第8話 真紅の吸血姫

「……おもちゃ、だと?」


目の前の女の言葉に、俺は警戒心を最大まで引き上げる。


ドブネズミ・キングを『眷属』と呼んだ。こいつ、ただ者じゃない。


すぐさま、【神眼】を女に向ける。


【鑑定:カーミラ・フォン・アッシュフィールド】


【称号:夜の女王、真祖】


【レベル:75】


【状態:退屈】


【隠された情報:???(強力な魔力により解析不能)】


「……ッ!?」


鑑定結果を見て、背筋が凍りついた。


レベル、75……?


騎士団最強と謳われるセレスティア隊長ですら、レベルは50代のはずだ。


なんだ、こいつは。次元が違う。


そして、『真祖』という称号。まさか――。


「あら、わたくしのことをジロジロと……。その不思議な瞳、わたくしのことまで視えるのですか? 面白いですわ」


カーミラと名乗った女は、クスクスと楽しそうに笑う。その仕草一つ一つが、恐ろしいほどに優雅だった。


「あなた、何者だ。なぜ、こんな場所に」


「わたくしはカーミラ。この辺りを寝床にしている、ただの吸血鬼ですわ。……あなたこそ、わたくしの安眠を妨げるとは、良い度胸ですわね」


彼女の金色の瞳が、スッと細められる。


その瞬間、俺は凄まじい威圧感に襲われた。まるで、心臓を直接鷲掴みにされたような感覚。


「ぐっ……!」


「レオン様!?」


隣でリナが悲鳴を上げる。


これが、レベル75……! 殺気だけで、俺は立っていることすらままならない。


「その瞳……そして、その剣。どちらも、ただのガラクタではないようですわね」


カーミラはゆっくりと、俺たちの方へ歩いてくる。


「特に、その剣……『星砕き』。懐かしいですわね。数百年前に、わたくしに土をつけた愚かな人間の騎士が使っていましたわ」


「なんだと……!?」


この魔剣のことを知っているのか。


「さあ、それをこちらへお渡しなさい。そして、あなたもわたくしの『眷属』になりなさい。そうすれば、命だけは助けて差し上げますわ」


「断る!」


俺は全身の力を振り絞り、カーミラに向かって魔剣『星砕き』を構える。


「ほう……? このわたくしに、剣を向けるというのですか?」


カーミラの口元が、三日月のように吊り上がった。


「面白い。実に面白いですわ! その勇気だけは褒めて差し上げましょう!」


次の瞬間、カーミラの姿が掻き消えた。


「――!?」


どこだ!?


【神眼】が、辛うじてその動きを捉える。


――背後!


俺は咄嗟に振り返り、魔剣を振るう。


だが、そこには誰もいない。


「遅いですわ」


耳元で、甘い声が囁いた。


いつの間にか、カーミラは俺の真後ろに立っていた。


しまった、と思った時には、もう遅い。


腹部に、焼けるような衝撃が走った。


「がはっ……!」


俺はくの字に体を折り曲げ、数メートル先まで吹き飛ばされる。瓦礫の山に叩きつけられ、肺から空気が全て絞り出された。


「レオン様!」


「リナ……来るな!」


俺は激痛に耐えながら、どうにか立ち上がろうとする。


だが、カーミラはもう、目の前にいた。


「どうです? わたくしに仕える気になりましたか?」


彼女は俺を見下ろし、心底楽しそうに微笑む。


「……るせぇ」


俺は地面に落ちていた『星砕き』を拾い、再び構える。


まだだ。まだ、終われない。


俺は【神眼】を最大限に集中させ、カーミラの未来を視ようと試みる。


だが、視えるのはノイズ混じりの、断片的な未来だけ。速すぎる。強すぎる。俺のスキルが、彼女の動きに追いつけていない。


それでも、やるしかない。


「うおおおおおっ!」


俺は雄叫びを上げ、渾身の力を込めて『星砕き』を振り下ろした。


魔力が刃となり、カーミラに襲いかかる。


だが。


「無駄ですわ」


カーミラは迫りくる光の刃を、こともなげに、その白い指先二本で、つまんでみせた。


ピシッ、と。


俺の全力の一撃が、まるでガラス細工のように、あっけなく砕け散った。


「……な……」


絶望。


その二文字が、俺の心を支配する。


勝てない。


どう足掻いても、この化け物には勝てない。


「さて、遊びは終わりですわ」


カーミラが、ゆっくりと手を上げる。その指先には、黒い魔力が渦を巻いていた。


あれを食らえば、終わりだ。


「……リナ、逃げろ」


俺は、後ろにいるリナに向かって、最後の力を振り絞って叫んだ。


「嫌です! レオン様を置いて、逃げたりしません!」


「馬鹿野郎……!」


なぜ、言うことを聞かない。


カーミラの黒い魔力が、凝縮されていく。


もう、ダメか――。


俺が全てを諦めかけた、その時。


カーミラはふと、リナの方に視線を向けた。


「……あら?」


彼女は興味深そうに、リナが胸元で握りしめている『蒼月の涙』を見つめる。


「そのペンダント……そして、その銀髪。あなた、もしかしてシルヴァリアの生き残りですの?」


「……っ!」


リナの体が、ビクリと震えた。


カーミラは何かを考えるように顎に手を当てていたが、やがて、実に楽しそうな、悪魔のような笑みを浮かべた。


「……ふふ、あはははは! そうでしたか! これは面白いことになってきましたわ!」


彼女は指先の魔力を霧散させると、俺に向き直る。


「考えが変わりましたわ、人間の騎士」


「……何?」


「あなたを、わたくしの『おもちゃ』にするのはやめにします」


カーミラは優雅に一礼すると、信じられない言葉を口にした。


「代わりに、取引をしませんこと? その娘……呪いで、もう長くはないのでしょう?」


「……!?」


「わたくしが、その呪いを解いて差し上げますわ。この真祖の力をもってすれば、造作もないことです」


「……本当か?」


「ええ。ただし、条件がありますわ」


カーミラは、俺の瞳を真っ直ぐに見つめる。その金色の瞳の奥に、抗いがたい光が宿っていた。


「わたくしの『騎士』になりなさい。このカーミラ・フォン・アッシュフィールドに、永遠の忠誠を誓うのです」


「……」


「さあ、選びなさいな。あなたのくだらないプライドと、その娘の命。どちらが大切か、よくお考えになって?」

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