Case2

「記事になるのはいいんだがな……」


 時刻は朝。とあるビルの一室で椅子にもたれかかるアルゲントは、新聞を読みながら呟いた。机に足でも投げ出していれば様になっていたのだろうが、そこは育ちがいいのか足を持ち上げる気力もないのか、ただ椅子にもたれかかっているだけだ。


「この見出しは少し大げさすぎやしないか?」


 新聞の見出しには『ミストリーハンター、魔狼を討つ!』と大きく書かれており、その横には銃を構えるアルゲントと霧散しかけているウェアウルフの写真が載っている。


 新聞を読んでいると扉をノックする音が鳴る。新聞を置き、「どうぞ」と答えると三十代ほどの女性が入ってくる。


「不可解な事件を専門にしている探偵事務所さんはこちらですか?」


「探偵……かは分かりませんが、まあ似たようなものですね。今回はどのようなご要件で?」


「私の……私の家に出るお化けについて調べていただきたいんです!」


 ひとまず客人用の椅子に座らせ、紅茶を出す。


「先ほどお化けと申されましたが、具体的にどのような……?」


「ひと月ほど前のことです……」


 今回訪ねてきた依頼人、アナベル・ベイカーさんの話は以下の通り。

 その日仕事から帰宅したベイカーさんは疲労が溜まっていたのか、玄関で倒れるように寝てしまったらしい。次の日起床しリビングで朝食の用意をしようとしたところ、なんと机の上に朝食が用意されていたというのだ。一人暮らしで一緒に住んでいる人もいないため、不気味に思ったベイカーさんは家の中をくまなく見て回ったが誰もいなかった。

 その後も朝食が用意されていたり、家の掃除や洗濯といった家事が勝手に済まされていたりするなどの不可解な現象が相次いだため警察に相談したものの、調査によって何かが見つかることはなかった。

 そこでミストリーにまつわる事件を解決する俺の事を新聞で見かけ、調査を依頼するために来たとのこと。


「分かりました。では早速現場を見に向かいたいのですが、お伺いしても?」


「はい! 自宅まで案内しますね!」


 準備を済ませ、部屋を出ようとしたところで、

「話は聞かせてもらったぁ!」とクラークが勢いよく入ってくる。


「盗み聞きとはお行儀が悪いな」


「いやいや、また面白いネタを提供してもらおうと会いに来たら先客がいるみたいだったから待ってたんだよ?」


「今から依頼人の自宅に向かうから構っている暇はないぞ」


「それなんだけど……私も同行させてくれない?

 おねがーい」


「今回は依頼人もいるんだ、記事を書くのは……」


「もちろんプライバシーは守るよ!? 私はミストリーにまつわる記事を書きたいの!」


「……とのことですが」


 依頼人の方を見ると少し困ったような笑みを浮かべたものの、「個人情報は伏せてくれるなら」とのことで許可をくれた。


「ありがとうございますー! 私、ソフィア・クラークって言います! よろしくお願いしますね!」


「アナベル・ベイカーです、よろしくお願いしますね」


 一人増えたところで依頼人の自宅へ。

 その家はいかにも普通といった様相の二階建てで、ベイカーさんに促され家の中にあがる。

 室内もこれといって変わった様子はなく、一見すると不思議な現象が起きたようには見えない。


「室内を見させていただいても?」


「ええ、構いません」


 二階へと上がり、部屋を見て回る。


「ちょっと思ったんだけどさ、勝手に家事が済まされてる上にベイカーさんは何の被害も受けてないんでしょ? 超うらやましい!」


「とはいえ、今回はその正体を調べるのが依頼だ」


 部屋はどこを見てもすみずみまで綺麗にされていて、とても仕事をしている一人暮らしの女性の手入れ具合とは思えない。

 と、ふと部屋の前を人間の腰ほど大きさの何かが横切った。


「ん……?」


「どうされました?」


「今何かが……」


「もしかして、この現象を起こしているお化けでしょうか……!?」


 怯えるベイカーさんを落ち着かせつつ部屋の前を見渡すが、何もいない。

 その後は特に何かが起こることもなく、昼を迎えた。ベイカーさんに昼食をご馳走してもらい、一度事務所へ。


「どうやら家事を行う“何か“はいるようだ」


「そんな都合のいい存在いるのかなぁ」


「それを調べるために帰ってきたんだ」




 二人で書物を読み漁ること数時間。


「……あった」


「え! どれどれ?」


 ブラウニー、民間伝承に見られる妖精である。ゲームなどの創作でよく見る敵、ゴブリンの一種ともされる妖精であるが、悪意がほとんど見られず善意が目立つ家神とされる。東国には現れた家に富や幸運をもたらす「座敷わらし」という怪異がいるそうだが、それに近い。身長は1メートル弱ほどで茶色のぼろ切れを身に着け、老人のような見た目をしている。

