第4話
最初のラーメンが来た瞬間、ぴのこは本能的にかぶりついた。
ラーメン! それはぴのこの命を繋ぐものであり、執筆の原動力であり、自衛能力の要である! 勢いよくラーメンをすすると同時に店内の割り箸がぴのこ念動力を受けて飛翔した。ごく一部はPCのキーボードを高速でタイピングし、残りはがらどんどんの顔面を連打する。
「あだっ! あっ、ちょ、ぴのこさん! 痛い痛い!」
がらどんどんが悲鳴を上げるが、ぴのこは意に介さない。割り箸が次々とがらどんどんに命中していく。
一方でニート先生の海をかき分けていたがらどんどんの体も怯む。顔面だけ時空を超えているとはいえ、一心同体なのである。それを見逃すトドオカではない。
「ふんぬあああああああ!」
使い物にならなくなったコンビニエンスストア、“11忍のニート先生ストップマート”を玄関口に叩きつける。両手でそれを抑え、バリケードにした。
「今やぴのこ! 書き上げろ!」
「んぐふふぉふふふぉーふぁふぉふぁ!」
「口やのうて手ェ動かさんかい! いや、口も手も割り箸も全部動かさんかい!」
「そうですよぴのこさん! 呑気にしてる暇は無いんですよ! 意識不明の重体にしまおごぉぉぉぉぉぉ!?」
口を挟んできたがらどんどんの口に大量の割り箸を束ねてたたき込み、強制的に沈黙させる。ラーメンが次々と運ばれてくる。ぴのこはそれらを一杯当たり平均8秒ほどで完食してのける。
執筆時速は万単位! プロットは完成し、既に本編執筆もいい具合に進んでいる。
トドオカは行ける、と思った。この勢いでぴのこが小説を完成させれば、がらどんどんの偏執的編集欲は浄化され、世界に平和が戻るだろう。トドオカは、己の役目がここを死守することだと悟った。コンビニエンスストアを両手で押し込む。
だがそこで、異様な音がトドオカの聴覚に滑り込んできた。肉が焼けるような音が、壁越しに。
「なんや……?」
トドオカが訝しんだ瞬間、コンビニエンスストアの壁が爆ぜて黒い奔流があふれ出した。トドオカは押し流されかけるが、神がかり的な平泳ぎでなんとか対抗する!
「ぐおおおおおっ!? なんやこれは! コーラか!?」
「気付いたようですね、トドオカさん」
声はコンビニの中から聞こえて来た。ニート先生だ。彼はコンビニ内部に隠された酸性の液体でコンビニの壁を融解させて攻撃を仕掛けて来たのだ。
コーラ! サイダー! 杏仁豆腐!
「コンビニ程度でインターネットを抑え込めると思わない方がいいですよ。小麦粉でさえ粉塵爆発で人を殺せる! そして!」
「カァァァーッ!」
トドオカの背後で漆黒のビームがつき上がった。がらどんどんだ! トドノベルへの妄執のあまり、口から反物質を吐き出し割り箸を消滅させたのだ。
それを横目で見たぴのこはさらにラーメンをすすり上げ、替え玉を乗せられるだけ乗せる。強化割り箸ががらどんどんの反物質ビームに飛び込み、消滅―――しない! ぴのこ念動力を受けた割り箸は
「んぐぉーっ!」
「もうちょっと待っていてくださいッ!」
ぴのこはお冷とスープとスープとお冷を飲んで新しいラーメンに手を付ける。
急がなければ、がらどんどんが
「トドオカさん! 頑張っ、ズルッ! ズルズルズズッ! ってくださズルルルルッ! い! もうちょっとで完成ズルズルズルッ! しまズルッ! からッ!」
「耐えろって言ってもお前なぁ!」
コーラを泳ぎきったトドオカは格闘家のように身構える。目の前には肩を回し、首を鳴らしながら出て来たニート先生がいる。右手に酒瓶、左手に菓子パン、両膝にアメリカンドッグを装備し、背中には店長とバイトリーダーを交叉して背負っている。第80万文字カクヨム大戦を生き延びて来た伝説のケヒャリストを想起させるフル武装であった。
そしてその背後からは顔のないがらどんどんがコンビニエンスストアの穴を潜って現れる。トドオカは即座に動いた。ニート先生めがけて突進。ニート先生は倍とリーダーを構え、銃撃した。
「年貢の納め時ですよ、トドオカさん! 滞納していた家賃を返してください!」
「そうは行かんで、ニー先!」
トドオカは三人に分身して銃撃を回避しつつ、ポケットから税理士と弁護士を取り出した。ふたりの頭は鎖で繋がっており、これをヌンチャクのように振り回して銃弾を弾き飛ばしていく。
