第4話-2

「いらないとか、そんなこと絶対ないです!」

 ソラさんを見て、宣言した。たとえ誰かがそう思っていたとしたら、私が許さない。


「ありがとう、小春ちゃん。とにかく、軍需工場での任務にいそしむことで、僕だってまっとうな人間なんだと思いたくてね」


 軍需工場ということは、戦争に関わる物をつくっているということ。

 本意ではないのに戦争に加担することで、自分の居場所を確保して、社会に必要とされたいのかもしれない。


「僕だって兄のように、誰かを守れる、まっとうな人間でありたい」

やさしいだけじゃなくて、ソラさんは芯のある大人だ。だからこそ、わかってもらいたい。

「ソラさんは、まっとうです」

「え?」

 隣のソラさんが、私を見ている。その目を、ぐっと見返した。


「戦争をはじめた、えらい人なんかよりも、ずっとずっと、まともなんです」

「……そうだったら、いいな」

 やんわりと返したソラさんが、窓の向こうの流れる景色をながめる。


「ソラさんは向こうで、どんな学生さんなんですか?」

 もっと知りたいと思った。もっと近しくなりたいと思った。教えてほしい、ソラさんのことを。

「今は学生というより、軍需工場で働く徴用工だね。でもね、実のところ、童話に夢中で」

「童話?」

 そういえば涼介も、そう言っていた。


「僕は、童話作家をめざしているんだ」


 こっそりと、教えてくれた。

「誰かに話したの、はじめてだよ。夢なんて、語れない時代だからね。同級生のほとんどが学徒出陣したっていうのに、みんなに申し訳ない」

「学徒出陣……」


「一部を除く学生の徴兵猶予が停止されてね。東京の神宮外苑で1943年10月21日に、国を挙げての壮行会があったんだ。冷たい雨の中に集まったのは8万人以上……みんな、平和を求めて、それはそれは激しい高揚感の中にいたようだよ」


 それって、ソラさんはその場にいなかったということだろう。

 学生が勉強の途中で兵隊になり、特攻隊員となって戦死したことを、夏のテレビの戦争特集で見たことがある。

 激動の時代に、まさにソラさんは学生という立場にある。


「同級生たちは好きな学問の道を捨てて、命も捨てて、この国を守ろうとしている。僕はその日、部屋にこもって童話を書いていた。戦争に反対する意思をこめた物語だよ。それが僕の戦い方だと信じていた。その自信作を、出版社に持ちこんだ。焦っていたのかな、出版社をよく見極めたはずなのに……彼らに罵倒されて、おまえは非国民だと怒鳴られ、目の前で焼き捨てられた」


「そんな!」

 私の短歌を華恋にからかわれたとき、胸の奥をばりばりと引き裂かれるようだった。

 私でさえ、そうだった。

 きっと絶対、ソラさんはその何倍も悔しくて、かなしかっただろう。


「僕にはね、なんにもできないって思い知ったよ。僕の夢は、夢物語でしかないんだ」

「ソラさん……」

 夢を語れない時代に生きているんだ。私とおなじ国にいるのに、生きる時がちがうだけで。


 涼介はいつだって、ミュージシャンになるという夢に満ちている。

 鈴香さんだって、カフェを通して夢を実現している。

 夢を持たない私と、夢を語れないソラさんは、対極にいるだろう。

 だったら私は、ソラさんの夢を一緒に見たい。


「私、ソラさんが童話作家になれるよう、応援します。いつか時代は変わります。だからソラさん、書きつづけてくださいね」


 電車は停車駅に近づき、ゆっくりと停まった。ホームで乗車を待つ、たくさんの人がいる。その中に、天晴れコンビの姿も見える。


「ありがとう、小春ちゃん」

 静かな声が、耳に心地いい。

 そして私は、あの日の虹を思いだす。ソラさんと一緒に見上げた七色の虹。

 私の心を照らす、やわらかな色彩――。


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