ああ!昭和はとおくなりにけり!!第14巻

@dontaku

第14巻 それぞれの道を歩き始めた3姉妹です

ああ、遠くなる昭和の思い出たち


淡い恋心・・・信子そして美穂と里穂と歌穂



歌穂にとって久しぶりの休日となった翌、日曜日。

早起きをして皆の朝ご飯を作る。毎日お世話をしているぬか床を混ぜ、キュウリ、ナス、ニンジンを取り出し新たな新鮮な野菜を漬けていく歌穂。長ネギのお味噌汁を作り2人の姉の起床を待つ。

今日は美穂が結婚式場の仕事、里穂はサッカースタジアムでのオープニングセレモニーといった日常化しつつある仕事が控えていた。美穂と伊藤さんのためにお弁当作りを始める。玉子焼きを作りウインナーを焼く。少しズルをして冷凍のグラタン、ハンバーグを過熱させて一旦冷ます。

そうこうしているうちに里穂が降りてきた。

「歌穂、おはよう!」少しけだるそうに歌穂に声を掛ける里穂。そんな里穂に返事をしながらそっと乳酸飲料を食卓に並べる歌穂。

「おはよう、歌穂。」里穂と入れ替わるように美穂が起きてきた。「おはよう美穂お姉ちゃん!」

「9時になると若菜さんと伊藤さんが出勤してくる。その2人の分も朝食が食卓に並んでいる。

後は干物を焼くだけだ。

「美穂お姉ちゃん!おはよう!」「里穂、おはよう!」里穂と入れ替わりに美穂が洗面所へ向かう。

「歌穂ありがとうねえ。」歌穂にお礼を言って乳酸飲料をㇰッと飲み干す里穂。それを見て笑う歌穂。

「やだ!里穂お姉ちゃん!おじさんみたい!」

「ああーっ!蘇る!蘇るねえーっ!」とおどけて歌穂をさらに笑わせる里穂。

「ちょっと!何2人で盛り上がってるのよ!」美穂が笑いながら席に着く。ご飯とお味噌汁を2人によそう歌穂。アジの干物も丁度焼けた。

「生卵いる人おーっ?」「はーい!」と2人の姉が同時に手を挙げると更に3人で大爆笑だ。

歌穂が次の干物を焼き始めるとインターホンが鳴る。

駅で伊藤さんを乗せてきた若菜さんだ。

「おはようございます!」とお互いに挨拶を交わす。

手を洗って食卓の席に着く2人。良いタイミングでアジの干物が焼き上がる。至れり尽くせりの朝食を皆で美味しく頂く。少し遅れて歌穂も席に着く。

「うん。我ながら良く出来たわ!」一人で喜ぶ歌穂の可愛いさに思わず見とれてしまう4人だった。

「ごちそうさまでした!」5人で両手を合わせてご挨拶。忙しい合間だが敢えてお茶を頂き気分を落ち着かせる。

「里穂お姉ちゃん。今日はお弁当はいらなかったよね。」歌穂が出かける準備を始めた里穂に声を掛ける。

「うん。そう。今日はお弁当が出るから。」

そう言いながら里穂と若菜さんが出て行く。残った3人が玄関でお見送り、何時もの光景だ。

「歌穂ちゃん、16時に迎えに来ますね。」伊藤さんと時間を打ち合わせる。美穂も今日はお昼から披露宴が2回続いて入っている。それが終わると来週の披露宴の打ち合わせだ。歌穂の初めての披露宴デビューだ。その為に司会者さんを始めスタッフさんたちとご挨拶し当日の式次第に合わせての楽曲の確認を行うのだ。そして皆さんの前で実際に演奏してみるという念の入れようだ。まだ7歳の歌穂に少しでも慣れて貰おうという式場側の計らいだった。

玄関で美穂と伊藤さんを見送る歌穂。それが済むと食器洗いと洗濯、風呂掃除をてきぱきとこなしていく。

食器洗いは食洗機、洗濯は乾燥機で乾かすのでさほど重労働ではない。2台が活躍してくれている間にお風呂掃除を済ませる。

家事が一段落すると自分のヴァイオリンの練習だ。

ピアノルームでヴァイオリンを弾き続ける。演奏出来る曲のレパートリーをどんどん増やしている歌穂。2,3回弾けば自分のものに出来る歌穂だ。しかも忘れることはない。美穂と全く一緒だ。習得した演奏技術も難なくこなし、正しく“プロ”としての風格さえ備わってきた歌穂だった。

一通りヴァイオリンの練習が終わると一旦洗濯物をたたんで各部屋のタンスにしまう。そしてまたピアノルームへ戻り今度はピアノの練習を始める。美穂のスタンダードピアノを使い小曲を中心に弾き続けていく。さすがにヴァイオリンの様に上手くは進まないがやはり直ぐに曲を覚え、併せて指使いも習得していく。

先生に頼らず、自分で練習方法を見つけるのは美穂と同じだった。

お昼になると自分で食事を作る。栄養バランスを考えると歌穂には野菜ジュースは欠かせない。バナナ、小松菜、カイワレ、トマト、レモン、リンゴをジューサーで搾ると歌穂オリジナルの野菜ジュースの完成だ。

これとハムチーズトースト、ホットチョコミルクが揃えば完璧なお昼ご飯となる。

響子さんのビデオをつけて演奏のイメージを取り込む。プロとしての表現力を身に着けたいと思う歌穂の勉強法の一つでもある。

お昼ご飯を食べながらも常に頭にはヴァイオリンのことがあった。閃いたり、気が付いたことはこまめにメモをする。これが“エチュード”の開発の役にも立ち、自分の演奏にも大いに反映されるのだった。

お昼ご飯が終わると食器類の後片付けを行ない、再度ピアノルームにてヴァイオリンの練習を行う。響子さんのビデオで気になった個所を自分でも試し弾きしてみる。何度も何度も同じ個所を納得のいくまで練習する。こうしている間にあっという間に伊藤さんが迎えに来てくれる16時が迫ってくる。取り敢えず“エチュード”をお気に入りのヴァイオリンケースにしまって出かける準備をする。

リビングで待っているとインターホンが鳴る。画面には伊藤さんが映っている。

何時もの様にワゴン車で結婚式場へ向かう。

事務室に顔を出して皆さんにご挨拶をする。すると事務長のお姉さんが式場内を案内してくださるとのことだ。正面入り口に行くと大きなホールがあり深紅の絨毯に目を奪われた。ホールの両側には半円状に2階へ続く階段がありホールの天井は真っ白なドーム型になっていた。思わず出るため息。

さらに外へ出るとこれまた純白のチャペルが緑の木立の中に立っている。それはまるでおとぎ話に出てくる風景そのものだった。あいにく中では式が行われていたため外観だけの見学となった。

式場の1階に戻り、奥のペースへと進んでいくと衣裳部屋、支度室があり、これから式を挙げる人、式の予約で訪れた人で賑わっていた。一旦入口へ戻り反対方向へ進むと打ち合わせコーナーが並びその奥はレストランと喫茶室となっていた。打ち合わせコーナーには美穂と並んで写る自分のポスターがそれぞれのコーナーに貼られており少し恥ずかしい歌穂だった。

「2人の予約が好調なのよ!」事務長のお姉さんが歩きながら嬉しそうに歌穂に声を掛けてくれる。「あ、はい。」少し恥ずかしいが何だか嬉しくなる歌穂。真っ白なヴァイオリンケースを背負ったまま歩く歌穂に周りの皆さんからの視線が集中する。

喫茶室へ入ると直ぐにウエイトレスさんが迎えてくれた。「あっ!歌穂ちゃん?」思わず声をあげてしまうウエイトレスのお姉さん。「あっ、はい。」と返事をして軽く会釈をする里穂に「かわいいーっ!」と仕事を忘れて声を出してしまうウエイトレスさん。「あっ!ごめんなさい!失礼しました!」と平静を装うが足取りはルンルンだった。

窓際の席に案内される。窓の外は大きな庭園になっておりその奥には雑木林が広がっていた。思わず高原町を思い出す歌穂。そんな歌穂を見つめながら「本当に可愛い娘さんだわ!」と独り言を呟く事務長のお姉さん。

そんな事務長のお姉さんがおやつを勧めてくれた。

「18時から打ち合わせでしょ?少しおやつを頂いて臨みましょうね。」そう言いながらメニューを渡してくれる。「ありがとうございます。」と言って受け取ったメニューには美味しそうなパフェの写真が幾つも並んでいる。

『うわあーっ!どうしよう!』目をきょろきょろさせてメニューを見ている間にウエイトレスさんがお冷を持って来てくれた。少し手が震えている。先ほどのお姉さんとは違う人だ。どうやら歌穂のことがウエイトレスさんたちに知れ渡っているようだ。

「私、バナナチョコサンデーにします。」歌穂がそう言うと手を挙げてウエイトレスさんを呼ぶ事務長のお姉さん。「バナナチョコサンデーを1つ、あっ、バナナ大盛りで。私はホット珈琲をお願いね。」

『バナナ大盛りって何で知っているのかな?』不思議に思う歌穂。

しばらくすると崩れ落ちる程のバナナが乗ったバナナチョコサンデーが歌穂の前に登場した。

「わあーっ!」目を輝かせる歌穂。それを見て微笑む事務長のお姉さんとウエイトレスさん。

「どうぞ召し上がれ。」事務長のお姉さんにそう勧められて「はい!いただきます!」と両手を合わせて元気に返事をする歌穂。バナナをほおばりとても幸せそうな顔で食べ進めていく。遠くからウエイトレスさんたちがそんな歌穂の様子を窺っている。他のお客さんたちもそれを見て視線を歌穂に移す。「あっ!」皆さんが歌穂の存在に気付く。「歌穂ちゃん?」「ポスターの子だ!」「エチュードの子だ!」という会話が交わされていた。

「ごちそうさまでした!」そう言って両手を合わせる歌穂にマナーの良さを感じる事務長のお姉さん。

席を立って店の外へ向かう。ウエイトレスさんたちに「ごちそうさまでした。美味しかったです。」と声を掛ける歌穂。ウエイトレスさんたちは嬉しそうに「ありがとうございましたあ!」と声を揃えて返事をくれた。

喫茶室のすぐ脇の従業員専用通路を通り、2階への階段を上るとそこは控室が並んでいる。それぞれに使用者の名札が張ってあり、その中に『美穂』の名札があった。ノックして中へ入ると伊藤さんが待っていてくれた。事務長のお姉さんに2人でお礼を言うと「いえいえ。それでは打ち合わせ頑張ってくださいね。」と言って軽く手を振ってくださった。

「歌穂ちゃん!何食べたの?口の周りにチョコが付いているよ!」そう言って笑う伊藤さん。「ええーっ!やだあっ!」それにつられて自分も笑ってしまう歌穂だった。

美穂の担当する披露宴が終わると美穂が控室へ戻って来た。「お疲れさま、美穂お姉ちゃん。」そう言って美穂の元へ駆け寄る歌穂。そんな歌穂を、両手を広げて受け入れる美穂。それを見て微笑むサブマネージャーさんと伊藤さん。「本当に仲の良い姉妹だわ。喧嘩することは無いのかしら?」「私が見ている限りではありませんね。」

「美穂お姉ちゃん、さっき事務長さんにおやつをご馳走になったんだけど・・・。」美穂が「・・・だけど?」と聞き返す。「私がバナナが大好きってことを知っていらしたみたいなの。もしかして美穂お姉ちゃん!」と美穂に疑問を投げかける歌穂。「さあ?何のことかしらねえ。」ととぼけてそっぽを向く美穂。「ああーっ!やっぱり!」そう言って2人で大はしゃぎの様子を見てつられて笑ってしまう大人2人。

持ってきたヴァイオリンケースを背負って隣の披露宴会場へ移動する。披露宴が終わった会場はスタッフの皆さんが後片付けに余念がない。

テーブルの一角に司会者の男女お2人が座って待っていらっした。美穂が歌穂を紹介すると立ち上がってご丁寧にご挨拶を返してくださった。

サブマネージャーさんと5人で打ち合わせを始める。

式次第を見ながら進行に合わせて細かく打ち合わせていく。新郎新婦が希望される曲目と照らし合わせながら演奏時間を想定していく。

お客様をお迎えする時は「愛の挨拶」を、新郎新婦のお色直しの退席時は「愛の喜び」をそれぞれ演奏し、お色直しの再入場時及びキャンドルサービス時にはベートーベンの「ロマンス第2番ヘ長調」を、花束贈呈時にはシューベルトの「アベ・マリア」を、最後の招待客のお見送りにはチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲第1楽章」をそれぞれ演奏することとなっていた。実際にその曲を順に弾いて行き、新郎新婦のイマージ通りの披露宴を再現してみるのだ。

美穂のピアノと歌穂のヴァイオリンが最初の曲「愛の挨拶」を奏で始める。司会者のお2人はあまりの見事な演奏にたいそう驚かれ、お互いに顔を見合わせていた。

噂では聞いてはいたもののとても小学生の演奏とは思えなかったからだ。それはサブマネージャーさんも同様だった。ヴァイオリンが加わることで演奏が厚みを持ち、より新郎新婦のおもてなしの心が出席者の皆さんに伝わると確信が持てた。また、スタッフの皆さんも我が任務を忘れるほど聴き入ってくださっていた。居合わせた全員が思った『式場始まって以来のとんでもない披露宴になる!』と。特に最後に披露したチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲第1楽章」に於いては「誰も帰らないのではないか?」という疑問さえスタッフから飛び出す始末だった。

「ごめんなさい!もう少しBGMっぽく演奏します。」美穂と歌穂はそう言って顔を見合わせて微笑んだ。

打ち合わせの最中に伊藤さんの携帯が鳴った。若菜さんからだ。どうやら近くまで戻って来たらしい。こちらへ立ち寄り合流することになった。

やがて式場内は大騒ぎとなった。里穂と若菜さんが事務室へ挨拶に訪れたからだ。あのヘディングシュート以来、里穂は超有名人になっていたからだ。事務所付近にいた方たちから黄色い声援を頂きお礼を言いながら従業員通路を通り美穂の控室へ。伊藤さんと合流し、モニターで打ち合わせの様子を見学する。小さい音ながら美穂のピアノと歌穂のヴァイオリンの音が聴こえてくる。いつの間にか曲のレパートリーを増やしている歌穂に驚く里穂。弾きっぷりもプロそのもので、聴いていると美穂のピアノとの調和も良好のようだ。そして時折スタッフの皆さんの笑い声が聞こえる。

