第3話 初陣、そして

 ゆっくりと夕方に向かう空の中、レイは先頭を行く雪音を追いかける。戦闘システムが指し示す方角は北。眼下に見える景色は山と谷が続くばかりで、平地の類は見当たらない。時折小さな河川が顔を覗かせているぐらいだ。現在地を示す箇所には、『会津朝日岳』の文字。

 相変わらず前方を翔ぶ雪音は通信で誰かと話していているらしく、レイとの通信は繋がらない。彼女の行く先へと視線を向けると、空を縦横無尽に駆け抜ける大きな影がいくつも見えた。

 ……あれが、このゲームの敵なのかな?


『レイ、聞こえる?』

「え? あ、うん。聞こえてるよ」


 突然雪音の声が聞こえてきて、レイは気を引き締める。こういうゲームは散々やって慣れてるとはいえ、油断しているとすぐゲームオーバーになるのが常だ。

 いつもより硬い雪音の声が、通信機越しに聞こえてくる。


『今回の戦闘任務ミッションだけど、今戦ってる集団の他にちょっと援軍が来てるみたい。私はその援軍の方の撃破に向かうから、レイは今戦ってる集団の方をお願い』

「りょーかい。……って、え?」


 “今戦ってる"ということは、「ボク達以外にもいるの?」


『ええ。私のフレンドが二人戦ってるわ。だから、レイはその二人の援護ってことになるわね』


 なるほど。そういうことか。


「あ、でもちょっと待って。ボク、このゲームのことまだ全然分かってないんだけど……」

『大丈夫よ』


 雪音はくすりと笑ったような声をもらし、


『あなたのセンスならすぐに慣れるから』

「……」


 大丈夫かなぁと思うレイの内心を見透かしたのか、雪音は少し考え、


『……そうね。飛行状態を戦闘機動に変更して、〈CPCAS〉を起動してくれる?』


 そう助言をしてくれた。前者は〈光量子翼ルクス・フリューゲル〉の起動状態で、〈CPCAS〉は……確か、メニュー欄にあったやつだ。

 意識を頭の中に集中させ、言われた通りの言葉を思い浮かべる。瞬間、先程聞いた無機質な機械音声が脳内に響き渡った。


 【飛行状態:戦闘機動に変更。加速度を八に強制変更。〈光量子翼ルクス・フリューゲル〉出力強化】

 【〈総合予測演算戦闘システムC P C A S〉起動。戦闘可能時間:3時間】


 背中に浮かんだ光の翼が輝きを増し、現在地と進行方向を示していた視界に、新たに様々な数値と情報が描き込まれていく。自分の進行方向を示す動線が表示され、振り返る雪音の顔が切り抜かれてアップに映る。


『そうそう、そんな感じ。武器とかシールドとかも、そんな感じでやれば出てきてくれるから。……あとは、敵の攻撃に当たらないようにだけ気を付けてね。まともに食らった時点で即ゲームオーバー。二度とこのゲームはできなくなるから』

「え?」

『じゃあ、そっちは任せたわよ!』


 言い放ち、雪音はあっという間に眼前の敵地へと消えていく。その背中を、レイはしばらくの間呆気にとられたように見つめて。


「え、ええいままよ!」


 と、半ばやけっぱちに追いかけるのだった。




 夕日に変わる空をけ抜け、レイの視界に映し出されたのは巨大な異形と戦う二人の人影だ。

 人の方はまだ遠すぎて見えない。異形の方は全長十メートル以上はあろうかという漆黒の体に、それと同じぐらいの雄大な翼を携えて、空を縦横無尽に翔けながら光線と謎の衝撃波を撒き散らしている。ファンタジー作品に出てくるドラゴンのようで、けれどそれとは違う違和感をレイは感じる。少し考え、


「……あいつ、光を反射してない……!?」


 目を見開いて呟いていた。

 違和感の正体。それは、そこだけテクスチャが抜け落ちたかのような異様な漆黒の体だ。夕陽の光も、自身の放つ光線さえも反射していない。ただただ、黒い。影のような竜が空を覆い、翔け回っていた。


 ……まさか。初陣でバグにあっちゃったのか?


