そうして勇者一行の裏切り者は死んだ

灰戸

第1話

(あぁ。僕は悪なんだ)

 そう思った。思わさせられた。誰かが人間と魔人が長年しているこの戦争に、悪も善もないのだと言っていた。前まで、僕もそうだと感じていた。そう信じていた。僕がたとえ魔人の住む世界の王である魔王が束ねる魔王軍に属し、上からの命令でこの勇者一向に潜り込むこのスパイ活動もきっと正義の象徴でもある勇者たちと違って、正義ではないにしろ、完全な悪にはならないと思っていた。でも彼が、一人で魔王への活動報告をするために町のはずれにいた僕に、覚悟を決めた表情で剣を向けるその姿は今まで思ってきたことを完全に覆すのに十分だった。

「・・・」

彼は僕に重傷を負わせた後少しの間黙っていた。魔力も空に近くなり、自決用の広範囲を巻き込む爆弾すらも叩き落とされ、僕にはもう敵対の手段はなかったから僕も最後に受けた攻撃で叩きつけられた木の下で木にもたれかかるようにして同じように黙っていた。

 二年旅をしてきて、自分が彼に、勇者に絆されてしまったとは思っていた。もし、僕が彼の陣営に生まれていたらきっと、彼の正義についていきたいと思うのだろうなと思わせるカリスマ性のようなものがあった。ひどく優しく、何事にも挫けることはなかった。思慮深く、なにか決定的な間違いを犯すということを一度もしてこず、どんな時でも最適解を引き当て続ける。誰もが思い描くような「主人公」だった。彼を知っていった人は誰もが、彼を信頼し、彼が魔王を倒すと信じていた。そんな期待と信頼を背負った上でそれを悪用してやろうという行動も一切しなかった。いつでも正しく勇者であろうと「善」の象徴であろうと常に心掛けていた。鍛錬も欠かさなかった。あまりにも彼が眩しくて、途中からなぜ僕は魔人で、彼と同じ人間じゃないのだろうと、なぜスパイとしてしか一緒にいられないのだろうと思わずにいられないほどだった。

 だから、そんな善の集合体みたいなこの人間にこんなひどい顔をさせて剣を向けさせているこの僕はきっと悪にちがいないと今しっかり思った。

 「・・・魔王との通信手段はどうしていた。」

勇者がついに口を開いた。いつも会話するときとは全く違う顔でこちらと目を合わせてくる。

「通信用の道具を使ってたよ」

自分でやったことなのに前日まで普通に会話していたのがここまで敵対されるのがなんだか悲しくて、僕だけはいつもの調子でしゃべりたくてそう答えた。

「そのほかにお前からなにかしら魔王軍へ接触したりする方法は」

(また僕の次に来た魔法使いがスパイだった時のためにそういう情報を集めておきたいのか)

「ないよ。かまもかけてみた。思いつく限りの方法で全部確かめてみた。でも作戦の成果の報告と命令が送られてくる道具一つだけ。思ってるより魔王軍はもうボロボロなんだよ」 

 一度、あまりにも通信手段が簡素だったので故郷に一瞬帰ると嘘をついて魔王城へ戻ったことがある。勇者たちにバレないように、常に移動し続ける勇者一行の一人に伝令を伝えるために人を裂けるほど魔王軍には余裕がないのだということが一瞬でわかる惨状だったので勇者たちに伝えていた日時よりも早く帰ってくることができた。

「君らが魔王軍を追い詰めることができている証だ」

 実際彼らが勇者一行として活動し始めてから、世の中の光として現れてから上げた功績と、それによって上げられた士気はすさまじかった。勇者以外の人間軍で魔王軍の幹部級の一人が撃破されたと報告も上がっていた。

 心の底から思った感想を述べたら、勇者のこちらを見る目が少し揺らいだような、若干困惑したような気がした。でもすぐ僕への尋問は再開された。

「お前は何人殺した。なんの罪を犯した。」

  やはり聞かれるよなぁと思い、彼から目線を逸らして若干曇っている空を見上げた。曇りかけているにしては、ずいぶん穏やかな雲がゆっくり流れていくのが見えた。

「殺したの確か823人。村が4つ、街を2つくらい焼いた。各国の重役を合計30人くらい殺したり洗脳したりした。君たちとの冒険中にも1つ村を燃やした。」

 こうやって口にしてみると、あまりの多さに少し笑えてきさえする。最後に村を燃やしたのが勇者達と冒険し始めてからすぐとはいえど、勇者たちと冒険するうちになんだか自分も正義であったかのように思えていたけど自分の手は、大量の罪でしっかりと汚れていた。