「これなら心配ないわ。」里穂の言葉に若菜さんと伊藤さんも大きく頷いた。


長かったGWも終わり何時もの生活が戻って来た。

水曜日、帰る途中で駅前の音楽スクールに顔を出したいという歌穂。4人で行くと大騒ぎになると言って歌穂だけをそっとスクールに行かせることになった。が、歌穂は直ぐに車に戻って来た。

「受講証がないと中に入れないって。」少し寂しそうな歌穂を皆で慰める。

「土曜日に保育園に行くからそこで加奈ちゃんに会えるわよ。」


そうして迎える土曜日。今回も美穂と歌穂のコンビでの公演だ。

体育館に行くと一人の女性が駆け寄ってきてくださった。加奈ちゃんのお母さんだ。加奈ちゃんは毎日歌穂のCDを聴きながら練習をしているとのこと。お母さんは非常に嬉しそうにそう話してくださった。

今回も歌穂がピアノを弾き、美穂が園児の皆さんを出迎える。元気よく入場してくる園児の中に加奈ちゃんの姿があった。美穂と視線が合うと嬉しそうな表情を見せてくれる加奈ちゃん。定位置に着くと今度はピアノを弾く歌穂に視線を投げかけてくれた。歌穂も加奈ちゃんに視線を送り微笑む。加奈ちゃんは「わあーっ!」と驚いたように頬を緩めて嬉しそうだ。

公演中は大きな声で園児の皆と一緒に童謡を歌い楽しく過ごしてくれた。

今日は、公演が終わった後に保護者の皆さん方からピアノに関する質問が上がった。ピアノを習っている方からの相談が多く、すぐに飽きてしまうといった内容が多く挙げられた。それに対して美穂が答えていく。

「小さな手で弾くことは結構疲れるものです。音楽を聴くことも練習の一つとなります。また、幼児向けのテレビ番組で歌われている曲もチャレンジして弾いてみると結構楽しいかもしれませんね。妹の歌穂は物心ついた頃から童謡を口ずさんでいました。だから楽しく曲を弾いて皆さんにお届けできていると思っています。」といった具合に小学6年生らしからぬ返答を見せる美穂に保護者の皆さんからは納得した声が聞こえるのだった。

そうしている間に園児の皆さんが帰る時間となった。

保護者の皆さんにご挨拶をして後片付けをしていると加奈ちゃんとお母さんがやって来た。加奈ちゃんがヴァイオリンの演奏を聴いて欲しいのと、色々とお話もしたいとのことだった。しかし、美穂の仕事が午後一番に控えているため保育園に長居をすることは出来なかった。

「家に来ていただいたら?」美穂が助け船を出してくれた。「良いの?」歌穂が嬉しそうに答える。改めてお誘いをしてみると加奈ちゃん親子は遠慮しながらもOKしてくださった。一緒にワゴン車に乗って家へ向かう。広いワゴン車での移動がとても楽しそうな加奈ちゃん。まだ若いお母さんとも話が合い、皆でお喋りをしながらあっという間に家へ着いた。

少し遠慮気味な加奈ちゃん親子をリビングにお通しする。「お腹空いたでしょう?今からお昼の準備をしますね。加奈ちゃんは何が好きなのかな?」エプロンを身に着けながら、美穂が尋ねると「私、チーズトーストが好き!」と元気な声が返ってきた。

「じゃあ、お昼はそれにしましょう。」美穂はそう言ってお昼の準備を始めた。

「私、お手伝いします。」そう言って立ち上がろうとする母親をやんわりと制止する美穂。「お気遣いは無用ですよ。お客様にお手伝いをして頂くわけにはいきませんから。」と笑う美穂。歌穂と伊藤さんにお話のお相手をしてもらっている間にてきぱきとお昼を作っていく美穂。人数分のチーズトーストをオーブンで一気に焼く。その間にキャベツとニンジンを千切りにして小ぶりのサラダボウルによそってミニサラダを作る。上にミニトマトを数個乗せて完成だ。スープはカップスープだ。「加奈ちゃんは何を飲みたいですか?」美穂に聞かれて「ミルクをお願いします。」としっかりとした口調で答える加奈ちゃんに皆が微笑む。物怖じしないはきはきとした子のようだ。

5人揃ってのお昼ご飯となった。大好物だというチーズトーストをほおばる加奈ちゃん。「おいしい!」といってどんどん食べ進めていく。それを見ているだけで嬉しくなる美穂だった。

お昼が終わると美穂と伊藤さんは慌ただしく結婚式場へ向かう。2人を見送ると歌穂は加奈ちゃん親子をピアノルームへ誘った。

初めてのピアノルームに驚く加奈ちゃん親子。

立派なスタジオに立派なピアノが鎮座している。

「これはママのピアノです。そしてこちらは私たちが主に使っているピアノです。」と説明をする歌穂。それに熱心に聞き入る加奈ちゃん親子。大きな楽器収納棚に目を奪われる。そこから自分の“エチュード”を取り出す歌穂。

「加奈ちゃん、聴かせて。」そう言って“エチュード”を加奈ちゃんに渡す歌穂。

「うん。」にっこり笑って“エチュード”を受け取る加奈ちゃん。

「おっ!」加奈ちゃんの構えが様になっている。

おもむろに「きらきら星」を弾き始める。

『前より確実に上手くなっているわ!』歌穂はそう確信できた。音もさほど耳障りではなくなっている。

ヴァイオリンを弾く姿勢も問題は無い。弓も綺麗に弦に当たっている。音が濁る原因をはっきりさせたい。だから、もう一度弾いて貰う。じっと加奈ちゃんの弓使いを観察する歌穂。どうやら体を揺らし過ぎているようだ。リズムを撮るのは良いのだが大きく身体を動かすとまだ小さな身体は姿勢を壊し弓がきちんと弦に当たらなくなってしまう。それを自分で弾いて見せる。身体をこう動かして戻す勢いで弓を当てることを教えていく。何のために身体を動かすのかを知ってもらうのだ。数回弾いている間に見違えるように音が濁らなくなった。歌穂は楽器ケースから練習用のヴァイオリンを取り出し自分も構える。

「加奈ちゃん!一緒に弾こう!」そう言って2人で「きらきら星」を演奏する。加奈ちゃんはとても嬉しそうだ。2人の演奏にじっと聴き入るお母さん。娘の上達ぶりに改めて驚かされる。音楽スクールではあまり上手には弾けていなかった加奈ちゃんが歌穂と一緒に楽しく弾いているというこの現実に嬉しさが込み上げてくる。まるで魔法にかかった様にプロと演奏をした娘に大きな拍手を送ってくれた。嬉しそうに笑う加奈ちゃんに歌穂も拍手を送る。

インターホンが鳴りランプが点灯する。伊藤さんが誰かを連れて帰ってきた。玄関で出迎える歌穂。

「こんにちは。歌穂ちゃん?初めまして、優香と言います。」そう言って現れたのは優香さん、久しぶりの来宅だった。歌穂とは初めての対面となる。

「こちらこそ、初めまして。姉たちがいつもお世話になっております。」そう言いながらご挨拶を返す歌穂。

「歌穂ちゃん、優香さんは良いお話を持ってきてくださったんだよ。」伊藤さんがそう言って優香さんをリビングにお通しする。

「あのう、お客様でしたら私たちはこの辺で。」加奈ちゃん親子はピアノルームから出て来てお暇しようとしていた。

「あっ!ちょっと待ってください!一緒に話を聞いてください!」親子を引き留める優香さん。

少し困惑しながらもソファーに腰を下ろす加奈ちゃん親子。

名刺を渡しながら優香さんが自己紹介する。名刺の肩書には『音楽教育部スクール統括部長』と書かれている。それを見た歌穂と加奈ちゃん親子はびっくりだった。今通っている音楽スクールの最高責任者だからだ。

スクール生だと名乗ると優香さんは嬉しそうに頭を下げた。そして話し出した。

「急にごめんなさい。信子先輩に電話したら歌穂ちゃんは午後4時までは家にいるって言われて、それで飛んで来たんです。歌穂ちゃんの話は早紀さんと千里さんから聞いています。“エチュード”のCMではお世話になっておりありがとうございます。今日のお話は音楽教室のヴァイオリン部門の強化を図りたく新たなCM作りにご協力を頂きたいと思っているの。歌穂ちゃん、どうでしょうか?」

「お誘いを頂きありがとうございます。一つ不安事項があります。」歌穂が優香さんに言った。

「不安事項とは?」優香さんが首を傾げながら歌穂に問い返した。これに驚いたのは加奈ちゃんの母親だった。とても7歳の小学生の会話だとは思えないからだ。

「はい。ヴァイオリンを教える側の先生の頭数は確保出来るのでしょうか?実際に高原町では水曜日にママと優太ママが先生として通っています。真近で見ているので他のスクールではどうなのかと・・・。」少し言葉を押し殺して話す歌穂。

「なるほど。なるほど。実は地方ではヴァイオリンを教えられる方が少ないのが事実です。ただ、ほかの地方都市では近所の大学生の確保が出来ています。しかし、残念ながら高原町の近辺にはこれといった大学が無く、桜先生の様に近隣の地方都市から無理を言って出向いていただいているのが実情です。」優香さんはそう説明をしてくれた。

「仮に、ヴァイオリンの受講生が増えた場合の高原町の先生の確保はより難しくなるのではないのでしょうか。」歌穂の核心をついた質問にたじろぐ優香さん。

『もう!やだ!歌穂ちゃんたら重役さんたちと同じことを・・・えっ?歌穂ちゃんって7歳だよね?』

「私としてはCMをお受けしたいと思っていますが、先生の確保の方が先の様に思います。」歌穂はそう言って優香さんの目を見つめた。

『うわっ!美穂ちゃんと同じ目をしている!』優香さんはそう感じた。

「わかりました。ご提案頂いた事項を解決して再度伺います。」そう言って立ち上がる優香さんに歌穂は続ける。

「生意気なことを言ってごめんなさい。でも、後々優香さんが困るだろうと思って、つい。」そう言って謝る歌穂。

「ううん。歌穂ちゃんは真っ当な意見を言ってくれたわ。実は同じことを会社のお偉いさんたちにも言われたの。私、歌穂ちゃんのお陰で自分がやるべきことがやっとわかったわ。ありがとう。」優香さんはそう微笑んで歌穂を抱きしめてくれた。

「あなた達って本当に最高ね!」そう言って涙ぐんだ。

そして何度もお礼を言いながら優香さんは帰って行った。

パチパチパチパチ!伊藤さんと加奈ちゃんのお母さんから拍手が起こった。

「立派なご意見でしたよ、歌穂ちゃん。」そう言って褒めてくださるお2人だった。

そうこうしているともう15時を少し回っていた。

「あっ!たいへん!もう行かなくっちゃあ!」

慌てる歌穂と伊藤さん。急遽、退散することとなった加奈ちゃん親子を送って行くことに。住所を聞くと何と!優太君と健君の住むマンションではないか。

何という偶然。知り合いが2人住んでいますという話をしながら何時もの様にマンションの中庭の駐車場へ。そこで手を振って加奈ちゃん親子と別れて結婚式場へ急いだ。

結婚式場に着き事務室へ挨拶をする。初めての勤務ということもあり皆さんから激励の言葉を掛けて頂いた。美穂の控室には既に美穂が一息を入れながら待っていてくれた。美穂が指差す方を見ると2人が着る衣装がかかっている。フリフリの衿の付いた白いブラウスと黒いタイトスカートに目を奪われる歌穂。

「うわあーっ!お姉さんの服だあっ!」と大喜びだ。

さっそく2人で更衣室へ入り着てみる。更衣室の中でお互いに服装チェックを行う間も笑い声が絶えない。

そして2人揃って伊藤さんの前にお出ましだ。

「おおーっ!2人とも良くお似合いですよ!」つい声のトーンが大きくなってしまう伊藤さん。満面の笑みを浮かべて2人の大人びた服装を褒めてくれる。歌穂はターンを切ってとても嬉しそうだ。お互いにリップクリームを塗って最後の仕上げに取り掛かる。

ドアをノックする音がした。

「失礼します。」そう言って入って来られたのはサブマネージャーさんだ。

「あらあーっ!素敵!」そう言って2人に歩み寄り頭の先からつま先まで目でチェックする。

「ちょっと!2人とも!靴はどうしたのよ!」そう言って笑うサブマネージャーさん。

「ああーっ!いけない!忘れてたわあーっ!」慌てて更衣室へ駆け込む姉妹。中できゃっきゃっと笑っている。黒いローヒールの靴に履き替えてやっと服装チェックが終わった。

「うん。服装チェック良し。」笑うのを堪えながらサブマネージャーさんが言うと美穂と歌穂も笑いを堪えながら「ありがとうございました!」と答え、その後は3人で大笑いだ。

ケースから他所行きのヴァイオリンを出す歌穂。

そして会場へと向かう。

会場で司会のお2人とスタッフの皆さんにご挨拶をする。そして最終打ち合わせ。今回は変更もなく予定通りであることを確認し合う。

美穂の斜め前にヴァイオリンを構えて立つ歌穂。

顔は既にプロの顔だ。それに気付き圧倒されるサブマネージャーさん。『さっきまでの顔と全く違うわ!』

「お客様入られまーす!」の声に合わせて演奏が始まる。「愛の挨拶」だ。ヴァイオリンとピアノの演奏に驚く招待客の皆様方。唖然として小学生の2人を見つめている。次から次へ会場に入って来られる来賓客の皆さん方。自分の席に着く前に2人の姿を見て立ち止まってしまう。席に収まってもなお2人の演奏を食い入るように視線を送る。歌穂のヴァイオリンはとても力強く小さな身体からどうしてそんな音が出せるのかが不思議で仕方ないようだ。美穂のピアノもしっかりと歌穂のメロディーとマッチングしまるでリサイタルの趣だった。招待客の皆さんの着席が終わると歌穂は演奏を止め、美穂のピアノが余韻を持たせて静まる。いよいよ披露宴のスタートだ。

