第2話 闇堕ちって……え、まさかあの闇堕ち!?

「であるからして~ここは~」


平日の昼下がり。

昼飯食った直後の授業という穏やかなひと時。


(つまんねぇ)


もちろん、眠気と意識主導権をかけた綱引きの真っ最中だ。

外のセミに負けじと間延びする先生の声にうとうとしそうになり、姿勢を正す。

要するに、だ。

メチャクチャねみぃ。

まあ愚痴りそうになるほど平和って、大変結構なことだ。


(ある意味いつも通り……か)


先生の声に合わせ滑り落ちそうになったシャーペンを持ち直し、昨日のパズの発言に思いふける。

いつも通り——か。

仲間たちと合流して戦った。それで、ギリギリ勝てそうなところで逃げられた。

それかしょっぱなから猛攻ぶちかまされて劣勢に追われて「歯ごたえゼロ」って意味不明な悪口言われてするりと退場される。

この二つがいつも通りの、オレたち魔法少女の戦いの全容になる。


今回は完全に追い込んだ。悪の組織の連中が潰せる、その寸でのところまでたどり着いた自身も、手ごたえもある。

その上で、逃げられた。

うん。まあ、確かに。

いつも通りだな。

認めたくないしマジ悔しいが……その通りだ。

ピリリッ。

魔法少女のくそめんど機能がひとつ、魔力探知がビンビンアンテナ張る感覚が全身に走る。


「はあぁ……」


パズからの通信も脳内に来てる、バリバリ届いてる。

かまってちゃんの彼女かってくらい、めっちゃ来てる。


「はぁ…………」


男の魔法少女だから通知バグとかそういうご都合なものじゃないらしい。

そういうのあったらとっくにお役御免か。

この反応、間違いない。

どうやら敵が、悪の組織が現れたらしい。

マジ鬱になりそう。


「昨日の今日だろ……」


散々コケにしといた翌日、すぐ現れるかって話だ。

このタイミングで、こんなくっだんねーこと考えてんのに反応来るかー?

テンプレ過ぎだろ。平和ボケしてるとこ呼び出しなんて、一昔前の戦隊物かってんだ。


もっとこう、あるだろ。

ゲームの肝心なとこや、せっかく大事な人と一緒にいられることになったところで現れて、それで悩ませるとか。

やる気あんのかよ、悪の組織の連中。


「先生、トイレー」

「ああ、今は授業中だぞ。もう少し我慢を……」

「行ってきま~す」


テンプレで来たんだ。なら、こっちもそれで行く。

魔法少女出動あるあるのひとつ、トイレイベントカードを発動。


「変身~」


屋上の陰ったところに隠れ、変身アイテム掲げて無事変身。

さっそく反応のあったところへ。


「魔法少女のチート機能最高」


ま、といってもテンプレが何もかも嫌ってわけじゃない。

例えばこの浮遊能力もその一つだ。

魔法少女は当然飛べる。

交通機関頼りか徒歩じゃなくて飛べて移動できるんだ。

マップアプリなんか開かなくていい。これだけは、テンプレに感謝だな。


「おやおやー? どちらへお向かいで?」

「お出ましか」


魔力の反応があった場所に飛んでいってると向こうからのこのこやって来てくれた。

しかも勢ぞろいで。

こりゃあありがたいわ。

よくあるテンプレの一つ。向かってる最中、敵の方から出現がきた。

手間がひとつ省けたぜ。


「アナタ一人で私たちが倒せるとでも?」

「へっ、この前吠え面かかせてやってたこと、もう忘れたの」

「そんな日もありましたね。ですが——本当にいいんですか?」

「せめて時間稼ぎくらいにはなる。でしょ!」

「そうかっかとしなくても……」


奇襲のつもりの魔法はいとも簡単に躱される。


「チッ、完璧だったのに」

「目先の物に囚われすぎはよくありませんよ」

「何が言いたいの」

「どうしてそうカリカリなんでしょうね」

「足元、しっかり見てみてください」

「足元……?」


急に足元見ろって……はっ、まさか!?

オレたちは今、空の上で戦ってる。

親切なふりして油断させて、その上でお手本のように攻撃する三段か。

しかしどっちも動く気配は全くなし、ナッシング。

足元なんか見ても地上しかないのに、なんでわざわざそんなこと——……。


「……エッ」


要領を得ない物言いに渋々下の方へ視線を向けて、絶句する。

市民たちだ。

下から上の、オレたちの戦いをばっちり眺めている。


「そんな、ボク、嘘……」


魔法少女の第一に守るべくは市民たちの安全。すなわち真っ先にやるべく魔法少女の仕事は何か。

当然それは市民たちの避難だ。

悪の組織はとにかく危険な存在だ。市民の安全が確保されてこそ、そういう悪とも気兼ねなく渡り合える。


しかしオレは今、こいつらの言う通り目先の物に囚われすぎて避難させていない。

魔法少女としてあるまじき失態だ。

敵の魔法が防ぎ切れなくて市民たちに被弾なんかしたらただじゃ済まない。

ヤバい。マジで、本当にヤバイ。


「とか言って目先のことおろそかにしてたら」

「こうなるからね~」

「っ!?」


両腕が悪の組織二人にがしっと掴まれる。

ちっ、こいつらの言う通り油断しすぎたか。


「離しやがれっ……!」


足元に気を取られてる隙に後方に回ったか。


「オーシ様」

「まだですよ……っと、ちょうどいいところに」


攻めてくる気配は感じられない。

卑しい笑み浮かべやがって、気色悪いことしている。

何か企んでるのか?


