第12話 隠しきれない想い
仕事を終えてアパートに帰宅した山吹は、室内干しの洗濯ロープへ目を留めた。旭は、前閉じタイプのシースルーブリーフを愛用している。いちど見たら忘れようがない、きわどい下着だ。ちなみに山吹は、肌になじむ履き心地のショートトランクス派である。
(旭くんは、ふだんからこんなスケスケのパンツをはいているのか? こんなもの、どこで買うのやら……)
極薄でフィット感があり、うっすらと光沢のある肌色のブリーフは、勝負下着のように見え……なくもない。先に中身を目にしてしまった山吹としては、派手な下着を見ても、そこまで動揺しなかった。
洗濯物をたたみ、旭のぶんを紙袋へまとめると、近所のコンビニで買った弁当で夕食をすませた。いつものようにシャワーを浴び、就寝前に花図鑑をながめるうち、巻末に収録されている花言葉が気になった。
(そうだ、花には、それぞれ意味があったんだったな。……いつぞやは、旭くんのおかげで恥をかかずにすんだ。あのときは、本当に助かった)
フラワーショップ・フルブルームで、お得意様用に誕生祝いの花束をつつんでもらった山吹だが、それは顧客を大事にする会社の方針であり、故意に親睦を深めるためではない。そのさい、店番を担当していた旭は、的確なアドバイスをして、山吹を関心させた。
「ダリア、スイレン、ノウゼンカズラ、アンスリウム……。へえ、夏に咲く花は、どれも見事だな」
ページをめくるたび、色鮮やかな写真が掲載されている。解説の文字が小さすぎるため、シャワーのあとコンタクトレンズをはずした山吹は、とちゅうから眼鏡をかけた。「なんだよ、その眼鏡。今まで、かけてなかったじゃん。反則だぞ」という旭のことばを思いだし、くすッと、笑みがこぼれた。
「なぜ眼鏡が反則なのかよくわからないが、あのときの旭くんは、あきらかにうろたえていたな」
強気で負けずぎらいな旭だが、意外と弱点は多く、山吹がその気になれば、従順な態度を示す。巻末でアンスリウムの花言葉を調べると、赤は情熱、黒は戯れの恋と記してあった。
「この花は、色ごとに強いメッセージがあるんだな。贈るほうも受けとる側も、かなり注意が必要になるぞ」
「ますます、知らずに見過ごしていることばかりだな」
細かな文字を目で追う山吹は、花のにおいに満ちた夢のなかへ迷いこんだ。桃色のコスモスが咲く花のもとに、
その夜、レストランのシェフからディナーに招待された旭は(不本意ながら)、タイムカードを打刻すると、裏口で
仏頂面で佇む旭に、4WDの車が低速で近づいてくる。パワー・ウインドーがひらき、運転席の石蕗が「乗りたまえ」と声をかけた。紳士的な調子が
「云っておくけど、変なことしたら大声で叫ぶからな」
「それは、きみの被害妄想だろう。俺はなにも強要していない。今夜の件は、合意の上も同然だ」
「誰がいつ合意したって? しかたなく、つきあってるだけだ」
「シートベルトをしろ」
旭がドアをしめると、石蕗はアクセルを踏んで、高層ビルディングへ向けて走りだす。端正な横顔や、ステアリングを操作する腕をながめる旭は、「ちぇっ」と舌打ちをした。
「あんたってさ、女に困らないくせに、なんでおれなんかに手をだそうとするんだよ」
「おや、そんなふうに妬くとは意外だね」
「べ、べつに妬いてねぇよ! ただ、史上最強みたいな顔をして、わざわざ男を口説く必要あるのかと思って……」
「そんなにほめなくても、今夜はたっぷりサービスしてやるさ。期待していいよ」
思わせぶりな
「
「ダメだよ、旭。今夜は、きみのためのディナーを用意してあるからね。ぜひ、俺の料理を味わってもらいたい」
「食事だけですむならば」と云い返そうとした旭は、ハーフパンツのポケットに突っこんである携帯電話が鳴り響いた瞬間、ドキッと、心臓が強い脈を打った。着信画面を確認すると、山吹の名前が表示されていた。
「出なくていのかい?」
「……お、弟からだ。帰りが遅いから、気になってかけてきたのかも……(ユウタ、ごめん!)」
あわてて携帯電話の電源を切ってしまう旭は、とっさの判断で石蕗に嘘をついた。いっぽうの山吹は、洗濯物を返すため、仕事帰りに花屋へ向かおうと思って連絡したが、一方的に回線が切れたので、首を傾げた。朝から持ち歩く紙袋は、旭が応答しなかったため、ふたたび自宅で保管した。
石蕗の居住マンションは三十五階建てで、洗練された外観も個々の室内のひろさも豪勢な
最小限の家具でおさめたシャープな空間は、キッチンとリビングは開放的になっており、寝室の扉はあいていた。石蕗はダブルベッドを使用しているようだ。ディナーのあと、石蕗と寝台で抱きあう場面を想像した旭は、ゴクッと
❃つづく
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