ニート先生はバイトリーダーを解雇し、店長を構えた。店長の胸ポケットから大量の賄賂が放たれる。おはぎや饅頭やゲームボーイアドバンスがジェット噴射しながら飛来する。トドオカはこれを弁護士で薙ぎ払った。
「ニー先―――ッ! 往生せいやァァァッ!」
弁護士と税理士を繋ぐ鎖を千切ってふたりを同時に投げつける。ニート先生はギリギリでアメリカンドッグを巨大化させてこれらを叩き潰すが、その時にはもう、トドオカはすぐ目の前までやってきていた。
「っ! と、トド……ッ!」
「ぬぇぇぇいッ!」
顔面狙いの暴力的フックがニート先生に直撃した。空中でひっくり返るニート先生。トドオカはニート先生の両足をつかみ、脇を抜けてぴのこに飛び掛かろうとするがらどんどんに向かって振りぬいた。
「止まらんかい! トドノベルはもう少しで完成や! 正座して待っとれい!」
バット代わりにされたニート先生は、しかしがらどんどんをすり抜けた。二次関数に代入された彼らは実質同一人物だ。概念的に攻撃不可能! トドオカは舌打ちをした。
「……まあええわ。ぴのこもそろそろ書き終わる頃やろ。これで……ん?」
トドオカはぴのこの方を見た。彼は―――己の手でタイピングを行っていた。割り箸ではなく。ラーメンを食べている様子もない。
「ぴのこ? ラーメンは……」
「キェッッヘエエエエエエエエエエ!」
トドオカの言葉を遮る奇声が、ラーメン屋のカウンターの奥から飛び出してきた。カウンターと厨房を仕切る低い塀に飛び乗ったのは、ふたりのデスメタリストだ。しかしその楽器はどこかおかしい。
ギターの弦がスパゲッティだ! ドラム代わりにいくつもの鍋だ! 彼らはがらどんどんの偏執的なトドノベルへの渇望に当てられて発狂したラーメン屋の店員だ!
「イェ―――ッ! フゥゥゥ――――――ッ!」
「ヒィィィ――――――ッ!」
発狂ラーメンメタリストが頭を振り回しながら奇声を上げ、即興のセッションを行い始める。ラーメンも作らず、ぴのこの集中を搔き乱す存在。シンプルに邪魔!
「ぴのこさぁぁぁぁぁぁん!」
さらにがらどんどんの怪異めいた声! ぴのこに向かって駆けるがらどんどん(同体)の顔面があった場所から黒い物体が膨れ上がった。
それは
がらどんどん(胴体)、危険ゴリラ、発狂ラーメン屋メタリストがぴのこに包囲攻撃を仕掛ける。トドオカは脳内で攻撃手段を探りながら後を追った。ニート先生で倒せるのはメタリストと危険ゴリラまでだ。がらどんどんはどうにもできない。
それ以前に、救助が間に合わない。トドオカはぴのこの背中に手を伸ばした。
「ぴのこ――――――っ!」
ぴのこは周囲の危険などないかのように、右手を大きく持ち上げた。
鍋、ギター、がらどんどん、そして
「できたッ!」
ぴのこが叫ぶと、時間が止まった。
ぴのこに襲撃をしかけていた存在すべてが彫像のように凍り付き、動かなくなったのだ。ぴのこはPCに刺していたUSBメモリを抜き取ると、カウンターの裂け目に見えるがらどんどんの額に突き刺した。
がらどんどんの両目からサーチライトのような光が飛び出す。裂け目は閉じ、がらどんどんの顔面は元の場所へと戻っていった。
「これは……これは! これはぁぁぁぁぁッ!」
額にUSBを突き刺したがらどんどんは歓喜に叫び、大きく体を仰け反らせた。
「ぴのこさんの……トドノベル新作だぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
感動の余り、がらどんどんは両足から炎を吹き出した。地鳴りとともに彼の体が浮き上がり、加速。空の彼方へと消えていく。
がらどんどんはトドノベルを読むために外宇宙へと飛び去って行った。
ぴのこは背中をストレッチする。
「いやー、終わった終わった。すみません、トドオカさん。おかげで助かりました」
「……冷や冷やさせおってからに」
「まったくですよ」
大きく息を吐いて胸を撫で下ろすトドオカ。杖代わりにされたニート先生はおかきを食べながらアメリカンドッグを食べた。
異常な偏執を見せたがらどんどんは鎮められ、世界に平和が戻ったのである。
続く
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