「・・・」

上げていた目線を勇者の方に下げると、思った数より多かったのか絶句している。そりゃ今まで仲間だと思っていた存在がとてつもない量の大量殺人鬼だったらそうなるだろう。

「お前は、その罪に対して反省してるのか」

沈黙の後、ようやく勇者が口を開いた。答えは決まっていた。

「うん。いくら上からの指示とは言えど後悔も自責もしてるよ。」

 そうとしか返事はできなかった。上からの指示に従わねば、もう既に色々知ってしまった僕が指示に従わねば上から処分が下ることはわかっていた。それを理解してなお、魔王軍に盾つく勇気は僕にはなかった。それでも、あの日聞いた母娘の悲鳴や、泣いている子供に手をかけたこと、お互いを守ろうとした兄弟のどちらも死なせたことなどは今も、あの時僕に魔王軍を裏切る勇気があればと後悔とする理由になっている。

「人にこんなこと言ったの初めてだ」

やっと言えたと思った。自分なりに罪だと認識しているこれを、善と正義の塊である勇者の前で初めて言えたのが嬉しくもあった。たとえ反省してると言っただけでも懺悔できたような気がして心なしか心が軽くなった。

「どうして反省してたのに罪を重ねた」

ごもっともすぎるし痛い所をつくなと肩をすくめようとしたが、少し動かしただけで大分傷が痛んだのでやめた。もしそれが原因で勇者と話す最後の時間が短くなっては困るという思いもあった。

「やめられなかったんだ。僕にはその勇気がなかったんだよ」

そういった後に、理由を洗いざらいすべて勇者に話した。勇者は話を止めようとはせずに、ただ黙ってこちらの話を聞いていた。

(いつもなら相槌くらい打ってくれるんだけどな)

また少し一人で勝手に勇者を裏切っていた事実に悲しくなった。

「じゃあ、じゃあなんであの時命を懸けてまで俺を助けた。」

勇者が剣はやはりこちらにむけたままだが、下をうつむいて捻りだすような、そんな声で聞いてきた。髪で表情は見えないが、もしかしたら結構彼も困惑しているのかもしれないなと思った。彼だって裏切られるのは初めてだし、困惑するのも仕方がない。あの時というのは多分、数か月前の魔王軍の隊との戦闘だろうな。

 一年程前にとある村に滞在していた際に突然魔王軍の隊が攻め込んできたことがあった。僕も知らされていなかった事だったが、僕に知らせてないだけでこの強襲で勇者一行のことを片付けるつもりだったらしい。それだけあって敵が放った最後の一撃が勇者に当たったら、勇者が死ぬかもしれなかったことがあった。ただその一撃を僕が庇ったので僕が死にかける羽目となった。

「裏切れなくても、いつかちゃんと君たちの役に立ちたいと思ってたんだ。前々から君等がこの戦争に勝てばきっと今よりはいい方向に進んでくれると思ってたしね」

隊の家族などを思うとまた自分への嫌悪感が生まれそうだったが、勇者達の生存が何より嬉しかった。

「それに完全に魔王軍を裏切れたわけじゃないけどさ、小さな反抗ってやつだよ。」

知らされなかったことをいい事に小さく反抗するチャンスだと感じていたが、戦っているときにここで勇者を守って死ねたら贖罪になるかもしれないと少し思っていたのもすこしある。

「ただそれだけ。」

戦いの興奮が大分切れてきて、勇者に負わされた傷がじくじくと痛んでしんどくなってきたので目をつむった。とどめを刺すのが彼でよかった。

「俺らのことめちゃくちゃ好きじゃねーか」

彼がいつも雑談する時に近い声で、若干笑ったように言った。確かに裏切ってはいたけど僕は勇者や他のメンバーが結構好きで、役に立ちたかったことは伝わってくれたらしかった。

「うん。僕、君等のこと好きだよ」

もう、終わりが近い気がしてきた。最後に僕が彼らの事が好きだということが伝わった事、あの時の小さな反抗が報われたように感じて嬉しかった。最後の言葉くらい目を合わせて言おうと思ってもう一度目を開いて勇者の方を見た。