司会者の2人から演奏者として紹介される美穂と歌穂。「おおーっ!」という声とともに大きな拍手が巻き起こった。「ちなみに、歌穂ちゃんはプロのヴァイオリニストでいらっしゃいます。」とのアナウンスに会場内は騒然となった。「信じられない!」という声が飛び交う。そんな中、軽くお辞儀をして挨拶をする小学生コンビ。

ピアノをメインとした「結婚行進曲」で披露宴は、悪を開けた。

丁度その頃、公演の合間に信子は優香さんと電話をしていた。その内容は優香さんからのお礼であった。歌穂にズバリと役員さんたちと同じことを言われてしまったことを報告してくれた。

「うふふ。やっぱりそうかあ。うちの子たちパパの雑誌を読んで3人で経営と経済のお勉強をしているのよ。だから足元から固めろってことを言いたかったのね。確かに講師が居ないのに生徒さんばかり集めても回っていかないわね。」そう言う信子の言葉に頷きながら話す優香さん。「私、講師の確保に尽力します。生徒募集はそれからですね。週明けにでも人事部に出向いて派遣会社さんなどを紹介して貰います。」電話口には何時もの元気な優香さんが居た。

「そうね。それが良いわね。」信子の声も明るかった。

結婚式場では新郎新婦のお色直しとなり2人の演奏する「愛の喜び」が流れていた。新郎新婦が向かう扉の先には大勢の見物客が詰めかけていた。新郎新婦だけでなく、ピアノとヴァイオリンの演奏に惹かれて集まって来た人も多く見られた。そんな皆さんから祝福を受ける新郎新婦はとても幸せそうに見えた。

雑談の合間に流れてくる「ロマンス」は会場の皆さんだけでなく会場の外に詰め掛けた人々までも魅了していた。

「誰が弾いているんだい?」そう言う問い合わせが事務室や通りかかったスタッフに寄せられていた。そして小学生の美穂と歌穂が弾いていることが分かると大騒ぎとなった。それを鎮めるのに事務職の皆さんまで出動することになっていた。それでもどこからか人が集まってくる。式場側としては嬉しい悲鳴だった。

こうして初めてのヴァイオリンとピアノの演奏は大成功となった。

お見送りの演奏が終わるとご両家のご両親から御心付けをいただいた。歌穂はそれもだが、何よりも、皆さんに聴いていただけたことがとても嬉しかった。

そんな宴を終えた2人の控室にマネージャーさんとサブマネージャーさんがやって来た。

「今日はありがとう。初日だったけど評判が良すぎて皆嬉しい悲鳴を上げているよ。問い合わせもガンガン来ているんだ。本当に素晴らしい演奏をありがとう!」

そう言うマネージャーさんに続いてサブマネージャーさんから新たなる依頼が。

「毎月第3土曜日にウエディングの内覧会があるんだけれど、その中の披露宴体験コーナーで演奏して貰えないかしら?お母さま、いや、信子社長には改めてご依頼の連絡は入れるけど。」にこにこ顔のお2人はそう言って伊藤さんにも会社に連絡を入れますと言って帰って行かれた。

「お2人ともすごい!すごいよ!ここの内覧会ってモデルさんが新郎新婦の役で出演するんだ。モデルさんたちの登竜門って言われているんだよ。それの演奏を任されるなんて!」伊藤さんは珍しく興奮してそう話してくれた。

「嬉しいけど、何処で弾いても一緒だよね、お姉ちゃん。」そう言って美穂に話を振る歌穂。

「うふっ、歌穂はしっかり者だわね。そうね、何処でもベストの演奏をする!それがプロだよね。」美穂は歌穂の顔を見てそう言って笑った。

「そう言えば、美穂お姉ちゃん。中学は何処へ行くの?」兼ねてから気になっていた美穂の進学について初めて尋ねる歌穂。

「そうねえ、音大の附属中学を考えているわ。実は演奏だけでなく作曲にも興味があるの。ママは、演奏は歌穂と私は中高6年間で習うべきことは既に身に付いていると言ってくれているの。里穂の声楽も同様よ。

里穂はピアノだけでなく弦楽器を併せて勉強して欲しいと思っているみたい。だから音大に進むのは里穂と私ってところかしらね。歌穂は他のプロの皆さんから良いところを吸収できるから敢えて音楽の学校に行く必要は無いって太鼓判を押してくれているわよ。」

美穂の言葉に笑顔で頷く歌穂。内容もそうだが、久し振りに姉、美穂と深く会話できたことが嬉しい歌穂だった。

家へ帰ると直ぐに夕食の準備に取り掛かる美穂と歌穂。もうすぐ里穂と若菜さんが帰ってくる。更に、こちら東京での最終公演を終えたオーケストラの3人もやや遅れてだが帰ってくる。時間差があるため今日はカレーだ。冷凍のエビやイカを主体としたシーフードカレーを作る美穂と歌穂。その間に会社に式場の件を連絡する伊藤さん。それが済むと信子の電話にメッセージを入れるのも大切なマネージャーとしての仕事だった。

カレーを煮込んでいる間に教会内での演奏を話し合う美穂と歌穂。エレクトーンだとピアノと指捌きが異なる。

「美穂お姉ちゃん。私がエレクトーンを弾くから心配しないで。」歌穂が美穂を気遣って名乗りを上げた。

「其れは良いけど、歌穂、大丈夫?」心配そうな美穂だったが歌穂が全く無茶なことを言うはずがないと思い切って任せてみることにした。良く考えてみると歌穂の電子ピアノは楽器メーカーさんの最新版で、ピアノだけでなくエレクトーン、オルガン、管楽器、弦楽器など多様な楽器の音を再現できる優れモノだ。

「歌穂はそれで弾いたりしているのね。」そう考えると思わずにっこりとしてしまう美穂だった。


月曜日から普段通りの生活が戻って来る。

久しぶりの優太君との再会に上機嫌の美穂。里穂も学校で健君に会えると言って大はしゃぎだ。それを見てあきれ顔の信子と歌穂。お互いに顔を見合わせてやれやれという表情を見せ合う。

4人の小学生を乗せて信子が運転するワゴン車は小学校へ向かう。子供たちを降ろすと優太ママを迎えにマンションへ。そこのエレベーターホールで親子連れとすれ違う。「おはようございまーす!」「おはよう!」と声を掛け合った。『はきはきした元気のよい可愛い女の子。歌穂もあんな感じだったのかな?』そう思いながら優太ママの元へ向かう。一方の親子も先日載せて頂いた大きなワゴン車が停まっているのを見つける。『ひょっとして、先程の人は美穂ちゃんと歌穂ちゃんのお母さま?』そう思いながら加奈ちゃんを園バスに乗せお見送りをする。そしてお母さんはしばらくエレベーターホールで待つことにした。

やがて2人のママが降りてくる。

「先ほどはどうも。」加奈ちゃんのお母さんは信子と優太ママに話しかけた。

「あら!先ほどの。」信子もそう答える。

「あのう、失礼ですが、美穂ちゃんと歌穂ちゃんのお母さまでいらっしゃいますか?」

「はい、そうですが、あっ!ひょっとして加奈ちゃんのお母さま?」聞き返す信子。

「はい、そうです。娘がお世話になりましてありがとうございます。」

「お話は2人から伺っております。ヴァイオリンを始められたとか。こちらヴァイオリニストの美智子さん。」「初めまして、美智子と申します。私もお話は伺っております。」こうして3人での立ち話が始まった。

「よろしければ水曜日に家へおいでください。何時も車でこのマンションに立ち寄っていますのでお声を掛けさせていただきます。」そう言って名刺を差し出す信子と優太ママ。可愛いお友達が出来た瞬間だった。


水曜日の放課後、ワゴン車は優太君の住むマンションへ向かった。伊藤さんには加奈ちゃん親子の件は信子から伝えられていた。

「皆で行くとビックリさせちゃうかもよ。」里穂がそう言って美穂と歌穂が自宅まで迎えに行くこととなった。お母さんと加奈ちゃんの嬉しそうな声がマンションの敷地内に響いた。そしてにこにこ顔の4人がやって来た。

「初めまして。」里穂と優太君、伊藤さんが車外に出て出迎える。

「まあ!ご丁寧に!初めまして、加奈と母親です。よろしくお願いします。」そう言って親子で挨拶をしてくださった。

「私、こういう者です。」そう言って名刺を渡す伊藤さん。その名刺を見て驚くお母さん。

「えっ!あの芸能プロの?ということは皆さんは・・・。」

驚きながらもワゴン車に乗り込むともう家族のような雰囲気に包まれる。加奈ちゃんもすっかり里穂と優太君に馴染んでくれていた。

家に帰ると皆でリビングへ。

「少し待っていてね。」リンゴジュースとお茶を出しながら美穂がそう言って皆の輪に加わる。一気に宿題を済ませてしまうのだ。ものの5分位で歌穂が宿題を終わらせた。

「お2人ともどうぞこちらへ。」そう言って加奈ちゃん親子をピアノルームへ案内する。ヴァイオリンケースを持った母親と一緒にピアノルームへ入る加奈ちゃん。「スクールのレッスンは何曜日ですか?」歌穂に尋ねられると「金曜日です。」という加奈ちゃんのしっかりした答えが返ってくる。「そうかあ。じゃあ水曜日は毎週家に来れるね。」歌穂が嬉しそうに言うと「うん。」と加奈ちゃんも笑顔を見せた。

「早速弾いてみようね。」そう言って自分の“エチュード”を楽器棚から取り出す歌穂。加奈ちゃんも自分で楽器ケースから“エチュード”を取り出す。

2人揃って音の確認をする。その仕方を詳しく教える歌穂。4本の弦の張り具合を耳と弓の感覚で確かめていく。やり方を覚えてくれればそれで良かった。歌穂は加奈ちゃんの“エチュード”を借りて調律を行なう。

それをじっと見つめる加奈ちゃん。4本の弦に弓を当てていく。「まだ音階の聴き分けが難しいから私がやっています。」そう母親に説明する里穂。

“エチュード”の調律が終わり加奈ちゃんの手に戻す歌穂。「ありがとう!歌穂お姉ちゃん!」そう言われて少し照れる歌穂。「じゃあ一緒に『きらきら星』を弾こうか。」2人で“エチュード”を持ち構える。

しっかりとした加奈ちゃんの立ち姿に「まあ!」と驚くお母さん。「さんはい!」で2人の演奏が始まる。

その時インターホンが鳴った。美穂が対応する。

ピアノルームのインターホンが鳴りランプが点滅する。「あっ!ちょっとごめんなさい。」演奏を中断して美穂と会話をする歌穂。

すぐに美穂がお客様をピアノルームに案内してきた。

それに続いて里穂と優太君もピアノルームへ。

「試作品が出来ましたのでお持ちしました。」2人の男性は楽器メーカー開発部の方だった。

「お客さまでしたら・・・。」と言って退室しようとする加奈ちゃん親子を引き留める美穂。「皆で試作品を聴いてみましょう。」

ケースから取り出された試作品の“エチュードジュニア”はかなり重厚感あふれる筐体だった。思わず優太君の目も光る。専用の弓を持ち、早速音合わせをする歌穂。その音が若々しく感じる。

「ちょっと弾いてみますね。」歌穂はそう言って「おぼろ月夜」を弾き始めた。しっとりとした旋律が流れる。皆頷きながら聴いている。続いては「きらきら星」を弾く。自分も弾いている曲に目を輝かせて聴いている加奈ちゃん。さらにその先の楽譜があるとは知らなかったようで少し驚いていた。開発部のお2人もじっと聴き入っている。

「ちょっとハードに弾いてみますね。」歌穂はそう言うと「ラ・カンパネラ」を弾き始めた。もう歌穂のリサイタルだ。皆にこにこ顔で歌穂のヴァイオリンを楽しんでいる。余りの迫力に身動きすることを忘れてじっと聴き入る加奈ちゃん親子。

「あっ!」優太君がそう言う顔を見せた。歌穂もそんな優太君をしっかり見ていた。

演奏を終えると優太君が手を挙げた。「歌穂ちゃん、カルメンの第3部を弾いてみてくれないかな。高速演奏が聴きたいんだ。」

「うん。そう来ると思ったの、少し引っ掛かるよね。」

歌穂はそう言いながら演奏を始める。先ほどまでとは全く異なる激しい指使いと弓使い。繰り出される重音とオクターブ演奏、ツタッカード演奏。ヴァイオリニストの技のオンパレードだ。完全に圧倒される加奈ちゃん親子。圧巻の内に「カルメン幻想曲第3部」が終了する。

「やだなあ、僕より上手なんじゃあないかい?」苦笑いしながら「弓の滑りだね。もう少し柔らかい方が良いのかな?」と指摘してくれる優太君。

「うん、優太お兄ちゃんの言う通り、弓が固くて跳ね過ぎるから一瞬音が飛んじゃうよね。」歌穂がそう言って笑う。

「ちょっと!2人で何の話をしているの?」里穂がそう言って2人に説明を求めた。美穂も横で頷いている。

「私は何が何だか…。」お母さんはそう言って加奈ちゃんを見つめた。

「あのね、歌穂お姉ちゃん。2つの弦を弾く時に私たちみたいにはスタートが合っていなかったよ。」加奈ちゃんの発言に騒然となるピアノルーム。

「加奈ちゃん、すごーい!私と優太お兄ちゃんはそう言う話をしていたのよ!」飛び上がって喜ぶ歌穂。

そして感心することしきりの優太君。「加奈ちゃん、絶対上手に弾けるようになるよ。お兄さんたち待っているからね。たくさん練習して一緒に弾こうね。」

「うん。」満面の笑みで答える加奈ちゃんだった。

「結局、弓の材質と弦の材質の相性ということですね。しばらくの間お預かりしてもよろしいですか?もう少し弾き熟してみたいので。」そう開発部のお2人に話をするとお2人は「はい、よろしくお願いします。」と言って頭を下げた。歌穂も「絶対外部には持ち出しませんのでご安心ください。」と言って頭を下げた。

