第11話

「人隠しの穴」から荷物を運び出したその日の午後、僕は何もする気がおこらなくて、縁側でぼんやりしていた。とても物足りない、退屈な気分だった。すると、自転車のブレーキの音が聞こえ、数人の男の子達の姿が見えた。大地君が友達を連れて遊びにきたんだ。

「こんにちは。草太君いますか?」

 玄関で、大地君の声が聞こえた。僕が玄関に出てみると、

「友達が、絶対あの森にサルがいるっていうんだ。森に入ってもいい?」

「いいよ。こっちからだよ」

 僕は皆を森に案内した。

 森の中で、皆はサル探しを始めた。でも、そのうちセミや昆虫を見つけて、虫取りに夢中になったり、木登りをしたり、ターザンごっこを始めたりした。

僕は、皆を「人隠しの穴」に案内した。もしかしたらリキがもどっているかも・・・と言う期待もあったけれど、そんな気配は少しもなかった。

「人隠しの穴」を怖がった子もいたけれど、大地君は中に入って探検をしたがったので、僕は、大ばあちゃんが言っていた戦争の話や、戻ってこなかった人の話をした。

 皆で遊んでいると、リキが大好きだった木の下で、カメラを見つけた。高杉先生のものだ。きっと、台風の強風で木から落ちたのだろう。僕は、そのカメラを肩にかけた。

 僕達は夕方まで森の中にいて、結局サルを見つける事はできなかったけれど、明日も一緒に遊ぶ約束をして別れた。

 夜になって高杉先生が来たので、僕はカメラを渡した。

 

 おじいちゃんの家に来て、16日目に、お父さんが車で僕を迎えに来た。

 お父さんは僕を見て、

「草太、ずいぶん日に焼けて、たくましくなったなあ」

 と言った。僕はお父さんに、森や、「人隠しの穴」や、牛舎や、牧場を案内して、僕がどんなふうにここで楽しく過ごしていたのかを説明した。そして、友達になった大地君達やリキの事も話した。でも、リキがゴリラだって事は言わなかった。別に隠すつもりはなかったけれど、言葉にしたら、リキとの思い出が薄くなってしまうような気がして、その時はまだ言いたくなかった。

 お父さんは、風香の写真やビデオを持ってきたので、皆でそれを見た。皆は「かわいい、かわいい」「目がお母さんに似ている」とか、「鼻はお父さん似」「草太の赤ん坊の時そっくり」って言っていたけれど、僕が見た感じでは、風香はサルにそっくりだった。でも、きっと僕は家に帰ったら、リキを大切に思っていたように、風香の事も大切に思えるような気がした。

 次の日、僕は家に帰る荷物をまとめた。直樹と和弥に約束したカブトムシとクワガタをそれぞれの飼育ケースにいれた。荷造りを手伝ってくれたサキちゃんが、

「自分の分は?」

 と言ったけれど、僕は、

「僕はもういらない。無駄に捕まえたり、死なせたりしないリキを見習うんだ。それに、また来年ここに来るから」

 と、答えた。

 車に荷物を運んでいると、おじいちゃんが、畑から採ってきたばかりの新鮮な野菜をたくさん持ってきてくれて、お父さんと一緒にトランクへ詰め込んだ。おばあちゃんも、大ばあちゃんも外に出てきて、「また、おいでね」と言ってくれた。タロウは、来た時と同じように尻尾をふってワンワンと言っていた。

 お父さんが車のエンジンを入れた時、高杉先生が慌てた様子で現れて、僕に茶色い封筒を渡してくれた。

「間に合って良かった。これ、木の上にあったカメラの中身。カメラはダメだったけれど、フイルムは無事で、現像したんだ」

 中には、リキの写真が入っていた。一緒に撮ったものや、リキが自分で自分にカメラを向けて撮ったものが写っていた。その写真を見たおじいちゃんや、おばあちゃんや、お父さんは驚いていたけれど、僕とサキちゃんは嬉しくて、可笑しくて、笑ってしまい、うまく説明できなかった。 

 高杉先生が、つじつまを合わせながら上手に説明をしてくれていた。その光景を大ばあちゃんが、静かに笑いながら見守っていた。

 

 車が動き出し、見慣れた何時もの景色が少しずつ小さくなっていった。おじいちゃんの家も、牛舎も、牧場も、牛達も、森も、そして手を振って見送ってくれた人達も。

 田んぼのあぜ道には、大地君達がいて、車に向かって大きく手を振っていたのが見えた。

「草太―、また遊ぼーなー」

「またねー、バイバーイ」

 僕も、車から身体を乗り出して、大きく手を振った。

「またねー、また遊ぼうねー」


 僕は、この夏休みの数日間、田舎のおじいちゃんの家で、いつもとはちがった体験をたくさんした。

 朝早く起きて牛の世話をし、そのおかげで美味しい絞りたての牛乳を飲む事ができた。

 畑仕事を手伝って、自然の恵みをたくさん味わった。

 仔牛が生まれる瞬間を見守り、命の力強さを感じた。

 森の中では小さな虫の世界や、樹のぬくもりを体中で感じる事ができた。

 そして最高の友達、リキに出会う事ができた。

 僕達は、出会った瞬間から別れる事が約束されていたのかも知れない。でもそれは、どんな出会いでも同じなんだろう。だから、一緒にいられる時間を、大切に過ごしたいと思った。そして、希望を捨てずに「いつか必ずまた会う事ができる」と強く思って、それに向けて努力すれば、その希望は叶うだろうと思う。

 僕が大人になって、自分の力でリキが住むアフリカの森に行く事ができるようになるまで、あと何年かかるのだろう。それまで、アフリカの森は残されているのかなあ?

 リキは、生き残っているだろうか? 

 立派なシルバーバックになって、家族を持つことができるだろうか?

 人に傷つけられ、僕の事なんて忘れてしまわないだろうか?

 でも、僕は、いつか必ずリキに会いにいこうと心の中で誓った。

 いつか必ず!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

森にすむともだち みずえ @wpw

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