 そんなことを心の中で呟き、レイはひとまず息をつく。まぁ。それは一旦置いておくとして。今はあの二人の人影の援護だ。

 気を取り直し、レイは意識を脳内へと集中させる。まず欲しいのは、遠距離武器――銃だ。


 【〈電磁加速銃レールガン〉起動。〈装弾筒付翼安定徹甲弾A P F S D S〉装填】


 無機質な機械音声が脳内を響き渡り、刹那、レイの右手に光の粒が寄り集まってくる。それらは徐々に結晶体となり、形を成し――次の瞬間、弾けるように光の粒子が飛び散った。

 『実体化処理完了』の文字とともに残されていのは、いつの間にか握られている長銃身の銃だ。親切なことにスコープまで付いている。


「お、おぉ……?」


 思わず声が漏れていた。

 見た目はPGMへカートⅤ――PGMへカートⅡから続くベストセラー対物ライフルだ――に酷似している。最新技術である電磁加速レールガン方式を利用したこの銃は、威力・貫徹力共に最上級な上に、精度も現代の対物ライフル中でも上位にある。

 まぁ。要するに。文句なしの傑作対物ライフルということだ。……あくまで現実では、の話だけれど。 


 【〈陽電子弾〉装填。注:拳銃接射専用弾】


「……え?」


 続いて聞こえた音声に、レイは頭上に『?』を浮かべる。陽電子弾? 一体なんなんだそれは。

 右腰に付いているレッグホルスターが淡い燐光を放ち、そしてすぐに消えるのが視界に入る。……まぁ。これは後で聞くか使えばいいだろう。

 進む足を止め、〈電磁加速銃レールガン〉と表示された銃を両手で構える。スコープを覗き込み、漆黒の竜へと照準を調整。


 ピー、という高音が脳内に鳴り響き、それと同時に視界に《照準ロックオン完了》の文字が映し出される。竜の上部には、《〈ODEEオーディー西洋竜ドラゴン型》の文字。

 刹那、撃鉄を引く。微かな反動がレイの右肩を押し、弾丸が光の尾を引きながら漆黒の竜――《〈ODEEオーディー西洋竜ドラゴン型》へと一直線に向かう。そして、その弾丸が竜へと到達して――爆発。


「よし!」


 言いつつも、スコープから目は逸らさない。ちゃんと撃破できているどうか見極めなければいけないからだ。

 爆炎が晴れ、視界に入ってきたのはさっきと変わらない漆黒の竜の姿だった。相変わらず光を反射してないために表面の状態は分からないが……。少なくとも、脳内に響くシステム音声と視界に映し出された文字は『効果なし』を示している。レイ本人としても、撃破できた感触はなかった。

 というか。


「……あいつ、こっち向いてない?」


 唯一、頭部らしき場所で赤く光っていた瞳が見えなくなっている。その代わりに光っているのは、一点に集められた極光で――


「なんだこの銃意味ないじゃんか!?」


 瞬間、レイは〈電磁加速銃レールガン〉を放り捨ててその場を退避していた。元いた場所に光線が突き刺さり、数秒遅れて衝撃波がレイの身体を吹き飛ばす。即座に体勢を立て直し、こちらに迫ってくる漆黒の竜を視界に捉える。

 長距離攻撃が効かないとなると、定石では近接攻撃が有効な敵ということになる訳だが。こんな訳の分からないゲームだ、信用ならない。


 とはいえ他に手段があるとも思えず、レイは頭を悩ませる。レッグホルスターの拳銃はシステムが『接射専用』を謳っていた。まだ他の手がある以上、下手に推奨以外の使い方はすべきではないだろう。

 となると。やはり、使うべき武器は。

 左腰にあるつかだけの剣を引き抜き、意識を集中させ――



 【〈光量子剣ルクス・シュヴェルト〉起動。刀身長を二に設定】



 またも脳内に無機質な機械音声が響き、今度は柄の先に光の粒子が纏い始める。それらは先程と同じように結晶体となり、徐々に長方形の形を成し――やはり、砕けるように粒子が飛び散った。


 【実体化処理完了】


  右手を見ると、そこには緑光に煌めく刃が形成されていた。全長二メートルほどもあるその刃は、全く重さを感じさせなくて。先程の〈電磁加速銃レールガン〉といい思ったよりガバガバな物理演算だなぁとレイは思う。

