千鶴の懐古 前編
千鶴の父親は身長180cmのガッチリとした体格で、学生の頃はラグビーをやっていたので体幹もそれなりに強い。そこそこ有名な企業のサラリーマンで、同じ会社で派遣で来ていた千鶴の母親と出会った。
千鶴の母親はごく普通の家庭で育った普通の女性だ。身長は170cmですらりとしたモデル体型で、学生時代はミスコンに推薦されたこともあるほどの美人だ。
ふたりは当たり前のように交際し、当たり前のように結婚した。周囲が羨むほどのお似合いカップル・・・のはずだった。
それがわかったのは千鶴が生まれて間もない頃だったらしい。父親は筋金入りのDV男だった。母親は何回も離婚を考えたという。しかし、千鶴のことを心配してなかなか踏み切れなかった。
千鶴の幼少期に父親の記憶はあまりない。あるのは家に帰るたびに母親に怒鳴り散らす怖い顔の男だけだ。時には母親を殴り、蹴り付けたあげく暴言を吐いて再び家を出ていく男の姿だけだった。
小学校に入学してから4年生の終わりころまで、千鶴は陰湿ないじめを受けていた。大柄で美人、どこにいても目立つ女の子は、他の女子の羨望と同時に嫉妬を集めた。それが徐々に陰湿ないじめに繋がっていったのだ。
3年生の頃、不登校になりかけたことがある。だが、無断欠席を知った父親の逆鱗に触れ、殴る蹴るの暴行を受け、翌朝無理やり車に乗せられ、小学校の門の前に放り出された。その時の父親の顔と台詞は今も鮮明に覚えている。
「お前、今度こんなことしたら、殺すぞ。」
顔を真っ赤にした鬼の形相でそう言われたのだった。
転機は突然訪れた。巨人種に覚醒する女性の低年齢化が噂され始めた頃、小学5年生の千鶴の身長は既に180cmに達していた。
平均身長を30cm以上も上回る巨大な女子小学生は瞬く間に噂になり、軍にも目を付けられ始める。
父親はこの頃を境に千鶴に暴力を振るわなくなった。もし、覚醒したら真っ先に仕返しされるのは自分自身だ。実際、巨人種に覚醒した女性タレントが車を握り潰したり廃ビルを簡単に破壊するバラエティ番組の映像を見て、その姿を自分の娘に重ねていたのかもしれない。
同時に今まで千鶴に行われていた陰湿ないじめも影を潜めた。理由は父親が豹変したのと同じだろう。他の同級生も含めて皆が千鶴を遠巻きにするようになった。
月に一度、自宅から300kmほど離れた軍基地に行くようになったのもこの頃だ。
朝、軍からの迎えの車に乗って5時間ほどかけて基地に向かう。基地では身体測定、血液検査、体力測定などを昼食を挟んで行い、夕方に帰宅する。これで一日が潰れてしまうが、別にやることも無かったので千鶴としては嫌では無かった。
そしてこの頃から、父親の母親に対するDVが拡大していった。ただし、なるべく千鶴のいない時に、さらに陰湿に。。。
中学2年生の初秋、ついに千鶴は覚醒する。
覚醒に気付いたきっかけはよく覚えていない。たぶん、とんでもない怪力になったことを自覚した時か、学校の授業内容が簡単すぎてばかばかしくなった時だろう。
この時、身長は既に190cmを超え、巨人種覚醒一歩前とも言われていたが、身体的な変化はほとんど起きなかった。
「これ、巨大化できたら上位種ってことなのかな?」
とはいえさすがに家の中では巨大化できない。ある晩、20kmほど離れた山岳地帯の麓に広がる広大な森に行った。20kmをジョギング気分でたったの20秒で踏破してしまう時点で既に人間の運動能力をはるかに超越している。しかも音速を超えても、身体は何ともない。
千鶴は近くに人がいないことを確認すると、試しに10倍に巨大化してみた。
ズズンッ!