 ブラウニーは住み着いた家で人のいない間に家事を済ませたり家畜の世話をしたりするなどして人間の手助けをすると言われている。そして人間は礼として食べ物などを部屋の片隅に“さりげなく“供えて応える。この“さりげなく“という部分が肝心でブラウニーへの礼は自発的に見つけさせなくてはならない。もしあからさまに与えてしまうと怒って(内気なブラウニーにとっては手を付けづらいらしいので)家を出ていってしまうそうだ。


 と、クラークが疑問を呈する。


「ん? 今の話だと家事をしてもらったお礼をするんだよね?」


「ああ……だがベイカーさんは不気味に思っていたし、そもそもこのことを知らないからお礼なんてしていないはず……」


「とりあえず聞きに行ってみよう!」


 クラークさん宅に着き、ブラウニーに関する情報を共有する。


「……と、このような怪異がこの家にいると思われます」


「なるほど……」


「お礼について何か心当たりは?」


「そのようなものを供えたことは一度も……」


「そうですか、ならば本人に話を聞いてみましょう」 


「え?」


「私に考えがあります」


 そう告げると、肩から下げていた鞄から何かを取り出す。それは皿とパンだった。


「これを供えて待ち伏せします」


 深夜三時、人々が寝静まっている時間。

 三人は二階の一室に待ち伏せし、隣の部屋には供え物が置かれている。

 しばらく待っていると、物音がした。足音だ。


 アルゲントは口に人差し指を当てた後、二人を手招きする。

 足音を立てずにゆっくりと……慎重に……開けておいた扉から部屋を覗くと、〈それ〉はいた。




 人の腰ほどの大きさの老人。

 名前の元となった茶色のぼろ切れと帽子。

 傍らに置かれているのは仕事道具のほうきだろうか。

 今回の不思議な現象を起こしている張本人、ブラウニーだ。




「少し話を聞かせてもらえるだろうか」


 アルゲントが声を掛けると、ブラウニーはとても驚いた様子を見せた。飛び上がるほどだ。


「待った、俺らは別に危害を加えようってわけじゃない」


 そう言われたブラウニーは逃走の姿勢を解く。


「いくつか質問したいことがあるんだが、いいかな?」


 首を縦に振る。


「どうしてこの家で家事を?」


 少し戸惑う様子を見せ、床に指で何か書こうとしている。


「なるほど……喋れないのか……」


「あ! それならこれを!」


 と、クラークが紙とペンを渡す。受け取ったブラウニーは文字を書き始める。


『この家で家事をさせてもらっている理由は、話すと長くなってしまうのですが……』


「大丈夫だ、ぜひ聞かせてくれ」


『私はベイカー様、そちらの女性のご両親にあたる方々の家で仕事をしておりました。お父様もお母様も優しい方たちで伝承に則ってお礼もしてくださいました。しかし数年前、お父様とお母様は突然亡くなられてしまいました……』


 アルゲントがベイカーさんの方へ振り返る。ベイカーさんは首を縦に振った。どうやら事実らしい。


『ご両親には返しきれないほどの恩があります。そのためご息女であるアナベル様の元で少しでも助けになればと働かせていただいていたのです。』


「そうだったのね……」


 ベイカーさんはブラウニーの方へと歩み寄る。


「最初は怖いと思っていたけど、優しいあなたが頑張ってくれていたのね……お父さんとお母さんに代わってお礼を言わせてちょうだい。ありがとう」


 そうしてベイカーさんは何か話すでもなくブラウニーを抱きしめた。その静寂の中には、きっと両親の思い出が流れていることだろう。


 さて翌日、俺はとあるビルの一室で新聞を読んでいた。トップ記事は、殺人事件のニュースについて書かれていた。


「なんで記事にしなかったんだ?」


 そうクラークに問いかける。


「よく見てみなさい?」


 そう言われ、新聞をめくっていくと隅のほっこりエピソードなどが書かれているコーナーに今回のことが書かれていた。


「今回の件はトップを飾れるほど刺激の強いものじゃない……ってこともあるけど、優しい物語として載せたかったの」


「なるほどな……何でもかんでもスクープとは騒がないんだな」


「失礼ね!私だってその辺は弁えてるわよ!」


「フッ、どうだかな」


 アルゲントは考えを巡らせる。

 今回の件を解決した後、ブラウニーが言っていた事についてだ。


「ご両親は亡くなられたってことだったが、事故で?」


『いえ……それが……どうにも不可解な“事件“のようで』


「事件?」


『はい……私が聞いた話によると』



『自宅の中で体中から血が無くなって倒れていた、と……』




 とあるビルの向かい側に建つビルの屋上。

 下の人通りを見下ろす黒衣の男が一人。


「あれが、銀の弾丸の射手」


 そう呟くと、裏通りの方へと飛び降りる。男の立っていた場所には、


 痩せこけて骨ばった、

 いや、骨に皮が張り付いただけのような、

 人間が倒れていた。

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