第2話 解放の儀

「アンドレア、起きなさい。解放の儀に向かう時間よ」


 目をあけると、師匠が横に寝そべって僕の髪に指に通しながら微笑んでいた。

 ドキッとして、また顔が赤くなってしまう。

 慌ててベッドから降りて身支度を整えるふりをする。


「し、師匠。僕、朝ごはんを食べてきます」

 僕はちょっと不自然な格好になりながら食堂に向かう。


 ゴーン、ゴーン、ゴーンと鐘が鳴りはじめた。

 どうやら寝坊をしてしまったようだ。急いでパンを口に押し込んでミルクで押し流して、家を出た。


「師匠、いってきます!!」


 解放の儀を受けたものは成人となるため、理由がない限り一人で参加しなければならない。

 ツリーの1階には迷宮の受付があり、地下に浅瀬の湖がある。この『湖』に一人で入ることによってスキルが覚醒する。

 半年に一度、聖女とか巫女と呼ばれる女性によって祈りや舞が行われて湖に力が宿ると言われている。呼び方や方法は各国によって違う。テマセクでは聖女が祈る形で行われる。


「解放の儀を受ける方はもういませんか~。もう締め切っちゃいますよ~」


 僕は慌ててツリーの入口にかけよって、迷宮職員がしまい掛けた名簿をつかんだ。

「ああ、待って。僕も参加者…「私も参加します。リンカです」…アンドレア、です」


 迷宮職員の持つ名簿をつかんだと思ったら見知らぬ少女の手だった。

「!! あ、あのごめん」

「あわわわ、私こそごめんなさいっ」


 ぱっと手を放して少女の方をみた。少女は恥ずかしそうに俯いていたので、彼女の猫耳が目に入った。


『猫獣人だ。

 あっ! しっぽが体に巻き付いてる!! 

 ちょっと緊張してびっくりしているのかも。

 でも、かわいいなあ、あのしっぽに触ってもいいかなあ。』

 無意識のうちに手が伸びて、あともう少しというところで、


 パン!パン!


 迷宮職員のお姉さんが手を叩いた。

 危なかった。思わずしっぽをつかむところだった。


「はい、最後の参加者のリンカちゃんとアンドレアくんね。はいはい、こっちへ来てね~。もうはじまっちゃうよ~」


 お姉さんは何事もなかったかのようにスタスタとツリーの中へ入って行ってしまった。

 僕たちは慌ててドアをあけて後を追うことにした。

 ツリーの中にはいると、先ほどのお姉さんは既に地下へのドアをあけて降りるところだった。


「待ってください」


 駆け足で追いつき、息を整えながら階段を下りていく。

 ひんやりした冷気が体全体にあたり気持ちがよい。少しずつ冷静になる自分がいて、周りを見る余裕がでてきた。


「ツリーの中は、こんな風になってたんだね」

 このタワーはツリーと呼ばれるだけあって、壁も階段もすべて木でできていた。壁際に階段が這うようにあり、斜め下にある湖全体が良く見えた。

 湖は中心にあり、太陽が見えない建物の中なのにキラキラとしている。

 自分たちの到着が遅かったことが分かるように、湖の近くには少年少女が多数集まっていた。


 この世界には人族と獣人族、魔人族、女神族がいる。

 女神族以外の人たちは自由恋愛が許されているのでハーフやクォーターも多く、人種の区別がつかないこともある。

 だから差別はないけど、スキルに差が生まれたりする。

 人族はバランスよくスキルを覚醒する者が多く、身体的レベルのMAX値が極端に低くなることが少ない。

 獣人はレベルの高い者が多いが、魔力が極端に少なかったりする。もちろん稀に高い人もいるが、そういう人は大抵純粋な獣人ではなく、魔人の血が濃く入っていたりする。

 魔人は魔力量が豊富でMAX値レベルが極端なことが多い。あるレベルは高いが、あるレベルは低くて使えないなど。

 女神族は全ての人が女性で特殊な能力を有していると言われている。

 ちなみに僕は、魔人の血が入っていることは分かっている。父親が純血の魔人と師匠が言っていた。師匠は人族と魔人族のハーフだそうだ。


「きれいな人だなぁ」

 成り行きでそのまま一緒にいるリンカから声が聞こえた。

 凛々しい顔をした緑色の髪の女性が湖に入って行く。

 聖女の祈りが始まったみたいだ。

 聖女が祈りをささげることによってタワーの水に神聖な力を宿すらしい。迷宮から妖魔が出でこないのも結界で守られているからなんだけど、その結界も聖女の力が関係していると聞いた。

