スタートラインはループする

 夜風が強く顔に吹きつけ、長い髪の毛が風に靡いている。スマートフォンが震えた。そっとポケットから取り出すと、顔がスマートフォンの灯りに照らされて、あまりの眩しさに目を細めた。震える指先が手元を狂わせて、普段何気ないロックの解除さえもままならない。次第にスマートフォンを顔に近づける。別に目が悪くて近づけているわけじゃない。焦りと緊張が知らず知らずのうちにそうさせたのだ。ディスプレイの光と相まって真っ白に怯えた顔がスマホに映る。ロックが解除されると同時に胸元へスマホを当てて、視界にディスプレイを入れないようにした。

――ふぅ......

 大きく息を吸って吐き出しながら、夜空の星々を見上げた。目頭がぽうっと熱くなる。視界がぼやけて星たちが遠く離れていきそうに感じて、腕で目をゴシゴシと洗い流し、首を振って負の感情を振り払う。勢いよくスマートフォンを胸元から離すと、スマートフォンを持つ手は次第に震え、もう片方の手は口元を抑える。目と唇をギュッと閉じた。目尻からは先ほどまで感じていた不安たちが私の中から飛び出していき、心を目頭を熱くしていく。目から頭や首へ、次第に全身へとじんわりと電報が伝わり、毛の先までピンと立っているようだった。喉の奥もすでにじんわりと熱く、今まで抱えてた過去の葛藤や未来への不安たちが体から飛び立つように咽び泣く。こんな涙を流している姿を誰にも見られないようにと慌てて家へと駆け足で帰った。

 家にたどり着くや否や一連の話をすると、僕をギュッと抱きしめてくれた。

「.......!おめでとう~!本当におめでとう!」

 外で我慢していた喜びの感情たちが堰を切ったように流れ出していく。明日を生きられるかどうか、自分がこれまでしてきたことの全てを賭けた出来事。それがようやく実を結んだ瞬間だった。咽び泣く僕の頭をそっと撫でてくれる。

「ずっと、ずうっと頑張ってたもんね。本当におめでとう」

 僕が頷いてから二コリと笑顔を見せると君も涙ぐんだ笑顔を見せてくれた。


 部屋の中は暖かいお祝いムードで包まれて、たくさんおいしい料理や暖かい言葉をかけてくれた。そんな特別な時間も、灯りを消すとまたいつもの夜へと様変わりする。僕は眠りにつくことができなかった。何度も寝返りを打って寝ようとしてもパチリと目が開いてしまう。ついには諦めてベッドから立ち上がり、カーテンを開ける。澄んだ夜空が広がり、星々が遠くの空から一生懸命、地上を照らしている。ベッドに座りなおして遠くの星々を見つめた。どこか遠くの空からこの地へと舞い降りたようなふわりとした感覚がした。窓というスクリーンに映る星々を見渡すと、正面に輝く星もあれば遠くだったり端っこだったりに輝く星がある。まるでそれは僕の人生のように感じた。なぜなら、最短の道のりからはいつも外れていて、遠回りをしてきたから。いや、当時の僕は最短の道を見つけることができなかった。いや、その道へ決める覚悟が足りなかった。でも、色んな分岐道を通って、あぜ道や泥道を歩いてきた今ならようやく分かる。今となっては遠回りも決して悪くなかったこと。迷ったり、困ったりすることが常だったけど、その度に誰かが傍にいてくれて、手を伸ばしてくれた。膝元で手を重ねて、いたわるように撫でる。手の甲や手のひらにある大きなしわをなぞっては、思い出す出来事を思い出した。時には心が壊れそうになったり、時には声を思いっきり荒げたり、またある時は大きく前に出て行ったり、そんな日々が脳裏に蘇る。頭を抱えた日や胸が張り裂けそうになった日も全てこの時のためだったと思うと、こんなにも愛おしいと思える日々であったと。


――チュン、チュン

 遠くの空から曙の光が部屋の闇夜を吹き飛ばして、次第に僕の顔を照らした。頬にあった溢れた感情たちの通り道は光の暖かさで乾いていく。僕は目尻を下げて顔を出した朝日を見つめる。遠くの空まで闇夜はすっかり消え去り、澄んだ青空が広がっていった。僕の口からああ、と声が漏れる。また一日が始まっていくように、これから新しい旅が始まっていくのだと。また幾多の難題や苦悩が降りかかって闇夜を連れてこようとも、これまでと同じように悩みながら、考えながら、藻掻いて、這いつくばって、前へ進んで、光を探そう。そうすれば、朝日のように遠くの空まで明るく照らしていけるんだって。事を成したからゴールじゃない、次の道へのスタートラインだと。胸に手を置いて、目をつむりながら顔を下げた。暖かな光が僕を包んで、体の芯からじんわりと確かな熱い、冷めることのない熱が広がっていく。ギュッと拳を握って目を開いた。今度はしっかりと朝日を見つめて、これからのことを思い描く。まだ見ぬ未来へ不安を抱いても仕方ない。今までも不安と隣り合わせで、その度に強くなれた。逃げずに戦ってきたからこそ、茨の道の先に今の僕がいる。これからもしっかり前を向いて、見えないし、何もない戦いをしていこう。その先にある輝きを掴むために。

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小さな気持ちと燈たち 星燈 紡(ほしあかり つむぎ) @hoshi_akari_tumugi0301

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