第3話-5

「なに?」

 首をかしげて、涼介を見た。


「オレ……好きだよ、小春のこと。幼なじみとか、友だちとかじゃなくて」


「え……?」

 突然の告白に胸の中が、ぐわんとした。


「いや、あのさ……ソラってヤツが現れて、自分の気持ちに気がついた」

 ソラさんが現れてから?

「気がついたっていうか、思いだしたっていうか。小春への気持ちを、ソラがわからせてくれたんだ」

 必死に話す涼介の顔が赤い。なにこれ、こういうのを青天の霹靂っていうの?

 涼介が、まさか私を……!


「オレの身体なのに、中身がまたいつ、オレじゃなくなるのかって怖いよ。あいつにこの身体も小春も、わたしたくない。今のこのオレは、小春が好きだ。それはわかっててほしい」


 その瞬間、私はまたソラさんを思う。涼介を前にして、涼介とそっくりだけど全然ちがうソラさんを。

 もう会えることはないのかな……。


 ああ、私は最低だ。涼介に戻ってほしいと思いながら、ソラさんに会いたくなっている。


「ね、小春の気持ちは?」

 せつなそうな顔で見られる。こんな表情、涼介もするんだ……。

「……えっと……いきなり言われても、びっくりしちゃって……だって涼介は、私のだいじな幼なじみだよ。ずっと友だちだったから」


 これ以上、なにを言えばいいんだろう。

 涼介のことは、ソラさんの言うようにたいせつだ。だからって、幼なじみの涼介に、これまで以上のことを思えない。


 ため息で前髪を押し上げた涼介は、苦く笑った。

「友だちか……だよな、そうだよな。あのさ、そいつに言っといて。ギターの練習しろって。指がなまって弾けなくなったら、マジぶっ殺す」

 ああ、ソラさんはギターという楽器の名前すら、自信がなかったんだ。

「涼介みたいには弾けないよ」

「そりゃそうだよな。けど、練習あるのみ!」

 エアギターでキメてみせるから、笑ってしまう。

ギターを弾くソラさんを思い浮かべると、似合わないような気がした。やっぱりギターは涼介でないと。


「そういえばその人、脚を引きずって歩くでしょ?」

 涼介に訊かれて、思いだす。

「そうなの。最初に一緒に歩いたとき、引きずってた。なんでかな」

「たしか、小さいころのケガだよ。……ああ、それからその人、童話を書いてる」

「童話?」


「童話作家、めざしてる」


 ソラさんに、そういう特技があったなんて。私はソラさんのことを、なんにも知らないんだ。


「もしもーし。涼介くん、もうすぐ15分ですよー」

 ノックとともに、達樹さんの声がした。ちゃんと時間をはかっていたなんて、ちょっと引く。

「はーい、もう帰りまーす!」

 元気よくこたえた涼介は、私へと、泣いたように笑ってみせる。


「オレはまた戻ってくるよ。会いたい人がいるから」

 その言葉に、胸が大きく鳴りだす。


「オレ、小春に会いたいから」


「涼介……」 

 うまくこたえられない私は、涼介の顔を見ないで言う。


「うん、そうだね。絶対、帰っておいでね」

 それから私たちはキッチンに下りた。涼介がねだるから、焼きたてクッキーを少しだけお裾分けした。

「小春、じゃあ、またね」

 真顔で差しだされた右手に、私は手を重ねる。誰もいない玄関先で握手を交わす。

 そうしてドアを開け、行ってしまった。


 涼介のてのひらが、こんなに大きかったなんて。私を後ろからハグした身体も、すごくがっしりしていた。

 チビだった男の子から、いつのまにか大人になろうとしていたんだ。

 涼介が閉めたドアを、私はぼんやり見つめつづけた。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る