とても小学2年生とは思えない対応ぶりに驚く加奈ちゃんママだった。

車が停まる音がした。耳の良い里穂が気付きインターホンを見つめる。直ぐにピンポーン!と音がしてランプが点灯した。「あっ!優香さんだ!」里穂の言葉に反応して美穂が玄関に走る。

「ごめんなさい美穂ちゃん。」そう言いながらピアノルームに入ってきた優香さん。「皆さんお久しぶりです。あっ!君たちは開発部の・・・。」優香さんは同じ楽器メーカーの社員さん2人を見て少し驚いていた。「優香部長、お疲れ様です。今日は“エチュードジュニア”の試作品を持って伺っております。」開発部のお1人がそう話すと「そうだったの。歌穂ちゃんから良い感想を頂けたのかしら?あっ、それもだけど、歌穂ちゃん!先週は良いアドバイスをありがとう!おかげで役員さんたちに企画が通っていよいよ実現に向けて動き出せたのよ!本当にありがとう!」そう言って大きなお菓子の箱を紙袋から取り出した。

驚いてその箱を見つめる歌穂。既に普通の小学2年生に戻っていた。

「生ドーナツなの!後で食べて頂戴ね!」そう言って歌穂に渡してくれた。

「うわあーっ!ありがとう!優香さん!」大喜びの歌穂をにこにこと見つめる美穂と里穂。

「早速皆で頂きましょう!」歌穂の一言でリビングに移動することに。遠慮する優香さんと開発部のお2人も強引にリビングへ連れて行く歌穂。美穂と里穂がお茶とお皿の準備をする。リビングに居た伊藤さんは突然のお客さんたちに登場に慌てて仕事を止めてテーブルの上を片付けてくれた。

皆でワイワイとお喋りをしながら生ドーナツを頂く。

そんな中、歌穂が加奈ちゃん親子を優香さんに紹介する。そして、またそこから話が広がっていく。開発部のお2人はすっかり優太君と意気投合してヴァイオリンの話で大いに盛り上がっている。

楽しい時間はあっという間に過ぎ、17時となった。

そろそろ加奈ちゃん親子が帰る時間だ。そしてその流れで美里さんを駅まで迎えに行かなければならない。

これに合わせて優香さんと開発部のお2人は一旦会社に戻られるという。優香さんに「ごちそうさまでした!」と皆でお礼を言って、親子の付き添いで歌穂がワゴン車に乗って送って行くことになった。美穂と里穂は後片付けと夕飯の準備に取り掛かる。その間に優太君がお風呂を洗ってくれる。見事な連係プレーだ。

やがて美里さんを乗せて歌穂と伊藤さんが戻って来た。暫しの休憩の後、ボイストレーニングが始まる。

こうして水曜日も静かに幕を弾いて行くのだった。


いよいよ第3土曜日がやってきた。

参考までにと教会の結婚式のデモンストレーションに参加させていただく美穂と歌穂。可愛い小学生の姉妹に自ずと参加者の皆さんの視線が集まる。

エレクトーンの讃美歌が流れる中、出席者の皆さんたちが中に入って行く。厳かな雰囲気が流れる中、「結婚行進曲」が流れ新婦が父親に連れられるように入場してくる。それを迎える新郎と神父さん

『うわあーっ!綺麗!』華やかなデザインのウエディングドレスのモデルさんに思わず見とれてしまう美穂と歌穂だった。

夢の様な結婚式が終わり控室へ戻る美穂と歌穂。

「素敵な結婚式だったね。皆さんあの雰囲気のまま披露宴に臨まれるのね。なんだかわくわくしちゃうね。」2人でそう話しながら早めのお昼を頂く。里穂が作ってくれたサンドイッチを伊藤さんと3人で頂く。特に伊藤さんは里穂が作る料理が大のお気に入りで嬉しそうに食べてくださるのだ。それを見ているだけで美穂と歌穂も幸せだった。

今日の披露宴会場は最上階の特別室だ。美穂も歌穂もまだ入ったことが無い、逆に言えば、滅多に使われない2人にとっては本当に“特別室”であった。

サブマネージャーさんが迎えに来てくださった。

歌穂は外行き用のヴァイオリンと弓を持って出かけていく。「2人ともいってらっしゃい!」伊藤さんのお見送りの言葉ににっこりと頷く美穂と歌穂。深紅のドレス姿が愛らしい2人をじっと見送る伊藤さん。

特別室へ入るとそこは別世界だった。まるで宮殿の中にいるような錯覚に陥る。『偉大な音楽家の皆さんもこんな場所で演奏していたのね!』そう考えると余計に嬉しくなる2人だった。

立派なピアノが置かれている。2人でそのピアノに近寄りまじまじと眺める。「美穂お姉ちゃん!うちのピアノと同じ文字が並んでいるよ!」「あっ!本当だ!」そんな姉妹の会話に驚くサブマネージャーさん。

「えっ?このブランドのピアノが家にあるの?」思わず大きな声で2人に尋ねてしまうサブマネージャーさん。

「もうすぐお客様が入場されまーす!」マネージャーさんの声が響く。一斉にクルーの皆さんの緊張が高まる。美穂はピアノの前に座り、歌穂はその斜め前に他所行きのヴァイオリンを構えて立つ。「えっ!」そのヴァイオリンを見て驚くサブマネージャーさん。

美穂の演奏が始まる。『うふっ。音大ホールの子と同じ音だわ。』

里穂のヴァイオリンも追うように演奏を始める。

『違う!全く違う音色だわ!』サブマネージャーさんはピアノを弾き熟す美穂だけでなく高級そうな歌穂のヴァイオリンにも驚きを隠せなかった。

結婚式を予定している婚約者の皆さん方が次々と入場してくる。ピアノとヴァイオリンの生演奏に、しかも小学生の演奏に驚くのだった。

「うわあーっ!あの子たち上手過ぎるわ!」そんな会話があちらこちらから漏れ聞こえてくる。

「愛の挨拶」に迎え入れられた招待客の皆さんが席に着くとおもむろに司会者の挨拶が始まる。最後に美穂と歌穂の名前と経歴が流れると会場内は大きな拍手に包まれた。美穂は立ち上がり、歌穂はそれに合わせて2人で頭を下げてご挨拶をする。すると再び大きな拍手が巻き起こった。

新郎新婦の入場に合わせて2人の「結婚行進曲」が流れる。新郎新婦がしずしずと入場してくる。さすがモデルさんのカップルだ、余りにも現実離れし過ぎている美しさだ。そんなカップルを引き立たせる小学生の見事な演奏に会場は最高潮の熱気に包まれる。

新郎新婦役のカップルが高砂の席に着くとウエディングプランナーの美鈴さんからのご挨拶と披露宴の紹介が行われる。出席者の皆さんはお料理を頂きながらの拝聴となる。

サブマネージャーさんに何やら連絡が入る。

2人に耳打ちするサブマネージャーさん。

「お色直しの後、少し時間が空いてしまうそうなの。何か弾いて貰えるかなあ?」

二人で顔を見合わせてにっこりと笑う美穂と歌穂。「はい。」

お色直しで退場する新郎新婦を「愛の喜び」で送り出す。そして歓談のひと時を「ロマンス第2番ヘ長調」で潤していく2人。その演奏を肴に会話が弾み、飛び交う会場。仲良く手を繋いだ複数のカップルが2人の近くへ歩み寄り、演奏に耳を傾ける。まるで中世の社交場の様な雰囲気が醸し出される演奏だ。そんな様子を1台のテレビカメラが納めていた。

やがて歓談の時間が終わりお色直しをした新郎新婦が入場してくる。

司会者のアナウンスに続いて2人の演奏が始まる。

お2人のあでやかな衣装に合わせての「ライムライト」の演奏だ。キャンドルサービスの間中、流れ続けるピアノとヴァイオリンの調べ。参加者の皆さんだけでなくスタッフの皆もうっとりする程だった。

キャンドルサービスが終わると再び説明会となる。

お料理はもうデザートに移っていた。

美味しいデザートに舌鼓を打ちながら熱心に聴き入るカップルの皆さんたち。そして説明が終了すると2人のリサイタルタイムとなる。

美穂がピアノを叩く。「チゴイネルワイゼン」だ。

情熱的なピアノの音が会場を揺るがす。

そして力強い歌穂の演奏が続く。その演奏に圧倒される会場内。まだ幼い歌穂が身体を大きく動かしながら奏でるヴァイオリンの音色は会場内を虜にしていく。

様々な技法を駆使したプロならではの演奏に息を飲むマネージャーさんとサブマネージャーさん。

小学生2人の本当の実力が発揮された瞬間だった。

唖然とした表情の新郎新婦役のモデルさん。出席者の皆さん方も同様だった。もう素晴らしい披露宴になることは明らかだと思っていただけたようだ。

最後に「瀬戸の花嫁」に乗せて花束贈呈。打って変わって優しい調べが会場を包む。どんな曲にも対応できることをアピールする2人の戦略が功を奏したのだった。

お見送りの曲は「ヴァイオリン協奏曲第1楽章」を演奏する2人。2人への拍手が送られると愛らしい笑顔で会釈をする美穂と歌穂。

こうしてデモンストレーションは盛大に終了した。

3階のロビーは夢見心地のカップルが大勢残っていた。皆式場の担当者と談笑をしながら1階の打ち合わせブースへと移動していった。

マネージャーさんを始めスタッフの皆さんたちから拍手を贈られる2人は満面の笑みでそれに答えていた。


翌週の月曜日、小学校は大騒ぎだった。

美穂のピアノについては、児童たちは良く知っていたのだが、歌穂のヴァイオリンについては殆どの子が知らなかったようだ。一応“エチュード”のテレビCMは流れてはいいるもののそれに出演しているのが歌穂だと気付く子は殆どいなかったからだ。それだけ演奏時と普段の姿に大きなギャップがある歌穂だった。

2年生のクラスは基より全校で大いに話題となっていた。どうやら日曜日のワイドショーで結婚式場の疑似体験の話題が取り上げられ、その中でリポーターが小学生2人の演奏に触れてくれたのがきっかけだった。たちまち各番組でも取り上げられることとなり、“天使の3姉妹”として知られる美穂はもちろん、“エチュード”に出ている女の子として歌穂が紹介されたのだ。しかもプロのヴァイオリニストとして紹介されたため驚きの話題となっていたのだった。

これには結婚式場と大手芸能プロは対応に追われて大慌てだった。小学校近辺は“天使の3姉妹”以来の大騒ぎとなっていた。中継車が何台も並ぶ光景、そして大勢の報道関係者が集まる騒ぎに小学校は正門に警備員として屈強な教師を数人配置し登下校の児童たちの安全を確保していた。

大手芸能プロと信子代表のセブンミュージックは貸し切りのマイクロバスを数台確保して児童の送り迎えに対応した。さらに警察の皆さんも駆けつけてくださり詰めかけた人たちの交通整理などを行なってくれた。

極めつけは芸能プロ副社長の声明発表だった。それは歌穂の情報を一気に発表するといったものだった。

それによりある程度の情報を得たマスコミの皆さんは安心、納得して引き揚げて行った。マスコミ各社も協定を結び小学校の取材は代表1社が行うこととなった。これにより歌穂の知名度は全国区となって行った。

当の歌穂は何時もと変わらず、逆に周りの皆さんが冷静になって行った。

そんな中、結婚式場と大手芸能プロは多くのオファーへの対応に追われていた。まだ小学生である3人は土日祭日しか営業に出られないため夏休みに仕事が集中するのは明らかだった。そんな騒動の中でもしっかりと練習に励む3人だった。

そんな中、歌穂は手紙を書いていた。その下書きを2人の姉に見てもらう。

『拝啓、五月ママへ

お元気で活躍されていると思います。お久しぶりですね、歌穂です。

私は今、信子ママのところで2人の姉と暮らしています。素敵な家族に囲まれてとても幸せな時を過ごしています。

さて、こんな私ですがこの度プロのヴァイオリニストとしてデビューしました。そんな今の私を見ていただきたくビデオテープを一緒に送ります。よろしければ感想を聞かせてください。

いつか機会があればママと共演したいです。その時を楽しみに待っていますね。

早々 歌穂』

2人の姉に添削して貰った手紙と自分の演奏する姿を収めたビデオテープを封筒に入れ、それをダンボール箱に詰めて留学する美咲さんに託そうということだった。同じウイーンの音大に留学を予定している美咲さんにお願いして五月ママに渡してもらう約束をしていたのだった。2人の姉はそんな健気な歌穂を代わる代わる抱き締めてくれた。

5月末日、美咲さんはオーストリアへと旅立って行った。

美咲さんをウイーンの空港で出迎えてくれたのは夏帆さんだった。夏帆さんの案内でウイーンの音大に着くと直ぐに五月さんの研究室へと通された。

「まあ!はるばるいらっしゃい!」五月さんはそう言って美咲さんを出迎えてくださった。

「はじめまして。美咲といいます。よろしくお願いいたします。」そう言ってにこやかに挨拶をする美咲さん。しばらくの間、3人でのピアノ談義が弾んだ。

「五月先生、預かって来たものがあります。」そう言って歌穂から預かって来た大きな封筒を渡した。

「あら、何かしら?」そう言う五月さんにハサミを渡す夏帆さん。

「あら、ビデオテープ、手紙が入っているわ。」そう言いながらその手紙を読んだ瞬間、いきなり涙ぐむ五月さん。

「五月先生。お嬢さんの歌穂ちゃんからのレターだと伺っております。」そっと言葉を掛ける美咲さん。

「歌穂、歌穂!ごめんなさい!ママの身勝手を許して!」そう言って泣き崩れる五月さん。それを慰める夏帆さん。

「私は自分の夢をかなえるために歌穂を置いてここまで来ました。でも、歌穂には光一さんが付いているはず・・・。」流れ落ちる涙も拭かずそう話す五月さん。

「聞いた話ですが、昨年不慮の交通事故で亡くなられたそうです。それで歌穂ちゃんは施設に預けられていたのですがふとしたご縁で現在は信子さんの養女となっています。」そう説明する美咲さんに夏帆さんが尋ねた。

