最終回:8月32日


 朝。

 目を覚ますと、耳をつんざくような蝉の声。

 でも、どこか違う。光の色も、空気の温度も――“昨日”と違う。


 私はカレンダーを見た。

 そこには、存在しないはずの日付が書かれていた。


 「8月32日(土)」



---


 登校すると、蓮も気づいていた。

 ふたりで顔を見合わせ、微笑む。


「やっぱり来たね。最後の日が」


「うん。今日が、終わりの日」


 文化祭の本番は、朝からにぎやかだった。

 準備していたクラスの展示、みんなの笑顔、笑い声。

 “こんな日常”を、蓮はずっと守りたかったんだ。


 私と蓮は、校舎の裏でこっそり抜け出した。

 この時間だけは、誰にも渡したくなかった。



---


「もし、明日が来たら……」


 私がそう言うと、蓮は空を見上げて言った。


「俺、多分いないよ。みんなの記憶からも消えてると思う」


「じゃあ、私だけ覚えてるってこと?」


「それが、君の罰であり、ご褒美なんだろうね」


 ふざけて言ったように見えて、彼の目は泣きそうだった。

 私は、そんな彼の胸に顔をうずめた。


「忘れないから。たとえ世界が忘れても、私は絶対に忘れない」


「ありがとう。君に出会えて、本当に良かった」



---


 夜、文化祭の最後を飾る花火が打ち上がる。

 色とりどりの光が夜空に弾けるなか、私は蓮と手をつないでいた。

 心が、ゆっくり、静かに満ちていく。

 もう泣かない。

 蓮がくれたこの夏を、胸に抱いて生きていく。


 最後の一発が夜空に消えた瞬間――

 私は、目を閉じた。



---


 朝。

 蝉の声が聞こえる。

 カレンダーには、**「9月1日(日)」**とあった。

 学校へ行くと、誰も蓮のことを覚えていなかった。

 写真にも、名簿にも、姿はなかった。


 でも、私の胸には、確かに彼がいた。


 帰り道、ふと風が吹いた。

 どこからか、声が聞こえた気がした。


 「――ありがとう」


 私は空を見上げて、笑った。


「またね、蓮」



---


🎇エピローグ:


 高校を卒業しても、私は毎年、8月31日に花火を見に行く。

 誰もいないあの校舎の裏で、静かに夜空を見上げる。

 忘れないために。愛していたことを、思い出すために。

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「8月32日、君を忘れない」 ミエリン @mie0915

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