「あのさ」

先ほどの雑談で生じた笑みを浮かべたまま、剣を下した勇者がこちらを見た。そう、その笑顔が好きだ。

「ごめん。裏切って。最後に他のメンバーにも伝えてほしい」

もう話す言葉も若干か弱くなってきている事が自分でもよくわかる。でも、勇者以外のメンバーにもしっかりと謝りたかった。それに彼を経由した伝言なら他のメンバーもきっとその謝罪が僕の本心であったことが少しは伝わってくれる。

「いーや。死なせないね。」

彼がそう言って包帯を素早く巻いて応急手当を行う。先ほど、厚かった曇り空が少し薄くなってきている。

「お前は今から完全な俺の仲間だ。裏切る勇気がないなら俺と一緒に歯向かう希望を持とう。」

暑い夏には心地の良い風が吹き抜け、包帯の端の処理を終えた勇者が僕と目を合わせて、そう語り掛けてくる

「それに、今死んだようなもんだし、もう裏切る怖さがどうこうとかないだろ?」

まるで見計らったかのように薄くなった雲から陽光が射し、彼を照らす。彼は、彼はこんな僕にまで手を差し伸べようとしてくれるのか。罪を重ね、彼らを騙し、挙句の果ては彼らを裏切ったこの僕を。ああ。どこまでいってもこの人間は善。本当に。だったら、ならば、

「あーあ!!!君ってやつは本当に馬鹿だな!!!!」

 そう言って彼を突き放す。直に僕の連絡で魔王軍がやってくる。人間の彼には聞こえていないだろうが、もう既に足音だってする。彼一人じゃ敵う訳がない量。

「もう既に援軍は呼んである!人族の君には聞こえないだろうけど、既に半径1キロ付近に足音が聞こえているんだよ!情けをかけたお前の負けだ勇者‼」

聡い彼ならきっとわかるはず。彼の足ならここに来る前に町に戻り彼の正規の仲間を呼んで町を防衛できる余裕ができることを。

 勇者の顔が先ほどの戦いの時のように汚くゆがみ、僕を一瞬睨みつけ走り出す。移動速度上昇の武器のおかげかもう既に彼の姿は見えない。雲の流れが速くなってきたようで先ほどの薄い雲ではなく分厚い雨を含んだ雲が流れてきているのがよく見える。

「おい、スパイ」

後ろを振り向くと魔王軍幹部の魔人がこちらに話しかけてきていた。まさかこいつをよこしてくるとは。

「本当に勇者がいるんだな?」

疑り深い目でこちらをじろじろ見ているが、目を合わせてくるような事はしてこない。こいつは魔王の切り札。魔王はここで勇者を完全に潰し、民衆の戦意の喪失と危険分子の排除を本気で行うようだ。いくら勇者一行と言えどこいつ相手では負けてしまう。彼らの戦力は仲間の僕がよくわかっている。

「えぇ。この先の町に。」

頷きながら町のある方向に手を向ける。チャンスは一度。

「そうか」

 魔王の切り札の魔人がでかい図体を揺らしながら、作戦会議のためか、移動のためかはわからないが奴の手下を一か所に集めている。集め終わり、手下どもが綺麗に整列し終えた後、こちらには一瞥すらもせずに手下どもの前に立ち彼らに発破をかけ始めた。「魔王軍のために」「勇者を殺すことは希望である」「我々が世界の希望になろうではないか」などいろいろほざいている。その間に先ほどの自決用の爆弾を体に装着しなおす。

 燃料タンクが空に近い時に火がつくととてつもない爆発をするんだという人間世界での話が魔力があるから燃料という概念があまりない魔人の世界に伝わった際に、一人の魔人が、魔力が空に近い魔人に衝撃のような魔法を体内に打ち込んだ際どうなるのかと試した。結果はとてつもない勢いの衝撃波、爆発が発生。死後直後にとてつもなく硬くなる魔人特有の性質のおかげで周りへの被害も甚大。そのとある魔人の好奇心から生まれた自決用のこの爆弾。爆発の範囲は昔自決した魔人を見たことがあるから知っている。この位置で着火した場合、僕の事をまるで空気のように軽く扱うこの切り札がどれだけ素早く動こうと完全に逃げ切ることはできやしない。

(裏切り者として、悪として)

僕を下に見て、無視している事を良いことに、僕は切り札になっている魔人の後ろに立つ。

(でも、彼らの、勇者の仲間として)

先ほどの陽光の射していた時からそこまでの時間が経っていないのに分厚い雲に覆われた空はとても暗い。ただ、僕の心は天気ほど暗くはなかった。

(そして僕の最後はあの光のために)

スイッチを押した。

 そうして勇者一行の裏切り者は死んだ。








 




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