どれにしようかな
東雲
第1話
「名前は何だ!」
目の前の大男が大声で言う。いや、大声を出している感じはしない。地声が大きいということなのだろうか。意識しての大声なら許せるが、地声が大きい男は嫌いだ。大きい声を聞くと生徒指導主任の山下先生を思い出す。内容のないことを大声で強く言って自分の意見を押し切ろうとする。本当に知性のかけらもない。おっと、夢の中だからと言って人の悪口は言うものではない。昨日、反省したばかりなのにと思うが、すべてはストレスの強い仕事の責任だと考えている。
大男の前には私しかいない。ということは私に話しかけているのは間違いない。だが、知らない男に名前を聞かれる筋合いはない。
「名前は何だ?」
しつこい男だ。夢の中ではよくあることだ。しかし、夢といえども不快な場面を見せられるのは好まない。夢と諦めるか好きな方向にストーリーを誘導するか迷っていた。不快なら違うストーリーにすればいいのだが、初めて見る夢には少なからず興味がある。私の場合「明晰夢」といわれる夢を見ることができる。そして、私の明晰夢は続編を見ることもできるのだ。もし、面白いストーリーになりそうなら、夜の楽しみとして着実に成長させたい。
正直、明晰夢なんてみんな見ているものだと思っていた。特殊なのだとわかったのは高校生の時だった。
「最近、怖い夢ばかり見るんだ」
その時、仲の良かった六人グループの一人が言ったことがある。正確には三人グループが二つ、集まって話しをしていただけなのだが。
「怖いからそろそろ目を覚ますかって考えたら目が覚めるんじゃないの?」
五人は驚いたように私を見た。
「夢見ている時に、これが夢だなんてわからないじゃない!」
総ツッコミを受けたのだが、私には意味がわからなかった。
「みんな嫌な夢だったら目を覚ますでしょ?」
何度説明しても、誰もわかってくれなかった。後にそれが明晰夢であること。頻繁に明晰夢を見ることができる人は、二割程度だと言うことを知った。確かに六人のうちの一人だから、割合的には正確だった。
「みたかれん」
私はぶっきらぼうに答えた。どうして知らない人に名前を確認されるんだろうと思うと腹が立ってくる。
「どんな字を書く?」
「面倒臭い。今見ている紙に書いてあるんでしょ?」
大男はその手の大きさにぴったりの大きな冊子を持っていた。それを見ながら話しているのだから私の名前も書いてあるはずだ。大男はちょっと怯んだ。そして横に立っている長身のイケメンに視線を向ける。
イケメンは束帯という平安時代の貴族の衣装を身につけている。そのイケメンを同じ冊子を持っているようで、それをじっと見ていた。
「『みたかれん』という名はありません」
イケメンが大男に小声で言うのが聞こえた。なるほど、名前がどこにあるかわからないから、どんな字を書くのか聞いているのか。とりあえず、この夢に付き合うことを決めた。
「漢数字の三、たんぼの田、はな咲か爺さんの花、はすの花の蓮」
私は病院で予約を取る時に最もわかりやすく間違いが少ない説明方法を身につけていたから、名前を漢字で説明するのはお手のものだ。
「どうしてここにいるかわかるか?」
そんなことを言われてもわかるはずがない。ここがどこかもわからないのだ。
大男の横にいるイケメンが着物の袖を引く。
「どうも予定外の女のようです」
「予定外? ならどうしてここにいる?」
大男は横に座っている男を見て不思議そうに聞いた。イケメンも首を傾げる。
「資料集で見たことがある」
私は変なことを思い出した。国語の資料集のページ数まで鮮明に思い出す。「平安時代の生活」と見出しのついたページだ。どうもこの夢の設定は平安時代らしい。
「この女はここへ来る予定には入っていないようなのですが」
「だが、来たのだから仕方がない。裁くしかないだろう」
「しかし、来る予定のなかった者を裁いたとしても、どちらの世界も受け入れ準備ができていません」
小声で言い合っているが大男の地声が大きからか全て聞こえてくる。
「ここでは俺が決めるのだ!」
「いやしかし……」
ちょっと揉めそうな雰囲気が漂っている。私は思わず口を挟んでしまった。
「ひょっとして、閻魔様ですか?」
「いかにも」
大男はそう答えたが、どうも迫力に欠ける。私の思い描いていた閻魔大王は釣り上がった目と眉、赤く大きな口、そして、口髭をふんだんに蓄え、眼光鋭く睨んでくるイメージだ。しかし、私の前にいる閻魔と名乗る大男は、身体は大きいのだが、ぽっちゃりとして、ゆるふわ系だ。それに声が可愛らしい。へリュームガスでも吸ったかと思うほど甲高い声だ。誤解を恐れずに言うなら、男性が女装して出演するショーパブのお姉さん方のような声。そう考えると、見た目もその類のお姉さんのように見える。まぁ、夢の中なのだからそんなものだろう。
「私これから地獄に行くか極楽に行くか決められるんですか?」
わかっているのだが一応、そう聞いてみた。夢にしては思考がはっきりしている。普段の夢なら言いたいことがあっても上手く口が回らないのだが、明晰夢の場合はそんな心配もない。
「いや、お前はここに来る名簿には入っていない」
イケメンはもう一度、最初から冊子を繰りおわってから答えた。
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