第9話 伝承とお買い物

 ミーシャたちの村と取引をしているという商人の店に向かう。

 大通りから少し外れたところにその店はあった。

 こじんまりとした店で、外には物干しざおやバケツ。中では蝋燭や食料品、それから塩など日用品を棚に並べているのが見える。


 ……文字が読めない。数字らしきものも見える。

 言葉はゼータが解析してくれたのでなんとかなっているものの、文字はまだデータが足りない。

 村では読み書きする機会もなかったので、都市に来てようやく解析が始められる。


 店はどうやら普段の生活で利用する雑貨を扱う店のようだ。

 ミーシャは初めてなのか、ちょっとどぎまぎしている様子だが他の二人は気にせず中に入る。

 俺とミーシャは置いていかれないようについていった。


 中に入ると、ミントの清々しい香りがする。

 入り口のところに乾燥させてからすり潰したミントを詰めた丸い容器が置いてある。

 アロマにでも使うのかと思ったら、どうやら薬草代わりに売られているようだ。

 文字と共に薬っぽい絵が描かれている。


(ミントの効能は風邪に似た症状を緩和させるので、薬として扱っているのでしょう。予防としてはそれなりに有効なものの、治療としての効果は薄いのですが)

(そういうものでもあると無しじゃ大違いってことだろう。解熱剤一つで生存率が変わる)


 医学がどれだけ進んでいるのかは分からないが、村や都市の様子を見る限り極端に進んでいる様子はない。

 自然から採取できるものに頼っているようだ。


 といっても、俺も現状は似たようなもんだが。治療カプセルがある艦もその機能を停止しているのでたいしたことはできない。

 つくづく着地の時に大怪我しなくてよかった。


 店主は気難しそうな爺さんのようだ。

 ぷかぷかとパイプで煙草をふかしており、話を聞いている。

 カン、とパイプを置いて爺さんが手で数字を提示した。

 その値段に納得できなかったのか、獣人の一人が抗議する。

 少し話した後、どうやら数字が上乗せされたようだ。

 その値段に納得し、薪を降ろしていた。


「ほら、あんたたちのも」


 促されて俺の背負っている薪も同じように置く。


「見ない顔だね」


 ジロリ、と鋭い視線が向けられた。

 まるで俺の内側まで覗き見ようとしているかのようだ。


「うちの村のお客さんだよ。この人のおかげで薪がたくさん手に入ったんだ」

「そうかい。まあ余所者でもあんたらの知り合いなら別に構わないか。あの森の薪は質がいいからね。こっちも助かるよ」

「なら買取額に反映して欲しいもんだけど」


 大きな胸を張り、獣人が抗議したが爺さんは聞こえないふりをしていた。

 袋に入った塩とお金を受け取り、店を後にした。


「変な爺さんだけど、悪い人じゃないよ。私たちを騙したりはしないし。他の店だと薪は半額以下で買い取ろうとしたり、塩は倍の値段をとられそうになったりしたからね! いくらなんでも相場くらいは分かるってんだよ」

「中には高く買い取ってやるから夜の相手をしろって言ってきたやつもいたっけ。思い出しただけで腹が立つ……!」


 以前騙されそうになったようで、獣人二人は少しばかりご機嫌斜めになっていた。

 やっぱりそれなりに苦労しているようだ。


 店主の爺さんは偏屈な老人という印象だが、獣人の村にとっては得難い取引相手らしい。

 歳をとっている分、変な欲がないのか。それとも他に理由があるのか。


「ほら、ノーヴェの取り分」

「多くないか?」


 受け取ったお金の半分近くを渡された。

 ちょっとした小遣い程度だろうと思っていたら明らかに多い。


「何言ってるんだい。あんたが木を沢山切ってくれたおかげで手に入ったお金じゃないか。それにこれだけでもいつもより多いくらいだ」


 袋を揺らすとチャリチャリと音が鳴る。

 袋から何枚か取り出してみると、銀と銅のコインが混じっていた。

 硬貨か。初めて見るなぁ。


(コスモリンク内は全てデジタルのやりとりですから、もしかしてお金を直接手に持つのは初めてでは?)

(そうなるな。この星に来てから初めてのことばかりだ)


 どの程度の価値があるのかは分からないが、彼女たちの言い分ではそこまで少ないというわけでもなさそうだ。

 意外と重くて、なんとなく嬉しい。


 銀貨にも銅貨にも裏側に意匠が施されている。

 これは……獅子か?


「それは闘神様の使いですね」

「闘神の使い? この獅子が?」


 意匠を興味深そうに効果を見ていると、ミーシャが教えてくれた。

 この大陸では、闘神という神の存在が伝承として語られているらしい。

 もちろん誰も見たことはないものの、もし多くの人が危機にさらされた時闘神が使いに乗って助けに現れるらしい。


 ちなみに表は鐘の絵だった。

 国のシンボルとのことだ。


(よくある民間伝承ですね。星は違えど、人の考えることは同じなのでしょう。科学の進歩と共に廃れていくでしょうが)

(大きな災害や戦争が起きた時にすがる何かが欲しいってところか。気持ちは分かるな。俺たちにとってはコスモリンクのようなもんだろ)

(……しかし、この獅子。似てませんか? 私たちの艦に)

(そうか? うーん、フォルムが似ているような似ていないような)


 ちょっと手を加えたらそう見えなくもない。


 道中では文字を見かける度にミーシャに意味を教えてもらう。

 それをゼータに覚えさせて、解析させる。

 簡単なものなら読めるようになってきた。


 次に向かったのは道具屋だ。

 鍋やら火箸やら、鉄製品を扱っている。


(どれも鋳造ですね。仕上げもそこそこで強度はあまり高くはないでしょう)

(量産品だろうな。ただ流通するくらい鉄があるっていうのは朗報だ)


 獣人の女性陣は真剣に斧やスコップ、鎌やフライパンを見ている。

 安くはない買い物だろうし、少しでも長持ちするものを選びたいのだろう。



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