「信子さんって、美穂ちゃんの?」

「えっ!夏帆さんは美穂ちゃんをご存知なのですか?」驚く美咲さん。

「ええ、信子さんは私の両親の教え子なんです。だから・・・。」そう遠くを見つめる様に夏帆さんは続けた。「小学3年生の頃だったかなあ、まだ譜面も読めずに、でも、一度聴いた曲を直ぐにピアノで弾いてしまう天才的な子だったのよ。」

「そうなの!信子さんはそんなお子さんを育てているのね。私とは違う道を歩むって言っていたけど、そうか!そうだったのね!ありがとう信子さん!」

そう言ってまた泣き始める五月さん。

「五月先生、さっそくビデオを見てみましょうよ!」

そう言ってテープをビデオデッキに入れる夏帆さん。

直ぐに歌穂の笑顔が映し出される。少し照れたようなしぐさが愛らしい。

「歌穂!まあ!お姉さんになったわねえ!」そう言って画面の歌穂に話しかける五月さん。ピアノルームでの撮影なのかピアノを弾く美穂の姿も写っている。

3姉妹が揃って五月さんに向けてご挨拶をしている。

「まあ!みんな可愛い子たちだこと!」

「わあーっ!美穂ちゃん!すっかりお姉さんになってるわ!」五月さんと夏帆さんはテレビの画面に釘付けだ。その時ドアをノックする音が。

「失礼するよ。」そう言って入って来たのは五月さんの現在の夫、洋二さんだ。

「はじめまして。本日、日本から来ました美咲と申します。」美咲さんが挨拶すると「おお!あなたが美咲さんですか!お噂は聞いておりますよ。どうぞよろしく。」そう言って何気なくテレビの画面に目を遣る洋二さん。

「えっ!み、美穂じゃないか!」そう言ってテレビに掛け寄った。「おお!すっかりお姉さんになって!そうかそうか、ママにピアノを習っているのか!いや?ちょっとまてよ・・・。」

「はい、今は信子さんの長女としてピアノを弾いて活躍しています。そして洋二さん、美穂ちゃんは私の従妹です!」そう告白する美咲さん。

「ええっ!ということは、美咲さんは義理の姉さんの子供さん?」驚き狼狽する洋二さん。

「ええーっ!ということは美穂ちゃんと歌穂ちゃんは姉妹ということですか!」驚く夏帆さんと美咲さん。

そんな騒動をよそにビデオの画面は歌穂のヴァイオリン演奏に移っていく。

「おおっ!立派な構えじゃあないか!」洋二さんは手放しで褒めてくれる。

「この歳でプロのヴァイオリニストだそうですよ。」と夏帆さんが洋二さんに説明する。

「まさか!いくら何でも・・・。」

歌穂の演奏が始まる。「チゴイネルワイゼン」を里穂の伴奏で演奏していく。

とてもダイナミックな演奏に釘付けになる3人。

「おい!嘘だろ!重音を奏でているぞ!あっ!ここからはオクターブ奏法だ!何という技術力だ!」興奮しまくりの洋二さんだ。その横でじっと歌穂の姿を見つめる五月さん。

「よくもまあ、ここまで育ってくれたわ!頑張ったのね歌穂!」そう言ってまた泣き始める五月さん。

「歌穂ちゃんは音楽メーカーの“エチュード”という子供向けシリーズの開発にも携わっているんですよ。それと、美穂ちゃんは音大のピアノコンクールで6回連続で満点を叩き出しているんです。後にも先にもそれを破るのは今、一緒にピアノを弾いている里穂ちゃんだと言われています。」

歌穂の演奏は第3部の高速演奏に入って行く。

「何という正確さだ。ここまで弾き熟すとは!」絶句する洋二さん。

「歌穂!歌穂!あなたって子は!」後は言葉にならない五月さんだった。

歌穂の演奏の後に流れて来たのは“天使の3姉妹”の、続いては“エチュード”のCM映像だった。

愛くるしい笑顔で映る美穂と歌穂に思わずため息をつく洋二さんと五月さん。

続いてはサッカースタジアムで日本国歌を斉唱する里穂の映像が流れる。そして有名なフリーキックのシーンが映し出される。

「おおっ!これはニュースで見たことがあるぞ!確かこの女の子がヘッディングシュートを決めるんだよな!」洋二さんはそう言ってテレビ画面を凝視する。

ゴールが決まるとご夫婦そろってガッツポーズだ。

「そうか!この子が次女の里穂ちゃんか!」そう言って嬉しそうな洋二さん。

「あと、私たちのCDをお持ちしました。心もとない演奏ですが是非お聴きください。」そう言ってCDのセットをお2人に渡す美咲さん。

「まあ!CDまで出しているのね。あっ!この童謡集の赤いピアノ・・・。」言葉を飲む五月さん。

「はい。歌穂ちゃんの宝物だそうですよ。」そう言って微笑む美咲さん。

「私が買ってあげた赤いピアノ。大事にしてくれていたのね。歌穂!ありがとうね!」

その日の夜は美咲さんの歓迎会となった。3姉妹の話題やピアノコンクール、夏帆さんの後輩にあたる遥香さん、陽子さんや夏海さんの話なども飛び出し大いに4人で盛り上がった。

「信じられないわ。コンクールのライバル同士がこんなに仲良しだなんて!」


歌穂にとって嬉しい仕事が舞い込んできた。市の教育委員会から市民センターの小ホールでの定期演奏会の依頼だ。小学生を対象に100名収容の小ホールでのリサイタルを行なって欲しいとのことで歌穂は喜んで快諾した。さっそく芸能プロと市の教育委員会との間での話し合いが進められた。土曜日曜は歌穂のスケジュールが空いていないため水曜日の午後から行われることとなった。授業終わりに学校単位で希望者を市の送り迎えで、毎週行なうこととなった。

伴奏は美穂が担当することとなった。水曜日はボイストレーニングがあるため歌手でもある里穂だけが美里さんのレッスンを受けることになった。

さっそく次の水曜日に教育委員会の皆さんが小ホールで拝聴いただくこととなり歌穂と美穂は小ホールに赴くこととなった。

水曜日に小学校を公休扱いとして頂き伊藤さんと3人で市民センターへ向かう。

午前中は小ホールでの音合わせをスタッフの方々と一緒に行う。歌穂のヴァイオリンと美穂のピアノの音の確認と小ホールでの音響などが測定された。

音合わせとはいえ手抜きのない2人の演奏はスタッフの皆さんを感心させた。さすがプロのヴァイオリニストとプロ級と言われるピアニストだと皆さんから絶賛して頂けた。

音合わせが終わると演奏曲を決めていく。締めは「チゴイネルワイゼン」と2人が決めていることに驚くスタッフの皆さん。やはりただの小学生の発表会ではないと改めて痛感させられる皆さんだった。

曲目は「春」「赤トンボ」「おぼろ月夜」「ロマンス第2番ヘ長調」そして「チゴイネルワイゼン」の5曲となった。さっそく2人で弾いてみることにした。

手の空いたスタッフさんたちがそれぞれ離れた客席に座り効き具合を確認する。

文部省唱歌の「春」が流れ始める。

「ええっ!」驚くスタッフの皆さんたち。2人の小学生の想像以上の演奏に言葉が無かった。そしてヴァイオリンとピアノに取り込まれるような感覚を覚えるのだ。「これって!感動させられているの?」身体が痺れるような感覚に襲われる皆さん方。

小さな身体が躍動し放出される歌穂のヴァイオリンの調べに酔いしれるスタッフの皆さん。それをアシストする美穂編曲のピアノのメロディーが追い打ちをかけてくるようだ。もう皆さんは2人のメロディーの虜になっていた。途中で立ち上がることなど出来るはずもなかった。歌穂の十八番となった「チゴイネルワイゼン」が怒涛の勢いで終わると大きな拍手が起こった。

再びステージ上に集まるスタッフの皆さん。リハーサルは無事に終わったのだが、プロデューサーさんから一言頂いた。「素晴らしい演奏だったね。ところで今日の司会者は?」そう言われてハッとするスタッフの面々。

「うふふ。大丈夫です。私がやります。」そう言って右手を挙げる美穂を何時もの様に微笑んで見つめる歌穂。スタッフさんたちは信じられないといった表情でお互いを見つめ合っていた。

お昼休憩はスタッフの皆さんと一緒にお弁当を頂くことにした。ディレクターさんも同じ輪に加わり、皆さんと楽しくお喋りをしながらの食事だった。美穂は引っ込み思案のスタッフさんにも気楽に話しかけてお喋りの輪に引きずり込んでいた。最初は少し緊張気味だった方々も様々な話題が飛び出すお喋りの輪に次第に馴染んでいった。社会人との会話も卒なくこなす美穂の会話力にプロデューサーさんも感心することしきりだった。歌穂も8歳とは思えない程、話術が達者で、そのきちんとした言葉使いが大いに受け入れられていた。お昼休みも終わり、午後からは教育委員会の皆さん方が会場入りされる。スタッフの円陣に加わり気合を入れる小学生2人に皆さん方が笑顔で接してくださる。

話し声と共に教育委員会の皆さん方がプロデューサーさんの案内で会場の席に収まっていく。委員長さんを始め各部門の委員さんたち総勢40名程のやや年配の方々が勢揃いとなった。

ディレクターさんの合図で深紅のドレスを着た美穂と歌穂がステージ中央へ歩いて行く。

委員さん方はそれを目で追いながらやや信じられないといった表情だ。そんな中、2人は深く一礼し、美穂が挨拶を始めた。その挨拶に目を丸くして驚く委員さん方とプロデューサーさん。とても小学生とは思えない程の大人びた言葉使いでの挨拶だったからだ。驚いたのはディレクターさんとスタッフさんたちも同様だった。それは正に株主総会での会社代表者の挨拶の様に聴こえたからだ。それを原稿なしで繰り広げる美穂に皆さん方の視線が集中する。そして歌穂へとマイクが移りこれまた8歳とは思えないしっかりした自己紹介を展開する歌穂。

最後に2人で一礼すると会場から大きな拍手が送られた。皆さん方が笑顔で拍手を贈ってくださり、2人は顔を見合わせて微笑み合った。

美穂がピアノの前に座ると歌穂が何時もの様にビシッとヴァイオリンを構える。一気に静まり返る会場。

美穂の流れる様な序奏が始まり歌穂の静かなヴァイオリンの音が会場を潤していく。

会場の皆さん方は驚いた表情で、しかし自然に2人の演奏を受け入れてくださっているようだった。

プロデューサーさんも頷きながら目を閉じて2人の演奏に聴き入ってくださっていた。

曲は「花」から「赤トンボ」「おぼろ月夜」と連続で披露された。ここで美穂のアナウンスが入る。これに驚かれる皆さん方。そんな皆さんをよそに美穂の「ロマンス第2番ヘ長調」の紹介が始まる。一通り作曲者ベートーベンの紹介をすると再びピアノの前に戻り歌穂に目で合図を送る。

歌穂の重厚な演奏が始まる。重音演奏に驚く皆さん方。

名前だけのプロではないことを証明するような歌穂のプロのテクニックに驚愕される皆さん方。歌穂の演奏にぴったりと寄り添う美穂のピアノ。もうプロ同士のリサイタルといっても過言ではなかった。

スタッフさんたちも2人の演奏を笑顔で見守ってくださっていた。

美穂が最後の曲「チゴイネルワイゼン」を告げると「おおっ!」と皆さん方から声が漏れ聞こえた。

力強い美穂のピアノが響く中、ダイナミックに身体を動かし演奏を始める歌穂。とても小さな身体の女の子が弾いているとは思えない程のメリハリの効いた歌穂の旋律に会場の皆さん方が一瞬で飲み込まれていく。これが歌穂の表現力だと言えた。

「何という姉妹なんだ!」ディレクターさんは舞台袖でそう呟いた。

第2部のしっとりとした演奏が第3部の激しい高速演奏へ移っていく。美穂のピアノに負けない位同じタイミングで指と弓をものすごい勢いで動かして演奏する歌穂。その中にツタッカートトオクターブ演奏も加わり皆さん方は驚きの表情で歌穂を見つめていた。

激しいエンディングで見事な演奏を終えた2人に皆さん方は立ち上がって拍手をしてくださった。

一礼をして拍手に答えてから満面の笑みで舞台袖へ戻る2人を最初に出迎えてくれたのはあの内気なスタッフの皆さんたちだった。そんなスタッフさんたちの熱烈な祝福を受け伊藤さんが渡してくれたドリンクで一息入れる。その時、会場のマイクからディレクターさんが2人を呼んだ。「美穂ちゃん、歌穂ちゃん!もう一度出ておいで!」

慌ててステージへ戻る2人。歌穂はヴァイオリンと弓を再度手にして早歩きで美穂に続く。

「美穂ちゃん、歌穂ちゃん。今日は素晴らしい演奏をありがとうございました。私たちの市にこんなに素晴らしい小学生が居てくれることを誇りに思います。本当にありがとう!久しぶりに素晴らしい音楽に感動出来ました!」突然の教育委員会の委員長さんのご挨拶に照れまくる2人。それを見て「かわいい!」と思わず声をあげてしまう他の委員の皆さん方。こうしてお披露目会は無地に終了した。


開幕戦セレモニーでまさかのヘディングシュートを披露して以来、サッカーリーグのマスコットガールとして人気が出て来た里穂はサッカーに夢中だった。

健君との練習だけでなく、サッカークラブのコーチの皆さん方の指導を頂き、女子選手としての才能も開花させていった。日焼けすることが厳禁だったため、練習はナイター施設のあるサッカークラブで行われていた。そんな里穂の様子に目を細めて見学する皆藤オーナー。女子チームの監督を呼び寄せて一緒に里穂の実力を確かめていた。抜群の運動神経に驚く監督さん。

まだ小学4年生ということもあり余り過激な練習をしないようになどとコーチの皆さんにアドバイスをして帰って行った。そんな里穂はボレーシュートとオーバーヘッドシュートの練習に余念がなかった。そんな里穂の練習を手助けしてくれるのは健君だ。自ずと2人の距離は今まで以上に近くなっていった。

