第三話 告白
「待って」
呼び止められて、振り返った。
山の陰に入った道の真ん中に、彼がいる。
「あの、あのさ。僕、やっぱり話さなきゃいけないと思って」
走ったからか、暑いからなのか、他の理由なのか、彼は息を切らしている。わたしは少しだけ嫌な予感がした。
「……なあに?」
「僕、君が好きだよ」
わたしに一歩近付いた彼の口から出た言葉。聞きたくなかった。
ぶわっと汗と一緒に罪悪感と、どうしようという感情がわいて出る。
いや。だめ。応えて何の意味になるの? でも応えたい。わたしもずっと好き。でも、でも……。これ以上騙してはおけない。
「……ごめん、わたし」
強い風が吹いた。熱風に煽られて、青い木々が揺れる。
初めて晒したわたしの姿を、彼は驚かずただ見つめていた。低くなった視線と、目の先に映る鼻。わたしは彼を見つめ返した。
いつも茶色かったその瞳が、不意に透けた。時折琥珀を混ぜながら、ゆっくりと近付いてきた彼はしゃがむ。
その姿は、わたしの知る姿じゃなかった。見た目は殆ど変わらないけど、あぁ、あなたもそうだったんだって。
暫く沈黙が続いて、聞こえていなかった蝉の声と、忘れていた暑さを思い出した頃。彼がもう一度口を開いた。
「僕も嘘吐きでごめん」
わたしは首を横に振る。歩き出して、人の姿になってその肩にもたれた。
ぽろりぽろりとこぼれる涙をそのままに。
「一緒にいられる時間、増えたね」
数十年だと思ってた。でも、数百年に変わった。
揺れる声。嘘吐いてたわたし、ばかみたい。もっと早く言えばよかった。
でも……勇気を出して姿を晒したのに、わたしは置いていかれる側ではなくて置いていく側だった。この子は死なない。わたしが死んだ後も。
無意識に震えていた。
怖かった別れと向き合ったのに、そこにはまた違う別れが待っていたなんて。
「これじゃあ、わたしの方が置いていかれちゃうよ」
何で言ってくれなかったの、なんて言えない。だってわたし、同じことしてたもん。
「ごめん、僕の方がもっと早くに言うべきだった」
熱い手の平が背に触れた。
きらりと揺らめく瞳の色は違っても、何度も抱きしめ合ったこの感触は同じ。
どうしたらいいの。
分からない。分からないし、立ち向かうことも出来ない。この子が神様であっても、時間を止めることは出来ない。
彼の中でうずくまって泣いていたら、ぽたりとわたしの頭に雫が落ちた。
「せめて、ずっと一緒にいよう」
彼がそう言うからわたしは頷いた。
「ごめんね、騙してて」
「僕こそ」
「わたし、あなたが好きだから、あなたとの死別が恐ろしくて離れちゃったの。こんなわたしのこと、許してくれる?」
「許すよ。それに分かってたよ。君が何を考えてたか」
初めて、興味本位で駄菓子屋さんに寄った時、一目惚れしたこの子にすぐに「好き」と言った。優しく笑って「お友達から」と言われたあの日から、数年。ずっと隠せてきたと思っていた。でも、お見通しだったんだ。それでいて、わたしの気持ちを尊重してくれた。友達になった後にも結局、彼はわたしと恋人になってくれた。
「ありがとう……」
一体そこに何個のありがとうがあるのか自分でも分からないけど、わたしは涙を流して彼の背中を抱きしめた。いつかのお別れが怖いからか、彼の愛に触れたからか、熱い涙が中々止まらない。
「一つ、君に言っておきたいことがあるんだ」
「なあに?」
「僕、多分君が思ってるよりも君のことが好きだよ」
「……わたしの方が好き」
目の他に顔も全部熱くなって、上ずった声に彼は小さく笑った。
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