「スピアちゃんー!」

「無事?」


明るい声と気だるげだけど優しさの感じられる声が鼓膜に触れ、身体の芯がカーっと熱くなっていく。

ピンチの仲間に助けにくる魔法少女。

いくら中身が明かせなくても、こういう展開には心震わせられるんだ。


「市民たちは私たちで避難させたから」

「スピアちゃんのこと今すぐ返して、そしたら魔法一発で許すから」

「私たちの仲間返して」


助けに来ただけじゃなく、オレの懸念の元までちゃんと払拭して駆けつけてくれたのか。

本当、これだから魔法少女は最高だぜ。


「あらやだ怖~い。まあいいでしょう」


いいのかよ。

てっきりボロ雑巾になるまでぼこぼこにされて、ポイ捨てよろしく捨てられると思ったが。

そういうひどい目に遭わせる気はどうやらないみたいだ。


「面白い物見せた後で……いくらでもお返しいたします」


ちっ、やっぱりそうか。

物事がそう上手くいってくれるわけない、か。

ぬるいところがあるとはいえ悪の組織ってことか。


「……へ」


オレの魔法少女服装———————真っ白な純白のミニスカドレスから覗く腹に敵、悪の総帥の手があてがわれる。

次の瞬間。


「んっあぁぁぁああぁああああ!!!」


気がつくと魔法少女いや、人が出しちゃいけない声が喉から勝手に出ていた。


「うああああっんっああああ!!」

「スピアちゃん!」

「おっと、オーシ様に手を出したらうっかり死んじゃうかもしれませんよ」

「くっ……!」


なんだ。これ、何が起きてんだ——。

一体、何が起きてるんだ————!?


「ぅあああああッ!? んああああ!」


わけわかんない。

痛い。ただただものすっごく、痛い。

それになんか、身体が物凄く、熱い……。

痛い。気が狂うって表現が形態化したような痛みが、身体中どこからでも感じる。

腹から焼かれるような感覚がどんどん全身に広がっていく。

瞬間、カチンと何か割れるような音が頭の中に響く。


「スピアちゃん! だいじょ………」

「……」

「はぁ、はあ、ふうっ……」


終わっ、たのか……?

息してるだけで精いっぱいだ。つか、ちゃんと息出来てんのか、オレ。

呼吸に合わせて身体の内側の血栓が焼かれるような痛みが、徐々に引いていく。


「お見事です。とても綺麗ですよ」

「はぁ、はぁ、キモいこと……はぁ、言わないで」


いきなり綺麗なんて何ほざいてんだ。

男の痛み狂う姿のどこが綺麗だってんだ、この悪の変態。

ついに頭湧いたのか? ま、冷静に考えれば元から湧いてなきゃ悪の組織なんかやってないか。


「ぼ、ボクは大丈夫だから」


痛みで気が気じゃない。しかし、二人の声はなんとなく聞こえてた。

二人の心配させないため、声を振り絞りそれだけ伝える。

が、二人のアクションが返ってこない。


おかしい。

チラッと見えた申し訳なさそうな顔が今は困惑に染まっている。

困惑というよりこれは……。

絶望に近いのだろうか。


よくわからんが、二人から生気が、覇気が消えてる気がする。

はっ、まさか——。

変身、強制解除されたとか——!?


「これが今のアナタです」


悪の総帥が顎をしゃくると傍に控えていた組織員がパチンと指を鳴らし、目の前にでっかい鏡が現れる。


「……——!?」


へとへとのまま鏡に睨みつける。

すると、鏡が信じられない光景を映していた。


「なんじゃこりゃ—————————————!?」


鏡に映るのは見たことない少女の姿。

黒髪な長髪と真っ白な瞳にまるで深淵を思わせる真っ暗なミニドレス。


「うふふっ……とっても、とぉっても、綺麗ですよ☆」


どういうことだ。

こ、これはオレの姿、なのか…………?

おかしい。絶対おかしい。

オレの魔法少女コスチュームは真っ白なんだぞ。

髪もそうだ。腰までくる長髪じゃなくて肩までしか届かない短髪だったはずだ。

いったい、何が起きてるんだ……?


「とっても可愛いです。闇堕ちおめでとうございます、スピア」

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