 剣を両手で構え、刺突の体勢をとり、眼前に迫る漆黒の竜を見据える。視界に薄く映し出されているのは、システムによって導き出された最適な行動経路と剣筋だ。

 迫る漆黒の竜が、頭部にまばゆい極光を集め始める。目を細めてそれを見据え、


「頼むから効いてくれよ……!?」


 吐き捨てるように呟き。瞬間、レイはシステム経路に沿って突撃を開始した。

 竜が吐き出す光線を最低限の動きで回避し、システムの示す剣筋に〈光量子剣ルクス・シュヴェルト〉の刃を合わせる。彼我ひがの距離が瞬く間に縮まり、竜の巨大な体躯たいくが目の前に迫り来る。心に巣食う僅かな恐怖心を押し殺し、システムの剣筋に意識を集中させる。示す先にあるのは、竜の腹部。恐らくは致命傷となる心臓の位置。

 遂に距離がゼロになり、剣の刃が竜の腹部に滑り込む。お互いの速度のままに刃は奥へ奥へとくい込み、一瞬、硬いものを砕く感覚を挟んで通り過ぎた。

 すぐさま振り返り、剣先を再び竜へと合わせ――


 突然、目の前の竜がパッと消えていなくなった。


「は……!?」


 直後。凄まじい衝撃波が襲いかかり、レイは対応する間もなく吹き飛ばされる。もみくちゃにされながらも何とか体勢を立て直し、システムの警告に意識を向けかけて、


「あ…………」


 眼前に煌めく光線に、呆然となった。

 そこには、先程と同じ見た目の竜――《〈ODEEオーディー西洋竜ドラゴン型》が悠然と佇んでいた。頭を振り下ろしたように見える体勢から察するに、既に光線は発射済み。脳内に響くシステムは回避が間に合わないことを告げ、次の手を打つことを提案してくる。が、混乱した思考はそれを実行に移すことができない。

 警告で赤く染まった視界で、鼻先に迫る光を見つめていた、その時。


 【高度量子生成感知】


 眼前に展開された半透明に光る盾が、その光線を受け止めていた。一瞬耐えたと思ったのもつかの間、光の盾はガラスが砕け散るような音とともに消滅する。同時、横から何者かに腕を掴まれた。引かれるままにその場を離脱し、直後、レイのいた場所を光の筋が貫く。


「きみ、大丈夫だった?」

「え?」


 声の聞こえる方へと振り向いた先、そこには亜麻色の髪を風にはためかせる軍服の少女がいた。彼女の背中にはやはり半透明の翼が拡げられており、このゲームのプレイヤーであることを示すアイコンがシステムによって表示されている。レイを覗きこんでくる栗色の双眸は、少しだけ心配そうに揺れていた。

 突然の見知らぬ人に、レイはしばし口をぱくぱくさせ、


「あ……はい。助かりました」

「そう。ならよかった!」


 にっと快活そうな笑みを浮かべ、亜麻色の髪の少女は周囲に群がる漆黒の竜を見回す。同じ方向に目を向けると、そこにはもう一人の人影が見えた。レイたちと同じく半透明の翼を背中に携えて、はるか上空でひらりひらりと舞っている。

 目の前の少女はふぅと一息つき、右手に〈光量子剣ルクス・シュヴェルト〉を展開しながらにこりと笑って


「きみ、こいつらの掃討手伝ってくれる?」

「あ、はい! もちろん!」


 テンパった末に、レイは微妙に噛み合っていない返事をしてしまっていた。自分でもそれを自覚しつつも、やってしまったことは仕方ないので全力で無視する。


「私が先陣を切るから、は私が討ち漏らしたやつをお願いできる?」

「りょーかいです!」


 ……ん? あれ? 


「よし。じゃあ、行くよ!」


 そう一方的に告げると、亜麻色の少女は頭上にある黒竜――《〈ODEEオーディー西洋竜ドラゴン型》の群れへと突っ込んでいった。レイも慌ててそれに追随し、頭上に視点を合わせる。

 そこで繰り広げられているのは、光線と衝撃波が飛び交う戦場の最中、二つの人影が身長以上の剣を軽やかに操りながら黒竜を屠っていく光景だ。敵も空中機動はしているものの、小回りと加速についてはかなりこちらに分があるらしい。黒竜たちは終始翻弄された末に為す術なく斬り伏せられていた。

 あちこちで竜が消失し、同時に発生した衝撃波がレイを襲う。『どうにかして』とシステムに訴えると、


 【対衝撃波用量子場形成】


 という音声ののち、レイの視界――いや、僅かに揺らめいた。途端に、衝撃波の放つ風が大幅に軽減される。……あるならデフォルトで展開しててよ!?