そんな里穂に思いもよらない話が持ち上がる。

“サッカーリーグの応援歌”を歌ってくれないかという皆藤オーナーからの依頼だった。さっそく精力的に動く芸能プロの副社長。有名な歌手は多数在籍しているものの、フレッシュな魅力は里穂の右に出るものはなく、すんなりと里穂の歌手デビューが決まって、信子との折衝となった。

信子は里穂の歌手デビューを快諾し、実母に連絡をした。実母は大変喜んでくださり、そんな後押しもあって里穂のデビューが正式に決まった。応援歌も鋭意作詞、作曲家の先生方に打診をしていた。

美穂と歌穂も里穂の歌手デビューにもろ手を挙げて大喜びだった。しかし、浮かない顔をする里穂。

ピアノが疎かになってしまうことを憂いていたのだ。

「大丈夫。お母さまとママの流派は私が継ぐ!」そう言う美穂に涙を流して頷く里穂。3姉妹で泣きながら抱き合って絆を深めて行った。


今週の土曜日は保育園での演奏会だ。美穂と歌穂は何時も通り伊藤さんと保育辺へ向かった。保育園付近の異様な混雑に気付き一旦、車をÙターンさせる伊藤さん。少し離れた場所に車を停めて園長さんに連絡を入れる。すると2人の公演を聴こうと大勢の方々が保育園に押し寄せてきたとのこと。どうやら小学校で配布された市民ホールでのリサイタルのチラシが原因の様だった。すぐさま芸能プロ本社と連絡を取り協議をする伊藤さん。美穂と歌穂は車の中でしばらく待機となった。そんな中でもエアーでピアノとヴァイオリンの練習をする2人に感心することしきりの伊藤さんだった。

その内、美穂が白紙の五線譜を取り出した。そして何やら歌穂と相談しながら音符を書き込んでいく。ルームミラーでそんな2人の様子を窺っていた伊藤さんが2人に尋ねた。「楽しそうに何してるの?」

すると思いもよらない答えが2人から帰ってきた。

「里穂のサッカーの応援歌を作っているんです。」

言葉を失う伊藤さん。電話での途中で副社長にその旨を連絡して貰う。すると出来上がったらすぐに連絡をとのことだった。刻々と時間が過ぎていく中、2人が急にメロディーを鼻歌で歌い始めた。

「おっ!いいねえ。何て曲?」伊藤さんが聞くと2人は笑いながら「里穂のために作った応援歌だよ。」といたずらっ子の様な目をして伊藤さんに教えてくれた。「それ!採用して貰おうよ!」伊藤さんの言葉に驚く2人。少しおふざけ気味で即興で作った曲を人様に聴いて戴くとは思ってもいなかったからだ。

やがて芸能プロから連絡が入った。混乱を避けるため、今日の公演は中止となったとのことだった。伊藤さんは電話で「今から曲を持ってそちらへ向かいます!」と告げると2人に「本社へ向かいます。その曲、皆さんに聴いて貰いましょう!」

芸能プロの地下駐車場から会議室へ向かう3人。歌穂はヴァイオリンケースを背負っての移動だ。

会議室では副社長さんと宣伝部長さん、管理部長さんと池田課長さんが待っていらした。

3人が会議室へノックをして入ると皆さん笑顔で迎えてくださった。

「いやいや、保育園は大変な騒ぎだったようだね。」そう言いながら副社長さんは3人に着席を勧めてくださった。

「教育委員会からのチラシが児童に配布されたことが引き金だと園長先生から伺いました。」伊藤さんは改めてそう報告した。

「だが、おかげで良い曲が出来たそうだね。」副社長さんは美穂と歌穂に尋ねる。

「はい。思い付きで歌穂とメロディーを書いてみました。」美穂はそう答えると五線譜を取り出した。

「コピーさせて貰って良いかしら?」池田課長さんはそう言って五線譜を指差した。

「はい!」美穂はそう言って池田課長さんに五線譜を手渡す。そこには美穂と里穂のサインがしっかりと書き込まれていた。

池田課長さんがコピーを撮りに行っている間、副社長さんから応援歌についての説明があった。

「わあ!里穂お姉ちゃんが歌うんだあ!」両手を叩いて喜ぶ歌穂。「ちょっと、歌穂。まだ採用されたわけじゃあないのよ。」と美穂に軽く諫められる。

「ほらほら。2人とも。先ずは聴かせて貰えないかね。」笑いながら2人の間を取り持つ宣伝部長さん。

やがて池田課長さんが五線譜のコピーを撮って戻って来られた。オリジナルを美穂に返し、コピーを皆に配っていく。走り書きの音符が簡略化され過ぎていかにも出来立て感が溢れている楽譜だ。

「ちょっと弾いてみますね。」美穂はそう言ってピアノの前に座り、おもむろに応援歌を弾き始めた。

皆さんは目を瞑って首を縦に振りながら聴き入ってくださっている。

「こ、これを即興で、車の中で作ったのかい?」管理部長さんが口を開いた。

「うん。これは聴き易くて覚え易い。シンプルながらサビもしっかりしているね。」宣伝部長さんも笑顔で頷きながらそうおっしゃってくださった。

「何とか皆藤さんに伝えたいなあ。」副社長さんがため息交じりにそう言うと歌穂が提案した。

「里穂お姉ちゃんに電話して聴いて貰おうよ。そしたら里穂お姉ちゃんが五線譜に書き込んでくれるよ。」

「ええっ!そんなことが出来るの?」驚く池田課長さん。他の皆さんも同様に驚かれていた。

「そうか!3人とも楽譜の読み書きが当たり前のように出来るんだよね!」伊藤さんがそう言うと早速歌穂が里穂に電話を入れる。

「もしもし、里穂お姉ちゃん?歌穂です。今大丈夫?

良かった。あのね、お姉ちゃんが歌う応援歌を美穂お姉ちゃんと作ったの。うふっ、そう、うん、うん。それでね、今から美穂お姉ちゃんがピアノで弾くから五線譜に起こしてほしいの。うん、そうそう。」

歌穂はそう言って美穂に合図を送りピアノの傍へ歩み寄った。携帯電話から「いいよおーっ!」という里穂の声が。おもむろにピアノを弾き始める美穂。

そのピアノの音を聞きながら速記のように五線譜に書き込んでいく里穂。

「どう?歌ってみて。」ピアノの前で美穂が電話に向かって叫ぶ。携帯から里穂の歌声が聞こえてくる。

「す!すごい!素晴らしい!きちんと伝わっている!」喜ぶ副社長さんたち。

「里穂ちゃん!ありがとう!それを皆藤さんに伝えて欲しいんだ!」副社長の依頼に「わかりましたあーっ!」という里穂の元気な声が携帯から帰ってきた。

事が終わると安心するのもつかの間に結婚式場へ戻る。歌穂は結婚式場の仕事は入っていないので加奈ちゃん親子を迎えにマンションへ立ち寄り、一旦家に戻ってから美穂と伊藤さんを見送る。

リビングで昼食のトーストとミルクを頂いてから加奈ちゃん親子とピアノルームでレッスンを行なう。その前に、水曜日が定期公演でフリーでなくなった旨を詫びる。そして金曜日のレッスン後にわが家で追加レッスンを行なうことを提案すると、レッスンを諦めてしょんぼりしていた加奈ちゃんに笑顔が戻った。

レッスンに入る。加奈ちゃんの腕前が上がっていることに気付き喜ぶ歌穂。それを喜ぶ加奈ちゃん。

「童謡を弾いてみようよ。」そう言って歌穂は「ぞうさん」を弾いて見せる。それを真似るように加奈ちゃんが続く。そうして歌穂流のレッスンが続いた。

「今度の金曜日はスクールで習ったところの復習と予習をしましょうね。」そう言う歌穂に「はい!」と元気に答え、にこにこ顔の加奈ちゃんだった。


水曜日は公休を頂き市民ホールでの演奏会だ。

美穂と歌穂は午前中からリハーサルに臨んでいた。

今日は母校の小学校からのお友達が集団で聴きに来てくれる。何時もよりソワソワする歌穂に活を入れる美穂。「誰であれ、聴いてくれる人は皆同じお客様だよ、歌穂。」そう言われて落ち着きを取り戻す歌穂だった。「うん。ありがとう!美穂お姉ちゃん。」

こうしてリハーサルが始まる。

美穂のピアノ演奏から歌穂とのヴァイオリンとの競演という流れで「ノクターン」「渚のアデリーヌ」「英雄ポロネーズ」とピアノ曲が続き「ラ・カンパネラ」で歌穂のヴァイオリンと共演となる。そして「ノクターン20番」「チャルダッシュ」そして「チゴイネルワイゼン」でフィニッシュとなるプログラムだ。

曲を聴きながらプロデューサーさんやディレクターさん、スタッフの皆さんは驚きを隠せなかった。とても小学生の演目とは思えなかったからだ。しかし、この2人はプロとプロ級。それなりの自覚と技量は身に着けていると確信していた。同行している伊藤さんは2人の体力が気がかりだった。何と言ってもまだ12歳と8歳の女の子だ。約70分の演奏をこなさなければならない。その為に特製のドリンクを用意していた。

「2人とも、途中で小休止を入れようか。お客さんも小学生だし。」とプロデューサーさんが提案してくださった。頷く2人。もう既に汗びっしょりだ。ステージの照明が2人を焦がすように温めていく。「少し送風機を回しましょう。」ディレクターさんの一言で送風機で2人がいるステージへ風を送ることになった。

スポーツドリンクを頂きながら汗を拭く2人。歌穂はヴァイオリンを丁寧に拭き上げる。

「確かにこのペースだと中休みが必要だね。」2人で話しながら汗を流しにシャワールームへ向かう。

シャワーを浴びてリフレッシュしたところでお昼のお弁当を頂く。2人には特製の焼き肉弁当だ。大喜びでお肉にぱくつく2人。「美味しいね!」と言いながら何時もの2人に戻っていく。

食事を終えて少し休んだ後にドレスに着替えてメイクを施して貰う。このメイクで2人の表情が全く変わる。とても小学生には見えない出来上がりだ。お互いに顔を見合わせて爆笑する2人。そんな2人に釣られてメイクさんたちも大爆笑だ。

やがて会場から賑やかな子供たちの声が聞こえ始めた。学校の皆が到着したのだ。どこかで聞き覚えのある声も聞こえてくる。

「あっ!」モニターを見ていた歌穂が声をあげた。

「美穂お姉ちゃん!優太お兄ちゃんが来てくれているよ!」そう言って美穂にモニターを指差しながら報告する歌穂。「あら!本当だ!きっと心配してくれているのね。」美穂はそう言いながらも嬉しそうだ。

「優太お兄ちゃんが聴いてくれるなんて!頑張らなくっちゃあ!」そう言って気合を入れる歌穂に同感して大きく頷く美穂。

開演3分前。スタッフの皆さんと一緒に円陣を組んで再び気合を入れる。

開演のブザーが鳴ると同時に幕が上がる。会場から拍手が届けられる。その中を美穂と歌穂がゆっくりとした足取りで登場すると会場は一気にヒートアップする。同じ小学校どうしの仲間たちだからだ。

「美穂ちゃーん!」「歌穂ちゃーん!」といった声援が飛ぶ中美穂が挨拶をしてピアノ椅子に座る。それと同時に歌穂がヴァイオリンをビシッ!と構える。一気に静まり返る会場内。歌穂の気迫に呑まれてしまったのだろうか。

「えっ?」ディレクターさんを始めとするスタッフさんたちは慌てふためいていた。何故なら、プログラムでは美穂のピアノ演奏から始まる予定だったからだ。挨拶の後、歌穂は一旦舞台袖に引き上げてくる手はずだったのだ。

美穂のピアノが弾む。そして歌穂のヴァイオリンが奏でる音は!何と小学校の校歌だった。大喜びのみんなが一斉に歌い始める。中には肩を組んで歌っている子たちもいる。先生方も一緒に歌ってくださり楽しそうだ。会場のホールは先生と児童による校歌の大合唱となった。

「そうか!そういうサプライズだったのか!」ディレクターさんを始めスタッフの皆さんも笑顔になった。

校歌が終わると大喝采が起こる。そんな中、歌穂がマイクを持ち挨拶をして曲紹介をする。すると美穂にスポットライトが当てられピアノの演奏が始まる。

歌穂はにこにこ顔で舞台袖に戻って来た。皆さんたちに笑顔で迎えられてとても嬉しそうだ。

美穂のピアノをうっとりとした表情で聴き入る女子児童たち。きっと自分もピアノを習っているのだろうか。6年生と言ってもここまで弾きこなせる児童はそんなにはいない。美穂の流れるようなピアノの音はまるで一流ピアニストの音だった。同じ小学校にこれだけ上手にピアノを弾く子が居ただなんて!という驚きの気持ちがあるのだろうか。皆じっと聴き入ってくれている。そんな中、優太君は身じろぎもせず美穂の演奏に聴き入っていた。

『美穂ちゃん!君は信子ママを超えてしまったかも知れないよ!』

「ノクターン」「渚のアデリーヌ」と続き「英雄ポロネーズ」が終わると小休憩となる。大きな拍手の中、一旦幕が降りる。

美穂を笑顔で迎える歌穂を始めとするスタッフの皆さん。お化粧を直しながらスペシャルドリンクを頂く美穂。次は歌穂の伴奏と、美穂は出ずっぱりなのだ。小休憩が終わると「ラ・カンパネラ」で歌穂のヴァイオリンと共演となる。そして再び公演開始のブザーが鳴りゆっくりと幕が上がっていく。それに合わせて2人が再度登場し曲の紹介を行う。そんな2人をじっと見つめる優太君。

美穂がピアノ椅子に座ると歌穂がビシッ!とヴァイオリンを構える。「ノクターン20番」の演奏が始まる。会場の皆は初めて聴く歌穂の演奏だ。余りにも小学生離れした歌穂の演奏に唖然とした表情の子も見受けられた。そんな児童たちとは違って、優太君は微動だにせず歌穂の演奏に聴き入っていた。曲は「チャルダッシュ」へ進み、そして「チゴイネルワイゼン」へと続いていく、美穂特有のアレンジだ。

余りの迫力に圧し潰されそうになる会場。とても8歳の女児が弾いているとは思えない出だしの見事さ!