 聖女がいなくなるとその国は妖魔に侵略され崩壊すると言われている。

 だから、普段は特別な神殿で暮らしていて、儀式があるとき以外は滅多出てこない。

 聖女や巫女の一族は女神族と言って、聖女になる人はもちろん女性だけだ。

 聖女と結婚する男性は、神託により決まる。相手の種族にこだわりはないらしい。

 女の子が生まれたら女神族として育てられ、その中から次の聖女が選ばれる。

 男の子が生まれたら、その子は女神族にはならなくて養子として出されるみたい。優秀な力は受け継ぐらしいけど、女神族の力は宿すことができないみたい。

 ちなみに女神族の中に男性は聖女の夫だけらしい。だからハーレム状態になるみたい。 

 ちょっと羨ましいような、羨ましくないような・・・。

『僕は一人だけで充分だけどね』


 そんなけしからんことを考えていたら、いつの間にか聖女の祈りが終わったみたい。

 先頭の子が湖に入り始めた。



 ちょっと周りが騒がしくなりはじめた頃、リンカの番がきた。

 リンカはそのまま湖に進み、お腹のあたりまでつかると体がキラキラと光り始めた。数分で光がおさまり、嬉しそうな顔をしたリンカが戻ってきた。


 次は僕の番だ。

 僕も同じようにお腹のあたりまで水がくるように進んでいく。キラキラと光る粒子のようなものが体の周りに集まってきたと思ったら、体が熱くなった。


 無事にスキルが覚醒したようだ。

 頭の中に自分のスキルが表示される。


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アンドレア・クラウディウス 14歳 男

[種族]魔人族/100%*

[魔力量]MAX:S/現:D

[レベル]攻撃力MAX:S/現:D、身体力MAX:B/現:D、知性MAX:A/現:D

[特殊スキル]鑑定MAX=C/現:D、火炎魔法MAX=S/現:D

職種:錬金薬術師・ランクMAX=S/現:D

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『え、魔人族100%?

 やっぱり僕は師匠と親子じゃなかったんだ……。』



 気が動転して、そのあとどうしたかよくわからないまま、気づいたらツリーの外に一人で立っていた。

 外は既に夜で、フォレストバレーの周りには多くの人が集まっていた。

 フォレストバレーは夜になると妖魔虫が光を放ちながら音楽を奏でるんだ。

 それが森全体を包み、幻想的にみえるから観光地としても人気がある。


「きれいだなぁ・・なんだかぼやけてよく見えないよ」

 僕は知らない間に泣いていたみたい。

 これからは師匠とフォレストバレーに入ることができる。

 師匠が僕の母親でなくとも、僕が師匠のことが好きなことには変わらないし、このスキルなら、頑張ればSランクになることも可能だ。

 Sランクになれば、各国への異動も楽になる。僕の父親にも会ってみたいし、各国のいろんな妖魔とも戦ってみたい。

 ご当地妖魔というのがいるらしいんだ。ご当地妖魔を倒すとたまに特殊スキルを手に入れることができるらしい。


 僕は少し離れたところに並んでいる屋台から串焼き屋を見つけた。

「おじさん、串焼き1本ちょうだい」


 串焼きをかじりながらフォレストバレーを見る。

 フォレストバレーの妖魔は木や植物の形をした妖魔が多い。ご当地妖魔は、湖にいる猫の形をした大きな獣らしい。

 東の方の国にはフガクという迷宮があるらしい。そこにも木や植物の妖魔はいるらしいけど、ご当地妖魔は太った人型の妖魔ということだ。その妖魔は素手だけど腕力が強く、投げ技を巧みにつかうみたい。他にも剣を持った妖魔も強いと聞いている。

 フガク迷宮は夜になると虫が空に光りながら絵を描くらしい。それが火花と呼ばれすごく綺麗だと師匠が言っていた。

 まずはSランクの錬金薬術師にならないとね。そのためにはフォレストバレーで薬草をたくさん採取して調合しないといけない。


「悩んでも何も始まらないね、とりあえず前に進もう!」


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