第1話 地下鉄南北線 塩迫駅


 特に意識したわけではない。


 いつも通りに新本町から地下鉄南北線に乗り、自宅のある夕陽ヶ丘駅に向かっている最中だった。


 この南北線は途中石渕駅から北武鉄道に直通するのだが、その石渕の一つ手前、下里からトンネルを抜け、川を渡るために地上を走る。


 下里から石渕の間は南北線でも長い駅間で、数分間停車しない。


 


 しかしその日、橋に差し掛かる直前、地下鉄で最大パーミルを誇る急坂を登り切ると、違和感を感じた。


 目を落としていたスマホから顔を上げると、ガタン、と列車が止まる。


 そんなバカな。


 下里から急坂を登ったら橋を渡るガタタン、という音を響かせ数分で石渕に着くはずだ。


 外を見ると、駅名標が見えた。


 


 塩迫。


 


 手前が下里、次が石渕と見えたので、間違いなく下里〜石渕間にある駅だ。


 新駅か?


 そうも思ったが、いかんせん駅名標が古い…昭和の手書き


駅名標のようだ。


 レトロ風味に作った新駅かとも思ったが、そもそも新駅を作っていた記憶もない。


 そんなことを思いながら、半ば唖然とホームを見ていると、1人の男性が「あれー?」と言いながらホームを歩いていた。


 歳の頃20代前半、近くにある大学の中学年と言ったところか。


 おそらく石渕で北武鉄道の特急に乗り換えるつもりだったのだろう、隣に北武鉄道ホームのない塩迫駅に戸惑いながら降りてしまったらしい。


 そして彼を残し、列車のドアが閉まり、塩迫から発車。


 


 そのまま列車は石渕に到着、乗っていたのが北武鉄道直通列車だったが、なんとなく薄気味悪くなって石渕で降り、北武鉄道の普通で夕陽ヶ丘に向かった。


 その日はなかなか寝付けず、翌日仕事に遅刻したのは関係ない話。


 


 数日後、掲示板サイトで「変な駅から出られない」と大学生らしき人の書き込みが話題になることは誰も知らなかった。


  

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