第2話 サマードライブ:北海道編(2)

 小樽の海は、思ったよりも青く、そして、静かだった。

 観光客の姿もまばらな平日の午後、港近くの食堂で握り寿司をつまんだ佐倉悠は、心の底から溜め息をついた。


 「生きてるって感じするな……」


 炙りサーモンを口に運びながら、悠はふと、向かいのテーブルに置かれたパンフレットに目を止めた。

 《余市・武将ARスタンプラリー開催中》

 その隣には、甲冑姿の人物とスマートフォンを構えた観光客の写真。

 「戦国武将の幻影を集めよう!」「君の魂に宿る武将は誰だ!?」と、赤文字のキャッチコピーが踊っていた。


「武将ねぇ……」


 佐倉はスマホを取り出し、QRコードをスキャンしてみた。すると、新しいアプリがダウンロードされ始めた。


 アプリ名は――《サムライ・スピリットAR》。


 (また、若者向けの観光企画か?)


 半信半疑で起動すると、画面に現れたのは、伊達政宗だった。

 青い眼帯に、金の三日月をいただいた兜が、現実世界に重ねて表示される。


 《貴様……なかなか見どころのある瞳だな》


 合成音声とは思えない迫力に、思わず佐倉はスマホを握りしめた。


 その瞬間――

 世界が一瞬、裏返ったように見えた。


 気づくと、目の前の寿司屋が、どこか江戸の町のような風景に変わっていた。

 行き交う人々は着物姿で、道端では火縄銃を磨く男たち。小樽の海は、帆船が浮かぶ戦国の港へと化していた。


「……は?」


 周囲の客は相変わらず寿司を食べていた。スマホをのぞき込むと、ARモードのまま。


 《これは、魂の共鳴によって一時的に顕現する"記憶の街"である》


 政宗の声が再び響いた。


 《佐倉悠よ。貴様に試練を与えよう。己の道を切り開く、その刃を見せてみよ》



---


 食後、佐倉はARスタンプラリーを試しに回ってみることにした。

 余市方面へ向かう道中、Spotifyから流れたのは、DOESの《修羅》だった。

 まるで、戦いに向かう前のBGMのようだ。


 (やっぱ、人生って、戦なんだな……)


 ARアプリの武将たちは、次々と佐倉の前に現れた。

 上杉謙信、織田信長、武田信玄、直江兼続――


 誰もが彼に、問いを投げかけてくる。


 《貴様は何を失い、何を手に入れるつもりだ?》

 《なぜ戦う? 誰のために立つ?》

 《過去を断ち切る覚悟はあるか?》



---


 日が暮れ始める頃、佐倉は小さな神社に辿り着いた。

 そこには最後の武将――真田幸村が待っていた。


 《佐倉悠よ。旅は道中にこそ意味がある。戦は勝つためだけにあるのではない。》

 《迷えば、我を思い出せ。お主には、“捨て身”の覚悟があると見た。》


 その言葉が、胸に残った。



---


 車に戻った佐倉は、もう一度「シャッフル再生」ボタンを押した。

 流れてきたのは、サカナクションの《アルクアラウンド》。


 (そうだ。歩こう。まだ、俺は何も終わっちゃいない)


 車は、夜の道を南へと滑り出す。

 次の目的地は、函館。

 そして、その先に続く、まだ見ぬ本州へ――。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る