第9話 血の契約
カーミラの言葉が、薄暗い地下水路に重く響く。
永遠の、忠誠。
それは、俺が最も嫌う言葉だった。誰かに縛られ、利用される人生。騎士団での三年間で、もうこりごりだ。
「……ふざけるな」
俺は吐き捨てるように言った。
「誰がお前なんかの騎士になるか。俺はもう、誰にも従わないと決めたんだ」
「まあ、威勢の良いことですわ。その体で、まだそんな口がきけるとは」
カーミラはくすりと笑う。その視線が、俺の腹部の傷へと向けられる。激痛が、彼女の視線だけでぶり返すようだった。
「だめです、レオン様……!」
背後から、リナが悲鳴のような声を上げた。
「私のことなど、構わずに……!そんな契約、絶対にしないでください!」
「黙ってろ、リナ」
「でも……!」
「あなたの命は、あなたのものだけではありませんわよ、お嬢さん」
カーミラが、リナに冷たい視線を送る。
「その命を救うために、この男がどれだけ必死だったか。……それを無駄にするおつもり?」
「そ、それは……」
リナが言葉に詰まる。
そうだ。俺は、この子の命を救うと決めたじゃないか。
そのために、どんな危険な場所へも行くと、覚悟を決めたはずだ。
なのに、今、俺が守ろうとしているのは何だ?
リナの命か? いや、違う。
俺の、ちっぽけなプライドだ。
騎士団に裏切られた傷。もう二度と誰にも利用されたくないという、意地。
そんなもののために、目の前で消えそうな命を見捨てるのか?
「……くくっ」
俺の口から、乾いた笑いが漏れた。
「何がおかしいのです?」
「いや……。俺も、まだまだだったなってな」
俺はゆっくりと、『星砕き』を地面に置いた。
そして、カーミラの前に、片膝をつく。
「レオン様!?」
「いいんだ、リナ。……これが、俺の覚悟だ」
俺は顔を上げ、カーミラを真っ直ぐに見据えた。
「……いいだろう。あんたの騎士になってやる」
「……!」
「その代わり、必ずリナを助けてもらう。もし約束を破るようなことがあれば、この命に代えても、あんたを殺す」
「ふふ……面白い。その威勢、気に入りましたわ」
カーミラは満足そうに頷くと、俺の前にしゃがみ込み、その細い指で俺の顎をくい、と持ち上げた。
金色の瞳が、至近距離で俺を覗き込む。
「では、契約成立ですわね。わたくしの、最初の騎士様」
彼女の唇が、ゆっくりと俺の首筋に近づいてくる。
ひんやりとした感触。そして、チクリとした、小さな痛み。
「――ッ!」
瞬間、全身を電流が駆け巡るような衝撃が走った。
カーミラの魔力が、俺の体の中に直接流れ込んでくる。それは、俺が今まで感じたどんな魔力よりも、濃密で、強力で、そしてどこか甘美なものだった。
【血の契約が結ばれました】
【あなたは『夜の女王の騎士』となりました】
【称号『夜の女王の騎士』を獲得】
【スキル『吸血鬼化 LV.1』を獲得】
【スキル『眷属支配 LV.1』を獲得】
【全てのステータスが大幅に上昇します】
【レベルが25に上がりました】
脳内に、凄まじい量の情報が流れ込んでくる。
体の奥底から、今までとは比べ物にならないほどの力が湧き上がってくるのを感じた。
「……これが、あんたの力か」
「ええ。わたくしの血は、万能薬であり、劇薬ですわ。これであなたは、ただの人間ではなくなりました」
カーミラが唇を離すと、俺の首筋にあった小さな傷は、跡形もなく消えていた。
「さて、約束通り、そこのお嬢さんの呪いを解いて差し上げますわ」
カーミラは立ち上がると、リナの方へ歩いていく。
「……来るな!」
リナは怯えたように後ずさるが、カーミラは意に介さない。
「動くと、苦しいだけですわよ」
カーミラはリナの額にそっと指を触れる。
「【万物を蝕む呪いよ、我が血の命令に従い、その宿主から去れ】――カース・ドレイン」
カーミラの指先から、黒い霧のようなものが立ち上り、リナの体の中へと吸い込まれていく。
「あ……あぁ……」
リナの体から、ふっと力が抜ける。
顔色はまだ悪いが、さっきまでの苦しそうな呼吸は、嘘のように落ち着いていた。
「……どうだ?」
俺が尋ねると、カーミラはつまらなそうに答えた。
「ええ、呪いはわたくしが吸い取りましたわ。ですが、この娘、呪いの影響で生命力がかなり削られていますわね。完全に回復するには、しばらく時間がかかりますわ」
「……そうか」
それでも、命の危機は去った。
俺は安堵のため息をつき、その場に座り込みそうになる。
「さて、騎士様」
カーミラが、俺に向き直った。
その瞳には、さっきまでの戯れるような色はなく、夜の女王としての、冷徹な光が宿っていた。
「あなたには、早速働いてもらいますわ」
「……何をするんだ」
「決まっていますでしょう?」
カーミラは、地下水路のさらに奥、王城の真下へと続く闇を指差した。
「わたくしの寝床を荒らした、愚かな魔物を掃除していただきますわ」
「……『奈落の魔眼』か」
「ええ。わたくし、うるさいのは嫌いですの」
彼女はそう言うと、悪戯っぽく微笑んだ。
「わたくしの騎士として、最初の任務ですわ。……まさか、できないとは言いませんわよね?」
その言葉は、紛れもなく命令だった。
俺は立ち上がり、覚醒した魔剣『星砕き』を再び手に取る。
血の契約により、力が漲っている。
今の俺なら、あの化け物とも渡り合えるかもしれない。
「……ああ、分かったよ」
俺は闇の奥を見据え、不敵な笑みを浮かべた。
「女王陛下のご命令とあらば」
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