地面が大きく揺れる。周りの木々は腰ほどの高さになっていた。
ほぼ間違いなく上位種に覚醒している。もう少し大きくなってみようとも思ったが、夜とはいえその巨体がどこかから見えてしまうかもしれない。
「巨大化の実験は後でもいいか。」
この日の実験はここまでにして、千鶴は森を後にした。
覚醒した事実はその日のうちに母親に打ち明けた。最初、母親は信用していなかった。
「何を言っているの?覚醒したらどんどん大きくなるって聞いてるけど、千鶴ちゃん、今までとあまり変わらないと思うわよ。」
「違うの、おかあさん。たぶん、上位種・・・」
母親の目の色が一瞬で変わる。
「め・・・滅多なことは言わないでっ!上位種様なんか、この国にはいないのよ。全世界中探しても何人もいないの。冗談でもそんなこと言ったら、軍だけじゃなくて外国からも付け狙われるわ。」
母親も千鶴の付き添いで行った時に、軍から色々聞かされている。守秘義務の話、覚醒時の対応について、などなど。
「うん、信じられないのもわかるよね。でもね、これ見て。」
千鶴は、10kgのダンベルの持ち手を親指と人差し指に挟んで母親に見せつけた。
「え?うっ・・・うそ、でしょ?」
10kgのダンベルなど指先で摘まめる重さではない。普通の人間なら誰でもわかることだ。それを娘は顔色一つ変えずに摘まんでいる。
「もっと凄いの見せてあげるよ。」
千鶴がそう言った途端、ダンベルの持ち手が折れ曲がり、簡単に折れてしまう。
「弱いなぁ、丸めちゃうね。」
千鶴は左手も使って、おにぎりでも作るようにへし折れたダンベルを握り始めた。
やがて、
「はい、できた。こんなこと普通種じゃできないでしょ?」と差し出された右手の平に乗っていたのは、ピンポン玉ほどの大きさの小さな球体だった。
呆然自失の状態でそれを眺める母親が何かに気付いたようだ。慌てて千鶴の足元にひれ伏した。
「ち、千鶴・・・様、こ、この度は、覚醒、おめでとう・・・ございます。」
「ちょっ・・・やめてっ、様付けとか・・・お母さんはいつも通り呼んで。」
「はい、仰せに従います。」
「それもやめて!話し方も今まで通りにして。」
「し・・・しかし・・・」
「私がそうして欲しいの。上位種の命令は絶対なんでしょ?だったら従って!」
「は、はい・・・じゃないわね。うん、わかった。でも、上位種様ってわかったから少し緊張しちゃうのは許して。」
「仕方ないよね。あとこれ、あの男には絶対に言わないで。それから、軍に行ってくるから今日は先に寝てて。」
千鶴は着替えもそこそこに、そそくさと出かけていった。
「君、なんだね?ここは軍事基地だ。子供が入っていい場所じゃない。」
もう2年以上も毎月通っているので、顔見知りも何人かはできる。が、今日は全く知らない者が守衛を務めていた。
「大神千鶴、この基地の司令官呼び出してくれる?」
「はぁ?何を言ってるんだ?ちょっと図体がでかいからって巨人種様のつもりか?」
守衛のひとりが千鶴の肩を掴む。千鶴は少しだけ顔を動かし不機嫌そうな顔をした。
「馴れ馴れしく触るな。下衆っ!」
スッパァンッ!
千鶴が平手打ちをしただけで、守衛の頭部が身体から引き千切られて壁に超高速で叩きつけられ爆裂する。
首から真っ赤なシャワーを噴き出している胴体が倒れると同時に、3人の男が自動小銃を構えて詰所から飛び出してくる。
基地全体に警報音が鳴り響いた。
「と、止まれっ!」
自動小銃を構えた男たちが建物に向かって行く千鶴に警告するが、千鶴は一向に歩みを止めない。建物に入れるわけにはいかない。そう判断した最上位の男が射撃許可をした。
ズガガガガガガッ・・・
ほぼ全弾が大柄な少女に命中したはずだ。身体中蜂の巣になって倒れている・・・はずが、立っている。
一番右端で機銃を構えている男の目の前に、数えきれないほどの数の穴が開いた服を着た大柄な少女が、まるで瞬間移動でもしたかのように一瞬で現れた。
「ねえ、服、穴だらけじゃない。どうしてくれんのよ。」
男が持っていた機銃のまだ熱くなっているはずの銃身が掴まれ、簡単に二つ折りにされるのを、男は信じられないという顔で見ていた。
ボゴォッ!
