シルバー・バレッツ

ユート

Case1




 銃声が轟いた。




ー時間は少し、いや……まあまあ遡るー


「今回はどのようなご依頼で?」


「どうか……どうか妹の仇を討ってください!」


 ここは英国のとあるビルの一室。空を見ればオレンジ色に染まり、日が沈みかかっている時間だ。そんな日暮れ時に男が二人、話をしている。


「あーわかりましたわかりました! 一旦落ち着いてください、コーヒー淹れてくるんで」


 俺がコーヒーを淹れて差し出すと、目の前の男──依頼人は少しだけそれを口にした。


「……ありがとうございます、少し落ち着きました」


「それはよかった。では早速ではありますが、何があったのかお聞きしても?」


「はい……私は昨日の日曜日、妹のアナと一緒に隣町まで出かけていました。帰るころにはすっかり日も暮れ、帰り道の森を抜けようとしたところ…」


 ここで男は言葉を詰まらせる。


「分かりました。さぞお辛いでしょうに、話していただいてありがとうございます」


「……すみません」


「いえいえ、後は私にお任せください。

ただ…最後に一つお聞きしても?」


「何でしょう?」


「その襲ってきた相手はどのような姿でしたか?」


「あれはそう…まるで、『ウェアウルフ』 」


 依頼人を帰し、俺は考える。


(ウェアウルフ……)


 と、そこで俺の思考は突然勢いよく開かれたドアに遮られる。


「おーっす! 今日はどんなスクープ記事を書けるのかなー!」


 入ってきたのは若い金髪の女。


「……急に入ってくるのはやめろと言っただろう」


「えー、アルゲントと私の仲でしょー?」


「まだ知り合って間もないだろ! しかも名前で呼ぶな!」


 名前を呼ばれてしまったのでこの辺で自己紹介。


 俺の名前はアルゲント・ウォード。

 そうだな……ここでは〈怪異専門家〉とだけ言っておこう。

 そしてさっき入ってきた女の名前はソフィア・クラーク。新聞社クロウタイムズの記者をしているらしい。彼女は最近ひょんなことから俺の仕事を目撃し、それ以降いい記事が書けるとつきまとっているわけだ。


「で? クラークさん、今日はなんのご要件で?」


「さっきも言ったじゃない、記事を書きに!」


「お帰りください」


 部屋から追い出し、戸を閉める。


「なんで追い出すのよ!」


「今は営業時間です、冷やかしなら帰ってください」


「冷やかしじゃないわ! 私も仕事なのよ〜、ね〜なんか面白いことはないの?」


「そんなに言うなら特ダネをくれてやる」


「え! なになに?」


「ウェアウルフ」


「?」


「今回のターゲットが恐らくそんなやつだ、いつも通り調べてきてくれ」


 クラークは笑いつつも真剣な眼差しになると、

「りょーかい! あなたもあなたで準備しなさいよ〜」と部屋を出ていく。


「…俺の本職だからな、当然だ」


と独り言を呟き、本棚を漁る。


 ウェアウルフ、「人狼」「狼男」とも称される怪異だ。よくイメージされる姿は狼の頭と後ろ足、二本の足で直立し全身は体毛で覆われている…といったところか。その歴史は古く、また世界中で人が獣になる獣化現象は言い伝えられている。この皆がイメージする姿はあくまでも映画や小説といった創作で描写されているもので、実際の伝承では単に人語を話す狼であったり、人間と同じサイズの狼といった形で語られることが多いようだ。


 しばらく本を読み漁っていると、また勢いよくドアが開かれる。


「調べてきたよー!」


「お前はドアの気持ちを考えたほうがいいぞ」


「ごめんごめん、とりあえずこれが調べた情報!」


 呆れながらも資料を受け取り、仕事の準備を始める。


「……また、ミストリーが現れたんだね」


 準備をしているとクラークが話しかけてくる。


「しかも今回は亡くなられた人もいるからな、まあ今回に限った話じゃないが」


「そんな恐ろしい相手をアルゲント一人でなんとかするんでしょ? 警察は? 動いてくれないの?」


「当然だ、というより対抗できないのが実情だろうがな」


 恐らく依頼人は事件が起きてすぐ警察に駆け込んでいるはずだ。相手にされなかった依頼人やどうすることも出来ない警察の心中は察するに余りある。


 少し前から怪異の目撃情報が増えた。その神出鬼没さや倒すと霧のように空中に散っていく様から〈ミストリー〉と呼称されるようになり、俺のような怪異専門家へと訪ねてくる人も増えた。また、実際に被害が出ていることや証拠の写真(どこぞの記者が撮ったもの)などもあり、最早おとぎ話の存在ではないことは人々もよく知っている。


 準備を終え、夜も更けてきた頃。いよいよミストリーの元へと向かう。


「……で? なんで付いてきてるんだ?

って疑問は今さら野暮か」


「当然じゃん! このカメラに実際に収めないと!」


「もう止めても無駄だと分かっているから何も言わないが、自分の身は自分で守れよ」


「りょーかーい」


 ため息をつきつつ森の中、歩を進める。


 しばらく進むと、〈奴〉はいた。



 目に映るものすべてを喰らわんとする目。

 人などミンチのように斬り刻まれてしまいそうな爪。

 今回のターゲット、ウェアウルフだ。



 少し息を吐く。


「見つからないよう下がっとけよ」


 クラークは無言で頷き、茂みに隠れる。

 奴がこちらに気付くと同時、地を蹴る。

 ウェアウルフは向かってきたアルゲントに向かって爪を振るう。

 それを横に避けると懐からリボルバーを取り出す。そのリボルバーは一見すると普通のリボルバーで、変わったところと言えば大抵のモデルが装弾数五〜六発なのに対し、それは七発装填できるモデルのようだ。

 銃を構え、引き金を引く。




 銃声が轟いた。




 放たれた“銀の“弾は吸い込まれるようにウェアウルフの中心へ向かい――


 唸り声と共に突き抜けた。


 しかしまだ敵は倒れない。アルゲントは気にせず引き金を引く。

 二発、三発。繰り出されては避けられる敵の攻撃とは対照的に弾を外すことなく当て続け、七発目が命中したところで変化が起きる。

 これまで撃たれても精々唸り声をあげるだけだったウェアウルフが突然苦しみだす。その体はどんどんと宙に霧散していき、やがてその場には何も残らなかった。


 カメラのシャッター音と共に俺の集中は切れる。


「……お疲れ様!」


 片手を上げて歩いてくるクラークにこちらも無言で手を上げ、ハイタッチを交わす。そしてそのまま俺はこの場を去るのだった。


 さて翌日、依頼人に無事依頼が完了したことを連絡するとしばらくしてビルの一室を訪ね、感謝を繰り返し依頼料を払って帰っていった。部屋には俺とクラークが残され、少しの沈黙……


「いやーいい写真が撮れた!」


 ……もなく、クラークは満足そうにカメラを見つめる。


「少しは仕事が終わった達成感を味わわせてくれよ」


「私も仕事終わったしー!」


「お前はゆっくりするとかねぇのな」


「さーてお互い仕事終わったし飲みに行きますか!」


「やれやれ……」


 と呆れつつ、なんだかんだで依頼達成を祝い、飲みに行くのであった。




 人々が眠りについた夜。

 その者は箒を手に家中を駆け回る。

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