バスの終点訪問記(わたしとクロシリーズ)

豊臣 富人

第1話 自宅

 9月


 まだまだ残暑が厳しい日々。

 わたしはクーラーの効いた自分の部屋で涼みながら、のんびり読書をしていた。


「残暑は、暦の上では8月23日ごろまでみたいですけどね」クロはクーラーの真下で、涼しい顔をして言った。

「そうなんだ。てことは、今は何暑なんだろ?」

「まあ、最近は10月くらいまで暑いですからねぇ。もう昔の暦なんて意味をなさないんじゃないですかね」

 黒猫のクロはどうでもよさそうに腹を出して寝転がる。


 水槽の中のカマボ魚は、それを眺めているようだった。カマボ魚は、今年の1月に漁師さんから貰った魚だ。このまま頭と尾を切り落として縦に真っ二つに切るとかまぼこができあがるという便利な魚。いざ、持ち帰ってみると情が湧いてしまい、今では家族の一員だ。


「そのうち一年のほとんどが夏になっちゃいそうだな」

「地球的にはゆっくりと氷河期に向かっているらしいですよ」

「えっそんなの?じゃあこの暑さも一時的なものなのか……」

「まあ、数万年後のはなしですけどね」


 ツクツクボウシの鳴き声が聞こえる。

 一瞬だが地球史的な時の流れを感じた気がした。


 わたしは読んでいた本をぱたんと閉じた。

「そうそう。今日また、気になることに気づいたんだ」

 クロは耳をピンと立てる。そして、目を細めた。


「さっきバスに乗って図書館まで行ってきたんだけどさ——」


   *   *   *


 バスの後部座席。わたしはいつもこの席の端っこに座る。図書館までバス停ふたつなので乗り降りが面倒くさくても、必ずここに座ることに決めている。この席は後ろと横が見えてなんだか落ち着くからだ。

 わたしは目的地の図書館前のバス停に着いたと思い、整理券と運賃を払ってバスを降りた。


 本題とはそれるが、この一瞬で正確に「整理券と運賃」を見極めるバスの運転手の動体視力に、いつも感心する。


 しかし、降りて気づいたのだが、わたしはいつも、このバス停ふたつ分しか乗らないのに、この時うっかりひとつ乗り過ごしていて、三つ目のバス停で降りてしまったのだ。


 降りた景色がいつもと違うことに、驚くと同時になんだか不思議とワクワクする気持ちになった。

 なんか時空を超えたようなトリップ感を感じたんだ——


   *   *   *


「ほう、バスを乗り過ごしただけなのに大層な話のように語りますね」クロは毛繕いしながら聞いていた。「そもそも、そのバスの運転手、ちゃんと運賃確認できてないですよね」


 わたしはすーんとした顔でクロを見た。

「た、確かに……運転手の動体視力とは一体何だったのか……」わたしは本を片手に持ったまま立ち上がった。

「そーじゃなくて!あの感覚をまた味わいたい!あのトリップ感覚を!」


 クロはため息をついた。「やれやれ」

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