何か音がした?男が下を向いた時、胸元に腕のようなものが突き刺さっていた。
そこで、男の意識は永遠に閉ざされた。
千鶴はひとり目の自動小銃を片手の力だけでへし折り、さらに胸元を軽く殴って心臓を破裂させ勢い余って貫通させていた。
「弱すぎ・・・」
ふたり目は首を掴んで握り潰した。
逃げ出した3人目と4人目は瞬時に追いついて、回し蹴りで胸元を蹴り抜いて建物の壁に叩きつけて爆散させた。
そこに急を聞いて駆け付けた巨人種が現れた。
「え?千鶴ちゃん?どうしたの?」
ひとりは知り合いの巨人種だった。身長188mはこの基地の中でも3番目に大きい。もうひとりは身長100mを少し超える程度の身長だった。
(こいつが最近入った巨人種かな?確かこれで10人とか言ってたっけ)
「覚醒しちゃったみたいなんで、司令官を呼んで欲しいんだけど。」
「えっ?覚醒?本当に?」
足元の死体を見ると力は完全に普通種のものでは無いことはわかる。しかも、千鶴ちゃんの服、ボロボロになってる。たぶん機銃掃射を受けたのだろう。でも、ほとんど大きくなっていないということはまだ覚醒したばかりか。ここはもう少し大人しくしてもらうしかないかな。そう思って声をかけようとした時、隣りの小さい巨人種が声を上げた。
「ちょっとぉ、覚醒したばっかで司令官呼べとか調子乗り過ぎじゃない?事情聴取するから来な。」
あら、ちょっと口は悪いけど、言いたいこと言われちゃった。ところが、彼女は命拾いすることになる。
「不敬罪で死刑ね。」
千鶴がそう言った瞬間、身体が一気に拡大する。ふたりの目の前には巨大な肌色の何かが埋め尽くしていた。これは千鶴の足だ。恐る恐る見上げると、自分たちの10倍以上巨大な少女がしゃがみながら手を伸ばしていた。
千鶴は1000倍に巨大化して、100mほどの巨人種を軽く掴み上げていた。
一度手のひらを広げて、中央で座り込んでいる女を見下ろす。
「何か言い残すことはある?」
女はそれが何を意味するのかを理解したのか、訳の分からないことを叫んで泣いていた。
「ウザい。」
バキボキゴキベキッ!ゴギャッグチャッ!
千鶴がそのまま握り拳を作ると、凄まじい破壊音が轟いた。
唖然として見上げる大きい巨人種の目の前に、グシャグシャに潰されたたぶん人間の人体を構成していた巨大なもの、がドチャッ!と降ってきた。
「これで覚醒したってわかったでしょ?司令官を呼んでくれるかな。5分以内に。」
いつの間にか少し見上げるまで小さくなった千鶴を見て、生き残った巨人種はテンパっていた。
「ち・・・千鶴・・・様。は、はいっ!すっ!すぐにっ!」
彼女は足元など全く気にせずに駆け出していた。
4分52秒後、100倍に巨大化した状態で巨人種用のミーティングルームにいた千鶴の許に、手のひらに何かを乗せた巨人種の女性が駆け込んで来た。
「しっ・・・司令官を、連れて、来ました。」
そう言って千鶴の目の前にバスを降ろす。
千鶴はにっこりとほほ笑んだ。
「あなた、いい判断ね。すぐにヘリを出してもギリギリの時間を言ったのだけど、まさか直接迎えに行くとは思わなかったわ。」
「あ、ありがとうございます。」
巨人種の兵士が壁際に下がる。退室を命じられれば退室するが、まだ命令は受けていない。千鶴もそれがわかっているので彼女には何も言わなかった。
「ねえ、司令官さん。私、覚醒しちゃったんだけど。」
司令官はまだ肩で息をしていた。
「そ、そんなものは、み、見れば、わかる。明日、出頭して、手続き、すればいい、だろう。。。」
「何か勘違いしているみたいね。」
千鶴の姿が掻き消え、代わりに司令官の目の前に長身黒髪の全裸の美少女が現れた。
「巨人種は大きさを変えられないでしょ?」
その一言と、実際に目の前で起きていることがリンクしたのか、司令官は目を白黒させていた。
「ま・・・まさか・・・上位、種・・・」
「様が抜けてるんじゃない?1回目は見逃してあげる。でも、次は死刑だから。」
「も・・・申し訳ありませんっ!そっ、それで、私は、何をすれば・・・」
「そうね。明日の昼までに全閣僚と軍のトップ全員をここに集めてくれる?」
「は、はい。しかし・・・外遊中の閣僚は間に合わないかと。」
「首相も?」
「いっ、いえ、首相は国内だったはずです。」
「じゃあこうしましょう。明日の8時までに出席者と欠席者の名簿を送って。欠席の場合は理由か滞在場所を必ず明らかにすること。それならできるわよね。」
「は、はい。必ずっ!」
「じゃあ、帰るわ。明日、よろしくね。」
「あ、あの・・・車両のては・・・」
司令官が言い終わらないうちに千鶴の姿もうどこにも見えなくなっていた。
「ねぇねぇ千鶴ちゃん。独裁者顔負けだよね。」
「美晴さんだって覚醒した時に巨人種いじめたでしょ?変わんないじゃん。」
「いやいや、問答無用で殺さないし。でも、それとお母さんの関係が繋がんないんだよね。お父さんがDV野郎だって言うのはわかったけど。」
「ああ、それね。もうちょっと先のことよ。」
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