左遷先はゴミ
「おはようございま……す」
残業処理係に任命された俺は、ギルドの地下……『裏倉庫』と呼ばれる場所に来ていた。
『倉庫』なら裏庭にあり、トマトの苗や新品のトマトが適温で保管されていると聞いた。
だが、『裏倉庫』に来るのは初めてだ。
壁に沿って、錆びついた棚が並べられており、段ボールが何百個と奥に続いている。
そしてとにかく暗い。
灯りは二十メートル間隔に
もちろん臭いも。
トマトの匂いに混ざって変な臭いがする。
俺は、覚悟を決めながら裏倉庫の長い通路を進んだ。
***
「おい、あとトマト何個?」
「勝手に食うなよ、締め切り過ぎてんだぞ」
「うっせ、ほら、先週締め切りの書類」
「おせーよ、おい、お前これあそこに出しとけ」
「俺?」
いきなり声をかけられ、困惑してしまう。
進んだ先にはボロボロの作業用デスクがあり、七人がパソコンと段ボール、そして山のように積みあがった書類を囲んでいた。
「おめぇ以外に誰がいんだよ。ほら、さっさとベルコンに乗せろや」
「ベルコンってベルトコンベアーのことですか?」
「あたりめぇだろ、何年この仕事やってんだ、はよしろ」
書類を俺に向ける先輩(?)は、パソコンから目を離さない。
「いや、新人なんですけど……」
「新人?……そういえば見ねぇ顔だな。よし、お前の名前は『
「へいへい、おっ今度は使えそうなやつっすね」
書類を渡してきた人は、誰かを読んで自分の仕事に戻ってしまった。
「俺、今日からここで働くのかよ……」
「あー仕事の説明しますね、隣の部屋来てっす」
そう言って、錆びついた扉を、大きな音を立てて開けた。
***
隣の部屋に移動した俺は、『
「えーまず、残業処理係……まぁ、俺達は『
聞くだけなら簡単なのだが、実際一日に上(ギルド本部)から回ってくるトマトの数は五千個を凌駕するという。
それを少人数で分けるのだから、ストレスでやめてしまう人が何人もいたみたいだ。
「ギルドが市民の食べられなかったトマトの回収を行ってるからっすね。ギルド本部で栽培している約千株のトマトに加え、市場に出回ってるトマトまで回収したらもうパンクっすよ。ホント、上の連中は何を考えてるんすかね、こっちの身にもなれっつーの」
おっと、独特な語尾がとれてますよ。
それはともかく、要するにブラック企業なのだろう。
こう考えると、受付係はなんと楽な仕事だったのだろうかと思えてくる。
俺は一つ、気になったことを聞いてみた。
「あの、俺が頂いた『
「あー、それは……さっきのゴツイ感じの男いたじゃないっすか。アイツが名前だと呼びにくいからってみんなに名前つけたんっす。ちなみに、アイツは残業処理係設立時からいたらしいんで、『イッチ』って名乗ってるっす」
某サイトのスレ主ではないか。
「あ、あと敬語はとっていいっすよ。長いと会話の邪魔になるんで」
「うっす」
それから俺はいろいろな質問をしてみた。
どんな質問にも気軽に答えてくれる先輩は、自分に合っている……そう思えた。
***
さて、残業処理係、通称『
トマトに外傷があるかないかで分ける。
あるものは五八に回し、なかったものに関しては孤児院に寄付するらしい。
さすが腐ってもギルドだ。
……実際、腐ってるものは多々あったが。
ひとまず五百個を分別し終わった俺は、五八から通路の段ボールを何個か持って来いと頼まれた。
「さっきの段ボール、全部トマトが入ってたのかよ……」
まぁそんな感じで一日が過ぎた。
ちなみに寝場所は段ボールで狭くなった床だった。
***
翌日、事件は起きた。
「うわぁぁぁぁぁ‼」
誰かの叫び声に驚き、俺を含む全員が眠りから覚める。
叫んだのは『
「どうした!」
イッチが問う。
「た、タ、タバコガがトマトを食害中!」
「なんだって⁉」
全員が顔の色を変えた……俺を除いて。
「クッソ!おい、全員段ボールの中身を確認しろ!通路にあるものも全部だ!急げ!」
すかさずイッチが命令し、みんな作業に取り掛かる。
「チッ、この箱のトマトはもう穴だらけだ!」
「こちらも同じく!」
俺は言われたとおりに段ボールの中のトマトを確認しながら、五八に聞いた。
「先輩、タバコガってなんすか?」
「タバコガはトマトを食う害虫っす!実に穴を開けて中に潜って食害するっす!多発すると非常にやべぇ!」
語尾が……って今はどうでもいい!
「トマトを食害されたら全部処分っす!そんなの、そんなの……トマトがかわいそうじゃないっすか!一つでも多く、みんなに食べられてほしいんっすよ‼」
俺はようやく、残業処理係が設立されたのが分かったのかもしれない。
そして俺がここに左遷された理由も。
「トマトを守りたいんですよね」
俺は静かに問いかける。
「え?」
先輩は手を止めて、俺を見る。
「トマトが好きで、トマトを愛していて、トマトを守りたいからこの仕事についたんですよね」
「「「「「「「…………」」」」」」」
今度は全員が手を止めて俺を見る。
大きく息を吸い込んで、俺は高々に言い放った!
「全員でトマトを守るぞぉぉぉぉぉ‼」
「だからそう言ってるじゃんか」
「語尾とれてんぞぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」
ツッコんでくる五八に盛大なツッコミ返しをしながら。
熱い場面を台無しにした先輩を恨むのであった。
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