 敵接近の警報が脳内に響き、直後、漆黒の竜がこちらに向かって来るのを視界に捉える。眩い極光が一点に絞られ、レイ目掛けて発射されるのを睨み据え、


 【〈量子盾クオンタム・シールド〉起動。発動枚数、五。重ね合わせSuperPosition展開】


 見よう見まねで考えた盾が起動し、眼前に半透明に光る盾を形成する。それが光線を一瞬だけ防ぎ、消滅する頃にはレイは既に回避の体勢にある。衝撃波が全身を撫でるのを感じつつ、突撃。

 システムの示す剣筋と経路を正確になぞり、最短距離で黒竜の心臓部分へと剣を打ち立てる。速力のままに切り裂き、通り過ぎ、後方で衝撃波が生まれるのを感じる。だが、レイは振り返らない。


 戦場の中心で敵を屠っていく二人の討ち漏らしを捉え、システムの示す経路に沿って接近。敵の意識外から致命傷の刃を次々と差し込んでいく。こちらに注意が向いた個体は、レイの更に上空で戦っている二人が確実に撃破してくれる。

 今日が初めてとは思えない、完璧に息の合った連携に内心感嘆しながらも、レイは戦い続けた。

 この場の敵が全て消滅するその時まで。




  †




 夕陽が空を朱色に染め上げる頃。ようやく戦闘を終えたレイたちは、山間にちょこんとある草原に降り立っていた。

 〈総合予測演算戦闘システムC P C A S〉が示す敵の数はゼロ。レーダーに表示されているのは自分も含めた四人のアイコン。目の前にいる亜麻色の髪の少女と、その隣にいる濃紺のうこん色の髪を持つ軍服姿の少年。そして、今まさに隣に降り立とうとしている雪音だ。

 地上に降り立った雪音にそれとなく近寄り、二人が誰なのかを訊ねようとして、


「二人ともありがとね!」

「わっ!?」


 亜麻色の少女に抱き着かれた。突然のスキンシップにレイは目を白黒させながら


「あ、えと……その。どういたしまして……?」


 またもや緊張でろくな対応ができなかった。……さっきから、この人には振り回されているような気がするなとレイは思う。

 固まるレイを見かねてか、もう片方の腕で抱き着かれていた雪音は、苦笑混じりの呆れたような声を漏らす。


「ちょっと夏坂先輩。レイが困ってるじゃないですか」

「あっ!」


 亜麻色の髪の少女はばっと抱擁を解き、慌てたように数歩下がっていく。彼女の隣では、濃紺のうこん色の髪の少年が腕を組んでため息をつくのが見えた。亜麻色の髪の少女はにかむように笑い、両手を胸の前で合わせる。


