上位種

唐変木

覚醒と蹂躙

高校2年生、御園美晴の場合 1

「ん?」

何気なく持ち直したシャープペンシルが見事にくの字に折れ曲がっていた。

(そんなに強く握ったかな?)

美晴は壊れたシャープペンシルをゴミ箱に軽く投げ捨て、筆入れから替えのシャープペンシルを取り出そうとした。

ベリッ・・・

今度は筆入れのチャックが千切れてしまった。

「う~ん・・・」

どういうことだろう?シャーペンも筆入れも同時に寿命を迎えた?いやいや、そんな偶然って出来過ぎだろう?

悩んでも仕方が無い。と、美晴はコンビニに行くために着替え始めた。


『ちょっとコンビニ行ってくるけどなんかいる?』

母のみどりに声をかける時はいつもアプリを使う。美晴から見たら広大なリビングのソファでくつろいでいるみどりに何か伝えるには大声を張り上げなければならない。テレビを見ている時はまず絶対に気付かない。

みどりがメッセージに気付いたようだ。テーブルに置いているスマホを軽く掴んで画面を見やり、テレビの音が流れているイヤホンを外して美晴の方に振り返った。

遠目から見れば、妙齢の女性が普通にスマホを弄っているようにしか見えない。だが、そのスマホの大きさは軽自動車ほどもあるのだ。

「どうしたの?」

顔を近づけて母が優しく声をかける。だが、それだけでも吹き飛ばされそうなほどの突風が巻き起こるのだ。


みどりは『巨人種』または『巨女種』と呼ばれる存在だ。身長は約54m、体重約1500t、『普通種』と呼ばれる普通の人間の約30倍の体躯を誇り、桁外れの膂力を持っている。

およそ20~50倍の身長の存在が、総人口の0.0001%ほど、1万人近く存在すると言われており、そのすべてが女性だ。この国の比率は高く、1億人の人口に対して約千人の巨人種が存在する。

そんな巨人がうっかり人を踏みつけようものなら、車に轢かれたヒキガエルのようにしてしまう。車だってほぼ鉄板に近い状態にしてしまうほどだ。


巨人種は生まれつきの存在ではない。成長途上で覚醒するのが常だ。およそ十代前半から二十代前半の間に覚醒し、数分から数時間で身体全体が大きくなるのだ。

みどりが覚醒したのは23歳の時、美晴を産んで約1年後だった。

今38歳だが、見た目は身体の大きさを除けば20代後半に見えるほど若々しい。巨人種とは老化が鈍るものらしいということが知られているがみどりも例外ではないようだった。


みどりはソファの横のサイドテーブルの上に乗せている普通種用の部屋から出て来た小さな娘を、ソファに寝そべったままで見下ろした。

「んっとね、シャーペンと筆入れが壊れちゃったからちょっと買ってくるわ。」

「そ、遅いから気を付けてね。」

「は~い!」

バキッ!

「ふえっ!?」

普通種用の玄関のドアノブを回したはずの右手のあたりを見ると、見事に千切れたドアノブを軽く握っていた。

「ど・・・どうしよう・・・」

みどりは慌てることもなくゆっくりと手を伸ばすと、ドアを摘まんで簡単に引き千切った。

「だいぶ古くなっちゃったからかね~。替えといてあげるね。やっとくから行ってきなさい。お詫びに缶ビールでも買ってきて」

「うん、ごめんね・・・ってか、巨人種用の缶ビールなんか持てないって!」

「美晴だったら持てるかもしれないよ。だって、アタシの娘だもん。」

みどりが摘まんだドアを指だけの力で簡単に粉砕してごみ箱に捨てるのを見て、

「私、そんなバカ力じゃないから!」

からかわれているのだと思って笑いながら美晴は外に出ていった。


何だか身体が軽い気がする。それに夜も遅いのになんだか頭もすっきりする。

その時、美晴の脳裏に『覚醒』という単語が浮かんだ。

「私なんかが?まさかね・・・」

一度立ち止まってそんなことを考えたが、気のせいだろうと思いふたたびコンビニに向かって歩き出した。


そうは思ったがさっきのことがなかなか頭から離れない。コンビニでも文房具をそっと摘まんでかごに入れ、冷蔵ケースからコーラを2本取る時も慎重になった。

会計を済ませ、コンビニのビニール袋を持って家路につく。

(あれ?コーラってこんなに軽かったっけ?缶にしたからかな・・・)

立ち止まって一度袋を目の前に上げてみたが、「まあいっか」とまた歩き出した。


ドアはすっかり直っていた。ドア全体の色合いなどが変わっていたからすぐに分かった。

(予備なんかあったんだ。)

そう思いながら、美晴は軽くノブを掴んでそっと回そうとした。が、ビクともしない。

(やっぱさっきのは古かったのかな)

今度はいつも通り回してみると、簡単に回った。そのままドアを開けて中に入る。

(このドア、ちょっと重い?)