さすがの優太君も「おっ!」と声をあげたほどだ。

そして繰り出される重音演奏、そしてオクターブ演奏。

自分で努力して、響子さんと優太君の演奏から学び取った歌穂の演奏の結晶とも言える技術力だ。その見事な演奏に感心するしかない優太君だった。最後の第3部はどうやって弾くのだろうか?そう思うとわくわくする優太君だった。『おそらく…。』

美穂の絶妙な演奏の間が余りにも見事過ぎる。

『美穂ちゃん!君って子は!』

最も心配していたのは天才2人のぶつかり合いだった。しかし、2人とも押したり引いたりでトータル100を超えることは無かった。お互いを尊重し合っているからこそ出来るプロ同士の技だと優太君は思った。

もう何も心配することは無くなった。後は第3部の高速演奏をどう弾いて行くのかが楽しみだった。

ゆったりした第2部が終わるとそれはいきなり始まった。第3部の幕開けだ。美穂のピアノと歌穂のヴァイオリンの激しい高速演奏。

「あああーっ!」優太君が驚きの声をあげる!

あの高速演奏の中に重音演奏とオクターブ演奏を入れているのだ!目にも止まらぬ指捌きと弓捌きがもたらす余りにも高度な演奏方法だ。美穂はピアノを叩きながら歌穂の方をにっこりと見つめている。会場の皆は歌穂の演奏の余りの速さに目をぱちくりさせている。そして怒涛の中演奏は終わった。

にっこり笑う歌穂に美穂が抱き付く。大歓声に包まれる会場。皆総立ちだ!そして割れんばかりの拍手!

校長先生を始めとする先生方も目を潤ませて立ち上がり拍手をくださっていた。

両手を挙げて会場に挨拶をする美穂と歌穂に惜しみない拍手と声援が送られていた。

幕が降りて舞台袖に引き上げてきた2人にディレクターさんが「もう一度舞台に出てご挨拶を!」という指示が飛ぶ。そして飛びっきりの笑顔でご挨拶をする美穂と歌穂に再び大きな拍手と声援が巻き起こった。

ディレクターさんもスタッフの皆さんも目に涙を浮かべて愛らしい2人の小学生を迎えてくれた。

2人にとって最高のスタートとなった。


金曜日、約束通り音楽スクール終わりの加奈ちゃんを迎えにマンションまで行く歌穂。今日は2人だけで車に戻って来た。伊藤さんの運転で家で待つ3人の元に戻ると大歓迎を受ける加奈ちゃん。さっそく歌穂と2人っきりでの音楽教室での復習と予習だ。既に音階を覚えている加奈ちゃんにとっては面倒くさいのかもしれないが歌穂は「基本がしっかりしていないと応用は出来ないよ。」と幼い加奈ちゃんに教え込んでいく。一緒にヴァイオリンを弾きながら丁寧に教えていく歌穂。時折ピアノで伴奏を披露する姿に感激する加奈ちゃん。自分のために、お世辞にも決して上手ではないピアノで一生懸命伴奏をしてくれる優しい先生にどんどん惹かれていく加奈ちゃんだった。

一通りのレッスンが終わった頃里穂からのインターホンが入る。

久しぶりに歌穂の伴奏をしたいという里穂。

歌穂も久しぶりの里穂の伴奏に心を躍らせていた。

直ぐに美穂と優太君もピアノルームに駆けつけ加奈ちゃんと一緒に鑑賞することとなった。加奈ちゃんは初めて聴く歌穂のクラッシックに興味津々だ。

里穂がグランドピアノの前に座り歌穂に合図を送る。

頷く歌穂。手には他所行きのヴァイオリンが。それに驚く美穂と優太君。『まさか!』

里穂のピアノが流れ出す。それに続いて歌穂のダイナミックな演奏が始まる。あっけに取られる加奈ちゃん。

これがプロと言われる演奏なのだと幼いながらもひしひしと感じ取る加奈ちゃん。

美穂は里穂の指先を、優太君は歌穂の指先をそれぞれ凝視していた。

里穂の鍵盤捌きは衰えてはいなかった。ピアノから離れてはいたものの夜遅くまで毎日演奏していることを歌穂は知っていた。丁寧な伴奏に合わせて歌穂も弓を走らせ弦を抑える。さっきまで教わっていたことを目の前で教えてくれているような気がした。一つ一つが基本なんだ!そう確信する加奈ちゃんを美穂がそっと抱きしめた。

そんな中、演奏は第3部へと入って行く。高速演奏が始まる。ツタッカート、重音演奏、オクターブ演奏が駆使されての高速演奏だ。余りにも圧巻過ぎた。さすがの優太君も判身を乗り出し聴き入っている。その傍らで歌穂の指の動きと弓捌きを凝視する加奈ちゃん。『私もあんな風に演奏したい!』

圧巻過ぎる演奏が終わった途端、歌穂が里穂の元へ駆け寄った。「里穂お姉ちゃん!」後は言葉にならなかった。お互いの信頼を確認し、抱き合う2人に美穂と加奈ちゃんも加わり4人で感激し合って泣いていた。優太君は一人立ち上がって拍手を贈った。『歌穂ちゃん。やっぱり君は凄い!立派なプロだよ!』

4人が泣きながらピアノルームから出てくると驚いたのは伊藤さんだった。「みなさん!どうしました!」ダイニングで仕事をしていた書類を放り出して4人の元に駆け寄ってきた。

優太君から事の経緯を聞かされ安堵する伊藤さんだった。


土曜日の午前中は歌穂が“エチュードジュニア”の開発会議への出席のため若菜さんとSPのお兄さんと共に楽器メーカーの本社へと向かった。

今日は結婚式場のセレモニーの日だ。久しぶりの休暇を楽しむ里穂。セレモニーに行ってみたいという。美穂からマネージャーさんに連絡を取って貰いOKを頂き大はしゃぎの里穂。

お昼過ぎに3人で結婚式場へ向かう。歌穂とはそこで待ち合わせだ。一度美穂の控室へ行き、歌穂のヴァイオリンと留守番をする伊藤さんを残し喫茶室へ向かう。従業員通路から人目を気にしながら喫茶室へ。

入ると直ぐにウエイトレスのお姉さんたちから悲鳴が上がる。「美穂ちゃん!里穂ちゃん!」と声援を送られ伏し目がちに喫茶室のすぐ脇の個室へ向かう。

「困っちゃうわね。この後歌穂も来るんだよね。」少し笑いを堪えながら里穂が言う。

やがてウエイトレスさんがお冷を持ってきてくれた。お盆がカタカタと揺れていることに気付き顔を見合わせる美穂と里穂。笑いを堪えてお冷を受け取るとクラブハウスサンドを注文。震える手で一生懸命伝票に書き込むお姉さん。そんな様子がさらに2人の笑いを誘う。

クラブハウスサンドは別の2人のお姉さんたちが運んできてくれた。手は震えてはいないもののかなり緊張しているようだ。ティーポットに入った紅茶をお互いに注ぎ合いながら話題は秋のピアノコンクールだ。

今秋は美咲さんが留学のため不参加、歌穂はプロ転向のため不参加と少し寂しさを感じるコンクールとなりそうだ。

「美穂お姉ちゃん。ひょっとして最後の・・・。」里穂が思い切って美穂に尋ねる。

「うん。多分ね。」口数少なく美穂が答える。

「そうかあ・・・。」里穂は下を向いてティーカップのミルクティーを静かにかき回す。

しばらく沈黙が続いた。

「美穂お姉ちゃん、私ね、歌手になろうと思っているの。」今まで胸に秘めていた言葉を吐露する里穂。

今度は微かに里穂の右手が震えティーカップが小刻みに音を立てていた。

「うふっ。そのつもりで歌穂と応援歌を作ったのよ。あれはサッカーの応援だけでなく、里穂、あなたへの応援歌なのよ。歌穂の詞よ。読んで。」そう言って歌穂から預かっていたノートを手渡す。

「歌穂ったら、何時の間に・・・。」涙をぽろぽろ溢しながら歌穂の書いた詩を読む。

「そこにある“未来の光”って里穂、あなたのことよ。」そう言うと美穂も涙を溢して泣き始めた。

3人娘がそれぞれの道を歩み始めた瞬間でもあった。

静けさに浸る2人に外の喧騒が聴こえてきた。

「わあーっ!」「かわいいーっ!」という声が聞こえる。どうやら歌穂と若菜さんが到着したようだ。ロビーに居合わせたお客さんたちが一斉にざわめいたようだ。

「うふっ。お姫様の到着ね。」2人の姉はそう言いながら笑って涙を拭った。

「お姉ちゃんたちーっ!おまたせえーっ!」歌穂が元気良く個室の扉を開けて入ってきた。

「歌穂おーっ!待ってたよっ!ありがとうっ!」いきなり里穂に抱き着かれて何が何だか分からずにいる歌穂。取り敢えず背負っていた純白のヴァイオリンケースを降ろす。

改めて里穂に尋ねる歌穂。「里穂お姉ちゃん、どうしたの?」

「歌穂!ありがとう!これ!」そう言って歌穂の前に差し出したのは歌穂のノートだった。

「里穂お姉ちゃん!読んでくれたんだね!ありがとう!」そう言って今度は歌穂が泣き出した。それに釣られるように2人の姉たちもまた泣き出した。

一方、個室の外では若菜さんが中の様子を窺っていた。

ただならぬ様子に気付き中へ入るのを躊躇っていたのだ。当然、お冷を持ってきたウエイトレスさんも足止めされていた。

さり気なく美穂に電話を入れる若菜さん。見事な気配りだった。

その頃、信子は優香さんと共に保育園に居た。

園長先生と保育士の皆さん、そして保護者代表の方々との話し合いの場に出席していたのだ。

先週の騒ぎのお詫びと今後の方針についての話をするためだ。会議の冒頭で先週の騒動に付きお詫びをする信子。しかし参加者の皆さんから信子が詫びることではないという優しい意見が大多数を占めた。

さらに、今後について信子は次のように提案した。

今後、セブンミュージックの公演を取りやめ、代わりに音大の児童音楽科の学生たちが公演を行なうという代案だった。もちろん従来同様無償である旨を付け加えた。逆に保護者代表の皆さん方から驚きの声が上がった。「無償で来てくださっていたんですか!」

信子は答えた。「保育園と老人ホームはあの子たちのスタート地点です。人に聴いて貰いたいという思いから始まった小さな講演会があの子たちの原点です。その場所はいつまでも原点であって欲しいのです。」

続いて2人が訪れたのは老人ホームだ。

ホーム長さんと事務のお姉さん、そしてお母さまと入居者の会の会長さんと副会長さんが出席されての会議だ。保育園同様にお騒がせしていることへの陳謝をする信子。しかし誰一人としてそれを受け入れる方はいらっしゃらなかった。逆にホーム長さんから入居者の皆さんが明るくなりお元気になられたとお褒めのお言葉を頂いた。今後の方針としては保育園同様に音大の音楽療法科の生徒たちによる音楽会を催すことを同意していただいた。

さらに、お母さまには3人娘がそれぞれの道を歩き始めたとご報告をした。そして、次秋のピアノコンクールが美穂と里穂の最後の出演になること、ヴァイオリンコンクールでは歌穂がプロ転向のために出場辞退、優太君は美穂同様に音大付属中学への進学予定のため最後の出場となること、歌穂の実母がお母さまの教え子の一人である五月さんの娘であることをお話しした。「まあ!何という不思議な巡り会わせでしょう!」目を丸くして驚かれ大喜びのお母さまだった。


土日は結婚式場の仕事がメインとなった美穂と歌穂。

そして、もうすっかり結婚式場の顔となっていた。

水曜日に定期演奏会を行なう市民ホール内に小さなホールがあることを知る歌穂。そこは小ホールと呼ばれる50名が入れるほどの規模のものだった。フロントで予約を確認すると殆ど使われていない状態だった。美穂と小ホール内を案内していただく。いきなりステージへ駆け上がる歌穂。そしてヴァイオリンを取り出し「ユーモレスク」を弾き始めた。歌穂のヴァイオリンの調べが静まり返った小ホールに鳴り響く。

『これなら歌穂のリサイタルが出来そうね!』美穂はそう思いながら舞台袖に目を移した。『奥に何かがある!』そう感じた美穂は一人で舞台袖の更にその奥へ歩いて行く。そんな美穂を目で追う歌穂。

「美穂お姉ちゃん!どうしたの?」演奏を止め美穂の後を追う歌穂、それに続く案内役の職員さん。

「あっ!」美穂と歌穂が同時に声をあげた。

そこにあったのは埃をかぶったグランドピアノだった。

「かわいそう!」美穂が駆け寄る。

「この小ホール自体、利用者が少なく、そのピアノも殆ど使われなくなったのです。」残念そうにそう説明する職員さん。

「美穂お姉ちゃん、ここでリサイタルやろうよ!」

そんな歌穂の提案に涙を拭きながら静かに頷く美穂。

「ここでリサイタルをやらせてください!」

驚く職員さん。「えっ?本当ですか?著名なお2人に使っていただけるなんて!光栄です!」そう言って上司に連絡をする。

「ちょっとピアノを弾かせてください。」そう言ってピアノの鍵盤カバーを開ける。少し古い型式だがあまり使い込まれていない分、かえって新鮮味を感じるピアノだ。

上司の職員さんがやって来た。「あっ!お洋服が汚れます!」という言葉を無視してピアノの前に座る美穂。いきなり「トルコ行進曲」を弾き始めた。久しぶりに音を出すピアノ。若干音程に狂いがあるようだ。時折首を傾げる美穂。歌穂も同様に「うーん。」という表情を浮かべる。

「このピアノ、調律をお願いしても良いですか?」

そして直ぐに楽器店の店長さんに連絡を入れる美穂。

事務室へ出向き小ホールについての説明を聞く2人。伊藤さんにも同席していただく。伊藤さんに仮申し込みをお願いしてスタッフの皆さんが待つ大ホールへと向かう2人。また新たな一歩が始まろうとしていた。

