第10話 兵士としての練度

 彼女たちの買い物がようやく終わった。

 女性の買い物は長いというが、まあ連れてきて貰った立場なので我慢する。


 だがお金だけ支払って何も受け取っていないようだ。

 そのことを聞いてみると答えてくれた。


「商品の受け取りは二日後だよ。私たちの村で使いやすいようにちょっとした手を加えて貰ったりするから」

「カスタマイズか。たしかにあれだけ森の奥にある村だとそのままじゃ使いにくいかもしれないな」


 ここに置いてあるのは都市に住む者向けのものだろうし、納得だ。


「用事も済んだし、荷物もなくなったから一汗流しに行こうじゃないか」


 それで連れてこられたのは公衆浴場だった。

 銅貨一枚で入れるらしい。


(いくらなんでも安すぎないか? 温泉を引っ張っているのか湯を沸かせているのか知らんが)

(公衆衛生のために用意されているのでは? 風呂に浸かって汚れを落とすのは清潔を保つために不可欠です。ただでは維持できないので一応お金はとっている、といったところではないでしょうか)

(感染症予防にもなるというわけか)


 なにはともあれ、ちゃんとした風呂に入れるのは俺もありがたい。

 川で水浴びをしたりはしたが、あれでは疲れが取れない。


「ほら、タオルはこれを使いな」

「用意してくれたのか。ありがとう」


 タオルを受け取り、男女で別れた。

 時間は特に決めていないが、俺の方が遅いということはないだろうから外で待っていれば問題ないだろう。


 脱衣所で裸になって、風呂のあるエリアに足を踏み入れる。

 もわっとした湯気に出迎えられた。


(安い割に結構ちゃんとしているじゃないか)


 ここの領主は風呂好きなのか? と思うほどしっかりとした作りだった。

 サウナのような部屋もある。

 俺は身体を奇麗に洗って、一番大きな湯船に身体を沈めた。

 温度はかなり高めで正直熱い。

 だが、その熱さがこの星に来てから蓄積していた疲れや気苦労を洗い流してくれるようだ。


 少しの間、何も考えずに堪能する。

 それから軽く周囲を確認した。


 都市の住人たちが主に使っているのだろうが、チラホラと屈強な男たちが混じっている。

 肉体労働者なら不思議ではないが、どいつもこいつも身体のどこかに古傷がある。

 それに雰囲気が明らかに剣呑だ。

 一般人ではあるまい。

 実際に普通の人は彼らを避けるようにして縮こまっている様子だった。


 何者なのだろう。

 戦争をしているといっていたし、兵士か?


 ざぷんと湯が溢れる。

 大柄の男が同じ湯船に入ったので湯が溢れたのだ。

 続けてもう一人がそいつの隣に入ってくる。


 知り合いらしく、何やら話し始めた。

 最初は景気はどうだみたいな世間話だったが、次第に話の内容がこの都市の戦争の話題に移る。


「俺たちみたいに傭兵の連中が集まってきたな」

「この辺りで長引く戦争なんて久しぶりだ。稼ぎ時ってわけさ。それを聞きつけてきたんだろう。領主は腕利きには金を惜しまないみたいだぞ」

「そりゃいい。あんたと味方同士になれるなんてついてるぜ」

「ふっ。こんな田舎の兵士なんてたいしたことだろうし、お互い稼ぐとしようじゃないか」


 彼らは傭兵のようだ。

 道理で屈強な連中ばかりなわけか。


(彼らの兵士としての評価はどうですか、ノーヴェ)

(鍛えてはいる。風呂でリラックスしているにもかかわらず警戒は怠ってない。腕前は見てないが、それなりに優秀なんじゃないか? 実際にそこそこ戦果はあげているみたいだしな)


 だが、と思う。

 戦場で戦えば俺が勝つ。

 生まれてからずっと、あらゆるデータを強制的に詰め込まれて訓練されてきた。

 兵士としての練度は比べ物にならない。


 実際に彼らとここで殺し合うシミュレーションをしてみる。

 30秒あれば、殺せる。


 大柄の男が突然こっちを見た。

 そしてそのまま視線を外さない。

 シミュレーションする際に一瞬漏れた殺気に感づいたのだろうか?


 大柄の男の評価を引き上げて、殺すまでの時間を一分に修正する。


「どうした?」

「いや……なんでもない」


 俺の見た目は多少筋肉質だが普通の青年だ。

 何かの間違いだと判断したのだろう。

 談笑に戻った。

 ただずっと俺を警戒している感じはする。


 のぼせる前に風呂から出て、身体を拭いて服を着て外に出る。

 温まった身体には外の風は涼しかった。


 ミーシャたちはまだのようで、火照りを冷ますついでにしばし待つ。

 たっぷり待たされてようやく出てきた。

 風呂あがりで汚れが落ちたからか、三人ともいつもより美人に見える。

 都市に入ってきた時とは別の意味で周囲の視線を集めていた。


 彼女たちが身綺麗にしていれば都市に溶け込むのも難しくなさそうなのだが……。


(獣人、それも女性のほとんどが美形なのは人間の女性にとっては受け入れにくいかと)

(あー、そっちか)

(血の問題もあります。獣人の血が薄まるのを避けたいのかもしれません)


 実際カップルの男がミーシャたちに見惚れて相方に怒られている様子が見えた。

 長所が必ずしも役に立つわけではない……。


 安宿に案内される。

 彼女たちは個室を、俺は大部屋の雑魚寝を選択した。

 女性と違って身の危険はないし、盗みもゼータが見張っているから問題ない。


(AI使いが荒くはありませんか?)

(緊急時なんだ。協力してやっていこうぜ)


「私たちは二日後に買ったものを受け取ったら村に戻るけど、ノーヴェはどうする? 一緒に村に戻るかい?」

「少し考えさせてくれ」

「分かりました。でも村に戻ってくれたら嬉しいです」

「ありがとう。でもあの山に用があるからここで別れてもまた村には寄ると思うよ」


 そもそも艦があの村の近くに置いてあるままだ。

 未だに迷彩のおかげで見つかったりはしていない。


 宿代は出してくれた。

 彼女たちはもう休んでいるようだが、俺は宿を出てある場所に向かう。

 情報を集めるにはやはり、人の集まる酒場だろう。


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闘神と呼ばれた男 HATI @Hati_Blue

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