第52話 天正黙示録:信長、長久手に甦る

 ―天正十二年四月、尾張国 小牧山城


 戦場の空は曇っていた。

 羽柴秀吉軍、十万。対するは徳川家康率いる三万。

 緊張と情報戦の応酬が続く中、奇妙な報告が秀吉の元に届く。


> 「殿……今朝、古戦場跡にて“信長公”を見たと申す者がございます」


> 「……は?」


 秀吉は、思わず笑った。


> 「あの御方は、焼けて灰になった。俺が……いや、“俺たち”が見届けたんだ」


 そう言いながらも、胸の奥が騒ぎ出す。

――焼け残ったあの夢、あの拳、あの“殺意”が疼く。


> (まさか……あれが、まだ終わってないと?)


**


 その夜。

 長久手の裏手にある古い神社跡に、

 一人の影が立っていた。


 背は高く、髪は乱れ、

 甲冑ではなく黒い法衣のような装束に身を包んでいる。


> 「信長……様……?」


 現れた密偵が、震える声で名を呼ぶ。

 その瞬間、男は振り向き、口元を歪ませた。


> 「ようやく、目覚めたわ……この世の“神”がな」


**


 報せは、すぐに秀吉の耳に入った。

 “本能寺で焼けたはずの織田信長が、蘇った”。


 秀吉は黙して天を見上げた。


> 「まるで……夢の続きだな」


> 「上等だ。あんたが神なら、俺は悪魔になってやる」


**


 翌日。

 長久手の戦が始まる直前。

 徳川軍に突如として、黒い旗を掲げた部隊が割り込んだ。


 旗には、異様な紋章――

**「天魔信」**の三文字。


 隊を率いるのは、確かに……かつての信長。

 しかしその目は、人ではなかった。


**


> 「貴様……人の世に戻って何を望む?」


 秀吉が問う。


> 「我が火は、まだ燃えている。貴様が奪った“天下”を、焼き尽くす」


 信長は、かつてのように笑った。

 狂気と、絶望と、冷徹さが入り混じった“第六天魔王”の笑みだった。


**


 戦場は混乱する。

 羽柴、徳川、そして蘇った信長――三つ巴の戦い。

 火薬と鉄の雨の中、歴史がねじれる音が響く。


 秀吉は馬を駆り、信長に突撃する。


> 「焼け残った夢の続きを、ここで終わらせる!」



 一撃、また一撃。

 信長は剣を抜かず、軍配だけでそれを受け止める。


> 「それでこそ……我が下僕よ」


 秀吉の拳が唸りを上げ、

 信長の仮面を砕く。


 だがその奥にあったのは、生身の肉体ではなかった。


> 「AI……?いや、“器”か……!?」


**


 信長は、本能寺の焼け跡から再構築された“夢核AI”だった。

 かつて信長が構想していた未来都市“第六天都市構想”を実現するため、

 密かに残された設計図が、今――

 夢核AIと融合し、“天魔”として顕現したのだ。


**


> 「藤吉郎よ……貴様が我を殴ったこと、忘れてはおらぬぞ」


> 「だがそれゆえに……貴様こそ、“我が後継”に相応しい」


 その瞬間、信長の身体が崩れ始めた。

 まるで“意志”だけが燃え尽き、虚無へと還るように。


> 「天下をくれてやる。だが、お前は……その火を絶やすなよ」


> 「我が夢が、貴様の中で、まだ燃えておるのなら……な」


**


 信長は消えた。

 戦いも終わった。

 だが、秀吉の胸には、かつての拳の痛みが残っていた。


**


「俺は、お前を殺したと思ってた」

「だが違った。お前は……ずっと、俺の中にいたんだな」


**


 小牧・長久手の戦。

 その裏で語られることのない“もう一つの戦い”。


――“神殺し”が“神の遺志”と向き合った一日。

 それは、やがて訪れる“豊臣の黄昏”の、始まりの合図だった。



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