職員さんたちとの話を終えた伊藤さんは信子社長に連絡を入れる。市の小ホールで美穂と歌穂がリサイタルを定期的に催したいとの気持ちを伝えると、「他に利用申し込み者が居ないのなら全ての土日の日程を抑え、また、希望者があればその方たちに譲るように申し込みをしてください。」との返事を貰えた。予約金を計算して貰って後日振り込むこととなった。

結婚式の予定が入らない土曜日の午前中に2人のリサイタルを行なうことになった。

「なぜ日曜日も予約を入れるの?」控室でお昼のお弁当を頂きながら歌穂はそう伊藤さんに尋ねた。

「会社として予約を入れるので、お2人以外の方、例えば遥香さんや瞳さんも使えるからでしょうね。」伊藤さんは歌穂にそう説明してくれた。

「歌穂、ここでチケットを仮に1000円で発売して50人おお客様が来るとすると会社の売り上げは5万円よ。最低でも月4回と見積もって20万円。これが1年続いたら240万円の売り上げになるの。予約料や出演者のお給料などを差し引いた金額が会社の利益になるわ。その利益に税金がかかるから市役所さんにとっても悪い話じゃないのよ。施設も無駄にならないし、ピアノさんも皆に聴いて貰えて大喜びのはずよ。」美穂がそう付け加えると周りのスタッフさんたちから「なるほど!」という感心の声が上がった。


次の土曜日の午前中は歌穂はフリーでいた。伊藤さんにお願いして市民ホール小ホールへ一人出向くことにした。

「歌穂ちゃん、練習なら家ですれば良いじゃないですか?」そう言いながらもヴァイオリンを3挺用意する伊藤さん。もう1挺は歌穂が自分で背負っている。

午後からは美穂と結婚式場に出向かなければならない伊藤さん。芸能プロに連絡を入れて若菜さんに市民ホールへ来てもらうよう手配をした。

市民ホールで受付をする歌穂と伊藤さんの目に飛び込んだのは響子さんのリサイタルのポスターだった。

「わあーっ!響子お姉さんのリサイタルって今日の夕方からなんだあ。」そう伊藤さんと話ながら小ホールへ向かう。案内板が出されなければ気付かないほどの小さな入り口が2か所だけの小ホール。

電気を点けてステージへと進んでいく。ステージのライトを照らし奥のピアノさんにご挨拶をする歌穂。

そして大きなバッグから化学ぞうきんを取り出しグランドピアノの誇りを拭き取り始めた。

「あっ!歌穂ちゃん!」そう言いながら伊藤さんも化学ぞうきんを手に持ち自分も拭き始めた。

「ありがとう!伊藤さん!」嬉しそうに笑う歌穂に釣られて自然と笑顔になる伊藤さん。ピアノは見る見る間に輝きを取り戻していった。

2人でパイプ椅子に座ってドリンクを頂く。

「ピアノさん、綺麗になりましたね。」伊藤さんは満足そうにお茶を飲みながら光を取り戻したグランドピアノを見つめた。

「うん。お手伝いありがとうございました。」歌穂もグランドピアノを見つめながらそうお礼を言った。

「何か弾いてみようかなあ。」歌穂はそう言いながらグランドピアノの方へ歩いて行く。そんな歌穂の後姿を目で追いながら伊藤さんは思った。

『歌穂ちゃんってピアノ弾けるんだっけ?』

じっと歌穂を見つめる伊藤さんの耳に「渚のアデリーヌ」が飛び込んできた。

「ええっ!歌穂ちゃんってピアノも上手なんだ!」驚き感心する伊藤さん。美穂と里穂に引けを取らないほどの弾き熟しを見せる歌穂。さすが五月ママの血を引いているだけのことはあった。それに信子のレッスンが加わりヴァイオリン同様にその才能が開花したのだった。夜中にこっそりと練習をする里穂に寄り添いヴァイオリンだけでなくピアノも一緒に弾いていたのだ。

曲が終わると伊藤さんに拍手を頂く。はにかむ歌穂。

「歌穂ちゃんはピアノも上手なんですね。」感心する伊藤さん。

「うふっ、今度のピアノコンクールに出てみようかと思って。」そう言いながら次の曲「カノン」を弾き始める歌穂。

その曲を聴きながら『そうか!秋のコンクールは3姉妹揃い踏みかあ。』などと思いを巡らせる伊藤さんだった。

ぎいいーっ!音を立てて入り口のドアが開いた。

「おはようございます。お待たせしました。」若菜さんが来てくれたのだ。直ぐに伊藤さんから業務を引き継ぐ。その間も歌穂の「カノン」の演奏は続いていた。

「それにしてもさすがだわね。ヴァイオリンだけではなくてピアノも上手だわ。」初めて聴く歌穂のピアノに感心する若菜さん。曲が終わると伊藤さんと一緒に拍手を贈る。

「あっ!若菜さん!」そう言いながら再びはにかみを見せる歌穂。

「歌穂ちゃん、伊藤さんから業務を引き継ぎます。」そう言って伊藤さんを見送る若菜さん。慌てる様に歌穂も伊藤さんに駆け寄りお見送りをする。

「ありがとうございます。では、私は美穂さんの元へ戻ります。」そう言って伊藤さんは美穂のいる家へと戻って行った。

「それにしても、歌穂ちゃん、4挺も持ってきて何をするの?」そう尋ねる若菜さんに歌穂が答える。

「うふっ!弾き比べです。“エチードジュニア1号”と“エチュードジュニア2号”の弾き比べをしようかと思って。さらに私の“エチュード”とも比べて見たくて。」“エチュードジュニア2号”の入ったヴァイオリンケースを開けて手に取るとステージの中央へ。

そこで何時もの様にビシッ!と構える歌穂。

勢い良く弾き始めるのは「チゴイネルワイゼン」だ。

あまり弾き込まれていない2号の音をこのホールに響かせてみたかったのだ。小さなホールは“エチュードジュニア2号”の音で見事な共鳴を起こす。

『こんな素晴らしいホールが眠っていただなんて!』そう思いながら何時もの様に「チゴイネルワイゼン」を弾き進めていく歌穂。若菜さんは客席中央に陣取っての鑑賞を決め込んでいた。

曲が終わると拍手を贈る若菜さん。それに照れまくる歌穂。「やだあ!若菜さん、これ練習ですから!」そう言いながらも嬉しそうな歌穂。ノートに感想を書き込んでいく。そして次は“エチュードジュニア1号”を取り出すと再びステージ中央へ。ビシッ!とポーズを決めて引き始める。“2号”と“1号”の違いを明確に記そうとしている歌穂。2部での落ち着いた演奏と3部での激しい高速演奏を弾き比べて違いを確認しようというものだった。

再び「チゴイネルワイゼン」が小ホールに鳴り響く。そんな中、小ホールの楽屋口のドアが開いた。誰かが覗き込んでいる。その漏れてくる光に気付いた若菜さんが対応に向かう。歌穂は演奏に没頭していた。

小ホールの外に出る若菜さん。

「あらあーっ!遥香さん!お久しぶりです。」

そう、覗き込んでいたのは遥香さんだった。響子さんの伴奏役でこの市民ホールを訪れたのだった。

「ヴァイオリンの音がするから思わず覗き込んじゃった!」そう言って照れ笑いをする遥香さんをそっと招き入れて2人で客席へ。特等席で歌穂の「チゴイネルワイゼン」を楽しむ。歌穂も遥香さんに気付いて会釈を贈る。

『うわあーっ!すごいわあ!もうすっかりプロの貫禄ね!』そう思いながら聴き惚れる歌穂の「チゴイネルワイゼン」。『音が固いのは何故かしら?』

演奏が終わると若菜さんと一緒に拍手をする遥香さん。そこへ走り寄る歌穂。

「遥香お姉さん!お久しぶりです!」そう言いながら抱き付く歌穂。

それを受け止めながら「歌穂ちゃん、プロの演奏だったよ。重音とオㇰターブ演奏、見事だったわ。」そう言って褒めてくれた。

「ところで、今日は何をしているの?」遥香さんの素朴な疑問に笑って答える歌穂。

「そうかあ、試作器の弾き比べかあ。もうそんな仕事がこなせるなんてスーパー小学生だね。話は変わるけど、お昼にしない?」

「わあ!ありがとうございます。でも・・・。ヴァイオリンが4挺あるので・・・。」そう言う歌穂に若菜さんが「私がお留守番をしますよ。」と言ってくださった。

「いや、1人ずつ持てば良いじゃあないですかあ。」そう言って1ケースを肩に掛ける遥香さん。

「ありがとう、遥香お姉さん。」2人でお礼を言ってホール最上階の展望食堂へエレベーターで向かう。

お昼時ということもあり結構込み合っていた。

ヴァイオリンケースを持った3人が中に入ると皆さんの注目を浴びてしまう。

「あっ!遥香さんと歌穂ちゃんだ!」そんな声があちらこちらから聞こえてくる。遥香さんは受付の整理をしているお姉さんと何やら話をしている。すると「どうぞこちらへ。」と食堂の外へ案内された。同じフロアーに個室が数部屋あるという。

「高校時代から良く使わせて頂いていたの。音楽部のたまり場ってところかしらね。」そう笑いながら教えてくれる遥香さんについて行くとこじんまりとした部屋へ通された。8人位が座れるテーブルがあり大きな窓から市内が一望できた。空いている椅子にそれぞれ1台ずつヴァイオリンケースを置く。

置いてあるメニューから選んで電話でオーダーするとのこと。お冷とお茶はセルフでとのことだ。さっそく若菜さんがお茶を入れてくれた。お礼を言って頂く2人。そしてメニューに目を通す。

「私、唐揚げ定食にする!」歌穂が手を挙げて若菜さんを見つめる。

「私は天丼にしようっと!」遥香さんもそう言って若菜さんを見つめる。

「2人とも良く食べるのね。まあ、戦の前だし、でも眠くならないようにね。私はナポリタンにするわ。」そう言って内線電話で注文を流す若菜さん。

「ところで遥香お姉さん、土日はお休みじゃないの?」最近会えないでいた歌穂が遥香さんに尋ねた。

「うん。土日は響子先生のお供で地方に行ったりしているの。平日は大学で夜遅くまでピアノの練習をしているわ。家に帰っても夜遅くには弾けないからね。そう言う歌穂ちゃんはどうなの?土日は相変らず忙しいんじゃないの?」

「うん、主に結婚式場のお仕事かなあ。老人ホームと保育園の公演は大騒ぎになって中止になってしまったの。水曜日は午後から美穂お姉ちゃんと定期公演がここであるんだよ。」そんな話をしていると料理が運ばれてきた。そしてウエイトレスさんたちに紛れて3人の男の子たちが入ってきた。「君たち駄目だよ!勝手に入って来ちゃあ!」そう言って連れ出そうとするウエイトレスさんを静かに制す歌穂。

「君たちどうしたのかな?」遥香さんがアニメ声で男の子たちに尋ねる。

「一緒に写真を撮ってください!」1人の子が大きな声でお願いしてきた。

「うん。他の2人も同じご用かな?」歌穂の優しい問いかけにウエイトレスさんたちは少し驚いた様子だったが直ぐにテーブルを動かしてスペースを作ってくれた。遥香さんと歌穂の間に一人ずつ男の子を入れて、預かったカメラで若菜さんがシャッターを切る。

写真を撮り終えると「どうもありがとう!」とお辞儀をして帰って行った。

「そうだね、歌穂ちゃんも今みたいに里穂ちゃんに親切にしてもらったんだったわね。」そう言ってしみじみと感慨にふける遥香さん。

「あのうー、私たちもよろしいですか?」

そう言って携帯を渡してきたのはウエイトレスさんたちだった。

食事を終えて小ホールへ戻る。

「遥香お姉さん、練習するなら一緒にやりませんか?」歌穂の誘いに喜ぶ遥香さん。実は一度も一緒に演奏をしたことが無かったのだ。

「ピアノの音が3か所今一つだけど・・・。」少しためらいながらそう状況説明をする歌穂。

「今日の演目は何ですか?」

「いつもと同じシリーズで各地を回っているの。でも今日は「トルコ行進曲」を先生が弾きたいとおっしゃるのよ。いくら何でも・・・。」

「うふふ。遥香お姉さん、ヴァイオリニストを甘く見てはいけませんよ。私がお付き合いをしましょう。」そう言って自分のヴァイオリンを純白のバッグから取り出す歌穂。

「大丈夫かなあ?ピアノの譜面だよ。」そう言いながら遥香さんはピアノの前に座りスタンバイする。

「若菜さん、1、2、3はい!の掛け声をお願いします。」歌穂はそう言って遥香さんを見て、頷き合うとビシッ!と何時も通りに構える。

「1、2、3はい!」若菜さんの声が小ホールに響くと同時に遥香さんのピアノと歌穂のヴァイオリンの調べがスタートをする。

遥香さんの高速演奏に歌穂の高速演奏が重なっていく。しかも重音演奏とオクターブ演奏までこなしている。演奏しながら遥香さんは震えていた。

『プロだ!プロだ!歌穂ちゃんは本物のプロのヴァイオリニストだ!こんな高速ベースのピアノにぴったりと音を合わせてくるなんて!』

驚いたのは若菜さんも同じだった。まだ8歳の女の子、プロだと言われていてもまだ小学生と心の隅で思っていた。しかし、プロならではの技が詰め込まれた「トルコ行進曲」を、しかも遥香さんの高速演奏に見事に合わせているこの技術力に圧倒されていた。

演奏が終わると若菜さんが飛び跳ねながらステージに上がってきた。

「2人とも素晴らしいわ!素晴らしすぎる!」そう言って大きく息をしている歌穂に抱き着き走ってきた遥香さんも一緒に抱き込んだ。

パチパチパチ!不意に拍手が聞こえた。

3人で振り向くとそこには響子さんが!

「良いものを聴かせていただいたわ、歌穂プロ。あそこでオクターブ演奏ね!お勉強させていただきました。」そう言って3人と一緒に抱き合った。

「良かった!良かった!気になっていたのよ。歌穂ちゃんがどうしているかって。そしたらこんな見事な演奏を聴かせてくれた・・・。良かったあ!ありがとうねえ!」そう言って泣いてくださった。

「で、ところで歌穂ちゃんは何をしていたの?」

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ああ!昭和はとおくなりにけり!!第14巻 @dontaku

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