった感で満ちた表情を浮かべる。そんな後藤の前で私等は丈夫肩を落とし頭を項垂れた。
「後藤先生。酷くない? ありえないでしょ!!」
私が思わず声を荒げる。その姿に渚はクスクスと笑う。
「ちょっと。友達が嘆いてるのに笑うのどうなのよ!! きっと先生も渚と一
緒で面白がっての事なんだよきっと!!」
昨日の今日のせいかどうしても納得いかない思いが収まらず、朝から嘆いている。
(だってこうでもしないと、いくら何でも私の腹の虫が治まらないんだもん!!)
しかしこんな愚痴を渚は朝からずっと聞いてくれているのだから感謝である。だが、笑うのは如何なものだろうか? 無意識に口が尖ると、彼女は笑いを堪えきれずに吹き出した。
「拗ねない。まあ二度あることは三度あるっていうし、これ以上の事は起きないわよ」
「これ以上って。もうこれ以上の事なんてないでしょうよ」
「ははは」
そんな会話をしていると、教室の入り口が騒がしくなった。それに気づいた渚が視界をそちらに向けると、私の肩を叩き、ニヤリと笑う。
「噂すればってね」
私は溜息を吐くと、賑やかな方へと視界を向けた。すると手にプリントを持った佐藤が立っていると共に、その周りに自然と女子が集まって来る光景が目に飛び込む。まあ話題の中心たる彼はいつもと変わらず、表情も変えず、言葉も『はあ』とか『さあ』と言葉数少なく通常運転である。そんな佐藤だがクラスも違うと言うのにこれだけの人が集まるのだ。流石有名人。また私自身、実際に女子に囲まれる彼を目の当たりにするのは初めての事。
(私にはよくわからないけど人気なのは本当なんだ)
少し感心した面もちでその様子を伺っていると、そんな私に気づいた佐藤が目を細めこちらを凝視され、体がこわばる。すると一回彼が片手で手招きをした。
「ちょっと、いい?」
その声に一斉に女性陣が彼の目線の先に居る私に顔を向けた。いきなりの多くの視線に困惑すると共に、クラスが一瞬静まり返る。そんな中、佐藤は気にする事なく、再度手招きをした。
「筒宮」
いきなり名前を呼ばれ、垂直に立ち上がる。そして早歩きで彼の方を向かい、多くの眼差しを感じづつ、廊下へと出た。
「ど、どうしたの佐藤君」
「うん」
「体育祭のプリントか。ありがとう」
「ああーー 後、後藤が明日から体育祭準備あるか部活程々でいい」
「伝言?」
「そんな所」
少し拗ねた様な表情を浮かべ、その様子が少し幼く見える。
(なんだ能面みたいだと思ってたけど多少は顔色出るんだ)
思わずそんな姿が新鮮かつ、面白く、クスリと笑ってしまった。すると佐藤はいつもの無の表情に変わる。
「何?」
「い、いや。なんていうか。先生の伝言ちゃんと伝えてるんだなって」
「何それ」
「ほら、なんか日頃から言うの面倒臭さそうだから」
「面倒だよ。でも最低の義務は果たさないとかどうなの?」
すると彼はいつもの様に鋭い眼孔をこちらに向ける。
「は、あ……」
その時だった。
「碧ーー」
溌剌とした声と共に、彼の肩に抱きつく男。すると、私等を傍観していた女性陣から黄色い声が上がり、廊下が騒めく。佐藤と同じぐらいの身長で、栗毛の垂れ目ではあるが、どこか華のある人物だ。またそんな彼に背後には女子が何人か着いてきている事に気づくと同時に、彼等を中心に異様なサークルが出来ている。そんな状況の中、いきなり登場した彼は佐藤と親しげに話す。そんな様子と、周りの状況においつかない私は半ば呆然としていると、途中登場の彼が、私に笑みを浮かべて見せたのだ。思わず目を見開く。
「おーー 何か新鮮な反応。もしかして驚いた。ましょうがないよね俺、格好良いから」
いきなりのナルシスト発言に一瞬にして顔が強ばる。そんな事はお構い無しに彼の話は続く。
「珍しいじゃん。女子と話してるなんて。だからってわけじゃないけど思わず声かけちゃった」
「はいはい。わかった。っていうか暑苦しいから肩に手おくな」
「ええーー そんな事言うなよ」
すると彼が再度私を見た。
「ははは。御免ね。話してたのに。そんな事で首突っ込んじゃったんだけど、俺、赤砂修司。こいつの腐れ縁でさ。中高一緒なの。しかもクラスも一緒って。相当だろ?」
「ほんと。腐れ縁でまとめてほしくないぐらいにな」
「いやーー そんな顔すんなって。っていうか大概いつもと変わらないか」
「何だよ。悪いか?」
「いや別にーー」
完全に彼等のペースであり、私はただそのやりとりをぽかんと見つめる。すると、赤砂と目が合うとニヤリと一回笑い掛け、佐藤の肩に手をおいたまま、踵を返す。
「とりあえず、話は終わったんだろ? 次の授業あるから戻ろうぜーー」
「ふん」
そう言うと取り巻きを引き連れ、彼等はこの場から立ち去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます