第5話 遠征戦闘ミッション
次に気がついた時には、レイは白銀に薄く染まった世界の中に立っていた。
一面に広がるススキと山の木々は茶色になって枯れ落ち、その上にうっすらと白い雪が積もっている。空を見上げると、そこには抜けるような青空が広がっていた。ぽつぽつと浮かぶ白雲を流す風が、優しく髪を撫でていく。
ログインする度に変わる景色に、レイは本当に凝ってるゲームだなぁと毎回思う。気候はもちろん、普通のゲームなら季節でパッと変わる景色も、このゲームでは時間に合わせてゆっくりと移り変わっていく。いったい、どれほどの開発費をかけて作ったんだろう。
「今年の初雪はもう来ちゃってたみたいだねぇ」
隣から少女の声が聞こえてきて、レイはそちらに目を向ける。居たのは、亜麻色の髪の少女――陽花先輩だ。
もしやと思って振り返ると、少し離れた位置から手を振る恭夜先輩が見えた。
「……先輩達も居たんですね」
目を瞬かせるレイに、陽花先輩はにこりと笑って、
「久しぶりの遠征戦闘
それに。と後ろから恭夜先輩の声が続けてくる。
「今回の
「あ、はい。そうです」
いやまぁ。誘われたというよりかは、来る事が前提ではあったのだけれど。
「でも、ボクのところには
通知欄はもちろん、メニューのどこを開いてもそれらしきものは見当たらない。この一ヶ月間で散々調べて分かった事実だ。
うーんと唸るレイに、陽花先輩は苦笑したように笑う。
「このゲーム、始めてからある程度経たないと
「な、なんでそんな仕様に……?」
「戦闘の仕様が結構難しいし、基本ゲームオーバーも許されないゲームだからね〜。仕様に慣れてから楽しんで貰うための配慮なんじゃないかな?」
「いや。そんな配慮するなら素直にチュートリアル実装して欲しいんですけど」
「まぁ。それは確かに」
「返す言葉もないな」
先輩二人が同時にくすりと苦笑する。この一ヶ月で分かったことだが、どうも先輩たちはレイと同じく運営に対して微妙な感情を持っているらしい。自分の感性が間違っていないようで、レイは少しホッとする。おかしいのは、この運営になんの疑問も抱いていない雪音のほうだ。
と、そんなことを考えていると、突然目の前にログインの光が巻き起こった。
光の粒子は瞬く間に人形を成し、そこに黒髪
「あ、先輩達もう来てたんですね」
「やほ。雪音ちゃん」
「よっ」
こちらを認識した雪音が目をぱちぱちと瞬かせる。と、不意にレイの方へと目を向けてきた。
「レイも、来てくれてありがと」
左手で右腕を掴んで、雪音はにこりと微笑んでくる。
その儚げな雰囲気に一瞬ドキリと胸が高鳴り、レイは無意識にふっと視線を逸らしていた。
「ま、まぁ。別に断る理由もないしね」
少し上ずった声が出たような気がするが、それは気のせいなのだと全力で無視しておく。
「じゃあ、これでみんな揃ったことだし。今回の戦闘遠征
そう言って陽花先輩はメニューからホログラムの地図を引き出す。ふと、レイに目を向けて、
「レイちゃんはよく聞いといてね?」
気を取り直し、レイは「はい」と頷く。
通知が来ない以上、ここで情報を仕入れておかなければ後々に支障が出るだろう。そう判断し、メニューからメモ帳を起動しようとして――
「あ、資料ならあとでDMで送っておくわよ?」
「……助かる」
なら必要ないか。
レイは動かしていた手を止め、メニュー画面を閉じる。視線の先は、半透明の光を発して浮かぶ三次元の立体地図。
「まずは今回の遠征戦闘
ちらりと、陽花先輩がレイに視線を合わせてくる。
「レイちゃん向けに説明すると、〈
地図に表示されていた赤点――目標地点だ――がどんどん大きくなり、現在地点の青点を赤色が呑み込んでいく。そこで陽花先輩はアニメーションを止め、
「こうなるとゲームオーバー。私達のスポーン地点になってるここ……戦場ヶ原では二度とスポーンできなくなっちゃう」
「それは……ちょっと嫌ですね」
初期地点に帰れなくなるのは寂しいし、なによりここの絶景が見られなくなるのは悲しい。正直、この景色を見るのが楽しみでやってる節もあるぐらいだから。
「それで」と、陽花先輩が続ける。
「目的地はここから南東方向に約六二キロ先、旧栃木県宇都宮市。かつて宇都宮サーバーがあった辺りだと推定されてる」
……宇都宮サーバー?
またも聞き慣れない言葉にレイが首を傾げかけたところで、今度は雪音がそっと耳打ちをかけてきた。
「こことは別の、昔スポーン地点だった場所のことだよ」
……なるほど。
「
そう言って、陽花先輩はホログラムの地図に前後二つずつ、計四つの黄色の点を表示させる。まっすぐ伸びた矢印の先は、赤点――目的地だ。
「先陣を切るのは私と恭夜。私達はそのまま敵陣へと突入し、〈
視線を向けられるのに、雪音とレイはそれぞれ、
「了解しました」
「りょ、りょーかいです」
と応える。二人の応答に陽花先輩はうんと頷き、
「それと。もう耳にタコができるぐらい聞いてると思うけど。くれぐれも〈
「当たったらゲームオーバー。また買う羽目になる……ですよね?」
「正解。レイちゃんもまたお金使わされるのは嫌でしょ?」
レイはこくりと頷く。定価がフルプライスの半額程度とはいえ、たかが一回のゲームオーバーで3500円も支払わされるのは正直癪に触る。
「ま、〈
そう言って恭夜先輩は肩を竦める。陽花先輩の訂正がないあたり、彼の言っていることは事実らしい。
とはいえ言われて実行できれば苦労はしないので、「頑張ります」とだけ答えておいた。
「みんな、他に何か質問はある?」
と訊ねる陽花先輩に、レイは首を振って答える。雪音と恭夜先輩も、同様に頭を横に振って「大丈夫です」「大丈夫だ」
陽花先輩はりょーかいと頷き、左手を腰にあてて片目を閉じて、
「じゃあ、これで確認は終わり! 各員、出撃!」
直後。レイたちは〈
†
一面薄暗い曇天の下、レイたちは草木の生い茂る廃都市の中を静かに
ここに来るまでの間、不思議なことに〈
眼下の球形に
「……ねぇ、雪音」
大して重要なことではないと察したらしい。雪音は通信機を切る仕草をして、
「どうしたの?」
「や。大したことじゃあないんだどさ。このゲーム、ボク達以外にもプレイヤー居るのかなって」
この一ヶ月間、そこそこプレイはしたし散策もしていたのだが。どうも、他のプレイヤーを見かけることもないし、なんなら居た痕跡すらも一切見ていないのだ。ここまでの遠出をしても痕跡すら見かけないのは、正直びっくりだった。
「居るわよ。……一応」
「一応?」
「このゲーム、人口の割にマップが凄く広いから。近くでログインした人以外に会うのは結構難しいのよ」
「…………そっか」
曖昧に答えた言葉の裏で、レイは強い違和感を抱いていた。
他スポーン地点のプレイヤーと会うのが困難なほど広大なマップに、それと不釣合いな人口。六十キロを飛んでもなお続いている超美麗グラフィックと、それと同じ制作会社とは思えないレベルの不親切なゲーム設計。いったい、どんな過程を経たらこんなゲームになるのだろうか。というか、どうやって採算をとっているんだろう?
細かい疑念が積み重なってはいるが、どうもことごとく上手くはぐらかされているような気がする。通信機を再び起動しつつそんなことを考えていると、
【警告。高度量子情報感知】
突然、脳内に無機質な機械音声が響き渡った。
咄嗟に飛行状態を『戦闘機動』に切り替え、〈CPCAS〉を起動する。直後、視界の奥に膨大な量の赤色が表示されていた。
そのうちの一つを捉え、ズーム画面で表示する。映っていたのは、光を映さない漆黒の竜――《〈
その更に奥には、何と言ったら良いのかも分からない異様な構造体が悠然と浮かんでいる。一瞬金平糖のようにも見えたが、絶えず形が変化している上に焦点が合わないせいで実像がまるで掴めない。まるで、物凄く画質の悪い動画を見ているみたいだ。
『事前の情報通り、まだ〈
陽花先輩が呟く声が通信機越しに聞こえ、次の瞬間、前を先導していた二人の先輩が左腰の剣を抜き放つ。
レイと雪音もそれにならって〈
『じゃあ、撤退路の確保は頼んだよ』
「了解」と、二人は短く頷いて。直後、四人は敵の密集空域に突撃した。
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