「ただいま~、コーラ買ってきたよ。」

「おかえりなさい。」

中に入るといつもどおり母が優しい笑顔で迎えてくれた。でも、なんか顔、強張ってない?

「おかあさん、なんか驚いてない?」

「えっ?そっ、そんなことないわよ。」

「そう?まあいいや、コーラ買ってきたから飲も。普通種用だからおかあさんには物足りないけどね。」

みどりが差し出した掌に美晴が乗ると、そのままソファ前のテーブルに移動して降ろされる。

美晴はテーブル上にある自分用の応接セットのソファに腰かけて、テーブルの上にコーラを出して振り返った。

目の前には巨大なテレビにも匹敵する迫力のみどりの上半身が聳え、その上の顔は少し困惑しているようにも見えた。


バキッ!

「あれっ!?」

振り返った時に背もたれに寄りかかる格好になったのだが、その瞬間に背もたれがへし折れて美晴はそのまま巨人種用のテーブルの上に転がってしまった。

直後に、黒い影がヌゥッと近づいて来る。美晴は瞬く間にみどりに摘まみ上げられ、掌に乗せられてそのまま目の前まで上げられた。

「美晴ちゃん・・・あなた・・・」

「あっ、どうしたんだろうね。あのソファも古かったのかな?あはは・・・」

掌の上で女の子座りで頭を掻いて愛想を振りまいている娘を見て、みどりも確信したようだ。いや、実はドアを開けた時点で既に確信していたのだ。

「覚醒しちゃったみたいね。」

「えっ?いやだなぁ、ほら、私って普通に比べるとでかくて力も強いからさ、そのせいだと思うよ。それに、巨人種から巨人種が生まれるとは限らないんでしょ?」

「認めたくないのはわかるんだけどね。実は付け替えたあのドア、5tあるんだけど。普通種じゃ絶対に動かせないわよね。」

「へっ!?そうなの?だって・・・」

美晴も認めないわけにはいかなかった。5tもあるものを何の苦も無く動かせるなんて普通種ではどんなに怪力でもできるわけがない。

みどりを見上げた美晴の顔が今度は困惑していた。


「これからでかくなるのかなぁ・・・」

「そんなに嫌?」

「おかあさんと同じになるのは不便じゃなくなるからいいんだけど、一番は学校かな?」

「この前覚醒した瑠理香ちゃんだって週一で学校行けてるじゃない。」

「でもさ、友達の態度が変わるっていうのがね。瑠理香ちゃんの時だって私はおかあさんが巨人だから別に気にならなかったけど、他の子はみんな怖がっちゃってさ。それに、巨人種様っていうのがどうもね・・・」

「まあ、こびとは絶対に逆らえないからね。それにこびとを玩具にするのは楽しいわよ。」

「それはたまに見てたから知ってる。私もちょっとゾクゾクしてたし・・・」

母が好んで捕まえてくるのは大柄で屈強そうな男たちが多かった。それを簡単に裸に剥いて腹の上に乗せて奉仕させるのだ。

月に1回あるかないかの頻度の男たちの悲鳴や絶叫、母の巨大な喘ぎ声、大の男を鷲掴みにして巨大な胸に押し当て簡単に揉み潰す様は、美晴に恐怖よりも多くの興奮を与えていたのだった。

「あら、美晴ちゃんもドSなのかしら?」

「ドMの巨人種なんかいるの?」

「いるんじゃない?街中でオナッてる子もいるらしいわよ。それより、今のうちにコロニーに移動しましょうか。」

みどりは美晴を掌に乗せたまま、美晴の部屋をそっと小脇に抱えて巨人種用のドアから外に出て巨人種が住むコロニーに向かって行った。


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