第5話-2

「ああ、オレだよ。また帰れたんだな」

 涼介がため息をついたとき、鈴香さんが注文したものをはこんできた。


「涼介、具合悪い? 大丈夫?」

「平気~っ!」

 ソファーにのけぞって、大きく伸びをする。

「鈴香ってばいい歳して、まだミニスカ穿いてんの?」

「うるっさい! 心配して損した! ごゆっくりどーぞーっ!」

 伝票を置いて、鈴香さんがキッチンへと姿を消した。

「えーっと……なになになんなの? 涼介に戻ったよね? 二重人格とか?」

 陽彩の目が点になっている。

「キャラちがうよね? え? なにどうなってんの?」


「あのね、さっきソラさん……薄田蒼穹さんが言ったとおりなの。時代がちがうのに、涼介の中に、ソラさんがいるの。ソラさんは墨田区にいて、2月の空襲でケガをしたんだけど、ソラさんが戦時中に意識を失くしているあいだ、涼介になってるの」

「空襲……」

 つぶやく陽彩に、涼介が「それなんだけど……」と、言いよどむ。

「なに?」

 

 私は隣の涼介に訊いた。

 目と目が合った瞬間、このあいだ後ろから抱きしめられたこと、告白されたことを思いだす。

 顔を直視できない。かなり気まずい。


「あいつ……ソラって人がはじめてこっちに来たとき、向こうでの時間は1945年、昭和20年の2月18日。こっちの時間の流れとはズレがあって、今、向こうはまだ、2月24日。だけど来月には……」


 涼介の声が緊迫している。私の胸は早鐘を打って、口から飛びだしそうだ。それでも、ゆっくりと言ってみる。


「陽彩が言ったみたいに、1945年……昭和20年の3月には、10日に東京大空襲……!」


「そうなんだよな」

 ため息で前髪を押し上げて、涼介がうなずいた。

「ヤバいよな。ソラってヤツがいったいなんなのか、なんでオレの身体に入りこんでるのかわかんねえけどさ。もうなんか、他人には思えねえ。親近感湧いてるっていうか」

「私も! 私もね、ソラさんがかなしい最期を遂げるなんて、そんなの絶対にイヤ、かわいそう!」

「小春、おまえなんで涙目?」

 つぶやいた涼介が、あきらかに動揺している。


 いけない。涼介に私の気持ちを知られてはいけない。涼介に戻ってほしいと思いながら、ソラさんと離れたくないなんていう、こんなずるい思いなんて。


「あれっ?」

 スマートフォンをいじっていた陽彩が、低い声を出す。

「ソラさんのいるところ、墨田区って言ったよね? 東京大空襲、下町は壊滅的だよ」


 壊滅的。その言葉に震えあがってしまう。


「……で。案外、ソラさんびいきだったりして? 小春ってば」

 陽彩のわざと明るく言ったような言葉に、涼介が「なに言ってんだよ」と、食ってかかった。

「誰だって、よくない未来がわかったら、どうにかしてやりたいって思うもんじゃん」

「あ、わりい。冗談だってば」

 首をすくめる陽彩だけれど、私にとってソラさんがたいせつな存在になっていることに、噓はなかった。改めてそのことに気づかされる。

「ソラの意識は戻ったみたいだよ。それでも、向こうでふつうに眠っている間に、こっちに来ることも多くなるんじゃないかな。なんとなく、そう思う」

 真剣な涼介に、「うん、信じる」、陽彩がうなずいた。私もうなずく。


 うなずいたけれど……ソラさんにはこんどいつ、会えるんだろうか。水族館に行く約束は、叶わないのだろうか。

「え? ちょっと待って。ソラさん、いなくなっちゃったじゃん!」

 陽彩が騒ぎだす。

「古文の文法! 誰が教えてくれんの? ヤバいんだって、自分!」

 半笑いで陽彩がわめくのを、涼介が「自力でなんとかしろ」と、なだめている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る