第3話 サマードライブ:道南編

 函館へ向かう夜道、車内はサカナクションの《アルクアラウンド》の余韻がまだ残っていた。


 しかし、佐倉悠の表情はどこか苦しげだった。


「……やばいな」


 腹部を押さえながら、悠はハンドルを握る手に力を込めた。  

 ここ数日、コンビニ弁当とカップ麺の食生活が続いていた。野菜も、発酵食品も、まるで摂っていない。


 ――つまり、便秘だった。


 (戦とか、覚悟とか、それどころじゃねぇ……)


 道の駅でトイレに駆け込むも、結果は空振り。冷たい便座に座りながら、悠はしみじみと呟いた。


「やっぱりさ……食生活って、心のバランスなんだな……」


 スマホで「便秘 即効 解消」などと検索していたそのとき、画面に再び《サムライ・スピリットAR》が起動する。


 《お主の肚、詰まっておるな……》


 画面に現れたのは――加藤清正。


 虎退治の逸話で知られる戦国の猛将が、なぜか桶を持って仁王立ちしている。


 《武士たる者、腸内を清めるは心を清めるに通ず!》


「なんでお前が出てくんだよ……!」


 突っ込みながらも、清正は続ける。


 《余は戦の前には、干し柿と梅干しを欠かさなかった。発酵は力じゃ!》


 その直後、近くの売店で売られていた「函館名物・がごめ昆布入りヨーグルト」に目が止まる。


 (……マジかよ)


 藁にもすがる思いで買って飲み干した後、不思議と腹に温かさが戻ってきた。 あの夜、悠は道の駅の裏手の林の中で、人知れず戦いを終えた――



---


 翌朝、すっきりした顔で目覚めた佐倉は、湯の川温泉の足湯に足を浸していた。


 昨日までの苦悩が嘘のようだった。


「心も体も……流れるようじゃないと、前には進めないな」


 画面に表示されたARの武将たちも、どこか微笑んでいるようだった。  彼らは悠に、戦の精神と、生き方のヒントを与えてくれていたのかもしれない。


 便秘すら――人生の旅の一部なのだ。



---


 その日の午後、佐倉のSpotifyはまた新たな一曲を選び出した。 流れてきたのは、くるりの《ばらの花》。


 (次は……青森か。フェリー、間に合うかな)


 悠の車は、再び走り出した。


 ――かつて便秘に苦しんだ男が、今、新しい道を切り開こうとしていた。


 その先に待つのは、新たなる土地、新たなる武将たち、そして――


 **己の中にある“本当の戦”**であった。





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