「ごめんごめん。つい、いつもの癖で」


 「あ……いえ」とレイは微妙な笑みで答え、内心びっくりしたと言葉を漏らす。どうも急なスキンシップは慣れない。


「自己紹介がまだだったね。私は夏坂なつざか陽花ようか。君たちと同じ高崎高校の三年生だよ。それで、こいつが――」

「誰が『こいつ』だ」


 隣にいた濃紺のうこんの髪の少年が、肘で陽花ようか先輩を小突いていた。彼は組んでいた腕を解いて腰にあて、青みがかった黒の双眸をレイに合わせてくる。


藍原あいはら恭夜きょうやだ。俺も夏坂と同じ高崎高校生徒で、学年は二年」


 そこで彼はにっと笑い、


「さっきは助かった。ありがとな」

「あ……、はい」


 またもやそんな返事をレイは返していた。……いい加減にしろよ、自分。 


「君のことは月咲ちゃんから聞いてるよ。月咲ちゃんと同じ一年生のレイチェルちゃん、だよね?」

「あ、はい。そうです」

「てことは、二人とも私たちの後輩か。学校で何か分からないことがあったら、なんでも聞いてね!」

「は、はい。よろしくお願いします……!」


 ぎくしゃくした動きで頭を下げ、行き場に困った視線がふと雪音にとまる。小刻みに震えてるのを見てとって、少し心配になって顔を覗き込みかけて――


「く……、ふふ……!」


 口許くちもとを隠して、必死に声を押し殺して笑っていた。レイはさっきの心配を全力で放り投げると、雪音を肘で小突き、


「何笑ってんのさ?」

「いや、だって。いつもと全然様子が違うから」


 笑いを抑えた小声でそう返されて、レイはふてくされたように鋭い視線を向ける。


「……知ってるでしょ。ボクが結構人見知りするの」

「そう、なんだけどさ……?」

「……はぁ」


 なおもくすくすと笑い続ける雪音の姿に、レイは深いため息をつく。ホント、いったい何がそんなに面白いんだか。レイには笑いツボが全くもって理解できない。


「君たち、ホント仲いいんだねぇ」


 声の方へと視線を向けると、陽花先輩が愛おしいもの見るかのような瞳でこちらを眺めている。レイは肩を竦め、苦笑したように笑い、


「まぁ、昔からの仲ですからね。言っちゃアレですけど、こんな不親切なゲーム、雪音の勧めがなけりゃやってませんよ」

「まぁ、それもそうか」

「あ、そこは認めるんですか」

「そりゃあ、ねぇ……?」


 陽花先輩は苦い笑いをこぼす。隣の恭夜きょうや先輩は肩を竦め、同じような苦笑いを浮かべていた。


「チュートリアルもなんの説明もなしに突然ゲームフィールドに放り出される挙句、一度ゲームオーバーになれば買った金がパーだ。俺も君の立場なら同じこと思ってるよ」


 「それに、」と陽花先輩が口を挟み、


「センスない人はホントに全然できないゲームだからね。その点、レイちゃんにセンスがあってよかったよ」

「ま、まぁ、この手のゲームは今まで散々やってきたので。フィーリングで何とかなりました」


 ……少しだけ。いや、結構戸惑いはしたけども。


「で、どうだった? 面白かったでしょ?」

「うーん……」


 雪音の問いにレイはしばし口をつぐみ、先程の戦闘で感じた感情を思い直して、


「……まぁ。あそこまで自由な戦闘ができるのは新鮮だったかも。それに、グラフィックも凄い綺麗だし」

「じゃあ……!」


 目を輝かせる雪音に苦笑をもらし、レイはこくりと頷く。


「うん。次みんなでやるときはボクも呼んでよ」

「……!」


 雪音ははっと目を見開き、それから左手で右腕を掴みながら微笑んだ。


「ありがと」


 大袈裟だなぁとレイは肩を竦め、苦笑いをこぼす。ボクが面白いと感じて決めたことなのだ、別に、感謝されるようなことでもないのに。


「じゃあ、そろそろいい時間だし、今日はこれでお開きにしようか」


 陽花先輩が告げるのに、レイはそんなに時間経ってたっけとメニューを開いて時計へと視線を向ける。下の時計――恐らくゲーム内時間は『17:04』を指し、上の時計――恐らく現実時間――はなんと『18:37』を指していた。


「ウソ!? もうこんな時間!?」


 思わず声が漏れる。始めたのが十四時半とかだから……約四時間。このゲームに熱中していたことになる。まさか、そんなに長いことしていたとは思わなかった。


「じゃ、二人ともまたね!」


 驚くレイを傍目に、陽花先輩がそう言い残して消える。微かに光の粒子が舞っているのは……ログアウトした跡か。


「じゃあ俺もこれで。……今日は二人とも助かった」

「あ、はい!」

「お疲れ様でした」


 次にログアウトしたのは恭夜先輩だ。陽花先輩と同じく光の粒となって消え去るのをメニューウィンドウ越しに見送り、レイはメニュー画面から何とかログアウトボタンを見つけ出す。

 ふと、雪音へと視線を向け、


「……雪音はこの後どうするの?」

「私は、もうちょっとだけやってから」

「りょーかい。じゃあ、また明日」


 そう言い置いて、レイはログアウトボタンを押す。

 直後、レイの視界は真っ暗闇に落ち、殆ど同時に意識が暗転した。




  †




 目が覚めると、そこは自室のベッドの上だった。窓から差し込む夕日は、レイの部屋を朱く染め上げていて。


 ……あっちの方が綺麗……なような気がする。


 そんなことを頭の片隅で思いつつ、レイは頭のカチューシャ型機器を外してベッドからはい出る。机に置いてあったペットボトルを取ろうとして――


「……あ」


 腕を打ち、思い切り床へと落としてしまった。……そうだった。に置いていたんだった。

 ペットボトルを拾い上げ、開けて中に残った水を飲み干す。お腹が鳴るのを耳にして、レイは何か食べようと思って部屋を後にするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る